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第4章 複合社会マレーシア(2)

4-(1) 「共存」の未来

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 異なる民族同士の「共存」は、結論から述べれば非常に難しいと言える。
 特に民族ごとに信仰する宗教の違いが大きな意味を持つ。宗教上の「正義」の相違は、言語や文化の違い以上に民族間の壁を高く、厚くしたのである。宗教上で「現世での利益」か「来世での救い」のどちらを尊重するかによって、民族間の経済格差まで生じた。前者「現世での利益」を尊重するのはマレーシア国内で最も経済力の強い華人であり、後者「来世での救い」を重んじるのは最も貧しいマレー人である。現世での利益を尊重する華人は、来世での救いを求めて宗教活動に専念するマレー人を「怠け者」と呼び、逆にマレー人は華人に対し「よそ者のくせに…」と批判するのである。

 さらにブミ・プトラ政策が影を落とす。ブミ・プトラ政策はマレー人の社会的立場を保護し経済進出を促すという、当初の目的を達成した。しかし非マレー系民族からすれば不平等な差別そのものであり、更なる不満を増大させてしまうという「影響」ももたらしてしまった。一方でマレー系民族側にも、「ブミ・プトラ政策で約束された経済状態の改善は未だ達成されていない」と不満を持つ者がいることも事実である。

 マレーシアにおける多民族からなる複合社会は、民族間の不平・不満を常に内包する危険なものである。1969年の総選挙での与党敗退をきっかけに勃発した5月13日事件(暴動)では、マレー系と中国系の民族の間に激しい衝突が起き、多くの華人に犠牲者を出し、政府の国会の機能を1年半も停止させてしまった。

 しかし現在、複合社会マレーシアはこのような危険性を抱えながらも機能している。急速な経済発展を遂げその勢いはアジアでもトップクラスであり、先進国に仲間入りする日も近いとみられている。それほどまでにマレーシアが発展できたという事は、異民族間の「共存」は上手くなされていると言えなくもないのである。しかし、この先の未来は予見できないものである。政治・経済・国際関係・災害など、いつ何をきっかけに民族問題が再び爆発するかは全く分からないのだ。我々は複合社会をこうして見守ることしかできないが、せめて平和なマレーシアを願うばかりなのである。

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