失恋をするはなし

悠生ゆう

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第4話

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 両親が留守にしている土曜日は、志鶴さんが我が家に来ることが多い。勉強ができるとは言えない兄貴に勉強を教えるために来ていると聞いた。兄貴は、志鶴さんと同じ大学に行くために、そこそこ真面目に勉強をしているようだ。
 志鶴さんを出迎えて少し話をしたあと私は自室に籠る。隣の兄貴の部屋で勉強をしているらしい二人を思いながら、悶々と時間が過ぎるのを待つ。
 それは拷問のような時間だが、志鶴さんが私の部屋を訪れてくれたり、一緒にケーキを食べようと誘ってくれたりするのがうれしくて、土曜日を心待ちにしてしまう。
 だからその日は、志鶴さんが来る前に家を出てどこかに遊びに行こうと身支度を整えていた。
 ところが、そんなときに限って志鶴さんがいつもよりも少し早く我が家に現れた。
「あ、いらっしゃい」
 平静を装って挨拶をしたが、内心は動揺しまくっていた。
 志鶴さんが早い時間に来ることを言わなかった兄貴を殴り倒したい気持ちになった。それくらいの気遣いもできない男となんて、さっさと別れてしまえばいいのに。心の中で毒づきながら笑顔を作る。
「あれ? もしかして出掛けるの?」
 私を見て志鶴さんが聞いた。
「はい。ちょうど出掛けようとしていたところだったんですよ」
 私はそう言うとそそくさと靴を履く。
「美咲ちゃん……」
 志鶴さんの声が少し沈んでいた。もしかしたら、私が二人に気を使って外出するとでも思ったのかもしれない。
「友だちと映画を見る約束してるんです。ちょっと遅刻しそうなんで、もう行きますね」
 私は明るい声で言うと鍵を持って玄関を出た。
 しばらく走ったところで私はピタリと足を止める。焦り過ぎた。
 出掛ける準備はできていたのだが、リビングにバッグを置きっぱなしだった。今の私が持っているのはスマホだけだ。
 家に戻るべきか、このまま出掛けるか、少しだけ考えて家に戻ることにした。財布が無ければ夕方まで時間を潰すのも難しい。
 もしも志鶴さんと顔を合わせても「慌ててたら忘れ物しちゃった」とでも言えばいいだろう。
 それに兄貴と志鶴さんは兄貴の部屋にいるだろうから、リビングから密やかにバッグを持ってくることは難しくない。私は、物音を立てないように気を付けながら家の中への侵入を試みた。
 だが、予想に反してリビングに人の気配があった。いい匂いが漂っている。志鶴さんが来たとき何か袋を持っていたような気がしたが、あれは食材だったのかもしれない。今日、志鶴さんが早く来たのは手料理を振る舞うためだったのだ。
 そう言っておいてくれれば料理を食べてから外出したのに。志鶴さんの手料理は魅力的だ。今からでも参加できるだろうか。
 私は慎重にリビングを覗く。そこに二人の姿はなく、私はさらに奥を覗き込んだ。
 志鶴さんはキッチンに立ち、兄貴はそれを珍しそうに覗き込んでいる。
「ちょっと味見してくれる?」
 志鶴さんが小皿を差し出すと兄貴は受け取って口に運ぶ。心配そうな顔で「どう?」と聞く志鶴さんに、兄貴は「うまい」と答えた。そして志鶴さんはうれしそうに笑う。本当に幸せそうな笑顔だった。
 私は息を止めて後退すると、そのままそっと家を出た。
 そういえば私は、二人が二人だけでいるところを見たことがない。私が見る姿は、いつも私と三人でいるときかそれ以上だ。二人だけの空間、二人だけの空気、二人だけの時間、二人だけの距離感を私は知らなかった。
 結局私はスマホだけを握りしめて駅に向かった。
 どこに行こうかと考えていたときふと図書館が思い浮かんだ。学校の図書室ではなく県立図書館だ。定期の範囲内で行けるし、お金もかからない。それなりに時間も潰せるだろう。
 志鶴さんの料理の匂いをかいでしまったからか、お腹が仕切りに空腹を訴えていたけれど、私はそれを無視して図書館まで辿り着いた。一食くらい抜いても問題ないし、お腹もそのうち直訴を諦めるだろう。
 それでも、兄貴が志鶴さんの手料理を間抜けな顔で食べているかと思うと無性に腹が立った。
 あの時、玄関で志鶴さんは私を強く引きとめようとはしなかった。
 志鶴さんも私のことが邪魔だと思っているのかもしれない。好きな人の妹だからやさしくしたり、笑を見せたりしてくれているけれど、本当は私のことが邪魔なのだ。私がいなければ兄貴と二人きりになれると思っているに違いない。
 志鶴さんにとって兄貴は好きな人だけど私はただのおまけだ。邪魔なおまけに過ぎない。
 そんなことを考えていると、胃のあたりがムカムカとしてきた。きっと空腹のせいだ。私はそう思い込むことにして図書館に足を踏み入れる。
 考えてみれば図書館の中に入るのはこれがはじめてだ。はじめての場所なんてワクワクするじゃないか。私は無理矢理意識を図書館に移した。
 まずは館内を探検しよう。読書をしたいわけでもないから時間はたっぷりある。
 館内には思ったよりも人がいた。学校の図書室の利用者はあまり多くない。本を借りにくる人はだいたい決まっていたし、人が増えるのはテスト期間中くらいのものだろう。だが、ここにはかなり幅広い年代の人たちが集っている。
 小さな子どもに読み聞かせをしたり遊ばせたりできるプレイルームのような空間には親子連れが。デスクには勉強をしている学生やパソコンを開いている社会人らしき人。難しそうな資料が置いてある場所には年配の人が多いように見えた。
 漫画や雑誌もかなり豊富に置いてあり、さらにビデオコーナーまであった。
 DVDのラインナップを見ると、教育ビデオらしきタイトルから話題になった洋画や邦画、アニメ映画まで幅広く取り揃えられている。
 これなら、本当にお金を使わずに一日中遊べそうだ。本をあまり読まない私にとっては、DVDを見られるのはありがたい。
 一通り館内を見終わったら、DVDでも見て時間を潰そうと決めて、残りのコーナーをフラフラと歩く。
 そこで、見覚えのある姿に目が留まる。
「あ……」
 つい声に出してしまうと、その人は顔を上げて私を見た。その顔は間違いなく田所さんだった。
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