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第三章 咲弥と龍牙
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「龍牙様、…見ていただきたいものがあるのです。」
そう言った咲弥殿に連れられて、私たちは逃げた男の家へ向かった。一体、逃げた男の何を見せてくれるというのだろうか?
杖を失った咲弥殿の手を私が引いて進んだ。彼女が教えてくれる道順に従ってゆっくり歩く。障害物や段差などに注意を払いながら進んだ。
咲弥殿はすらりとした華奢な体格で、握った手は血管が透けて見えそうなほど白い。
「龍牙様は本当は心の優しい方なのですね。手の握り方、強さ、歩く速さ、道の様子を伝えて下さる一言一言からとてもよくわかります。そして…あなたは他の人とは違う、とても不思議な感じがします…」
咲弥殿に何かを見透かされたような感じがして戸惑ってしまった。
視力がないぶん彼女は勘が鋭いのだろうか。
男の家はボロボロの長屋で、病気の母を看病しながら暮らしていた。
私たちは気づかれないほどの距離をおいて男の家の様子を伺っていた。
「ご覧ください、あの方にも守るべき家族がいるのです。」
男の名は正治というらしい。
生活するために…、たった一人の家族である病気の母を養うために…、ゴンゾウ一家に加担していたのだ。一家の「仕事」をしてわずかな金をもらい、それを生活の糧にしていたのだ。その「仕事」の中には咲弥殿への嫌がらせをすることも含まれていた。
咲弥殿はそれを知っていたのか…?。
咲弥殿は、正治と母がたとえ反社会組織からでも収入を得て生活できるよう、じっと嫌がらせに耐えてきたというのか…?。
それでは、あまりにも理不尽過ぎる…。
そんな正治の家にゴンゾウ一家の頭(かしら)である吉哉がやって来た。200名の組員を束ねる吉哉は、今日は直属の手下である雪と桃を連れている。
「てめぇ、今月分の金がまだだぞ、何してやがるんだ!! 借金の回収すら出来ねぇのか、お前は!!」
問答無用で暴れる雪と桃。兄貴分でもある二人が正治を交互に痛めつける。
雪と桃は残忍な性格で正治に暴行を加えることを何とも思っていない。むしろ楽しんでいた。このままでは正治を嬲り殺しにしかねない。
「すんません、お頭! すんません、兄貴!」顔面を血まみれにされ、表の通りに転がされる正治。
「正治…、お前…まだそんな仕事をしてたのかい…!?」
息子の現在の仕事を知らされていなかったのか、布団の上で愕然とし、咳込む母親。
通りを行き交う通行人が、何事かと駆けつけてきたが、ゴンゾウ一家絡みと知るやすぐさま距離をおく。誰も助けに入ることはない。
頭の吉哉が倒れた正治の手の平を体重をかけて踏みつけた。
「ぐっっっ!!」苦痛に正治の表情が歪んだ。
「しかも正治、おめぇ…さっき龍加美の巫女と一緒にいた知らねぇ男にやられたんだってな?」
「…」
「おめぇが黙っていてもな、俺は何でも知ってるんだよ!!。ゴンゾウ一家の看板に泥を塗りやがって…、この落し前(後始末)どうつける気だ、おぃ!!!!」
吉哉の荒い語気とともに踏みつけられた正治の手がミシミシと音を立てた! 踏まれた手からも出血している。
「ぎゃぁぁぁ…!!」
吉哉は正治の右手を潰す気だ!!
「お前の右手で償えや!!」
ゴンゾウ一家…、まさに外道以外の何者でもない。
私は咲弥殿に相談してから正治を助けに入った。
「おい、もうやめろよ。」
「?! 何だてめえ、邪魔すんのかよ!! …って、一緒にいるのは龍加美の巫女じゃぁねぇか。じゃぁ、お前なのか? ウチの若いもんを痛めつけてくれたのはよぉ!!」
咲弥の存在に気付いた吉哉、雪、桃は相手がだれであってもお構いなしだった。血気盛んな連中は一家の面子を取り繕うべく一斉に私に跳びかかって来るではないか。この悪党どもはいつの間に取り出したのか、各々が短刀まで光らせていた。
その場にいた目の見えない咲弥殿以外の全員が息を呑んだ。
しかし、その程度の武器など私の前では何の役にも立ちはしない。
**
悪党とは言っても所詮は人間だ。
龍神である私の手にかかれば制圧する事など造作もなかった。龍神の力や術などを使うまでもなく、身体能力の差だけでも瞬く間に決着はついた。
咲弥殿の意を汲んで暴力は最小限にとどめたのだが、それでも三人とも地面に這いつくばっていた。全ての短刀は既に私が奪い取っている。
「ゴンゾウ一家にこんなマネしやがって、タダでは済まさんぞ…!!」
吉哉の台詞は、もう負け惜しみにしか聞こえない。
「じゃぁ、三人とも今、殺しておこうか?」私。
「おやめなさい!!」また怒る咲弥殿。
去り際に、「おい、龍加美の娘! お前は必ず追い出してやるからな!」という捨て台詞を吐き、吉哉、雪、桃は退散していった。
遠巻きに見守る人々から安堵の吐息が漏れた。しかし、そんなことはまるで関係ないかのように
「…本当に恐ろしい鬼や妖の類は、実は人の心の中に棲んでいるのかもしれません…。」
咲弥殿は寂しげな表情で、そう言った。この時、初めて咲弥殿が語ったこの言葉は時を経た後にも影を落とすことになるのである…。
奴らは必ず仕返ししてくるだろう。あれほど面子にこだわる連中だ。ただで済ませる訳がない。
「巫女様、すいませんでした。一家からは足を洗って、しっかり働いて稼ぎます。すいませんでした。」
正治と母は咲弥殿に何度も何度も謝罪した。
「杖も弁償いたしますので…」
「母上さま、どうかお休みくださいませ。杖は結構ですよ。この方(龍牙様)が居りますので(笑)。」
この状況でも正治の母を気遣う咲弥殿は何と優しい娘だろうか…。
「しかし巫女殿…?」私の扱いは杖の代わりなのだろうか?
そう言った咲弥殿に連れられて、私たちは逃げた男の家へ向かった。一体、逃げた男の何を見せてくれるというのだろうか?
杖を失った咲弥殿の手を私が引いて進んだ。彼女が教えてくれる道順に従ってゆっくり歩く。障害物や段差などに注意を払いながら進んだ。
咲弥殿はすらりとした華奢な体格で、握った手は血管が透けて見えそうなほど白い。
「龍牙様は本当は心の優しい方なのですね。手の握り方、強さ、歩く速さ、道の様子を伝えて下さる一言一言からとてもよくわかります。そして…あなたは他の人とは違う、とても不思議な感じがします…」
咲弥殿に何かを見透かされたような感じがして戸惑ってしまった。
視力がないぶん彼女は勘が鋭いのだろうか。
男の家はボロボロの長屋で、病気の母を看病しながら暮らしていた。
私たちは気づかれないほどの距離をおいて男の家の様子を伺っていた。
「ご覧ください、あの方にも守るべき家族がいるのです。」
男の名は正治というらしい。
生活するために…、たった一人の家族である病気の母を養うために…、ゴンゾウ一家に加担していたのだ。一家の「仕事」をしてわずかな金をもらい、それを生活の糧にしていたのだ。その「仕事」の中には咲弥殿への嫌がらせをすることも含まれていた。
咲弥殿はそれを知っていたのか…?。
咲弥殿は、正治と母がたとえ反社会組織からでも収入を得て生活できるよう、じっと嫌がらせに耐えてきたというのか…?。
それでは、あまりにも理不尽過ぎる…。
そんな正治の家にゴンゾウ一家の頭(かしら)である吉哉がやって来た。200名の組員を束ねる吉哉は、今日は直属の手下である雪と桃を連れている。
「てめぇ、今月分の金がまだだぞ、何してやがるんだ!! 借金の回収すら出来ねぇのか、お前は!!」
問答無用で暴れる雪と桃。兄貴分でもある二人が正治を交互に痛めつける。
雪と桃は残忍な性格で正治に暴行を加えることを何とも思っていない。むしろ楽しんでいた。このままでは正治を嬲り殺しにしかねない。
「すんません、お頭! すんません、兄貴!」顔面を血まみれにされ、表の通りに転がされる正治。
「正治…、お前…まだそんな仕事をしてたのかい…!?」
息子の現在の仕事を知らされていなかったのか、布団の上で愕然とし、咳込む母親。
通りを行き交う通行人が、何事かと駆けつけてきたが、ゴンゾウ一家絡みと知るやすぐさま距離をおく。誰も助けに入ることはない。
頭の吉哉が倒れた正治の手の平を体重をかけて踏みつけた。
「ぐっっっ!!」苦痛に正治の表情が歪んだ。
「しかも正治、おめぇ…さっき龍加美の巫女と一緒にいた知らねぇ男にやられたんだってな?」
「…」
「おめぇが黙っていてもな、俺は何でも知ってるんだよ!!。ゴンゾウ一家の看板に泥を塗りやがって…、この落し前(後始末)どうつける気だ、おぃ!!!!」
吉哉の荒い語気とともに踏みつけられた正治の手がミシミシと音を立てた! 踏まれた手からも出血している。
「ぎゃぁぁぁ…!!」
吉哉は正治の右手を潰す気だ!!
「お前の右手で償えや!!」
ゴンゾウ一家…、まさに外道以外の何者でもない。
私は咲弥殿に相談してから正治を助けに入った。
「おい、もうやめろよ。」
「?! 何だてめえ、邪魔すんのかよ!! …って、一緒にいるのは龍加美の巫女じゃぁねぇか。じゃぁ、お前なのか? ウチの若いもんを痛めつけてくれたのはよぉ!!」
咲弥の存在に気付いた吉哉、雪、桃は相手がだれであってもお構いなしだった。血気盛んな連中は一家の面子を取り繕うべく一斉に私に跳びかかって来るではないか。この悪党どもはいつの間に取り出したのか、各々が短刀まで光らせていた。
その場にいた目の見えない咲弥殿以外の全員が息を呑んだ。
しかし、その程度の武器など私の前では何の役にも立ちはしない。
**
悪党とは言っても所詮は人間だ。
龍神である私の手にかかれば制圧する事など造作もなかった。龍神の力や術などを使うまでもなく、身体能力の差だけでも瞬く間に決着はついた。
咲弥殿の意を汲んで暴力は最小限にとどめたのだが、それでも三人とも地面に這いつくばっていた。全ての短刀は既に私が奪い取っている。
「ゴンゾウ一家にこんなマネしやがって、タダでは済まさんぞ…!!」
吉哉の台詞は、もう負け惜しみにしか聞こえない。
「じゃぁ、三人とも今、殺しておこうか?」私。
「おやめなさい!!」また怒る咲弥殿。
去り際に、「おい、龍加美の娘! お前は必ず追い出してやるからな!」という捨て台詞を吐き、吉哉、雪、桃は退散していった。
遠巻きに見守る人々から安堵の吐息が漏れた。しかし、そんなことはまるで関係ないかのように
「…本当に恐ろしい鬼や妖の類は、実は人の心の中に棲んでいるのかもしれません…。」
咲弥殿は寂しげな表情で、そう言った。この時、初めて咲弥殿が語ったこの言葉は時を経た後にも影を落とすことになるのである…。
奴らは必ず仕返ししてくるだろう。あれほど面子にこだわる連中だ。ただで済ませる訳がない。
「巫女様、すいませんでした。一家からは足を洗って、しっかり働いて稼ぎます。すいませんでした。」
正治と母は咲弥殿に何度も何度も謝罪した。
「杖も弁償いたしますので…」
「母上さま、どうかお休みくださいませ。杖は結構ですよ。この方(龍牙様)が居りますので(笑)。」
この状況でも正治の母を気遣う咲弥殿は何と優しい娘だろうか…。
「しかし巫女殿…?」私の扱いは杖の代わりなのだろうか?
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