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第1話
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私のお嬢様は、高飛車で口が悪くて素直じゃない。
「不合格。おいしいとは言えないわ」
今朝もお嬢様は私が焼いたバゲッドを一口かじった瞬間に辛口の批評をした。
「申し訳ありません。すぐに別のものを用意します」
私はため息を飲み込んでバゲッドを持った皿に手を伸ばす。するとそれよりも一瞬早くお嬢様が皿をスッと引いた。
「食べないとは言ってないでしょう」
「そう……ですか」
私は差し出した手を引っ込めて椅子に座り直した。チラリとお嬢様を見ると、澄ました顔で二口目のバゲッドを口に運んでいる。
「紗雪(さゆき)]も早く食べなさい。遅れるわよ」
「はい。いただきます」
私は素直にその言葉に従って朝食を食べ始めた。お嬢様と同じテーブルに着いて一緒に食事をとるのはお嬢様の意向によるものだ。
私はこの桜木美羽(さくらぎみう)お嬢様の専属の使用人をしている。
桜木家は元々華族だか何だかの由緒正しき家柄で、現在でも政財界に大きな影響力を持っているらしい。庶民の私はその辺りのことはよくわからないし、あまり興味もないので詳しくは聞いていない。
そんな『生粋のお嬢様』である美羽お嬢様は、家族との折り合いがあまりよくないらしく、高級マンションに一人暮らしをしていた。私はそのマンションで住み込みの使用人をしている。
使用人といってもメイド服は着ていない。専用の制服が用意されているが、ホテルマンとオシャレなカフェ店員の制服を掛け合わせたようなデザインなので、このまま外出しても自然なのがいい。パンツスタイルとスカートスタイルで数パターンの制服があり、日によってそれらを自由に組み合わせて着られるところも気に入っていた。
使用人になってもう五年になるが、もしも制服がメイド服だったらすぐに辞めていたと思う。二十歳も年下のお嬢様にきつい言葉を浴びせられるのにはすぐに慣れたけれど、きっとメイド服には慣れることはできなかっただろう。
この使用人生活はあと三年で終わる。使用人となるときの契約で、期限はお嬢様が二十歳(正確には短大を卒業するまで)となっていた。その期限を過ぎたら私は自分のやりたい道に進むつもりでいる。
使用人の仕事は想像していたよりもきつかったが、その目標があったからがんばってこられた。
お金持ちのお嬢様なのに使用人は私ひとりしかいない。だから掃除や洗濯、料理などの家事全般はもちろん、お嬢様の身の回りの世話や学校への送り迎えも私の仕事だった。
名目上の休日は設けられているものの、お嬢様と一緒に暮らしているのだから家事を休むことはできない。つまり使用人になってからの五年間でちゃんと休日をとれたことはほとんどないということだ。
それでもお嬢様が学校に行っている間、家事さえ片付ければあとは自由に過ごすことができる。それに私が普通に会社勤めをしていては稼げないくらいの給料がもらえるのだ。
下世話な言い方をすれば、お金の為にこの仕事を耐え忍んできたと言えなくはない。だけどそれだけでもなかった。私のお嬢様は高飛車で口が悪くて素直じゃないのだけれど、かわいいところもあるのだ。
「別にまずいって言ってるわけじゃないの。でも紗雪はパン職人になりたいんでしょう? だったらこの程度じゃ全然だめよ」
お嬢様は次々と朝食を口に運びながら早口で言う。私も自分が焼いたバゲッドを口に運びながら、お嬢様の評価は正しいと感じていた。まずくはない。だけど私が目指す味には程遠い。
「もっと研究して練習しなさいよ。必要な材料は食費から出せばいいんだから」
「ありがとうございます」
私が素直に感謝の言葉を伝えると、お嬢様は左の眉をピクリと動かした。
「私は単においしいパンが食べたいから言ってるだけ。使用人なんだから当然でしょう」
「はい」
まあ、毎日がこんな感じだ。
使用人を辞めたら私はパン職人になってパン屋を開きたいと思っている。だからもらった給料のほとんどを貯金してその資金を貯めていた。そしてそのことはお嬢様も知っている。だから毎日私にパンを焼くように言い、厳しい評価を下しながらも残すことなく食べてくれる。
もう少し素直でやさしい言葉を掛けてくれたらもっとうれしいと思うのだけれど、それを望むのは贅沢というものだろう。
「不合格。おいしいとは言えないわ」
今朝もお嬢様は私が焼いたバゲッドを一口かじった瞬間に辛口の批評をした。
「申し訳ありません。すぐに別のものを用意します」
私はため息を飲み込んでバゲッドを持った皿に手を伸ばす。するとそれよりも一瞬早くお嬢様が皿をスッと引いた。
「食べないとは言ってないでしょう」
「そう……ですか」
私は差し出した手を引っ込めて椅子に座り直した。チラリとお嬢様を見ると、澄ました顔で二口目のバゲッドを口に運んでいる。
「紗雪(さゆき)]も早く食べなさい。遅れるわよ」
「はい。いただきます」
私は素直にその言葉に従って朝食を食べ始めた。お嬢様と同じテーブルに着いて一緒に食事をとるのはお嬢様の意向によるものだ。
私はこの桜木美羽(さくらぎみう)お嬢様の専属の使用人をしている。
桜木家は元々華族だか何だかの由緒正しき家柄で、現在でも政財界に大きな影響力を持っているらしい。庶民の私はその辺りのことはよくわからないし、あまり興味もないので詳しくは聞いていない。
そんな『生粋のお嬢様』である美羽お嬢様は、家族との折り合いがあまりよくないらしく、高級マンションに一人暮らしをしていた。私はそのマンションで住み込みの使用人をしている。
使用人といってもメイド服は着ていない。専用の制服が用意されているが、ホテルマンとオシャレなカフェ店員の制服を掛け合わせたようなデザインなので、このまま外出しても自然なのがいい。パンツスタイルとスカートスタイルで数パターンの制服があり、日によってそれらを自由に組み合わせて着られるところも気に入っていた。
使用人になってもう五年になるが、もしも制服がメイド服だったらすぐに辞めていたと思う。二十歳も年下のお嬢様にきつい言葉を浴びせられるのにはすぐに慣れたけれど、きっとメイド服には慣れることはできなかっただろう。
この使用人生活はあと三年で終わる。使用人となるときの契約で、期限はお嬢様が二十歳(正確には短大を卒業するまで)となっていた。その期限を過ぎたら私は自分のやりたい道に進むつもりでいる。
使用人の仕事は想像していたよりもきつかったが、その目標があったからがんばってこられた。
お金持ちのお嬢様なのに使用人は私ひとりしかいない。だから掃除や洗濯、料理などの家事全般はもちろん、お嬢様の身の回りの世話や学校への送り迎えも私の仕事だった。
名目上の休日は設けられているものの、お嬢様と一緒に暮らしているのだから家事を休むことはできない。つまり使用人になってからの五年間でちゃんと休日をとれたことはほとんどないということだ。
それでもお嬢様が学校に行っている間、家事さえ片付ければあとは自由に過ごすことができる。それに私が普通に会社勤めをしていては稼げないくらいの給料がもらえるのだ。
下世話な言い方をすれば、お金の為にこの仕事を耐え忍んできたと言えなくはない。だけどそれだけでもなかった。私のお嬢様は高飛車で口が悪くて素直じゃないのだけれど、かわいいところもあるのだ。
「別にまずいって言ってるわけじゃないの。でも紗雪はパン職人になりたいんでしょう? だったらこの程度じゃ全然だめよ」
お嬢様は次々と朝食を口に運びながら早口で言う。私も自分が焼いたバゲッドを口に運びながら、お嬢様の評価は正しいと感じていた。まずくはない。だけど私が目指す味には程遠い。
「もっと研究して練習しなさいよ。必要な材料は食費から出せばいいんだから」
「ありがとうございます」
私が素直に感謝の言葉を伝えると、お嬢様は左の眉をピクリと動かした。
「私は単においしいパンが食べたいから言ってるだけ。使用人なんだから当然でしょう」
「はい」
まあ、毎日がこんな感じだ。
使用人を辞めたら私はパン職人になってパン屋を開きたいと思っている。だからもらった給料のほとんどを貯金してその資金を貯めていた。そしてそのことはお嬢様も知っている。だから毎日私にパンを焼くように言い、厳しい評価を下しながらも残すことなく食べてくれる。
もう少し素直でやさしい言葉を掛けてくれたらもっとうれしいと思うのだけれど、それを望むのは贅沢というものだろう。
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