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第三章 咲弥と龍牙
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燃え上がる龍神の社を取り囲む200名ものゴンゾウ一家は、満月の月明かりを遮って上空を覆い尽くす龍神(本体)の姿を見た。
「ぎゃぁぁぁぁ!! 頭上に龍神がぁぁぁ!!!」
誰もが伝説の中だけの生き物だと思っていたので、龍神の社と龍神の巫女である咲弥に多くの嫌がらせをしてきたが、遂にその龍神が現実に目の前に現れてしまった。ゴンゾウ一家のインチキな商売を拡大するため、本家の龍神の社と巫女を無下に扱ってきたその罪はどれ程のものか? どれ程の報いを受けねばならないのか…? 思い知るがいい。
「…!!」
「…!!」
空は一瞬にしてどす黒い地獄から沁み出てきたヘドロのような積乱雲に覆い尽くされ、人間が今まで経験したこともない狂気を孕んだ嵐が吹き荒れた。燃え上がる龍神の社を中心に凄まじい風雨が叩きつける。取り巻くゴンゾウ一家は怒り狂うほど激しく渦巻く暴風に吹き飛ばされ五人、十人と次々に闇の中へ消えていった。まるで天を翔ける龍の牙や爪に捕らえれれ連れ去られてゆくように。彼らが何処まで飛ばされたか、その後どうなったかは知らない。
どうだっていい。
こいつらは龍神の怒りに触れてしまったのだ。龍神の最も大切なもの、愛した女性を奪うという最悪な形でだ。
『逆鱗に触れる』という言葉がある。
「龍(竜)」は、元来人間に危害を与えることはないが、喉元の「逆鱗」に触れられることを非常に嫌うため、これに触られた場合には激昂し、触れた者を即座に殺すとされた。
まさに言葉通りに、ゴンゾウ一家には死が訪れようとしている。
鏖(みなごろし)という形でだ。
「うわぁぁぁ!!!」木の幹にしがみついていた雪が力尽き、次の瞬間にはその姿はなかった。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」桃も逆立ちで空へ吸い上げられ暗黒の闇夜の彼方に消えた。
「・・・・!!!!」愕然とする吉哉。この男も、もう時間の問題だ。
**
「い…いけませ…ん。」
私の腕の中で命の灯が今にも消えようとしている咲弥殿の唇が微かに動いた。
「怒りは…、人の醜さを露出させてしまいます…。」
出会ったあの日の言葉…。その言葉で私は正治の腕を折ることを止めたのだった。
咲弥殿は今、自分の命が消えかけようとしているにも関わらず、他人の心配をしている。吉哉こそが咲弥殿に毒を盛り死の淵へと追いやった張本人だというのにである!! そして、自らの死を前にしながらも、私に醜い心ではなく美しい心でいて欲しいと言っているのだ。
…この女性を死なせたくない!!
私は長く生きてきたが、これまで団子にしか関心を持たなかった。人間とは出来るだけ関わらずに生きてきた。人間に対する「情け」を持たないようにし、いかなる時も「中立」の立場を守るためだった。
しかし咲弥殿と出会い一緒に暮らすうちに私の中に「情」が芽生えてしまった。
そればかりか愛してしまっていた。
私は龍神としての役目を忘れ「咲弥殿とずっと一緒にいたい」などと叶わぬ夢まで見てしまった。
龍神の役目は神の作った自然界の秩序が壊れてしまわないよう正しく導き守ることだ。神が創造した秩序は時に過酷で、突然災害が降りかかり命を奪う事もある。しかしそこで命が失われるのは運命、つまり自然界の秩序だ。私はその秩序を守らなければならない。災害の発生を止める権限など私には無い…まして、死にゆく者を私の意思で助けることなど出来ないのだ・・・。
…だが、しかし!!
咲弥殿を抱いたまま私は唇を噛んだ。私の口の中で伸びた牙が唇の皮膚を破り真紅の血液が流れ出た。龍神の生き血はあらゆる病を治し、肉には生命に不老不死を与える力が宿っている。
私の中に一つの決意が固まっていた。
この力を使う。
それは神の意志に背く行為。最大の禁忌(タブー)であり罪。いや、大罪である。
例えどのような結末を迎えようとも、どれほどの罪を犯そうとも…、咲弥殿だけは救ってみせる。
「ぎゃぁぁぁぁ!! 頭上に龍神がぁぁぁ!!!」
誰もが伝説の中だけの生き物だと思っていたので、龍神の社と龍神の巫女である咲弥に多くの嫌がらせをしてきたが、遂にその龍神が現実に目の前に現れてしまった。ゴンゾウ一家のインチキな商売を拡大するため、本家の龍神の社と巫女を無下に扱ってきたその罪はどれ程のものか? どれ程の報いを受けねばならないのか…? 思い知るがいい。
「…!!」
「…!!」
空は一瞬にしてどす黒い地獄から沁み出てきたヘドロのような積乱雲に覆い尽くされ、人間が今まで経験したこともない狂気を孕んだ嵐が吹き荒れた。燃え上がる龍神の社を中心に凄まじい風雨が叩きつける。取り巻くゴンゾウ一家は怒り狂うほど激しく渦巻く暴風に吹き飛ばされ五人、十人と次々に闇の中へ消えていった。まるで天を翔ける龍の牙や爪に捕らえれれ連れ去られてゆくように。彼らが何処まで飛ばされたか、その後どうなったかは知らない。
どうだっていい。
こいつらは龍神の怒りに触れてしまったのだ。龍神の最も大切なもの、愛した女性を奪うという最悪な形でだ。
『逆鱗に触れる』という言葉がある。
「龍(竜)」は、元来人間に危害を与えることはないが、喉元の「逆鱗」に触れられることを非常に嫌うため、これに触られた場合には激昂し、触れた者を即座に殺すとされた。
まさに言葉通りに、ゴンゾウ一家には死が訪れようとしている。
鏖(みなごろし)という形でだ。
「うわぁぁぁ!!!」木の幹にしがみついていた雪が力尽き、次の瞬間にはその姿はなかった。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」桃も逆立ちで空へ吸い上げられ暗黒の闇夜の彼方に消えた。
「・・・・!!!!」愕然とする吉哉。この男も、もう時間の問題だ。
**
「い…いけませ…ん。」
私の腕の中で命の灯が今にも消えようとしている咲弥殿の唇が微かに動いた。
「怒りは…、人の醜さを露出させてしまいます…。」
出会ったあの日の言葉…。その言葉で私は正治の腕を折ることを止めたのだった。
咲弥殿は今、自分の命が消えかけようとしているにも関わらず、他人の心配をしている。吉哉こそが咲弥殿に毒を盛り死の淵へと追いやった張本人だというのにである!! そして、自らの死を前にしながらも、私に醜い心ではなく美しい心でいて欲しいと言っているのだ。
…この女性を死なせたくない!!
私は長く生きてきたが、これまで団子にしか関心を持たなかった。人間とは出来るだけ関わらずに生きてきた。人間に対する「情け」を持たないようにし、いかなる時も「中立」の立場を守るためだった。
しかし咲弥殿と出会い一緒に暮らすうちに私の中に「情」が芽生えてしまった。
そればかりか愛してしまっていた。
私は龍神としての役目を忘れ「咲弥殿とずっと一緒にいたい」などと叶わぬ夢まで見てしまった。
龍神の役目は神の作った自然界の秩序が壊れてしまわないよう正しく導き守ることだ。神が創造した秩序は時に過酷で、突然災害が降りかかり命を奪う事もある。しかしそこで命が失われるのは運命、つまり自然界の秩序だ。私はその秩序を守らなければならない。災害の発生を止める権限など私には無い…まして、死にゆく者を私の意思で助けることなど出来ないのだ・・・。
…だが、しかし!!
咲弥殿を抱いたまま私は唇を噛んだ。私の口の中で伸びた牙が唇の皮膚を破り真紅の血液が流れ出た。龍神の生き血はあらゆる病を治し、肉には生命に不老不死を与える力が宿っている。
私の中に一つの決意が固まっていた。
この力を使う。
それは神の意志に背く行為。最大の禁忌(タブー)であり罪。いや、大罪である。
例えどのような結末を迎えようとも、どれほどの罪を犯そうとも…、咲弥殿だけは救ってみせる。
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