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本編:またな、チャンピオン
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もしも結婚式でヒーロー・インタビューがあるならば言ってのけたい。やってのけたい。
「放送席―、放送席―、今夜の勝者は赤つ――失礼、中山ちひろ選手です。おめでとうございます!」
眩いカクテル光線が私を包む。アナウンサーがマイクを私に向ける。
「ありがとうございます! 私もこんな結果になるなんて、正直思っても見ませんでした!」
もちろん嘘である。最初からケモノの如く狙っていた。ピューマ赤つ――中山か。まだ慣れないな。ピューマ中山でござい。
「どうでしょうか、最終的に決め手になったのは右ストレートでしたが、途中、どうでしたか? 苦戦していたようにも見受けられましたが。元チャンピオン、やはりタフでしたか?」
「そうですね――細かい話をするつもりはありませんけど――」
ここで苦笑を一つ入れる。今日の戦いがにじみ出たその笑いに、事情を分かっている観客がドっと湧く。いいぞ、今日は私の日だ。なんと言っても、私のヒーロー、もといヒロイン・インタビューなのだ。
「やはり入念な準備と、対戦相手の研究が最終的な結果に繋がったんだと思います!」
これは8割方事実と言っても過言ではない。弱点を知り、そこを打ち続け、とどめの一撃。全てが身を結んだ。試合というのは、それが巡って来た瞬間までの準備がその結果にに表れると私は信じている。準備が8割だ。
「ありがとうございます! ファンの皆さんも、中山選手の不断の努力を知っているからこそ、この盛り上がりなのだと思います!」
パチこくなや。みんなラッキーだと思ってるだろ。テキトー言うな……と気持ちはおくびにもださず、
「ありがとうございます!」
と今日何度目か分からないお礼の言葉。
「最後に、応援してくださったファンの皆様に一言お願い致します!」
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! これがやりたいがために本日ヒロイン・インタビューがあると言っても過言ではない。妄想だけど。
「そうですね、私はたまたま結果が出てしまっただけで、みなさんの方が立派で素晴らしい方々だと思っています。結婚というのは焦るものではなく、やっぱり出会いが大事なワケで。そんな方に出会えるまでは無理しなくてもいいのかもしれません。ちょっと偉そうかもしれないですけれど、私のホンネです!」
決め台詞。スっと出たけど、これが私の決め台詞。
ここまで来るのに、この発言をするのにどれほどの時を要したか。瞼をつぶった瞬間、苦労が永遠に引き延ばされ、また瞼を開けて光が取り込まれて時間軸が縮まる。
思えば遠くに――来たもんだ!
「それではお決まりの、ブーケトスをお願いします!」
アナウンサーの差し出したブーケを両手で大事そうに受け取る。少し動きづらいウェディング・ドレスもなんのその。
「3、2、1、」
アナウンサーの掛け声と共に、観客がクラッピング。会場のボルテージは最高潮だ。
「どうぞ――――――!!!」
アナウンサー、観客が絶叫。それに合わせて大きくテイク・バックをとり宙に向かって、
「どや――――――――!!!」
と放り投げる。そんな妄想。
女子のマウント、ここに極まれりだ。最高に気持ちが良い。
☆
結婚式の前、大学の仲間うちで小さな祝賀会を開いてもらった。大学ではバイオ系の研究室に所属していたので、女子と男子の比率もおおむね半々。私達の代もご多聞に漏れず男女二人ずつで、頻繁にという訳ではないが年に一度程度は都合が付けば集まる。そんな関係性の、言ってみれば良くあるご縁。
「いやー、中山さんが最初に結婚するなんてねー。びっくりしたよー」
そう言ったのは、未だに垢抜けない大室君。この春に博士の資格を取る運びで、大手食品メーカーの研究員に収まるらしい。絶対まだ童貞。
「ホンマにびっくりしたわ。なつみが『就職する!』って言うたときもびっくり仰天したけど、まさかそれよりびっくりすることがあるとはなァ」
ほんまびっくりやで、と漏らしたのは商社マンになった安藤君。どうみても商社マンで、どう見ても元・テニサー。
「でも本当におめでとう! 結婚式も行くつもりだけど、一足お先に! おめでとう!」
そしてこの女。コイツだ。コイツを狩るために結婚したというのは少し言い過ぎな気もするが、今やこういうタイプをマウントとって血祭りにあげることが生きがいになりつつある。
星野なつみ、銀行勤務。大学時代はもちろんテニサーで男を引き連れていた。あることないこと噂になるタイプだが本人も否定しない。明るい茶色の髪をなびかせて、サークルのジャージの上から白衣を着こんでいる姿は同性ながら美人だとも思ったし、事実モテモテだった。
こいつが大層嫌な奴で、なにかにせよ私を小馬鹿にしてきた。
「ちひろちゃん、もっと遊びなよー」うるさい。お前みたいな合コン三昧ヤリまくりを遊びと言うなら、私は一生遊ばん。
「ちひろちゃんは元が綺麗なんだからさー」うるさい。お前みたいに色目使ってる暇もないしそのつもりもない。
「あの男の子かわいくない? 初々しくて、そそるよねー」うん、かわいいと思った。しばらく経ったあと、お前あの子の家泊ったんだってな。私があの子のこといいなーって思ってたの知ってただろ。
そういうタイプの人間なのだ。だから私が結婚したと聞いたとき、おそらく冷や汗が出ただろう。出来ればハンカチを噛みながら「キーっ」って言っていてほしい。
「でもさ、ホントにびっくりだよね。僕、結婚するなら絶対星野さんの方が先だと思っていたのに」とトンチンカンなコメントを飛ばすのは、やっぱり大室君。「安藤もそう思ってただろう?」
「いやいや大室」と手をふりふりオーバー・リアクションを見せる安藤君。「ジブンなんも分かってへんな」
「なんでだよ。僕、そんなに変なこと言ったかな?」
きょとんとしていてホントに分からない様子の大室君。コイツは本当に救いようがないな、と思う。思ってもグラスを傾けるだけで微笑む私。これが大人の、いや、勝ち組の余裕。
「あのなー、まずちひろちゃんが結婚するかどうかは置いておいて、なつみがこんな若い時分に結婚するわけないやろ?」
な! と言って星野の方を見る安藤君。
――いいぞ! もっと言ってやれ!
実は最も分かっていないのが安藤君なのだ。いや、大室君とは分かっている・いないの土俵が違うが、とにかく星野に最もダメージを与えられるのが安藤君なのだ。
「そ、そうね」としどろもどろな星野。よし、利いてるぞ。「私も結構大学時代は派手にやってたように見えたかもしれないし、そのあたりはなんというか、」
「やろー! そんな奴がはよから結婚出来るワケないやろ! しかも今やバリバリのキャリア・ウーマン。こわーて手なんか出せませんわ!」
星野が必至に思いで張った虚勢を、トンカチで思い切り叩き壊す安藤君。今日はレフェリーからもパンチが飛ぶぜ。
「そういうモンなのかなあ。全然僕には分からないよ」
シャッポを脱ぐ大室君。いいポジションだ。そして、
「そんなことないよー。私なんかたまたまだってば。安藤君の言うように、星野さんには絶対勝てないな~と思ってたのに。ホントたまたま、いい人がいたからって感じ。タイミングよ~」
安藤君にただ乗りさせてもらい攻め立てる。今の私は、蔦監督だ。攻めダルマ、私。連続パンチで沈めにかかる。
「しかも安藤君も怖いなんて言うのやめなよ~。キレイ系って言いなおしなよ! ね、星野さん?」
勝者の笑みで隣席の星野を見る。
「そこまで褒めなくてもいいわよ! そこまで言うとお世辞がバレるわよ!」
「せやでちひろちゃん! そんなん言うてもなんも出んがな。しかもちひろちゃんの方が全然かわいいで!」
――キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 「かわいい」のワード、頂きました~。
見よあの星野の顔、一瞬固まったのを私はばっちり見たぜ!
この「かわいい」というワードは、星野から私がサクっと奪ったのは遠く大学院生の時代。
私が大学院に入ったころ、研究室は文字通り女帝・星野が支配していた。この私の横で胸の隙間を見ようとしてる大室君なんぞ、完全に手下・Aを拝命していた。一回コイツが星野の革靴を磨いているのを見た。
そんなところに、どちらかと言えばかわいい系の私がひゅん、と大学院から入る。
それまで「キレイ系」と「かわいい系」の牙城を独占していた星野だったが、あっさり私がその一翼を奪うことになった。
いや、星野がブスだとかそういう話ではなく、その両立を許している研究室ひいては学部全体に問題があったと言わざるを得ない。だって他にいた女、腕に毛生えてたぜ。毛。
ということで翼のもげたエンジェル星野は事あるごとに私をいびり倒したのだった。もちろん男衆は気が付かなかったが。
パンチの猛襲に星野が耐える。かなりタフだ。タフな女だよ。
「で、さんざん聞かれてると思うけど、結婚した人ってどんな人なん?」
気づくと星野に大分距離が近づいている安藤君が、ハイボールが三分の一くらい入ったグラスを傾けつつ言った。それをスっと星野が奪い取って飲む。
ええいいちゃいちゃしやがって――とまだ私が思うのはおそらくマウントを獲り切れていないから。
頑張れ私。ここが踏ん張りどころよ!
「ええっとねー、」少し、ほんの少し首をかしげる。ほら見ろこの絶妙なポージング。
安藤君が少し星野から離れた、ような気がした。よっしゃ。ジャブ入った。
「会社の先輩が、たまたま横の席になって――」
ピクっと星野の耳が動いたのを私は見逃さない。
そう、私が知る唯一の星野の弱点。それは研究室のちょっとシュっとした先輩にバシっと振られたということだ。
その昔、まだ私が小娘は大学院の一年生だった頃。
夜も夜中のんびりと実験をしていた私。研究室の設備というのは限りがあって、それなりに人数の多い我が研究室の実験器具たちは、昼間は大変な混雑に襲われているので、私は夜8時くらいにのんびりと出勤してそこから昼夜逆転した生活をばっちりと送っていたのだ。
月夜――ではなくインキュベーターの怪しい淡い光に照らされながら、培養までの30分間ちょっと艦これでもしましょうかと実験控室に戻ろうとすると、何やら何やらな声。
「先輩っ――私の何処がダメだって言うんですか!」
キン、と響く星野の声。ほら、やっぱり修羅場じゃないか。
闇に紛れつつ壁に耳をあてる私。気分はスパイ大作戦。
「いや、なんていうかお前は……」
男は言葉を濁す。声を聴いた感じ、おそらくというか確実に一つ上の先輩。シュっとしていて、製薬会社の研究員に駒を進めることになっている。勝ち組。
「私、先輩のためならなんでもします!」
おお、悲壮感漂う台詞だ。どうやらクライマックスらしい。序盤を聞きそびれたのが悔やまれるが、恨むなら寒天培地をひっくり返した15分前の私を恨もう。おのれ、私。
「いや……そういうんじゃなくてさ」
先輩の方も随分歯切れが悪い。言ったれや、男だろ。
「出来ることなんでもやるから。就職、東京でしょ? なんなら付いていくよ。ホントに……ホントになんでもするから……」
最後の方は少し涙声。こっちまで涙ちょちょ切れらあ。
ま、ウソだけど。
なんだかねー、そんな必死になるほどの男かねーと思いを巡らせる。確かにセックス・アピールはなかなかのものかもしれない。それは悪い飲み会で見た。でも他はこれと言って、という感じ。
多分恋に恋して恋気分なんだろうな。先輩との、叶わぬ恋に溺れる私。そんな私が一番好き。好き好き大好き超愛してる、って感じ。悲劇のヒロイン気取り。
そう思うとさっさとこの茶番終わらしてくんねーかなーと思うようになる。さっさ戻らないと、他のスマホゲーとかもスタミナ戻っちゃうんで。そこんとこ、ちょっとヨロシク。
「分かってないようだから言うけれど――おまえ、重いんだよ」
おっ、と思う間もなく男がフィニッシュ。
はいゴングいただきましたー。三ラウンドK・Oでございます。決まり手ははたき込み、はたき込みでございま、
バッターンと扉が開く。間一髪野生の女の勘で避ける。避けた方向と逆方向に音もなく転がり、駆けて行く足音を見送る私はさながらスパイ、大作戦。
何事もなかったようにスっと立ち上がり、
「あれー、先輩一人ですかー?」
ニヤつく頬を抑えにかかる。
おそらく、星野の人生最大の汚点は「どうみても攻略できそうな先輩にフられた」だろう。私はそう信じて生きてきた。
だからもちろん、
「どうみても普通の人なんだけど――」
から始まり、私のカレとその先輩の共通点を挙げる挙げる。
寝ぐせが何度言っても直らないこと(これは、星野が先輩に良く言っていた)。
良く見ると、右の眉の方が少し下がっていること(これも、星野が先輩に良く言っていた)。
みかけよりカラオケが少し上手いこと(これは――みんな知ってるか)。
ラッシュ・ラッシュ・ラッシュ。
いかに似ているか、そしていかに普通であるか。いかに低い山だが、お前は登れなかったか。私は登れたか。そこを強調する。強調して、し過ぎることは無い。
ボディ・ブローのように効いてくるはずだ。効いてくれ。効いていてくれ。
そして宴もたけなわ第10ラウンド。じゃあそろそろ……という雰囲気。
ここまでパンチを打っても笑みを崩さないなんて、ライバルながらなかなかやるじゃないか。
私は息も絶え絶えで、向こうは相変わらずチャンピオン気取り。全く、嫌になるぜ。
「いやー久しぶりに会うと、やっぱり楽しいねー」
大室君が全く意味のない一言。ホントあっさい男だな。
「でも以外やったなー。ちひろちゃん、後半ずっとのろけ話やったやん。よっぽどダンナさんのこと好きなんやろなー」
コイツも分かっているようで何も分かっていないな。それが安藤君らしいと言えばらしいのだが。
「ほんとねー。意外だわー、まさかこんなにラブラブな女の子になってるなんて――」
星野、本当にタフな女だ。流石に私もこれ以上は、
「私も早く結婚したいなー、なんて」
お、これは――。
これはもしかして、ラスト・チャンスなのではないか。ラスト・チャンスは突然にとは言うが、もしかして、これか?
一瞬が永遠になり、永遠が一瞬になる。遥か太古から連綿と続くマウントをめぐる争いは終わらないが、その瞬間瞬間の勝者は必ず存在してきたし、今は私がその表彰台――マウントに登るべきなのではないか。登る資格があるのではないか。そのために費やしてきた努力や巡って来た運。
この時だけは、この今だけはマウントとってボコボコにしてもいいのではないか。
「――星野さんならいつでも結婚なんて出来るわよー」
相手のガードをジャブで弾く。そして続けざまに、体重の乗った、
「――なんなら二回三回でも出来るんじゃない。そういうの、得意でしょ?」
右ストレート。もろに入った感触はあるが、果たして。
おそらく安藤君の、
「はっはっは! お前そないに結婚する予定あるんか俺もいっぺん数にいれこめて欲しいわ!」
という大笑いにかき消されたはずだし、大室君の、
「じゃあ俺にも一回……」
という結構なホラーな一言にも塗りつぶされたかもしれない。
だけれども、
「……!」という一瞬の逡巡のあと、
「ははっ! そうかもしれないわね。ホント、うまいこと言うわー!」
と笑って安藤君の背中をバンバン叩く星野はおそらくノックアウト。
私も笑う。笑うしかない。勝者は笑う権利があるし、笑う義務がある。
はたから見るととても仲の良さそうな一団に見えるだろう。いや、実際仲が悪いワケではない。ただ、ただ少しだけ溝があって、だから当然山があるだけだ。今回ようやく山に上れた。しかし、次も登れる保証はどこにもない。
永遠にマウントをとっていたい。私は山に登る。
貴方が私に追いついた頃、私はまたあなたが遠く手が届かない山に辿り着いている。でも私も楽して登っているわけじゃなくて。あなたに負けないようない山を登り続ける。
だからアンタもせいぜい頑張りな。
またな、チャンピオン。
「放送席―、放送席―、今夜の勝者は赤つ――失礼、中山ちひろ選手です。おめでとうございます!」
眩いカクテル光線が私を包む。アナウンサーがマイクを私に向ける。
「ありがとうございます! 私もこんな結果になるなんて、正直思っても見ませんでした!」
もちろん嘘である。最初からケモノの如く狙っていた。ピューマ赤つ――中山か。まだ慣れないな。ピューマ中山でござい。
「どうでしょうか、最終的に決め手になったのは右ストレートでしたが、途中、どうでしたか? 苦戦していたようにも見受けられましたが。元チャンピオン、やはりタフでしたか?」
「そうですね――細かい話をするつもりはありませんけど――」
ここで苦笑を一つ入れる。今日の戦いがにじみ出たその笑いに、事情を分かっている観客がドっと湧く。いいぞ、今日は私の日だ。なんと言っても、私のヒーロー、もといヒロイン・インタビューなのだ。
「やはり入念な準備と、対戦相手の研究が最終的な結果に繋がったんだと思います!」
これは8割方事実と言っても過言ではない。弱点を知り、そこを打ち続け、とどめの一撃。全てが身を結んだ。試合というのは、それが巡って来た瞬間までの準備がその結果にに表れると私は信じている。準備が8割だ。
「ありがとうございます! ファンの皆さんも、中山選手の不断の努力を知っているからこそ、この盛り上がりなのだと思います!」
パチこくなや。みんなラッキーだと思ってるだろ。テキトー言うな……と気持ちはおくびにもださず、
「ありがとうございます!」
と今日何度目か分からないお礼の言葉。
「最後に、応援してくださったファンの皆様に一言お願い致します!」
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! これがやりたいがために本日ヒロイン・インタビューがあると言っても過言ではない。妄想だけど。
「そうですね、私はたまたま結果が出てしまっただけで、みなさんの方が立派で素晴らしい方々だと思っています。結婚というのは焦るものではなく、やっぱり出会いが大事なワケで。そんな方に出会えるまでは無理しなくてもいいのかもしれません。ちょっと偉そうかもしれないですけれど、私のホンネです!」
決め台詞。スっと出たけど、これが私の決め台詞。
ここまで来るのに、この発言をするのにどれほどの時を要したか。瞼をつぶった瞬間、苦労が永遠に引き延ばされ、また瞼を開けて光が取り込まれて時間軸が縮まる。
思えば遠くに――来たもんだ!
「それではお決まりの、ブーケトスをお願いします!」
アナウンサーの差し出したブーケを両手で大事そうに受け取る。少し動きづらいウェディング・ドレスもなんのその。
「3、2、1、」
アナウンサーの掛け声と共に、観客がクラッピング。会場のボルテージは最高潮だ。
「どうぞ――――――!!!」
アナウンサー、観客が絶叫。それに合わせて大きくテイク・バックをとり宙に向かって、
「どや――――――――!!!」
と放り投げる。そんな妄想。
女子のマウント、ここに極まれりだ。最高に気持ちが良い。
☆
結婚式の前、大学の仲間うちで小さな祝賀会を開いてもらった。大学ではバイオ系の研究室に所属していたので、女子と男子の比率もおおむね半々。私達の代もご多聞に漏れず男女二人ずつで、頻繁にという訳ではないが年に一度程度は都合が付けば集まる。そんな関係性の、言ってみれば良くあるご縁。
「いやー、中山さんが最初に結婚するなんてねー。びっくりしたよー」
そう言ったのは、未だに垢抜けない大室君。この春に博士の資格を取る運びで、大手食品メーカーの研究員に収まるらしい。絶対まだ童貞。
「ホンマにびっくりしたわ。なつみが『就職する!』って言うたときもびっくり仰天したけど、まさかそれよりびっくりすることがあるとはなァ」
ほんまびっくりやで、と漏らしたのは商社マンになった安藤君。どうみても商社マンで、どう見ても元・テニサー。
「でも本当におめでとう! 結婚式も行くつもりだけど、一足お先に! おめでとう!」
そしてこの女。コイツだ。コイツを狩るために結婚したというのは少し言い過ぎな気もするが、今やこういうタイプをマウントとって血祭りにあげることが生きがいになりつつある。
星野なつみ、銀行勤務。大学時代はもちろんテニサーで男を引き連れていた。あることないこと噂になるタイプだが本人も否定しない。明るい茶色の髪をなびかせて、サークルのジャージの上から白衣を着こんでいる姿は同性ながら美人だとも思ったし、事実モテモテだった。
こいつが大層嫌な奴で、なにかにせよ私を小馬鹿にしてきた。
「ちひろちゃん、もっと遊びなよー」うるさい。お前みたいな合コン三昧ヤリまくりを遊びと言うなら、私は一生遊ばん。
「ちひろちゃんは元が綺麗なんだからさー」うるさい。お前みたいに色目使ってる暇もないしそのつもりもない。
「あの男の子かわいくない? 初々しくて、そそるよねー」うん、かわいいと思った。しばらく経ったあと、お前あの子の家泊ったんだってな。私があの子のこといいなーって思ってたの知ってただろ。
そういうタイプの人間なのだ。だから私が結婚したと聞いたとき、おそらく冷や汗が出ただろう。出来ればハンカチを噛みながら「キーっ」って言っていてほしい。
「でもさ、ホントにびっくりだよね。僕、結婚するなら絶対星野さんの方が先だと思っていたのに」とトンチンカンなコメントを飛ばすのは、やっぱり大室君。「安藤もそう思ってただろう?」
「いやいや大室」と手をふりふりオーバー・リアクションを見せる安藤君。「ジブンなんも分かってへんな」
「なんでだよ。僕、そんなに変なこと言ったかな?」
きょとんとしていてホントに分からない様子の大室君。コイツは本当に救いようがないな、と思う。思ってもグラスを傾けるだけで微笑む私。これが大人の、いや、勝ち組の余裕。
「あのなー、まずちひろちゃんが結婚するかどうかは置いておいて、なつみがこんな若い時分に結婚するわけないやろ?」
な! と言って星野の方を見る安藤君。
――いいぞ! もっと言ってやれ!
実は最も分かっていないのが安藤君なのだ。いや、大室君とは分かっている・いないの土俵が違うが、とにかく星野に最もダメージを与えられるのが安藤君なのだ。
「そ、そうね」としどろもどろな星野。よし、利いてるぞ。「私も結構大学時代は派手にやってたように見えたかもしれないし、そのあたりはなんというか、」
「やろー! そんな奴がはよから結婚出来るワケないやろ! しかも今やバリバリのキャリア・ウーマン。こわーて手なんか出せませんわ!」
星野が必至に思いで張った虚勢を、トンカチで思い切り叩き壊す安藤君。今日はレフェリーからもパンチが飛ぶぜ。
「そういうモンなのかなあ。全然僕には分からないよ」
シャッポを脱ぐ大室君。いいポジションだ。そして、
「そんなことないよー。私なんかたまたまだってば。安藤君の言うように、星野さんには絶対勝てないな~と思ってたのに。ホントたまたま、いい人がいたからって感じ。タイミングよ~」
安藤君にただ乗りさせてもらい攻め立てる。今の私は、蔦監督だ。攻めダルマ、私。連続パンチで沈めにかかる。
「しかも安藤君も怖いなんて言うのやめなよ~。キレイ系って言いなおしなよ! ね、星野さん?」
勝者の笑みで隣席の星野を見る。
「そこまで褒めなくてもいいわよ! そこまで言うとお世辞がバレるわよ!」
「せやでちひろちゃん! そんなん言うてもなんも出んがな。しかもちひろちゃんの方が全然かわいいで!」
――キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 「かわいい」のワード、頂きました~。
見よあの星野の顔、一瞬固まったのを私はばっちり見たぜ!
この「かわいい」というワードは、星野から私がサクっと奪ったのは遠く大学院生の時代。
私が大学院に入ったころ、研究室は文字通り女帝・星野が支配していた。この私の横で胸の隙間を見ようとしてる大室君なんぞ、完全に手下・Aを拝命していた。一回コイツが星野の革靴を磨いているのを見た。
そんなところに、どちらかと言えばかわいい系の私がひゅん、と大学院から入る。
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いや、星野がブスだとかそういう話ではなく、その両立を許している研究室ひいては学部全体に問題があったと言わざるを得ない。だって他にいた女、腕に毛生えてたぜ。毛。
ということで翼のもげたエンジェル星野は事あるごとに私をいびり倒したのだった。もちろん男衆は気が付かなかったが。
パンチの猛襲に星野が耐える。かなりタフだ。タフな女だよ。
「で、さんざん聞かれてると思うけど、結婚した人ってどんな人なん?」
気づくと星野に大分距離が近づいている安藤君が、ハイボールが三分の一くらい入ったグラスを傾けつつ言った。それをスっと星野が奪い取って飲む。
ええいいちゃいちゃしやがって――とまだ私が思うのはおそらくマウントを獲り切れていないから。
頑張れ私。ここが踏ん張りどころよ!
「ええっとねー、」少し、ほんの少し首をかしげる。ほら見ろこの絶妙なポージング。
安藤君が少し星野から離れた、ような気がした。よっしゃ。ジャブ入った。
「会社の先輩が、たまたま横の席になって――」
ピクっと星野の耳が動いたのを私は見逃さない。
そう、私が知る唯一の星野の弱点。それは研究室のちょっとシュっとした先輩にバシっと振られたということだ。
その昔、まだ私が小娘は大学院の一年生だった頃。
夜も夜中のんびりと実験をしていた私。研究室の設備というのは限りがあって、それなりに人数の多い我が研究室の実験器具たちは、昼間は大変な混雑に襲われているので、私は夜8時くらいにのんびりと出勤してそこから昼夜逆転した生活をばっちりと送っていたのだ。
月夜――ではなくインキュベーターの怪しい淡い光に照らされながら、培養までの30分間ちょっと艦これでもしましょうかと実験控室に戻ろうとすると、何やら何やらな声。
「先輩っ――私の何処がダメだって言うんですか!」
キン、と響く星野の声。ほら、やっぱり修羅場じゃないか。
闇に紛れつつ壁に耳をあてる私。気分はスパイ大作戦。
「いや、なんていうかお前は……」
男は言葉を濁す。声を聴いた感じ、おそらくというか確実に一つ上の先輩。シュっとしていて、製薬会社の研究員に駒を進めることになっている。勝ち組。
「私、先輩のためならなんでもします!」
おお、悲壮感漂う台詞だ。どうやらクライマックスらしい。序盤を聞きそびれたのが悔やまれるが、恨むなら寒天培地をひっくり返した15分前の私を恨もう。おのれ、私。
「いや……そういうんじゃなくてさ」
先輩の方も随分歯切れが悪い。言ったれや、男だろ。
「出来ることなんでもやるから。就職、東京でしょ? なんなら付いていくよ。ホントに……ホントになんでもするから……」
最後の方は少し涙声。こっちまで涙ちょちょ切れらあ。
ま、ウソだけど。
なんだかねー、そんな必死になるほどの男かねーと思いを巡らせる。確かにセックス・アピールはなかなかのものかもしれない。それは悪い飲み会で見た。でも他はこれと言って、という感じ。
多分恋に恋して恋気分なんだろうな。先輩との、叶わぬ恋に溺れる私。そんな私が一番好き。好き好き大好き超愛してる、って感じ。悲劇のヒロイン気取り。
そう思うとさっさとこの茶番終わらしてくんねーかなーと思うようになる。さっさ戻らないと、他のスマホゲーとかもスタミナ戻っちゃうんで。そこんとこ、ちょっとヨロシク。
「分かってないようだから言うけれど――おまえ、重いんだよ」
おっ、と思う間もなく男がフィニッシュ。
はいゴングいただきましたー。三ラウンドK・Oでございます。決まり手ははたき込み、はたき込みでございま、
バッターンと扉が開く。間一髪野生の女の勘で避ける。避けた方向と逆方向に音もなく転がり、駆けて行く足音を見送る私はさながらスパイ、大作戦。
何事もなかったようにスっと立ち上がり、
「あれー、先輩一人ですかー?」
ニヤつく頬を抑えにかかる。
おそらく、星野の人生最大の汚点は「どうみても攻略できそうな先輩にフられた」だろう。私はそう信じて生きてきた。
だからもちろん、
「どうみても普通の人なんだけど――」
から始まり、私のカレとその先輩の共通点を挙げる挙げる。
寝ぐせが何度言っても直らないこと(これは、星野が先輩に良く言っていた)。
良く見ると、右の眉の方が少し下がっていること(これも、星野が先輩に良く言っていた)。
みかけよりカラオケが少し上手いこと(これは――みんな知ってるか)。
ラッシュ・ラッシュ・ラッシュ。
いかに似ているか、そしていかに普通であるか。いかに低い山だが、お前は登れなかったか。私は登れたか。そこを強調する。強調して、し過ぎることは無い。
ボディ・ブローのように効いてくるはずだ。効いてくれ。効いていてくれ。
そして宴もたけなわ第10ラウンド。じゃあそろそろ……という雰囲気。
ここまでパンチを打っても笑みを崩さないなんて、ライバルながらなかなかやるじゃないか。
私は息も絶え絶えで、向こうは相変わらずチャンピオン気取り。全く、嫌になるぜ。
「いやー久しぶりに会うと、やっぱり楽しいねー」
大室君が全く意味のない一言。ホントあっさい男だな。
「でも以外やったなー。ちひろちゃん、後半ずっとのろけ話やったやん。よっぽどダンナさんのこと好きなんやろなー」
コイツも分かっているようで何も分かっていないな。それが安藤君らしいと言えばらしいのだが。
「ほんとねー。意外だわー、まさかこんなにラブラブな女の子になってるなんて――」
星野、本当にタフな女だ。流石に私もこれ以上は、
「私も早く結婚したいなー、なんて」
お、これは――。
これはもしかして、ラスト・チャンスなのではないか。ラスト・チャンスは突然にとは言うが、もしかして、これか?
一瞬が永遠になり、永遠が一瞬になる。遥か太古から連綿と続くマウントをめぐる争いは終わらないが、その瞬間瞬間の勝者は必ず存在してきたし、今は私がその表彰台――マウントに登るべきなのではないか。登る資格があるのではないか。そのために費やしてきた努力や巡って来た運。
この時だけは、この今だけはマウントとってボコボコにしてもいいのではないか。
「――星野さんならいつでも結婚なんて出来るわよー」
相手のガードをジャブで弾く。そして続けざまに、体重の乗った、
「――なんなら二回三回でも出来るんじゃない。そういうの、得意でしょ?」
右ストレート。もろに入った感触はあるが、果たして。
おそらく安藤君の、
「はっはっは! お前そないに結婚する予定あるんか俺もいっぺん数にいれこめて欲しいわ!」
という大笑いにかき消されたはずだし、大室君の、
「じゃあ俺にも一回……」
という結構なホラーな一言にも塗りつぶされたかもしれない。
だけれども、
「……!」という一瞬の逡巡のあと、
「ははっ! そうかもしれないわね。ホント、うまいこと言うわー!」
と笑って安藤君の背中をバンバン叩く星野はおそらくノックアウト。
私も笑う。笑うしかない。勝者は笑う権利があるし、笑う義務がある。
はたから見るととても仲の良さそうな一団に見えるだろう。いや、実際仲が悪いワケではない。ただ、ただ少しだけ溝があって、だから当然山があるだけだ。今回ようやく山に上れた。しかし、次も登れる保証はどこにもない。
永遠にマウントをとっていたい。私は山に登る。
貴方が私に追いついた頃、私はまたあなたが遠く手が届かない山に辿り着いている。でも私も楽して登っているわけじゃなくて。あなたに負けないようない山を登り続ける。
だからアンタもせいぜい頑張りな。
またな、チャンピオン。
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双葉なおき
大衆娯楽
料金を作るのが趣味という親父が、早期退職をして居酒屋を始めた。
その親父の人柄に人が集まるお店を皆が「人情居酒屋」と呼ぶようになった。
そんな、「人情居酒屋おやじ」での人情あふれるお話である。
大好きだ!イケメンなのに彼女がいない弟が母親を抱く姿を目撃する私に起こる身の危険
白崎アイド
大衆娯楽
1差年下の弟はイケメンなのに、彼女ができたためしがない。
まさか、男にしか興味がないのかと思ったら、実の母親を抱く姿を見てしまった。
ショックと恐ろしさで私は逃げるようにして部屋に駆け込む。
すると、部屋に弟が入ってきて・・・
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
月曜日のお茶会
塵あくた
現代文学
平凡な主婦による非凡なママ友お茶会。
主婦民子は、この修羅場を無事コンプリートできるのか?
民子はごく一般的な家庭の主婦。しかし、ママ友はセレブであり、かつ百戦錬磨のツワモノども。渦巻く、ゴシップ、マウント、暴露、ののしり合い・・・民子は持ち前の”庶民”を盾に、生き残ることはで出来るのか?是非、あなたのその瞳で見届けてあげてください!
中島と暮らした10日間
だんご
大衆娯楽
妹が連れて来た『中島』との衝撃的な出会いとのおっかなビックリの生活。
仕事に悩み、飲み仲間とワチャワチャしつつも毎日が続き、ほぼ手探りで『中島』と暮らしていくのだが……
大嫌いな『中島』
だけど気になる『中島』
『中島』に対する自分が、少し変わったかも?と言うお話
※虫が出てくるので、苦手な人はご遠慮ください
※自分も虫は苦手です
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
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