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第一章 紗夜と蛙
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しおりを挟む私が目覚めた時には既に夜が明けてしまっておりました。
お犬様も、お猿様も、そのほかの妖たちの姿もどこにもありませんでした。
「!? いけない…!!」
主様の棲む龍神湖へ向かわねばならないこの時に、私はあろう事か眠りこけてしまっていたのです。
一体どれだけの遅れをとってしまっているのでしょう…。夜が明けるまでには村へ戻るつもりでおりましたのに…。今頃、村では私がいないことに気づいて大騒ぎになっているのではないでしょうか?
私は焦って飛び起き、そこで気付いたのです。
私の身体には、風邪を引かぬように大きめの木の葉が何枚もかけられ、周囲には美しい花がびっしりと敷き詰められていたのです。こんなにも沢山、何処に咲いていたのでしょう? 普段から薄くて硬い布団で寝ている私には、まだ夢を見ているように幻想的な光景でした。異国の裕福なお姫様や、お金持ちの娘さんの寝室のようだったのですから。
「その美しい寝床は皆からのお礼でございます。」
随分ご機嫌な蛙様の声がして私は寝床から飛び上がるほど驚きました。貴方はまだいらっしゃったのですか…、というか、蛙様だけがここに残っていたのですか?!
「紗夜殿がとてもお疲れのようでしたので、みんな紗夜殿を起こさずに帰って行きました。」
「…。」
「紗夜殿、素晴らしい歌声でした。妖たちは心から喜んでおりましたよ!」
「…。」
「ほら見て下され、草木もこんなに元気になっております!」
「…。」
「あれ、紗夜殿…いかがなされた?」
口元に両手を当てたままじっと押し黙っている私の異変に、蛙様が気づきました。
私は大変なことを思い出していたのです。そうです。この蛙様いや、…この蛙は私の唇を狙っていたのでした。私は、そのような状況下で無防備にも眠りに堕ちてしまった自分が許せないのです。言いようのない悔し涙がこみ上げるのです。
妖たちが去ったあと、この蛙は呑気に眠りこけていた私から、どのようにして口づけを奪ったのでしょう…!!
何度も何度も唇を重ねたのでしょうか…?
それとも、紫色の舌でべろべろと舐め回したのでしょうか…?
何と悍(おぞ)ましい!! しかし、それは蛙…様が悪いのではありません。「どうぞ、好きにしてくださいませ。」と言わんばかりに無防備な寝顔を晒し続けていた私自身が悪いのですから。
全ては私の身から出た錆でございます…。
うがいをしたくても竹筒の水は、お犬様の仔の手当てに使ってしまいましたので、もうありません。
…こうなれば自分への戒めも込めて、水たまりの泥水で口を漱(すす)ぐのみ!! ですが、水たまりすらありませんでした。
泣きたい…いえ、死にたい…。
「…あの、紗夜殿?」蛙様。
放っておいてくださいませ!! 人ならざる者に唇を…初めての口づけを奪われた私のことは、そっとしておいて下さいませ!!
「…しておりませんよ。」
「え?」
「大丈夫です、口づけはしておりませんので。ですから、心配はいりませんよ。」
穏やかな口調で蛙様は言いました。そう言えば…口元に生臭さも、違和感も感じません。
蛙様の思わぬ紳士的な振る舞いに、不覚にも私の胸は高鳴ってしまいました。
私には心に決めた、夢の中のお方がいるというのに…。申し訳ありません、夢のお方。
「私は…私は紗夜殿の…」蛙様は続けます。
「?」
「紗夜殿の…、あ、愛が欲しいのです!!」
何言ってんだ、蛙!! 唇だけでなく心をよこせと!?
「いっ、いっ、嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
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