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蘊蓄(うんちく)を垂れる男

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 この物語はフィクションです。


 私はよく「ウンチク垂れ」だと言われる。
 話すとき、相手に出来るだけわかりやすいように…と考え話していくうちについつい説明が長くなりすぎてしまうからだ。仕事中などは解りやすく情報を伝える必要があるため、時間が無いにも関わらずついついウンチクを垂れてしまうのである。
 余談ではあるが、ある知識について滔々と語ることを「ウンチクを垂れる」ではなく「ウンチクを傾ける」というらしい。…という風に、今は直接必要無いことまで喋ってしまうのである。
 この欠点には自分でも気づいており、直そうとはしているものの、こういう一種の癖は中々直らない。
 だがしかし、たとえ「あいつはウンチク垂れだ」と言われたとしても、業務を正確に遂行する事が最優先事項だと考えている。それは「安全」に直結するからである。
 私は製造業に従事しており工場で鍛造プレス工として働いている。鍛造プレス工は巨大なプレス機を扱い、1200℃にまで焼いた鉄を成型する極めて危険な仕事である。一歩間違えれば指や腕を失うような大怪我をする、死とも隣り合わせだともいえる仕事なのだ。そのような職場で「安全」を追求するためには正確な情報伝達が不可欠だと考えている。
 ただ、私の視点で見れば極めて重要な要素ではあるが、反対の立場、つまり会話の相手側からすればこれは堪らない。何しろ1分1秒を争って仕事をしているのに、自分が既に承知している内容まで喋られると時間のロスになるからだ。
 それでも私は喋る。もしも私が話した情報の中に相手が見落としていたものが含まれていて、再確認する事が出来たのなら…それだけで相手は命拾いできるかもしれない。その情報が生死を分ける可能性も十分にあり得るのだから。
 そして私は喋り切った後に「ウンチク垂れてしもたー。」と自分から突っ込んでおくことを忘れない。これには「長い時間喋ってごめんね、でもこれは絶対必要な事ばかりだから確認の意味も込めて喋ったんだよ。最後まで聞いてくれてありがとう。」という意味を込めている。これを相手側が理解してくれていれば、時間に追われて苛立つ人間関係を少しでも円滑にできるはずだ。
 危険に晒される中で時間に追われて働く我々には、円滑な人間関係と確かな仕事をする信頼が必要不可欠なのである。

 現在、私の働く工場ではⅤ国人も多く働いている。その多くは気分屋でのん気で仕事は適当で、この危険な職場には最も居てはいけない類の人種だと思う。事故を起こし、もしくは巻き込まれ、いつ命を落としてもおかしくないような性格、いやこれは国民性なのだろうか。おまけに日本語をよく知らないのだ。
 とはいえ、彼らは彼らなりに一生懸命やっている。遠く故郷を離れ言葉の通じにくい異国の地で働くのはどれ程大変な事だろうか? それに加えてこの過酷な労働環境であるにも関わらず労働賃金は安い。賃金が安いから会社は更に大勢のⅤ国人を招き入れているのだ。彼らはそれを知っている。それでも彼らは働き続ける。
 ただし、Ⅴ国人は確かな技術を持った者が多い。その技術を正しい方向に導き安全に効率を上げてやれば、きつい仕事も少しは楽になる。楽になれば言葉を勉強する余裕も生まれるだろう。言葉が上達すれば更に仕事の効率は上がり、生産が上がれば給料も上がる。このパラダイム・シフトを少しでも推し進めるために私は喋る。日本人に説明するより何倍もの時間をかけて、ありとあらゆる情報をⅤ国人に叩き込む。
 やる気の無い者はいらない、国へ帰ればいい。そんな奴らには容赦しない。私の作成した駄目人間リストには、載った人間を会社に斬られ日本にもいられなくするほどの威力があるのだ。
 ただし、ついてくるのならば私の持つ技術の全てを教えてやる。これを使って生産を上げろ。そして沢山の金を稼ぎ大切な家族とともにお前も幸せになれ。

 Ⅴ国人に一通り説明し終えた後、私は最後に付け加える。
「ウンチク垂れてしもたー。」と。
 Ⅴ国人にこれを言ったところで真意を理解できるものはいないだろう。だが、もうこのⅤ国人は私が認めたこの部署の一員である。だから最大限の敬意を払ってこの言葉を言ったのである。


***


 私の言葉を聞いたⅤ国人から突如笑顔が消えた。物凄く冷めた目いや、虫けらを見るような目で私を見ている。あれ、私は何かおかしなことでも言ったか?

「…アナタ、うんち垂れました。キタナイな。」

違うわ!! 

「…アナタ、うんち食べましたか。私はイヤです。」

何言っとんじゃ、お前は!! 俺がウンチを喰うように見えてんのかお前には!!!!







 私はこのⅤ国人を駄目人間リストに載せた。
 
 危険に晒される中で時間に追われて働く我々には、円滑な人間関係と確かな仕事をする信頼が必要不可欠なのである。


   ///終わり///
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