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第2話
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私は友人たちからそっと離れて、壁際に並べられている椅子に座りホッと息を付いた。なんだか異様に身体が重く感じる。
コミュニケーション能力が低いとは思わない。今は営業職に就いているので話をすることも苦手ではない。けれど同窓会と仕事とではまったく要領が違っている。
「飲み物、いかがですか?」
私は飲み物を持って来なかったのでその声がありがたく響いた。目の前に差し出された白ワインのグラスに手を伸ばしながら顔を上げる。
「え?」
私は思わず声を上げてしまった。グラスを差し出している女性が私のよく知った顔だったからだ。
「どうして?」
私がつぶやくと彼女はニッコリ笑って隣に座った。知っている人ではあるのだが、私は彼女の名前を知らない。彼女は私がよく行くアパレルショップの店長さんだ。
そのショップはキャリア向けファッションを取り扱っている。一年程前に偶然そのショップを知り、それから洋服を買うのはそのショップばかりになった。そしていつも店長さんにアドバイスをもらいながら洋服を買っている。
「やっぱり気付いてなかったんですね」
店長さんはいたずらが成功した子どものような顔で笑った。
「ここにいるってことは……」
「もちろん、同窓生ですよ」
「うわ、全然気づかなくてごめんなさい」
「私ははじめてお店に来てくださったときから、九条(くじょう)さんのこと、分かってましたよ」
「本当にごめんなさい」
私はただただ申し訳なくて体を小さくした。
「気にしないでください。高校の頃の私は全然目立たない生徒でしたし、九条さんともほとんど話したことがありませんから」
「でも、私のことには気付いたんですよね?」
「それは……高校の頃、私が九条さんのことを好きだったからです」
「えっ」
思わず大きな声を出してしまって、慌てて辺りを見回したけれど、私の声に気付いた人はいなかったようだ。
「びっくりしましたか?」
「びっくりしますよ」
「十二年も前のことですから、気にしないでください」
店長さんは涼しい顔で会場内を眺めながら言う。そして私の方へ向き直り、小さくため息を付いた。
「九条さん、今日の服装、いつもの仕事着ですよね? ダメですよこういう場所には、それなりの服装じゃないと」
「そうですか? きちっとしてるでしょう?」
「きちっとしているだけじゃダメなんです。よりによってどうして黒づくめなんですか? 九条さんには明るい色が似合うってお教えしたじゃありませんか」
「いや、派手なのは苦手で……」
「派手にする必要はないんです。シックでも明るい色味で……。相談して下さればちゃんとコーディネートしてさしあげたのに」
「でも、まあ、そんなに気合いを入れなきゃいけない集まりでもないですし」
「ダメです。こういう場所の女子は服装で優劣を判断してるんですよ。自分の不幸自慢をしてても、お節介で同情するフリをしてても、心の中では自分が一番上だって主張しているんですから」
「なかなか辛辣ですね。こういった集まり、嫌いなんですか?」
「嫌いですね」
それならなんで来たんですか、という言葉を私は飲み込んだ。なんとなく聞かない方がいいような気がしたからだ。すると私が考えていることを見通したかのように店長さんは少し笑った。
「何か言いたいことがあるんですか?」
「いえ。あー、今度はちゃんと相談させてもらいます」
すると店長さんは満足そうに頷いた。ただ同窓会に関しては、次の機会はないかもしれない。
「あの、今更なんですけど、名前を聞いてもいいですか?」
「んー……そこはがんばって思い出してください」
「え? うーん。わかりました。がんばるのでちょっとヒントをください」
「それじゃあ、あの頃の思い出話でもしましょうか。そのうち思い出すかもしれません」
店長さんは困っている私を見てうれしそうに言った。そんな横顔を見ながら高校時代の記憶を探るが、彼女の名前を思い出せるような気がしなかった。
コミュニケーション能力が低いとは思わない。今は営業職に就いているので話をすることも苦手ではない。けれど同窓会と仕事とではまったく要領が違っている。
「飲み物、いかがですか?」
私は飲み物を持って来なかったのでその声がありがたく響いた。目の前に差し出された白ワインのグラスに手を伸ばしながら顔を上げる。
「え?」
私は思わず声を上げてしまった。グラスを差し出している女性が私のよく知った顔だったからだ。
「どうして?」
私がつぶやくと彼女はニッコリ笑って隣に座った。知っている人ではあるのだが、私は彼女の名前を知らない。彼女は私がよく行くアパレルショップの店長さんだ。
そのショップはキャリア向けファッションを取り扱っている。一年程前に偶然そのショップを知り、それから洋服を買うのはそのショップばかりになった。そしていつも店長さんにアドバイスをもらいながら洋服を買っている。
「やっぱり気付いてなかったんですね」
店長さんはいたずらが成功した子どものような顔で笑った。
「ここにいるってことは……」
「もちろん、同窓生ですよ」
「うわ、全然気づかなくてごめんなさい」
「私ははじめてお店に来てくださったときから、九条(くじょう)さんのこと、分かってましたよ」
「本当にごめんなさい」
私はただただ申し訳なくて体を小さくした。
「気にしないでください。高校の頃の私は全然目立たない生徒でしたし、九条さんともほとんど話したことがありませんから」
「でも、私のことには気付いたんですよね?」
「それは……高校の頃、私が九条さんのことを好きだったからです」
「えっ」
思わず大きな声を出してしまって、慌てて辺りを見回したけれど、私の声に気付いた人はいなかったようだ。
「びっくりしましたか?」
「びっくりしますよ」
「十二年も前のことですから、気にしないでください」
店長さんは涼しい顔で会場内を眺めながら言う。そして私の方へ向き直り、小さくため息を付いた。
「九条さん、今日の服装、いつもの仕事着ですよね? ダメですよこういう場所には、それなりの服装じゃないと」
「そうですか? きちっとしてるでしょう?」
「きちっとしているだけじゃダメなんです。よりによってどうして黒づくめなんですか? 九条さんには明るい色が似合うってお教えしたじゃありませんか」
「いや、派手なのは苦手で……」
「派手にする必要はないんです。シックでも明るい色味で……。相談して下さればちゃんとコーディネートしてさしあげたのに」
「でも、まあ、そんなに気合いを入れなきゃいけない集まりでもないですし」
「ダメです。こういう場所の女子は服装で優劣を判断してるんですよ。自分の不幸自慢をしてても、お節介で同情するフリをしてても、心の中では自分が一番上だって主張しているんですから」
「なかなか辛辣ですね。こういった集まり、嫌いなんですか?」
「嫌いですね」
それならなんで来たんですか、という言葉を私は飲み込んだ。なんとなく聞かない方がいいような気がしたからだ。すると私が考えていることを見通したかのように店長さんは少し笑った。
「何か言いたいことがあるんですか?」
「いえ。あー、今度はちゃんと相談させてもらいます」
すると店長さんは満足そうに頷いた。ただ同窓会に関しては、次の機会はないかもしれない。
「あの、今更なんですけど、名前を聞いてもいいですか?」
「んー……そこはがんばって思い出してください」
「え? うーん。わかりました。がんばるのでちょっとヒントをください」
「それじゃあ、あの頃の思い出話でもしましょうか。そのうち思い出すかもしれません」
店長さんは困っている私を見てうれしそうに言った。そんな横顔を見ながら高校時代の記憶を探るが、彼女の名前を思い出せるような気がしなかった。
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