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第十二話

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 雨の日も風の日も、サブリミナル的に代官山の視界に入る作業と、馬小屋で馬にニンジンをやる作業を続けた。もちろんラブスコープは持っていなかった、代官山からの評価が上がっていくのが分かった。ラブダイナミックスがあれば、もっと楽に過ごせたかもしれない。
 そして来る十二月の頭。遂に代官山の家に突入する大義名分を得ることが出来た。ファンクラブの美麗とも、
「ええ~っ。代官山様のお家に行かれるのですか~。行ったら是非感想教えてくださいまし。多分立派なお犬様がいて、鹿のはく製があって……」
「だーいじょうぶ! お土産はまーかせて!」
 というマブタチな関係を構築したので、もはやファンクラブ公認の仲、知らぬは代官山当人だけという状況まで外堀を埋めきった。
 そして今夜既成事実を作りに馳せ参じましたっ、とインターホンでシャウトしたいが、そこは目的を見失わない。あまりに事がスムーズに進み過ぎているので、誰かに一寸自慢したかっただけだ。
 さてさて時刻は宵の口。住所はもちろん懸命なストーキングの末に知っていたが、念のため正式な招待状を見て、
「あら、別荘の方じゃない! 本家のお屋敷に行くところだったわ」
 と気が付く。あぶないあぶない。
 青色のJRに乗り込み、鎌倉駅の次で降りる。そこからバスでいくつかかな、と山を少し見上げていると、黒い影。
「失礼ですが、大崎マコト様でいらっしゃいますか?」
 おお! と驚いて振り返ると、SPよろしくなマウンテンゴリラが二人。別荘地には不釣り合いだ。
 口を金魚のごとくぱくぱくしていると、
「大崎マコト様ですね。お迎えに上がりました」
と右ゴリラ。
「ささ、こちらへ」
と左ゴリラが先導する先には、黒塗りの高級車。
「センチュリーだ!」
 どうぞ、と右ゴリラが後部座席のドアを開ける。流石超ウルトラ高級車。シートの座り心地、そしてV型12気筒DOHCエンジンの静穏性。どれをとっても一級品だ。発進したのが分からなかったほど。
 逗子の海岸をセンチュリーが走る。二頭のゴリラは一言も発さない。夕日が落ちる海岸はそれは見事の一言。センチュリーと夕日、これだけで元が取れたのではないかと思わされ、本来の目的を忘れそうになる。
 が、そこでの感動はまだまだ生っちょろいものであったことを、5分後に知ることになる。

「着きました。お足元にお気をつけて」
 左ゴリラが外から扉を開く。ほいほい、と名残惜しくもセンチュリーに別れを告げて見上げると、
「……すごっ」
 いやあもう筆舌にしがたい、この世の終わりでもこれほどは騒ぐまい、というほどの豪華絢爛。どうせ「魅惑の深海パーティー」くらいだろうな、と思っていたが、いやさいやさ、「華麗なるギャツビー」じゃないのよ。ほら、真ん中に噴水があるし、なんかレーザー光線で屋敷が色とりどりになってるし、どうみても目がイっちゃってる人もいるし。
 あっけに取られて見上げていると、紳士なウエイターが、
「お嬢様、こちらへ」
 と庭内へ手招きしてくれる。気づくと、手にはシャンパンを持たされており、すごい偉そうなおっさんの、
「さあ、皆さんご唱和ください。乾杯!」
の声に釣られて、
「「「乾杯!」」」
とご唱和させられて、ぐいと飲んでいた。未成年なのにっ。

 果たしてパーティーは、そりゃあもうしっちゃかめっちゃかであった。
 合法か違法かはさっぱり分からないが、そこらじゅうに葉っぱが蔓延しており、勧められたのは二回や三回ではなかった。かと思えば、悪そうなおじさんが悪だくみをしている場面もしばしば見られた。その一方で、どこかの若旦那がどこかで見たことあるような女優にちょっかいを出し、無下にあしらわれたところを食い下がっている。おりゃおりゃいけいけ若旦那と遠目で応援していたら、ゴリラが首根っこを掴んでどこかへ連行していた。しばらく日の目は拝めるまい。
 これじゃあ代官山にあって性的なイベントをこなすどころか、会うことすら難しいのではないか――と思いながらも、気づけばなぜか目の前にはチップの山。
「レイズね」
 私は淡々と宣言すると、「おおっ」と歓声が沸く。一方、目の前の男が眉を顰める。このカモは逃さない、と周囲にウインクを撒くと、また歓声が上がった。
 今宵私は――なぜだかテキサスホールデムの女王になっていた。

 乾杯の後、手持無沙汰にかまけて邸内をウロウロしていると、いかにも怪しげな扉。近寄らないほうがよいオーラがプンプンと漂っていたので、見て見ぬふりをしていたが、
「二度と来るんじゃねえぞ!」
 という怒声と共に、全裸の男がけり出されて来た。男は「ひゃあ」と言って一目散に駆け出す。
 気の毒な男を尻目に少し扉を覗いてみると、いやはや驚きましたよ裏カジノ。
 毒も食らわば、と思い扉にスッと忍び入ると驚くなかれ、外からは想像もつかないほど大規模なカジノ。こんなものが日本にあってたまるか。
 慌てて外に戻り、考える。
 ――入るべきか、入らざるべきか。
 このまま外にいてうろうろしていても、ラチはあかないだろう。それこそ、あんな人数の中から代官山を見つけるのは極めて難しいだろうし、そもそも代官山が私に会ってくれるかどうかも分からない。なにぜ、今のところ馬を磨いていただけである。多少の好感度は上がったものの、こんな豪勢なパーティーで、私のために時間を割いてくれるほどの好感度はあがっていないだろうし、なにより今まで立てたフラグが少なすぎる。
 となれば、もう一つイベントを起こさないとフラグが足りない。そのためにはカジノというのはもってこいなのでは――というのは建前。
 ――カジノ、行きたいよね。
 若干の逡巡の末、再びカジノへの扉を開く。
 天井は高く、外からみてこれほどの大きさとは全く想像は出来なかった。さながらゲーム時空。建物の大きさにそぐわない空間が広がっているというのは、古いゲームにはよくある話だ。デクの樹も、ジャブジャブ様もあんなにでかいわけはなかろう。
 騒音も相当なものだ。誰かの悲鳴やアナウンスが、自ずと耳に飛び込んでくる。
「赤の5! また赤だよ! 5回連続だぜ、勘弁してくれよ!」
「なんで開かないのよこのチューリップは! バカにしてんのォ!」
「本日はまことにィ、まことにィご来店ありがとうございます。本日、ただいまの御時分は、サービスタイム、ラッキータイムのお時間でございますれば、お兄さんも、お姉さんも、あァじゃんじゃんバリバリ、じゃんじゃんバリバリとォ、出して出して出しまくっていただければぁ……」
 ……確かに大規模なカジノかもしれない。しかし訂正の必要がある。なかなかどうして、庶民派かもしれない。

 じゃんじゃんバリバリするのはなんとなく憚られたので、座ったのがポーカーのテーブル。
 するとすると、なぜだか手がバカバカ入るので、結果的に目の前にうず高くチップが積まれていく。主人公補正極まれり、といった具合だろうか。
「……コール」
「俺もだ。コール」
「私は降りるわよ、フォールドね」
 テーブルの面々が動きを決定する。それを確認したディーラーが、「よござんすね?」とばかりに見渡し、一瞬の緊張が走る。誰かが唾を呑み込む音が大きく聞こえた。
「ショーダウンッ」
 わあっと歓声が上がる。頭を抱える他の面々を尻目に、私が微笑み返し。場のカードと合わせてストレートだ。
 さてそろそろ勝ち逃げトンズラ決め込もうかしらんと、周囲を見渡していると、後ろから、
「やあやあマコトくんじゃないか。来てくれたんだね」
 先ほどのポーカーの歓声とは比較にならない黄色い声援が飛ぶ。お屋敷の御曹司、代官山晴彦その人の登場だ。シャア・アズナブルよろしくな、ご覧の通り御曹司です、という真っ赤なスーツは特注品だろう――ダサすぎるぞ。
 しかしおくびにも出さずご挨拶をする。今日の目的は、その腐ったセンスを修正することではない。あなたと一つになりに来たのです。
「これは代官山さん。お見苦しいところをお見せしました」
「いやいや、強い女性というのは、僕は大好きだよ。続けてくれたまえ」
 どうやらカジノの盛り上がりに引き付けられて来たようだ。ほうら、私の計算通り。遊んでいたわけじゃなかったのよ――というのは誰に対しての言い訳か。もちろん、自分だ。
 では償いをしよう。こんな世界で金を貯めても仕方あるまい。今日のゴールはこのクワトロ・バジーナみたいな真っ赤な男と合体することに他ならない。そのための一手を打つのが、このザルカジノで勝ち続けるよりも遥かに大切なのである。
「では――このチップ、次は全てあなたに賭けさせていただきますわ」
 周囲で歓声が上がる。悲鳴も上がる。ハイサイオジサン的な指笛もある――SEが足らなかったのか?
「では姫様の賭け――私が引き受けた! 貸していただきたい! そして私は……ジオンの元に召されるであろう!」
 どっと歓声が、先ほどよりも何倍も大きな歓声が上がった。「ジーク・ジオン!」という声がそこかしこからも聞こえる。ガノタしかいないのか? と思ったが、ハイサイオジサンも音量が心なしか大きい。だからSE絶対おかしいって。ここ、洋館だぜ?
 ディーラーがジオン総帥に、
「それでは総帥、ゲームは何を選びますか? テキサスホールデムでもいいですし、ブラックジャックでもよいでしょう。スロットというのは少し味気ないですかね」
 と訪ねる。
「――ふむ……」
 代官山がちらりとこちらを見る。にっこり笑って、微笑み返し。
「――このお姫様のツキに乗ってみよう。このままポーカーでいこうか」
 歓声を脇に、ディーラーが無表情にカードを配り始める。メンツは、私と代官山が入れ替わっただけで、他は同じだ。
 カードがプレイヤーに配られる。代官山の肩越しにカードを見ると、ハートのJとKがその手の中にはあった。
 悪くはないだろう。いや、まずまずよい。
 だが、場に3枚のカードがオープンすると眉を顰めざるを得なかった。
 スペードのQ、スペードの5、ハートのQ。
 あまり喜ばしい場のカードではない。
 他のプレイヤーの手札にQがあればその時点でスリーカードになるし、逆にスペードが二枚あればフラッシュの危機だ。こちらは絵札とは言え、ハートが二枚。しかもこのままではブタだ。対面のプレイヤーの眉が動いたような気もする。
 おとなしく今回は降りて、次回に様子をみるべきか。
「コールだ」
「コール」
「私はフォールドね」
 ここはフォールドだろう、と思ったが、
「コールだ」
 降りない。様子を見るということか。
 ディーラーが頷き、場のカードを一枚めくる。
 ――ハートの10!
 ストレートの目も見えてきた。いや、もっと言えばロイヤルストレートフラッシュも……。
「コールだ」
「同じく」
 敵も強気だ。フルハウスの目でもあるのだろうか。
 一瞬、代官山と目が会う。いや、代官山は目線を逸らさない。
 どうしたものか。これは、やさしい悪魔のささやきか――。
 しかし、ここで賭けねば女が廃るだろう。
 代官山をじっと見つめて、微笑み返し。
「オールインだ」
 今日一番の狂騒だ。大盛り上がり、大一番。
「冗談じゃない! フォールドだよ」
 一人が降り、大きなブーイングが起きる。しかし、賢明な判断だろう。かなりの額がほんの一瞬で失われようとしている。
 一方で、残る対面のおじさまは悩んでいる。
 そして、意を決したようで、
「コールだ」
 静かに宣言するが、周りは黙っちゃいない。場内は今日一番の盛り上がりを見せ――そして、シンと一瞬静まり返る。この場にいる全員が、固唾を飲んで、ディーラーの手元に注目している。
「――それではっ」
 運命のカードが捲られた。

   ☆

 結局のところ、ハートのエースは出て来なかった。やっぱり罠だったのだ。しかし観客は十分堪能したようで、今日一番の拍手が代官山を中心とするプレイヤーに送られた。代官山は、手を挙げて答える。そして、がっちりと他のプレイヤーと握手。
「さあ、夜はこれからです。今夜は大いに楽しんでください!」
 歓声と同時に、大きな花火が屋敷の裏手に上がる。ジョー・ブラックをよろしくかよ。
 花火を見つめる私の肩を誰かが掴み、
「諸君らの愛してくれた代官山晴彦は死んだ。何故だ……」
 冗談めかしてた声が左の耳から聞こえる。吐息も耳にかからんばかりだ。
 顔を向けずに、やはり微笑み返し。
「それは坊やだからじゃありませんか?」
 目と目が会う。
「まさか――ところで、部屋で少し飲みなおさないか?」
「もちろん――喜んで」
 やっぴー! ごっきげん!

   ☆

 案内された部屋も、庭や屋敷の外観に負けず劣らず、豪勢なものだった。
 調度品は無論一級品、部屋にはチリ一つ落ちていない。西洋の居室よろしくな居室なので、靴のまま入っていいのか躊躇われるほどであったが、代官山は堂々と足を踏み入れる。風格は、生まれついての貴族だ。
 今日何度目かわからないが、再びあっけに取られている私に、
「さあどうぞ」
と扉を抑えた代官山に手招きされる。おずおずと入らざるを得ない。
 あまりに高すぎる天井に、所在なさげにしていると、
「そこへ掛けたまえ」
「あ、はい」
 装飾過多なベッドに腰掛ける。当然硬くはなく、柔らかすぎもしない。
 代官山が紅茶を持って現れる。
「そんな、代官山さんにそんなことしていただくなんて」
「いやいや、好きでやっているのだよ。私は確かに高貴な生まれかもしれないが、本質的には人に尽くすことが好きなタイプなのかもしれない」
 はあ、そういうもんですかと思うが、おとなしく従う。存外、そういう人なのかもしれない。
 いろいろな話をする。白王号のこと、学業のこと、部活のこと、進学のこと、友人のこと。
 そして、恋人のこと。
「マコト君って、結構人気があるようだけれど、恋人とかはいるのかい?」
 職場で聞いたらこのご時世、セクハラで消滅しそうなセリフではあるが、これなんてエロゲな世界観でイケメンが質問するなら、全然OK牧場。
「いやだなあ、もう。恋人なんていませんよっ。もうすぐクリスマスなのに、ちょっと寂しいかも」
 教科書通りの返事。もちろん、誘ってます。今日はそれ目的で参上しているので、恋人になってから合体するとか、面倒な手続きを踏んでくれなくて大いに結構。既成事実から作っちゃってもらって、これも全然OK牧場。
「それなら――僕が立候補してもよいかな?」
 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
 この世界はやはり極めてシンプルである。好感度を上げて、フラグを立て、イベントを起こし、正しい選択肢を選び、ゴールイン。
 今回も前例に違わず、馬を育てて、イベントを起こし、正しい選択肢を選んだ結果だ。あとはゴールになだれ込むだけ。
「もちろん――喜んで」
 ベッドの上で腕を広げて、彼を迎える。彼が胸に飛び込んでくる――胸に?
 これでは、シャアとナナイの関係だ。私の母親になってくれたかもしれた女性だ、的なスキンシップ。そういう母性はどちらかというとスレンダーな私に求められても若干困る。そこまでシャアキャスバルしなくてもいいのに。しかし抵抗しても仕方がないので、頭を撫でてやる。完全にナナイの気分だ。
 しばらく胸をかしていただろうか。らちがあかないので自分で服を脱ぐ。脱がせ易い服にしてきたのに、女性にこうまでさせるとは、情けないやつ!
 さすがにそこまでお膳立てすると、ブラのホックを外して来た。よしよし、ようやくおっぱじめられる。雰囲気も悪くはない。これにてエンディングを迎えられるだろう。

 ところがところが。
「いつまで乳吸っとんねん!」
 机の上に置いてあった灰皿で頭をこづくと、「があっ」といううめき声を上げ、
「……痛いじゃないか」
「やかましい! さっさと次に進みなさいッ」
 ビシっと五反田の股間を指さす。
「なによ、全然元気がないじゃない!」
「いやあ、実は……」
 面目ない、という表情で五反田が喋り出す。
「いや、十代にしてエレクチオンしないンだよ……。情けない話。特に、君のような正統派な美人を前にすると、どうにも緊張して」
 長々と言い訳が続く。が、
「ええい、男のくせにごちゃごちゃうるさいわね! なんとか言ったらどうなの。くぬっ、くぬっ、くぬっ」
 怒りの斬撃雨あられを降らす。女に恥を掻かせて――という気持ちもあるが、実際のところ時間を無駄にさせてという思いの方が強い。この数か月は、五反田と田端の攻略を諦めて、こちらに時間を割いてきたのだ。まさか、攻略できないキャラクターだったとは……ん?
「あら?」
 見ると代官山の股間には、テントが建設されつつあった。
「ちょっと元気出てきたんじゃない?」
 顔に目を向けると、若干恍惚の表情。
「100%……SOかもね」
「じゃかしゃいッ」
 股間をちょっと蹴り上げる。いや、ホントにちょっとよ? ところがところが、効果てきめんであったよう。
「ウッ」
 悶絶する代官山。でも、股間は正直。
「あら~、いいじゃないっ!」
 すかさずズボンを脱がし、下着を脱がし、ナニを口に咥えようとするが、
「いや、そんなそこまでは――」
「バカ! ここに来てナニ言ってんのよ、このフニャチンッ」
「フ、フニャチンって……」
 というフニャフニャしたチンチンという言葉とは裏腹に、怒張を増すテントの骨組み。どうやら、言葉攻めもこうかはばつぐんのようだ。
 こうなると、がぜん攻める気持ちが湧いてくる。
「ねえ、アレないの? ムチとかロウソクとか、ロープとか」
 股間を踏みしめながら聞くと、恍惚と呻きが混在しながらも、ベッドの向こうを指さす。そこには黒々としてしなりのよさそうな、さりとて高級感と気品のある、要すれば金持ち御用達のムチがあった。
「あら、いいじゃない♪ うぉらぁッ!」
 ピシっ、と締まりのある音と、
「アオン!」
 甲高い悲鳴がとどろく。
「なんでこんなものを持っているのかしらんっ!」
 ピシッ!
「アオンッ!」
「さっさと答えなさい……この犬っ!」
 ビシビシッ!
「アオーン!」
 案外女王様の気質が自分にもあったようで、今後は鬼軍曹女王様の称号を誇りに思い生きていこうと思う。多分このムチは馬用だろうが、今後は私の私物になる――じゃなくてッ。
 新しい扉を開いている場合ではない。本日の目的は、あくまで合体。合体してゲームクリア。それを達成しなければならない。
 女だてらにルパンダイブで果敢に攻める。もうお遊びはここまでだ。というか、チンタラしていたら怒張した代官山のナニが萎んでしまうかもしれない。そうしたらまた鞭を打ち、怒張させ、挿れようとして萎み、鞭打ち……の無間地獄。嫌な地獄もあったもんだ。
 只今の観測では、まだまだお元気な様子。こっちはこっちで女王様の興奮でいつでもヌメりな臨戦態勢。そしてイケメンの縋るような視線がそれに拍車をかける。こちらがルパンしている間にゴムも付けている。用意周到じゃあないか。
「いっただきまーすッ」
 もちろん騎乗位だ。騎乗位しかない。なぜなら、もはやこの場は超高級SMクラブなのだからっ。

   ☆

 ――またしてもダメだった。全然ダメだった。分速一万回転のシェイクの後、私はまたカジノに向かっていた。目が回るし、目の前のルーレットも回っている。
「赤の5!」
 歓声が沸き上がる、私のチップも積みあがる。どうやらこのカジノはヌルゲーらしい。
 そして背中から声が飛ぶ。振り向くと、もちろん予想通りの優男。
「やあやあマコトくんじゃないか。来てくれたんだね」
 先ほどの歓声とは比較にならない黄色い声援が飛ぶ。お屋敷の御曹司、代官山晴彦その人の登場だ。
 しかし私は知っている。この男が生粋のドMだということを。「ド」が付きます。超ド級マゾヒスト。
「これは代官山さん。お見苦しいところをお見せしましたわね」
「いやいや、強い女性というのは、僕は大好きだよ。続けてくれたまえ」
 これも先ほど通りの会話だが、こっちの受け取り方は全く違う。強い所女性の定義も違う。
 このマゾヒストをどう料理すればよいのだろうか。田端と代官山がダメだった今、このマゾヒストの料理の仕方一つでこっちの運命が決まる。
 やっぱりムチというのがマズかったか。少女漫画でムチはないもんな。でも、ああいう愛もそれなりにあるかもしれないし、昨今はハードコアな漫画も増えているので、あながち間違った選択肢とは断罪できないのでは。むしろ、叩き方が甘かったすらあるかもしれない――。
「おや、僕の顔に何かついているかい?」
 おっと、必要以上に見つめ過ぎたようだ。とにかく、今はこの男に賭けるしかない。
「いえいえ、失礼しました。では――このチップ、次は全てあなたに賭けさせていただきますわ」
 周囲で歓声が上がる。悲鳴も上がる。私の心は踊らない。
 負けることが分かっている賭け事ほど面白くないものはないのだ。

 数十分後、代官山の部屋についた瞬間にずんずんとベッドの奥に入り込み、
「おいおい、レディーがそんなに男の部屋に踏み入るもんじゃ――アオッ!」
 ムチをひったくって先制攻撃。そこから徹底的にいたぶり、速攻騎乗位に持ち込む。なんなら、跨る前に掟破りのチョークスリーパーまで決めてやったのだが――。

 やはりシェイク。分速一万二千回転。
 全然ダメじゃねえか。

   ☆

 ――さて、どうしようか。
 カジノの扉の前で悩む。
 ここで打つべき施策は、先ほどの原因究明かもしれない。
 田端と五反田がダメなら代官山を落とすより他にゲームクリアはあり得ない、と思っていた。しかし、そもそもその再考が必要かもしれない。そしてその前に、やはり代官山は「ダメ」というのを確認する必要がある。
 この男がマゾヒスト、というのは修正し難いのでその設定は動かない。そして、少女漫画のプリンスがマゾヒスト、というのは少し聞いたことがない。レディースものでもちょっとお目にかかれない。ギャグテイストが入ったBLならあるかも……という程度だ。やっぱり、昨今のハードコアな漫画の蔓延とは言え、流石にプリンスを亀甲縛りするようなフィクションは、まだ現れてはいないのだろう。嫌だもんな、「りぼん」の表紙にムチを持ったお嬢様がいたら。多分お母さん買ってくれないよ。ばんがいちとかならイケるかもしんないけど。というか、確実にOK。でも流石に今回はそういう話ではない。それがいいなら挿入OKでしょ。
 ――そうすると、もしかするとこの男は本命ではない? ということは、やはりストレートにプリンスは五反田であったか。
 ではなぜ五反田がダメであったか。その原因は、この豪邸に来て初めて分かった。
 シチュエーションである。
 シチュエーションが足りなかったのだ。分かったつもりだったが、全然足らなかったということだおる。
 少女漫画のヒロインが、メシ食ってビール飲んでそのままの勢いで男とねんごろになるのを見たことが君はあるだろうか。私はない。そういうのは大体レディースもので、とりあえずねんごろになって、その後激動のドラマが発生して、御曹司とかライバルとかがわんさか出てきて――というもの。これ、ありがち。
 ところがどっこい。この世界観は少女漫画である。ヒロインの貞操はそんなに安っぽいものでは決してない。初体験は少なくとももうちょっとおぜん立てされた舞台であるべきで、少なくとも肉じゃがやDVDの延長線上にはない。カラオケボックスにも無論、ない。君はカラオケボックスで貞操を失うヒロインを見たことがあるか? そんなネームを書いて来たら、確実にその漫画家は出禁である。グレート出禁だ。
 そんな出禁なストーリーであるわけがない。ということはつまり、本命は五反田であり、こんなマゾヒスト男ではないのである。
 となればこんなマゾは何の利用価値もないので、一刻も早く帰還するべきである。

   ☆

 何度目か分からないじゃんじゃんバリバリなアナウンスには、時間も惜しいので回れ右をしたが、先ほどの右ゴリラとばったり。
「まあまあお嬢さん、今来たばかりじゃないか。少しばかり遊んでいきなよ、ほら」
 といつのまにか現れた左ゴリラからチップを手渡される。
 断るのもアレなので、「はあ、ありがとうございます」と適当な返事をすると、ゴリラは、
「グッドラックッ」
 と言って、良い笑顔をキメながらどこかに行ってしまった。おそらく、また誰かの身ぐるみをひっぺ剥がして蹴り出すのだろう。くわばらくわばら。
 適当にルーレットで外してしまおうと思い、なんの気なしに赤の5番に貰ったものを全てかける。
 なぜ赤の5番に賭けたのか。多分、先ほどのシェイクの前に耳を通過した言葉だったのだろう。
 ごろごろと玉が盤面を巡る。
 果たして――、
「赤の5番!」
 おお~という歓声が上がるが、小さなものである。

 しかし、そこでピーンと来たね、私は。

   ☆

「おほほほほ、どんどん持ってきなさーい! ドンペリでもジョニ黒でもなんでもござれよ!」
 私の前には酒が山と積まれ、しかしそれよりも高くチップが積まれていた。
 ルーレットでバカ勝ち、ポーカーでバカ勝ち、そしてなによりもブラックジャックで大バカ勝ちをしでかしている。
「ジョニ黒が高級酒だったのは……」
「うるさいこの犬!」
 手に持ったムチでしばくと、犬――こと、代官山晴彦は「アオッ!」と嬉しそうに吠えた。しかし周囲はもはや慣れたもので、目を向ける者さえいない。そりゃそうだ。1時間以上もムチで叩かれているのだ。最初こそ亀甲縛りのご子息を見て悲鳴――一部黄色い悲鳴――が飛んだが、人間なんでも慣れるもの。亀甲縛りに首輪をつけてギャグボールを咥えたあげくムチでシバかれているご子息がいても、もはや皆さん気にも留めない。
 いや、もっと言えば、群衆はテーブルに張り付いているので視界にすら入っていないだろう。
 私の目の前には青い顔をしたディーラー。
 私のテーブルには、ダイヤの10とスペードのA。
 ディーラーのテーブルには、クラブの8とスペードの2。
「さあ、はやくもう一枚お引きになって」
 無論、急かせる。
 ディーラーは引くしかない。ルール上引くしかないというのもそうであるが、数字が全然足りていない。
 ディーラーが運命の一枚のカードをオープンする。
 そこには――
「ハートの……9ッ」
 わーっと今日一番の歓声が上がる。
「残念、ハートのエースが出て来ないわねッ」
 オーホッホッと川村万梨阿ばりの高笑い。微笑み返し、ならぬ高笑い返し。足元の犬も、喜びの舞と悲鳴を上げているので、ムチできっちりとしばいておく。
 別にカウンティングをしていたわけではない。ご法度であるし、なによりそんなことは出来っこない。できる頭脳があるなら、もっとマトモな人生を送っている。
 しかしこっちには、股間に手を突っ込むだけで時間を逆流できるという、天下無双の特殊能力があるのだ。
 ルーレットの出目を覚え、よく当たる台を覚え、途中でアルコールを覚え――分速数万回転のシェイクに耐えるのには、必須だった――そしてトランプのカードを覚える。その後高級SM部屋に行き、ムチでシバいて馬乗りになる。それを何度も繰り返した。
 そして、何度繰り返しても出目は変わらなかった。
 これで博打に負ける奴はいない。ザルカジノだ。ゲームであれば、TASなプレイで荒稼ぎというのは常套手段であるが、何のことはない。それと全く同じである。出目を覚えていれば、それはギャンブルではなく、ただの作業だ。
 こうして、一夜にして巨萬の富を築き上げた。オマケとして、ギャグボールを咥えた従順な下僕も手に入れた。
 任務、完了である。

 あ、もちろん民間カジノは違法なので、ちゃんと豪華な邸宅の横にある景品交換所でチップを交換してもらいました。これで安全。余ったチップは勿論チョコレートと缶詰に換える。じゃんじゃんバリバリじゃんじゃんバリバリ。

   ☆

 伊達や酔狂で小金を貯めていたわけではない。
 全てはシチュエーション作りのためだ。
 改めてここまでの恋人候補を整理しよう。

 まずは五反田ナオト。ジャニーズ系のイケメンで、幼馴染。しかもベランダ向かいに住んでいる。そして主人公である私に若干ホの字。
 次に田端……あれ? 下の名前知らないぞ? この時点で論外。没!
 最後に代官山晴彦。大金持ちの御曹司。一人F4。ただし、ドM。

 なるほど。私は何をトチ狂っていたのだろうか。どう考えても五反田ナオトその人が本命ではないか。下の名前も分からないモブ同然のキャラクターと、ドM。天秤にかけることすら間違っていた。
 まあ、恋愛漫画っていうのは紆余曲折を経て元サヤ、というのが常套手段である。これまでの経緯もおそらく必要不可欠なプロセスだったのだろう。
 となれば狙うはジャニーズただ一人。そして、これまで欠けていたのはシチュエーションである。出会って5秒で合体、では少女漫画とは言えない。お膳立てが必要で、そうして初めて合体して、鯉太郎が出来るのである。
 漫画博士とも謳われた私がなんたるミス。しかしあってはならないミスではあるが、挽回の手立てはある。
 そう、金だ。ありとあらゆるものは金で買える。少女漫画なので愛を金で買うことはご法度であるが、それ以外は万事OK。失われた好感度と時間を、金で取り戻すのだ。そのための、カジノだった。

 さあ、逆転の下準備は整った。あとは真っすぐ行動あるのみだ。
 狙うは五反田ナオト、そのシチュエーションは……どうしようか。ま、こればっかりは出たとこ勝負だ。まずはその時まで地道に好感度を上げる。一抹の不安はあるが、今のところこれしかない。それに、好感度を上げるだけなら罪悪感もわかないだろうし。
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