多民族から成る複合社会マレーシアとその歪み

Yoshinari F/Route-17

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第2章 複合社会における民族間の歪み

2-(1) 言語、文化、宗教の違い

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 複数の民族が混在する複合社会において、異民族同士が互いに理解し合いうちとけ合って「共存」関係を築くことは非常に難しい。それどころか、民族間に亀裂が生じてしまうことの方が遥かに多い。世界中の民族紛争を考えてみても、その全てに共通する原因の一つは、「互いに理解し合えなかったこと」であろう。マレーシアでも、マレー人、華人、タミル人という3つの主要民族が理解し合い、うちとけ合えないままに「共存」関係を築いている。その第一の理由となるのは、言語、文化、宗教という、日常生活において最も関係の深い要素が民族ごとに違うという現実なのである。

 言語について考えてみると、マレーシアでは各民族の言語であるマレー語、華語、タミル語、そしてイギリス植民地時代に使用されていた英語が四大公用語として認められている。その中でマレーシアの「国語」とされているマレー語が一番大きなウエイトを占め、新聞、テレビ、ラジオなどのマス・メディアをはじめ、多くの公的な場面でマレー語が使用されている。昔は、特に英語が使用されていた(注5)が、1960年代から主に国語であるマレー語が使用されるようになった。
 マレー語が多用されるようになった時点で言語問題が発生してしまった。マレー語を母語としない華人やタミル人にとっては大きな打撃となってしまったからである。

 文化面においても民族間の壁が存在する。民族ごとの家族制度を見てみる。
 マレー人社会における家族制度は核家族、つまり夫婦と未婚の子供のみで構成される家族で、「家系」という概念があまりない。婚姻の際に妻または夫の親との人間関係で苦労することはない。その一方で華人社会の家族制度は拡大家族と呼ばれるものだ。父方または母方の系譜に沿った家族であり、一族全員が同居する場合もある。拡大家族の場合は入籍時に人間関係で苦労することもあるだろうが、そのぶん一族の絆は強いものだろう。
 どちらの家族制度が良いのかという事ではない。ただこの家族制度の違いは、異民族間の婚姻を阻む壁となることを意味する。

 さらに宗教による食事のタブーの違いという要因もある。イスラム教徒であるマレー人は豚を食べないしヒンズー教徒のタミル人は牛を食べない。これではますます異民族間での婚姻は難しくなる。異民族間の婚姻が無ければ、それに伴う文化的な融合は起こらない。

 言語、文化、宗教、日常生活に最も関係深いこれらの要因が、複合社会マレーシアにおいて異民族同士がうちとけ合うための第一の障壁となるばかりか、亀裂を生じさせる原因ともなっている。ここに宗教が含まれていることが状況を深刻化させる。宗教的タブーは言わば神の教えであり、イスラム教徒にとって豚を食べないことは「宗教的正義」なのである。ヒンズー教徒にとっては牛を食べないことこそ「正義」である。各民族が異なった「正義」を持つことほど恐ろしいことがあるだろうか。自らの正義に反する者を「同じ複合社会の同居人」として認めることが出来るだろうか。まして、そのような相手と血縁関係を持ち文化的に融合してゆけるだろうか。人々は同じ「正義」を有する同じ民族同士で婚姻を繰り返し、これまで生まれ育ってきた文化社会の中で生きてゆく。そうして、マレー人、華人、タミル人が「共存」する複合社会の内部では、それぞれの民族が互いに混ざり合うことなく独立して存在しているのである。



注5 マレーシアはイギリス領であったため、民族を問わず英語を話せる人が多いため。
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