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第一章 異世界到着!目指せ王都!
第十四話 マーリル、抱きしめました
しおりを挟む「ん、んん。……うるさい……ん?」
バチバチと聞き慣れない音で目を覚ましたマーリルは、人の気配を感じて飛び起きた。
「おわぁ!おじさん誰?」
「お、おじっ、」
マーリルは目の前にいた男と目が合い飛び起きた。
どうやらマーリルの胸元から飛び出た装飾具を奪い取ろうとしていたらしく、壮年の男はアウト判定をされて結界が発動していたようだ。
バチバチ言っていたのは結界の音だったようで、飛び起きた拍子に目の前に迫る男を見た瞬間、マーリルの口からは滑らかに言葉が滑り落ちた。とくに貶す意図はない。
それに顔を赤くして憤怒の表情を浮かべた鼠に似た見た目の男は、マーリルからネックレスを取ることを諦めたらしく「連れていけ」と部屋にいた別の男に指示を出した。
マーリルは素直に指示された男の後を追う。漸く寝惚けていた頭が晴れてきたからだ。
「ここどこ?」
「黙って歩け」
「…………」
僅かにドキドキと緊張で高鳴る鼓動を感じながら男に聞いてみるが、すげなく返された。何も話をしてくれる気はないらしい。
緊張感はあってもあまり危機感を感じないのは『全て邪気を祓うモノ』の結界が発動したことを見たためか、感覚で目の前にいる男よりも自分の方が上であると感じたからか。
そうして地下に連れて来られた。
(なんてお約束な展開)
マーリルは意外に暢気だった。
地下にあったのは冷えた空気が立ち込める一つの牢屋。鉄格子が犇めく想像通りの牢屋だった。
後ろ手に縛られたマーリルは、手荒い扱いを受けることなくその牢屋に入れられた。そんな扱いだったからこそアボロスバスティは発動しなかったのだろう。連れて来た男にマーリルを如何こうする気はなかったらしい。
「さて、」
(これからどうしよう)
マーリルを連れて来た男は一人。牢屋がある部屋にマーリルを置き去りにすると鍵をかけて部屋を出ていってしまった。部屋の前に気配がすることからそのまま見張りをするらしい。
真亜莉は父から居合切りの教えを受けていた。それは双子が生まれるまでの僅かな時間であったため、教えられたことは多くはない。しかし、真亜莉を作る根底にはしっかりと根付いていた。
居合とは所謂抜刀術と呼ばれる刀を抜く技術だ。しかしもともとは居相と呼ばれ、座って行う技のことを指していた。
マーリルは後ろ手に縛られたまま自由な足を動かし居ずまいを正した。ようするに正座をしたのだ。そうすると心が薙ぎ精神が安定する。
これが父から始めに教わったことだった。
この世界に来てから魔力が関係しているのか、向こうに居た時よりも余程自由に身体を動かす事が出来るようになった。頭の中に思い描く理想の動きに近い身体の動きが出来るのだ。
(日本に居た時はここまで身体は軽くなかった)
真亜莉は日本に居た時剣道をやっていた。それは父から教わる居合に通ずるものがあったからで、忙しく直接教えを受けられないことを忘れたくはなかったからだ。それも父が他界するまでの僅かな時間ではあったが、基本がしっかりしていたために真亜莉は頭角を現していた。それが原因で更に同姓にモテていたことを本人は知るよしもない。
マーリルは勿論戦闘などしたことがない。当たり前だ。平和な日本で命のやり取りを必要とする戦いなど経験した者などそう多くはないだろう。しかしこの世界ではそんな甘いことを言ってはいられない。もしかしたら人を殺す事態にも陥るかもしれない。
(この世界で生きていくためにきたんだ)
マーリルは本当の意味で危険な世界だと認識した。それに危機感が追い付くかは別の話であるが。
大きく息を吸い静かに吐き出した。頭の中が冷静になっていく。
いきなり誘拐されてマーリルも混乱していた。
目を閉じて辺りの気配を窺う。部屋の外には先程の男が一人だけ。あとは近くには居ないようだ。
この時無意識にしていたことだが、マーリルから放たれた魔力は『意志』を持ち周辺の探索をはじめていた。害になりそうなものを調べそれをマーリルに伝える『探索』という魔法を使っていた。
近くに魔力の流れを見ることが出来る者はいなかったため、マーリルが魔法を使っていることに気が付く者は、本人を含めこの場にはいなかったのである。
何故周辺の様子が、それはもう手に取るようにわかるのかわからないながらも、わかるならいいかとそこには諦めてこれからどうするかを考えることにした。
「だ、れ?」
部屋の周辺から『マーリルに害になる者』の探索をしていたため、同じ牢屋の中に人がいるかどうかを気にしていなかったマーリルは、その声にびくりと肩を揺らせた。意外と近くのモノほど見えないものである。灯台もと暗しともいう。
同じ牢屋にはどうやら他に子供たちが攫われていたらしく、マーリルの他には4人の子供たちが寝ころばされていた。
体力が持つぎりぎりしか食料を与えられていなかったのか、酷く衰弱しているようだった。
マーリルに「助けに来たよ」なんてヒロイズムは持ち合わせていない。誰でも彼でも助けていては本当に大事な者――弟妹たちを助けられないからだ。その辺の境界線ははっきりしている。しかし―――――
「大丈夫?」
「おねぇ、しゃ?」
「んーん、お兄ちゃん……だよ?」
真亜莉の記憶にある幼い弟妹たちを思い出す、
「おにいしゃま、は、けが……ない?」
「――――っ」
自分よりも他人を思いやることが出来る幼児たちを、どうして見捨てることが出来るだろうか。
(悠莉、十莉……おねぇちゃんは頑張ります!)
自分一人ならば逃げることは出来るだろう。しかしマーリルにその気はない。
「はい、どうぞ」
「え?」
起きる元気のないその子供を抱き上げて、口元に水を作り出してあげる。
それは水の魔法。ピンポン玉サイズよりも一回り小さな水のボールを子供の口元に造り出したのだ。
「お、みず?」
「しー。誰かが来たら困るから静かにね」
「う、うん」
縛られていたマーリルの手はいつの間にか自由になっていた。
▽
「みんな静にしてね」
そんな囁くようなマーリルの言葉に、部屋にいた子供たち四人はこくこくと首を振った。
年齢順にサイル、ミネ、ユーティス、ナイティルと名乗った。
ナイティルは一番最初にマーリル気が付いた子供で心細くて眠りが浅かったのだという。最年少でまだ5歳だった。
部屋が暗いため顔色は見えないが体力は落ちていそうだが案外元気そうで、連れられて来てからそう時間は立っていないように感じられた。
マーリルは、子供たちを起こして軽く事情を説明した。名前と一応は冒険者だということをだ。勿論ランクなんて言っていない。
必ず助けてあげるとは断言しなかったが、自分達が慌ててはいけないことだけは理解したようだ。
マーリルはナイティルにあげたように、みんなに水をあげることにした。
魔法とは不思議な力ではあるが、なんでも出来るわけではない。厳密に言えば無から有を作り出すことはできないのだ。
例えば今のように水の魔法を使いたいときには、空気中の水分を魔力で増幅して魔法に顕現する。魔術であれば詠唱で、魔方陣はその名の通り魔方陣を描くことにより、足りない魔力を補って発動させるのだ。
マーリルの場合は魔力に『意志』があるので、イメージ出来れば勝手に集めてくれる。現代科学――学校の授業レベル――を勉強したマーリルにとっては、見えない水分があることを知っているのでイメージは簡単だった。
雨季の時期には水の魔法が強くなり、乾燥の時期には火の魔法が強くなる。嵐の日には風の魔法が砂漠では土の魔法が強い。
今のように魔法は季節や場所、環境などの自然に左右されることが多く、またイメージには根拠が必要なものも多い。知ることだけでも魔法の強さは変わってくるのだ。
そんなイメージを補うのが詠唱だったり、魔方陣だったりするのだが、意外と補助を受けているからこの世界の人は『魔法』が使えなくなったりしているのかもしれない。
自転車の補助輪だっていつまでもつけていれば本当に乗ることはできない。無理矢理はずしたほうが、意外に乗れたりするのだ。「絶対離さないでね!絶対だよ!」と後ろを気にしながら一人でヨロヨロと自転車を漕いでいる十莉を思い出した。あれは絶対にフリだった。
マーリルはほっこりしながら、目の前の子供たちに向き直った。
子供たちを並べて座らせて一人一人に口元に水のボールを作り出す。
パクリと口に含む様子が可愛らしく、鳥の雛に餌をやっている気分になってきた。とても抱き締めたい。
ここにいたのは十歳以下の子供たちばかりだったが、いいところの子供たちが多いのか身なりは綺麗で、子供ながら冷静だった。
だが、口を開けて水のボールを待つ姿は年相応に幼くあどけない。抱き締めたい。
(か、可愛い……)
マーリルは表情に出さずに内心悶えていた。一度表情に出てしまったら一瞬で崩れてしまう。抱き締めてもいいだろうか。
「はい、次はこれ。ゆっくり食べてね」
一人一人に手渡してあげたのは真亜莉お手製のカロリーバーだ。
作り方は実に簡単である。
分量通りの小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、オリーブオイル、牛乳をナイロン袋に入れて混ぜて整えて焼くだけである。
栄養価が高いナッツやドライフルーツを入れて長めに焼いており、普通のものより水分をなくしたので日持ちがする。この世界に来る前に保存食として作ってきたのだ。家にあった小麦粉などの処分のために大量に作ってあったりする。
子供は甘いものが好きだろうと勝手な解釈のもとあげたのだが、正解だったらしい。悠莉も十莉も好きだった。
「おにいしゃ、おいし」
「甘い……」
「これ、何てたべもの……?」
「カロリーバーだよ」
(そのものの名前じゃないけど、まぁいいか)
厳密に言えば『スコーン』である。
「かろりーば……」
言えてない言葉も可愛かった。
―――ガバッ!
「にゃっ!」
思わず抱き締めてしまったが、吃驚した猫のような声を出したナイティルにハッとした。無意識に抱き締めてしまったらしい。
「おねぇ、しゃ、」
「お兄ちゃんだよ」
食いぎみに笑いかけると、ナイティルはビクリと肩を揺らせた。笑顔が怖かったのかもしれない。誤魔化すようにナイティルの口に中にドライフルーツを突っ込む。
途端に花が咲くように笑ったので、今のやり取りは忘れたと見た。
スコーンには砂糖も入っているが、ドライフルーツが特にお気に召したようだ。ドライフルーツは乾燥させることにより栄養価も甘さも凝縮される。固く乾燥させると保存がきくので、此方も大量に作って持ってきた。
(マジックボックス様様だ)
マジックボックスがなければ流石に保存がきくとはいえ、一人で消費する前に駄目になっていただろう。ありがたや。
こうして一人一人にカロリーバーと再度水を与え――普通のスコーンより水分がないので、口の中の水分が余計奪われる。その分腹持ちはいい――てから、さてこれからどうしようと再び思考し始める。しはじめたのだが、
じーっと此方を見つめる四対の瞳。1人に至っては口が半開きでうるうるした大きな瞳で此方を凝視している。言わずもがなナイティルである。
(仕方ないなぁ)
へにょりと顔が崩れたマーリルは、再びマジックボックスの中の物を思い浮かべていくつか取り出した。
「静かにね」
そう一言付け加えて、一人一人の口の中に一口サイズのドライフルーツを投入していく。大事に口の中で転がしている子供たちは皆笑顔だ。
マーリルはほっこりとした気持ちになりながら、一人一人の頭を撫でる。可愛ゆす。
(さて)
マーリルは立ち上がると部屋にある唯一の出入り口を見据える。固く鉄の格子に阻まれてはいるが、今のマーリルにならば壊せないこともないと感じた。
(魔力を感じるなぁ)
手を翳し触れないように意識を向けると、もやもやとしたものを感じた。じっと見れば見るほど何か微かに色が違って見えてきた。それはディストが手のひらを見せていたときの感じに似ていて、魔力を見るとはこの事をいうのだろう。
たぶん魔術がかかっているのだ。
「マー兄」
静かな吐息のような子供の声が後方からマーリルを呼ぶ。この中で最年長のサイル少年だ。
「どうしたの?」
此方も小声で返答した。
「それ、魔術かかってる」
「うん」
「魔術をむこうかする魔術がこの部屋にかかってるんだ」
「うん?」
心なしか誇らしげに語られたサイルの言葉に耳を傾けた。
サイルの話によるとここにいる子供たちは皆何かしらの魔法が使えるそうだ。
知っての通り、魔法を使えるものは少ない。
そんな『魔法が使える』子供が4人。自分を合わせれば5人である。偶然な筈がない。
魔法が使える人間を閉じ込める牢だったようだ。
「魔法は使えるけど、鉄格子にあたったらきえちゃうんだ」
「わたしもためしたよ」
「僕も」
「俺は攻撃じゃないから……」
順にサイル、ミネ、ナイティルが呟き、ユーティスは寂しそうに呟いた。
「ユーティスは何が使えるの?」
「回復だよ!」
「そうか。凄いな」
頭を撫でてやると嬉しそうにユーティスは笑った。
とてもほっこりするのはマーリルの大事な弟妹たちを思い出すからだ。子供を見ると自然と笑ってしまうし、表情が曇った子供を見ると優しくしたくなる。
(ああ、会いたいなぁ)
絶対に会いに行ってやろう。そして心配させた仕返しに思いっきり驚かせてやろうとマーリルは決めた。
「さぁ、皆。おうちへ帰ろうか」
マーリルは晴れやかな気持ちで子供たちに笑い掛けた。
探索にはある存在が引っ掛かったのだ。先程まで一緒であった最強の存在の魔力は、どうやらすぐ近くまで来ているようだった。
マーリルはマジックボックスの中からあるものを取り出す。
(魔術は弾くけど、物理的にはどうかな?)
子供たちに見えないようにマーリルは人の悪そうな笑みを浮かべた。
――――――――――
感想返信
いつもありがとうございます!私の中ではイケメン臭よりもオカン臭が・・・笑
頑張って貰いたいものです。ディストには・・・
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