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第13話 お嬢様視点 2
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贔屓目ではなくおいしかった。これまでの焼き立てのパンの味とは違う。
「よっしゃ!」
紗雪は思いっきりガッツポーズをすると意気揚々と自分の席に着いた。
「おいしけど、これっておじい様のレシピじゃないでしょう?」
「はい、少しアレンジしました」
「どうして? 紗雪はおじい様の味を受け継ぎたかったんでしょう?」
紗雪はガブリとパンをかじって自分でもその味を確かめると何度も頷いてみせた。
「確かに前はそうでした。でも今の目標はお嬢様に『おいしい』と言っていただくことですからね」
紗雪の言葉に赤面しそうになって、すっかり口癖になっている「馬鹿じゃないの」という言葉で抑え込む。
「もっと研究して、焼き立てでも時間が経ってもお嬢様においしいと言ってもらえるパンを必ず焼きますから」
紗雪は自信に満ちた口調で言った。うれしくて顔がニヤケてしまいそうだ。このままではまた紗雪に主導権を握られてしまう。
「さ、紗雪はそんなに私のことが好きだったの? 全然気付かなかったわ」
私は紗雪の顔を見ないようにスープを飲みながら、できるだけ素っ気ない雰囲気で言う。
「かなり好きみたいです」
紗雪はあっさりと、まるで他人事のように言った。
「え? いつから?」
つい素に戻って聞いてしまった。
「いつからと言われると、いつからだろう」
そうして紗雪は首を何度も傾げて考える仕草をした。
「私のお金目当てでそんなことを言ってるだけじゃないの?」
うれしさを誤魔化すために、つい思ってもいないことを口に出してしまって後悔した。
「お金目当て? ああ、お嬢様はお金持ちですもんね!」
紗雪は気を悪くする様子もなく、今気づいたかのように言った。密かにホッとする私をよそに紗雪は続ける。
「そう言われれば最初のころはそんな感じではありましたね」
「はぁっ?」
私は紗雪を軽く睨んだ。
「だって無職でしたし。お給料も良かったからもしも途中でクビになっても損はないなーって」
当時の状況を考えれば致し方ないのかもしれないけれど、そんなにはっきり言われると少しだけ傷つく。私としては必死だったのだ。
「じゃあ、いつからそれが変わったの?」
「んー、多分実家のパーティーに連れて行ってもらったときですね」
「え?」
「お嬢様、ずっと私と手をつないでたじゃないですか。その手がすごく緊張してるのが分かって……周りの大人たちの様子もアレでしたし。だから私なんかが言うのはおこがましいんですけど、守ってあげたいというか……」
紗雪は少し照れながら言った。
紗雪を実家のパーティーに連れて行ったのは一度だけだ。幼かった私はあの場所が嫌いだった。そしてあの場所が怖かった。だから紗雪がいればそれにも耐えられると思ったのだ。
紗雪と手をつないでいたらとても安心できた。紗雪がずっと手を離さないでいてくれたのもうれしかった。信頼できる人が側にいることの心強さを知った。
だけどふと紗雪の顔を見上げたとき、紗雪の顔に嫌悪の色が浮かんでいることに気付いたのだ。それは私に向けられたものではない。だけど私もパーティーに参加している大人たちと同じだと思った。だからいつか紗雪にそんな目で見られる日がくるのではないかと思うと恐かった。だから紗雪をパーティーに連れて行かなくなった。紗雪にはこのマンションの中にいる私だけを見ていてほしかった。
「馬鹿じゃないの」
紗雪がそんな風に思っていてくれていたことがうれしいけれど恥ずかしくてつい憎まれ口をきいてしまう。
「あれって私が十二歳でしょう? ロリコンなの?」
「うげっ、止めてください。そんなんじゃないです。それにあのころは別にそういう意味でのアレではなくて……どちらかというと母親というか、姉みたいな感じというか……」
「私の母は紗雪より素敵な人だったわ」
「はぁ、それはそうでしょうけどね」
紗雪はがっくりとうなだれる。私は思わず吹き出した。なんだか調子が戻ってきたような気がする。
「それで母心じゃなくなったのはいつから?」
「んー、んー、はっきりとは……むしろそういった目で見てはいけないと思ってましたし」
「いつから?」
「あー、いつからって……んー、高校一年のとき、かな?」
「え? それっていつ?」
「高校の制服が届いて試着したじゃないですか。あのときちょっとドキッとしたというか……」
後半はモゴモゴと口の中に含めるように言うと紗雪は顔を伏せた。紗雪の耳が赤くなっているのに気付いて思わずニヤケてしまう。
だけどあのとき紗雪はそんな素振りを見せなかったような気がする。
オーダーメイドで私の体にぴったりと合わせた高校の制服が届いたとき、それを着てクルリと回って「紗雪、どう?」と聞いてみた。
すると紗雪は「高校の制服ですか?」とぼんやりした顔で言った。
うちの高校の制服は近隣ではちょっと憧れの対象になっているらしい。この制服を着たいという理由で必死に勉強をして高校から入学する生徒もいるくらいだ。
自分で言うのもなんだけどかなり似合っていると思った。しかし紗雪はアゴに手を当ててじっくりと制服を見てからこう言ったのだ。
「さすがですね。やっぱり生地も高級そうですね」
もちろん私の返事は「馬鹿じゃないの!」だった。
もしかしてあのとき紗雪は照れ隠しでそんなことを言ったのだろうか。紗雪は思っていることがすぐに顔に出ると思っていたけれど実はそうでもないのかもしれない。
そんな会話をしている間に朝食を食べ終わっていた。
「あの、お嬢様」
「なに?」
「のんびりしていますけど、もう学校に行く時間ですよ」
「ああ、今日は休むから体調が悪いとでも連絡しておいて」
「え? 体調が悪かったんですか?」
紗雪は慌てて立ち上がった。確かに寝不足だから体調が悪いと言えなくもないけれど、別にそれを理由に休むわけではない。
「別に悪くないわよ」
「それではなぜ?」
「昨日の続きを……」
と言った瞬間、紗雪の目がキラリと光った気がした。
「勘違いしないでよ! 紗雪はウチの事情を知らないでしょう。何かある前に話しておきたいだけ。長い話になると思うから」
私はそう言って立ち上がる。
「私は部屋にいるから、話を聞く準備ができたら呼んで」
そう言い残して私は部屋の中に閉じこもった。
紗雪は絶対に「昨日の続き」を「昨日のキスの続き」だと思ったに違いない。言い方を失敗した。恥ずかしい。
「よっしゃ!」
紗雪は思いっきりガッツポーズをすると意気揚々と自分の席に着いた。
「おいしけど、これっておじい様のレシピじゃないでしょう?」
「はい、少しアレンジしました」
「どうして? 紗雪はおじい様の味を受け継ぎたかったんでしょう?」
紗雪はガブリとパンをかじって自分でもその味を確かめると何度も頷いてみせた。
「確かに前はそうでした。でも今の目標はお嬢様に『おいしい』と言っていただくことですからね」
紗雪の言葉に赤面しそうになって、すっかり口癖になっている「馬鹿じゃないの」という言葉で抑え込む。
「もっと研究して、焼き立てでも時間が経ってもお嬢様においしいと言ってもらえるパンを必ず焼きますから」
紗雪は自信に満ちた口調で言った。うれしくて顔がニヤケてしまいそうだ。このままではまた紗雪に主導権を握られてしまう。
「さ、紗雪はそんなに私のことが好きだったの? 全然気付かなかったわ」
私は紗雪の顔を見ないようにスープを飲みながら、できるだけ素っ気ない雰囲気で言う。
「かなり好きみたいです」
紗雪はあっさりと、まるで他人事のように言った。
「え? いつから?」
つい素に戻って聞いてしまった。
「いつからと言われると、いつからだろう」
そうして紗雪は首を何度も傾げて考える仕草をした。
「私のお金目当てでそんなことを言ってるだけじゃないの?」
うれしさを誤魔化すために、つい思ってもいないことを口に出してしまって後悔した。
「お金目当て? ああ、お嬢様はお金持ちですもんね!」
紗雪は気を悪くする様子もなく、今気づいたかのように言った。密かにホッとする私をよそに紗雪は続ける。
「そう言われれば最初のころはそんな感じではありましたね」
「はぁっ?」
私は紗雪を軽く睨んだ。
「だって無職でしたし。お給料も良かったからもしも途中でクビになっても損はないなーって」
当時の状況を考えれば致し方ないのかもしれないけれど、そんなにはっきり言われると少しだけ傷つく。私としては必死だったのだ。
「じゃあ、いつからそれが変わったの?」
「んー、多分実家のパーティーに連れて行ってもらったときですね」
「え?」
「お嬢様、ずっと私と手をつないでたじゃないですか。その手がすごく緊張してるのが分かって……周りの大人たちの様子もアレでしたし。だから私なんかが言うのはおこがましいんですけど、守ってあげたいというか……」
紗雪は少し照れながら言った。
紗雪を実家のパーティーに連れて行ったのは一度だけだ。幼かった私はあの場所が嫌いだった。そしてあの場所が怖かった。だから紗雪がいればそれにも耐えられると思ったのだ。
紗雪と手をつないでいたらとても安心できた。紗雪がずっと手を離さないでいてくれたのもうれしかった。信頼できる人が側にいることの心強さを知った。
だけどふと紗雪の顔を見上げたとき、紗雪の顔に嫌悪の色が浮かんでいることに気付いたのだ。それは私に向けられたものではない。だけど私もパーティーに参加している大人たちと同じだと思った。だからいつか紗雪にそんな目で見られる日がくるのではないかと思うと恐かった。だから紗雪をパーティーに連れて行かなくなった。紗雪にはこのマンションの中にいる私だけを見ていてほしかった。
「馬鹿じゃないの」
紗雪がそんな風に思っていてくれていたことがうれしいけれど恥ずかしくてつい憎まれ口をきいてしまう。
「あれって私が十二歳でしょう? ロリコンなの?」
「うげっ、止めてください。そんなんじゃないです。それにあのころは別にそういう意味でのアレではなくて……どちらかというと母親というか、姉みたいな感じというか……」
「私の母は紗雪より素敵な人だったわ」
「はぁ、それはそうでしょうけどね」
紗雪はがっくりとうなだれる。私は思わず吹き出した。なんだか調子が戻ってきたような気がする。
「それで母心じゃなくなったのはいつから?」
「んー、んー、はっきりとは……むしろそういった目で見てはいけないと思ってましたし」
「いつから?」
「あー、いつからって……んー、高校一年のとき、かな?」
「え? それっていつ?」
「高校の制服が届いて試着したじゃないですか。あのときちょっとドキッとしたというか……」
後半はモゴモゴと口の中に含めるように言うと紗雪は顔を伏せた。紗雪の耳が赤くなっているのに気付いて思わずニヤケてしまう。
だけどあのとき紗雪はそんな素振りを見せなかったような気がする。
オーダーメイドで私の体にぴったりと合わせた高校の制服が届いたとき、それを着てクルリと回って「紗雪、どう?」と聞いてみた。
すると紗雪は「高校の制服ですか?」とぼんやりした顔で言った。
うちの高校の制服は近隣ではちょっと憧れの対象になっているらしい。この制服を着たいという理由で必死に勉強をして高校から入学する生徒もいるくらいだ。
自分で言うのもなんだけどかなり似合っていると思った。しかし紗雪はアゴに手を当ててじっくりと制服を見てからこう言ったのだ。
「さすがですね。やっぱり生地も高級そうですね」
もちろん私の返事は「馬鹿じゃないの!」だった。
もしかしてあのとき紗雪は照れ隠しでそんなことを言ったのだろうか。紗雪は思っていることがすぐに顔に出ると思っていたけれど実はそうでもないのかもしれない。
そんな会話をしている間に朝食を食べ終わっていた。
「あの、お嬢様」
「なに?」
「のんびりしていますけど、もう学校に行く時間ですよ」
「ああ、今日は休むから体調が悪いとでも連絡しておいて」
「え? 体調が悪かったんですか?」
紗雪は慌てて立ち上がった。確かに寝不足だから体調が悪いと言えなくもないけれど、別にそれを理由に休むわけではない。
「別に悪くないわよ」
「それではなぜ?」
「昨日の続きを……」
と言った瞬間、紗雪の目がキラリと光った気がした。
「勘違いしないでよ! 紗雪はウチの事情を知らないでしょう。何かある前に話しておきたいだけ。長い話になると思うから」
私はそう言って立ち上がる。
「私は部屋にいるから、話を聞く準備ができたら呼んで」
そう言い残して私は部屋の中に閉じこもった。
紗雪は絶対に「昨日の続き」を「昨日のキスの続き」だと思ったに違いない。言い方を失敗した。恥ずかしい。
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