霊体になったので嫌いな女のヒミツを覗いてみた。

悠生ゆう

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こんなにも嫌いな女を好きな理由(ワケ)。

23歳 再会

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 目の前には頬杖をついて憮然とした顔の麻美先輩がいる。
「あのねー、確かに私の彼女は狭量じゃないとは言ったわよ。だけど、そう度々呼ばれるとさすがに私の方が気を遣うんだけど?」
 まるで麻美先輩の台詞が終わるのを待っていたかのようなタイミングで店員がビールを運んできた。
 店員が立ち去るのを見届けてから私は言う。
「すみません、これからは少し控えますから」
 そして届いたばかりのビールジョッキを持ち軽く麻美先輩の方へと差し出した。
 すると麻美先輩は渋々と言った雰囲気でビールジョッキを持ち「乾杯」と言って私のジョッキと軽く合わせる。
 麻美先輩はビールで軽く喉を潤すと「それで?」と小さく言った。私はジョッキをテーブルに置き小さく息を付く。
「慰めてくれる約束でしたよね?」
 私の言葉に麻美先輩は少し目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「はっきりとフラれたの?」
「いいえ。きっぱりと諦める決心がついたんです」
「何かあったの?」
「何もありませんよ。何もなかったから、諦める決心ができたんです」
 私の言葉に麻美先輩は首をひねる。
「それは、会えなかったってこと?」
「会えないどころか、ナナが私の指導担当になったんですよ」

 同じ会社に入ってもナナに会えると決まった訳ではない。そう言いながらも、私は期待していたのだ。偶然にでもナナと顔を合わせる日のことを。そして高校生だったあの頃のように、文句を言ったり、笑いあったりできるのではないかということを。
 ナナに会ったらまず連絡しなかった理由を聞こう。ナナは面倒臭そうに「あー、悪かったよ。そんな前のこと今更蒸し返すなよ」と言うだろうか。それとも「そんな昔のこと忘れたよ」と言って誤魔化すだろうか。
 そうしたら私は少し怒ったフリをしながら「あの頃、私、ナナのことが好きだったんだよ。今までずっとナナのことが忘れられなかったんだよ。連絡が来なくて本当に寂しかったんだよ」と伝えるのだ。
 恥ずかしくてこんなにはっきりと好きとは言えないかもしれない。だけど私は、この五年の思いをナナに伝えたい。
 それでナナがどう反応するかは全くわからない。驚くだろうし、戸惑うだろう。照れるかもしれない。けれどナナならば、きっと不器用にでもちゃんと応えてくれるような気がしていた。
 私はナナと再び顔を合わせる日をずっと空想していたのだ。
 複数ある物流センターの中でナナのいる物流センターに配属されたと知って浮かれた。しかもナナのいるチームで研修をすることになって運命すら感じた。
 目の前にナナがいる。手を伸ばせば届く場所にナナの姿がある。ずっと考えていたのに、私は「ナナ……」とつぶやくことしかできなかった。
 ナナは驚いた顔で私を凝視した後、フイっと目を背けてしまった。その仕草から、拒絶を感じ取って私はショックを受けた。
 幾度も重ねた再会の空想の中に、拒絶だけはなかった。
 空想の中のナナは驚きながらも笑みを浮かべて「なんでこんなところにいるんだよ」と憎まれ口を叩いていた。別の空想では、「おぅ、久しぶりだな」と笑っていた。また別の妄想では驚き、戸惑い、言葉を無くして私をジッと見つめていた。
 何度も繰り返した妄想の中でも「会いたかった」と感激してくれることはなかったけれど、「会いたくなかった」と拒絶されるされることもなかった。
 空想とは違う現実を目の前に突き付けられて、はじめて自分の甘さを思い知った。
 そんな私とナナの様子に気を止めることもなく、私のつぶやきを耳聡く拾い上げた管理長が「なんだ、森内さんは塩原さんと知り合いなのかい?」と言った。
「え、あ、はい……」
 ナナの態度を見ると、はいと答えていいのか迷った。けれどウソをつくのも違うと感じて素直に返事をした。
「それなら、指導係は塩原さんにお願いしようか。気心が知れた相手の方がいいでしょう?」
 管理長は人のよさそうな笑みを浮かべた。
 ちらりとナナを見ると奥歯をかみしめているようだった。それほどまでに私に会うのが嫌だったのだろうかと思うと、心臓がキリキリと痛む。
 どうすればよいか分からず立ち尽くした私をナナはチラリと見た。そして「ハア」と深いため息を付いた後、「じゃあ、こっち」と顎をしゃくった。
 そこからナナは私と目を合わそうとはせずに淡々と説明をしてく。一つひとつの説明はとても丁寧だ。
「とりあえず、大まかなところはこんなところ、です。あとは作業をしながら必要に応じて説明、します。何か分からないことがあったら、聞いて、ください」
 ところどころ不自然に言葉が切れているのは、丁寧語に変換をしているからだろう。ここは仕事の場なのだからそれは仕方のないことだと分かってはいる。だがその言葉が今の私とナナの距離を表しているようで泣きたくなった。
 すると急にナナが振り返り、私の顔をじっと見る。
「その服、作業には向かない。ヒールもやめた方がいい」
 そこまで言うと、フイと横を向いて「と思いますよ」と付け足した。

 麻美先輩は二杯目のビールを飲みながら、私の話に耳を傾けていた。
「いきなりセイラが現れたんだから、ナナさんも戸惑っただけじゃないの?」
「そうですね、そうかもしれません」
「ずっと一緒に仕事をしたんだから、少しくらい打ち解けることができたでしょう?」
 私は首を横に振った。
「結局、最後までそんな調子でした」
 ナナは不自然な丁寧語を崩すことはなかったし、仕事以外の話をする機会もなかった。
「私も仕事を覚えるのに必死で、ゆっくり話す時間もなかったんですけどね」
「ナナさんはセイラ以外の人とも仕事の話しかしないタイプなの?」
「そんなことはないみたいですよ。他の社員とは普通に話していたみたいです」
「それって……」
「多分、避けられていたんでしょうね」
 私は二杯目のビールを飲み干して新しいビールを注文する。
「私だって、少しは努力したんですよ。少しでも早く仕事を終わらせて、ナナと話をする時間を作ろうとしたんです。それでちょっと無理して荷物を運ぼうとしたら、倒れそうになって結局ナナに助けられました」
 麻美先輩はビールには手を付けず、私の言葉の続きを待つ。
「それでナナに言われたんです『無理して頑張って、余計な仕事を増やさないでください』って。なんだか打ちのめされました」
「それは、無理しなくていいって言ってくれただけじゃないの?」
「そうかもしれません。だけどなんだかナナに申し訳なくて」
「申し訳ない?」
 そのとき注文したビールが届いた。私はそのジョッキを両手で包み込むようにして、ゆらゆらと揺れる泡眺めながら言った。
「私の動機があまりに不純だと思ったんです。仕事の合間にナナが仕事の効率が悪いからこんな風に改善できたら……みたいなことを言ってたんですよ。そう言うのを聞くとこの五年間、ナナが本当に頑張ってきたんだなと思って」
 ビールの泡は揺らめきながらゆっくりと消えていく。
「そんなナナを見ていたら、ナナに会えるかも、なんて浮ついた気持ちだったのが恥ずかしくなりました」
「だけどセイラのことだから、仕事の手を抜いてたわけじゃないんでしょう?」
「もちろん。それでもナナには私の知らない五年間があって、いつまでも昔のことにこだわっているのは私だけなんだって気付かされました」
麻美先輩は眉をしかめて言葉を探しているようだった。
「あ、報告をしたかっただけなので、あまり悩まないでください」
そして私はすっかり泡の消えたビールをあおる。
「もしかしたら、思ったよりもナナに嫌われていたのかもしれません。私は高校時代の思い出を美化してたのかな」
「あのね、セイラ……」
「大丈夫です。もう吹っ切れていますから。これからはちょっと真面目に仕事をしてみようかなって思ってるんですよ」
「仕事を真面目にするのはいいんだけど、ナナさんのことはこれで終わりにして本当にいいの?」
「はい。すっきりしました。これ以上ナナのことで先輩を煩わせることはありませんから。今度呼び出すときには恋人を先輩と先輩の彼女に紹介しますね」
私はできるだけ明るく笑って言ったのだが、先輩の表情は冴えなかった。
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