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第7話
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「紗雪、出掛けるわよ」
ある日曜の朝、朝食を食べているときにお嬢様が唐突に言った。
あの日からパンは前日に焼いて朝食に出すようにしている。まだすべてのパンが満足のいく味になっているわけではないけれど、お嬢様から「おいしい」という言葉が聞けるようになった。
お嬢様に「おいしい」と言ってもらうことを目標にしていたから、それはとてもうれしいのだけど、なぜかあまり心が弾まない。パンの移動販売をしていた頃は、お客様の「おいしい」に心が弾んでいたのに、どうして今は「おいしい」と言われる度に寂しくなるのだろう。
「どこにお出掛けになるんですか?」
私が聞くと、お嬢様は一枚のハガキを取り出してテーブルに置いた。
それは展示会のDMハガキで『脇山(わきやま)すみ江展』と印刷されていた。幻想的な森のイラストはいかにもお嬢様が好きそうだ。
「折江(おりえ)さんにもらったのよ。私が好きそうだからって」
お嬢様はうれしそうなに笑みを浮かべた。
折江さんとはお嬢様のご学友である那須(なす)折江さんのことだ。私も何度か顔を合わせてお話をしたことがある。
お嬢様とは幼稚舎から一緒で、おそらくあの学校で唯一お嬢様が気を許している友人だと思う。
学校ではいつも気を張っているお嬢様だから、そうした友だちが一人でもいるのはとてもいいことだと思う。だけど少しだけ折江さんに対して嫉妬に近い感情を抱いてしまうのは、お嬢様が使用人の私には見せない顔を折江さんにだけは見せているのを知っているからだ。
お嬢様と折江さんは長い付き合いで同じ年だ。二十歳も年上の使用人に対するものと違うのは当然のことだと思う。それでも、ほんの少しだけ私が同じ年でお嬢様の同級生だったらと考えてしまうことがある。
同じ年齢だったとしても私はあの名門校に通うことはできないから、クラスメートになれる可能性はゼロなのだけど、妄想をするくらいは許されるだろう。
「でしたら折江さんとご一緒すればよかったのでは?」
使用人と出掛けるよりも仲の良い友だちと出掛けた方が楽しいはずだ。
「誘ったんだけど用事があるらしいのよ」
お嬢様はそう言いながら顔を伏せてパンを口に運んだ。断られてしまったけどどうしても展示会を見たいということらしい。
日曜日は私も基本的に休日扱いなのだが、こうしてお嬢様が外出をするときには付き添いをしなければいけない。
「わかりました。食事が終わったら準備をします」
「あ、紗雪も私服でいいから」
「私服ですか?」
仕事のときには……つまり毎日制服を着ているから、私服なんてほとんど持っていない。
「今日は紗雪も休日でしょう? だから……そうね、仕事として付き添うんじゃなくて、ちょっと遊びに行くくらいの気持ちで……」
珍しくお嬢様が口ごもっている。別に服装なんてどんなものでもいい。それに私の私服より用意してもらっている制服の方が高級品なのだ。動きやすくて見た目もオシャレなので、あまり制服だと意識したことはない。
「いえ、あまり私服を持っていませんし、いつもの服装で……」
「ダメ! ともかく今日は私服なの! いいわね!」
お嬢様は厳しい口調で言うと、立ち上がって自室に戻ってしまった。私は朝食の片づけをしながら何を着ようかと、頭の中に数少ない私服を思い浮かべながら必死でコディネートをした。
「じゃあ行きましょうか」
着替えを終えたお嬢様がリビングに出てきた。
膝上丈のワンピースで、ウエストはざっくりしたリボンで締めている。オフショルダーになっていて、首には華奢なネックレスが光っていた。
「なんだかかわいいですね。デートに行くみたいですよ」
私は率直な感想を伝える。これくらいの年齢の女の子が見る雑誌で『おすすめのデートファッション』として紹介されていそうなスタイルだった。
「なっ、別にそんなんじゃないわよ! 紗雪にあわせて庶民的な服にしただけよ!」
お嬢様は顔を真っ赤にして叫ぶ。だったら私は制服でもよかったのだけれどと思いつつも、私と出掛けるためにこの服を選んでくれたのならうれしい。
一方の私はワイドパンツにカットソーという差しさわりのない服装だった。お嬢様の隣を私が歩いていいものだろうか。こうして私服で外出することが今後もあるなら、私ももう少しまともな服を買っておいた方がいいかもしれない。
ある日曜の朝、朝食を食べているときにお嬢様が唐突に言った。
あの日からパンは前日に焼いて朝食に出すようにしている。まだすべてのパンが満足のいく味になっているわけではないけれど、お嬢様から「おいしい」という言葉が聞けるようになった。
お嬢様に「おいしい」と言ってもらうことを目標にしていたから、それはとてもうれしいのだけど、なぜかあまり心が弾まない。パンの移動販売をしていた頃は、お客様の「おいしい」に心が弾んでいたのに、どうして今は「おいしい」と言われる度に寂しくなるのだろう。
「どこにお出掛けになるんですか?」
私が聞くと、お嬢様は一枚のハガキを取り出してテーブルに置いた。
それは展示会のDMハガキで『脇山(わきやま)すみ江展』と印刷されていた。幻想的な森のイラストはいかにもお嬢様が好きそうだ。
「折江(おりえ)さんにもらったのよ。私が好きそうだからって」
お嬢様はうれしそうなに笑みを浮かべた。
折江さんとはお嬢様のご学友である那須(なす)折江さんのことだ。私も何度か顔を合わせてお話をしたことがある。
お嬢様とは幼稚舎から一緒で、おそらくあの学校で唯一お嬢様が気を許している友人だと思う。
学校ではいつも気を張っているお嬢様だから、そうした友だちが一人でもいるのはとてもいいことだと思う。だけど少しだけ折江さんに対して嫉妬に近い感情を抱いてしまうのは、お嬢様が使用人の私には見せない顔を折江さんにだけは見せているのを知っているからだ。
お嬢様と折江さんは長い付き合いで同じ年だ。二十歳も年上の使用人に対するものと違うのは当然のことだと思う。それでも、ほんの少しだけ私が同じ年でお嬢様の同級生だったらと考えてしまうことがある。
同じ年齢だったとしても私はあの名門校に通うことはできないから、クラスメートになれる可能性はゼロなのだけど、妄想をするくらいは許されるだろう。
「でしたら折江さんとご一緒すればよかったのでは?」
使用人と出掛けるよりも仲の良い友だちと出掛けた方が楽しいはずだ。
「誘ったんだけど用事があるらしいのよ」
お嬢様はそう言いながら顔を伏せてパンを口に運んだ。断られてしまったけどどうしても展示会を見たいということらしい。
日曜日は私も基本的に休日扱いなのだが、こうしてお嬢様が外出をするときには付き添いをしなければいけない。
「わかりました。食事が終わったら準備をします」
「あ、紗雪も私服でいいから」
「私服ですか?」
仕事のときには……つまり毎日制服を着ているから、私服なんてほとんど持っていない。
「今日は紗雪も休日でしょう? だから……そうね、仕事として付き添うんじゃなくて、ちょっと遊びに行くくらいの気持ちで……」
珍しくお嬢様が口ごもっている。別に服装なんてどんなものでもいい。それに私の私服より用意してもらっている制服の方が高級品なのだ。動きやすくて見た目もオシャレなので、あまり制服だと意識したことはない。
「いえ、あまり私服を持っていませんし、いつもの服装で……」
「ダメ! ともかく今日は私服なの! いいわね!」
お嬢様は厳しい口調で言うと、立ち上がって自室に戻ってしまった。私は朝食の片づけをしながら何を着ようかと、頭の中に数少ない私服を思い浮かべながら必死でコディネートをした。
「じゃあ行きましょうか」
着替えを終えたお嬢様がリビングに出てきた。
膝上丈のワンピースで、ウエストはざっくりしたリボンで締めている。オフショルダーになっていて、首には華奢なネックレスが光っていた。
「なんだかかわいいですね。デートに行くみたいですよ」
私は率直な感想を伝える。これくらいの年齢の女の子が見る雑誌で『おすすめのデートファッション』として紹介されていそうなスタイルだった。
「なっ、別にそんなんじゃないわよ! 紗雪にあわせて庶民的な服にしただけよ!」
お嬢様は顔を真っ赤にして叫ぶ。だったら私は制服でもよかったのだけれどと思いつつも、私と出掛けるためにこの服を選んでくれたのならうれしい。
一方の私はワイドパンツにカットソーという差しさわりのない服装だった。お嬢様の隣を私が歩いていいものだろうか。こうして私服で外出することが今後もあるなら、私ももう少しまともな服を買っておいた方がいいかもしれない。
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