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こうして、新婚生活は始まった。
颯馬さんは部屋で、絵を書いて、ウェブ会議をやって、音楽を流してるみたいだけど、俺にはほとんど聞こえない。
会社が近くなって、ご飯を作る余裕もかなりある。
もともとご飯作るの好きだったけど、家族や友達相手につくることもあったけど、颯馬さんのために作るのも楽しいかも。
おいしい、おいしいって食べてくれるから。
もともとは宅配を使うことが多かったようで、特に野菜のおかずを喜んでくれた。
オリーブオイルで焼いたアスパラガスに塩ふっただけのものとか、そういうのをつまらないっていう人もいるけど、颯馬さんは喜んでくれる。
エスニック系も好きらしくて、俺の家族や友人はエスニック系が苦手だから、めっちゃ嬉しい。
フムスとか、バインセオとか、スパイスの効いたカレーとか、振る舞う機会のなかった料理が作れるってかなり嬉しい。
ある日、掃除機をかける俺に、仕事部屋から出てきた颯馬さんが神妙な顔で近づいてきた。
「ごめんなさい、うるさかった?」
「いや、うるさくないよ。お願いがあって」
「なんですか?」
「その、絵の資料に、ポーズを取ってほしいんですよ」
「どんなですか?」
「こんな感じで」
腰にひねりを加えて、手が艶めかしく頬に添えられ、もう一方の手は虚空に伸ばされる、みたいな、ドラマチックなポーズ。
いや、颯馬さんがするとかっこいいんだけど、俺がするとなると大分恥ずかしいぞ。
いや、まあ、仕事の役に立てるなら。
「こうですか?」
顔を引きつらせながらポーズをとる。
「あっ、いいですね! ちょっと待ってください、衣装持ってきます」
衣装?
布のたっぷりした、ドレープ感のある足元まである羽織のようなものだった。イメージで言えば妖精。そんな感じの。
いや、キッツいだろ。しかし、颯馬さんが服をもったまま、俺が袖を通すのを待っている。
俺が、ままよ、と腕を伸ばすと、するりと妖精の羽織を着せられた。キッツ。
「ああ、いいね! すみません、ポーズお願いします!」
俺は激しい羞恥に襲われながらポーズを取る。
「手はもう少しこうで、脚は、うん、こんな感じで!」
颯馬さんが、俺のポーズを手取り足取り修正する。手が、体に触れている。変にどぎまぎしてしまう。近い!
「完璧! 写真撮りますね!」
角度を変えて、上から、下から、パシャパシャと写真を撮っていく。
そして、
「ありがとうございました! いい資料が撮れました! これで描ける!」
そう言って、衣装を着たままの小っ恥ずかしい俺を残して、仕事部屋にさっと消えていった。
数時間後、形になったというラフ画を見せてもらった。
これが、俺? というような、すばらしい雰囲気のある美女に変換されていた。はあ、すごいな、あれが、あれに……。
その後も、ポーズの依頼をされることはままあった。モデルがなくてもすらすら描けるところ、実際の人体や布の重みや質感、ひだを観察したいらしい。これだけ描ける人なのに、探究心と向上心がすごいな。
今日は、特に気まずい表情で俺のところにやってきた。
「ポーズとるの?」
先にこちらから聞いてあげた。
「そうなんですけど……」
言いにくそうだから、相当変なポーズなのか?
「どんなの?」
「……ごめん。女装ってお願いできるかな?」
ちょっと羽織るとかじゃなくて、ガチの?
「あ、外部に出ることは絶対にないから! 僕が個人的に見返すことはあると思うけど!」
まあ、資料なんだから、見返すこともあるだろう。それはいいんだけど。
「大丈夫大丈夫、やるから。それで、女装って、どんなの?」
颯馬さんは、実に不安そうにクローゼットに行き、戻ってきた。
手には、セーラー服を持って。
いや、それは、キッツいな。
もうどうでもいいやと、俺はその場で下着姿になって、セーラー服を着込んだ。サイズもぴったりだ。俺用? まさかな。
今、ひどい格好をしているだろう。犯罪レベルの。
「うわ、いい! いいね! 最高!」
颯馬さんにとっては、資料価値があるらしい。
手取り足取り、いろんなポーズをとらされ、写真を撮られた。
アイドルみたいに胸の前で手を組んで、とかは、まだましで、ソファに寝そべって視線はこっちに、とか恥ずかしすぎるだろ。
それは、後日、すばらしいイラストとなって、サブカル雑誌の表紙になっていた。俺がこの美少女のモデルになっているなんて、アミサワユーのファンが知ったらトラウマものだろう。
颯馬さんは写真じゃなくて、クロッキー帳にさささと鉛筆を走らせて、ポーズを描くこともあった。
真剣な顔、かっこいいな。本当に絵を描くのが好きなんだな。
俺のほうは、サテンの光沢あるドレス着て、美女がしたら似合うようなしどけないポーズをしているという、それはまあひどい姿だけど。顔がひきつる。誰にも見せられない。
いつも女物ってわけじゃないけど、アミサワユーは女性の絵がとくに評価されているらしい。
だから、颯馬さんは、俺を撮影しているんじゃない。俺を、描いているんじゃない。俺を通して、絵の完成形を見ているのだ。
資料写真を撮るからと、近代建築や、眺めのいい公園や、花畑や、海に行くこともあった。
俺もフレームにいれて邪魔じゃない?
そう聞くと、
「洋さんがいないと駄目なんですよ。洋さんがいると、縮尺がわかるでしょ? あ、ほら、それに家族にも仲良くやってるって、見せたいし」
ああ、そういうことか。
出かけたときは、その土地土地のものが食べられる飲食店に入って、ご飯食べて。
変だな、颯馬さん相手にどきどきしている。
気づかれたら駄目なのに。
好きになっちゃいけない人なのに。手に入ってるのに手に入らない。どんどん好きになってしまうのに。
迷惑に決まってる。これは偽装結婚で契約結婚で。愛なんか、一番、いらないんだから。
観光地でもスーパーでも、どこでも颯馬さんといると、嫌でも、人の、うわって見比べる顔が目に入る。
やっぱり、俺じゃない。
こうして、新婚生活は始まった。
颯馬さんは部屋で、絵を書いて、ウェブ会議をやって、音楽を流してるみたいだけど、俺にはほとんど聞こえない。
会社が近くなって、ご飯を作る余裕もかなりある。
もともとご飯作るの好きだったけど、家族や友達相手につくることもあったけど、颯馬さんのために作るのも楽しいかも。
おいしい、おいしいって食べてくれるから。
もともとは宅配を使うことが多かったようで、特に野菜のおかずを喜んでくれた。
オリーブオイルで焼いたアスパラガスに塩ふっただけのものとか、そういうのをつまらないっていう人もいるけど、颯馬さんは喜んでくれる。
エスニック系も好きらしくて、俺の家族や友人はエスニック系が苦手だから、めっちゃ嬉しい。
フムスとか、バインセオとか、スパイスの効いたカレーとか、振る舞う機会のなかった料理が作れるってかなり嬉しい。
ある日、掃除機をかける俺に、仕事部屋から出てきた颯馬さんが神妙な顔で近づいてきた。
「ごめんなさい、うるさかった?」
「いや、うるさくないよ。お願いがあって」
「なんですか?」
「その、絵の資料に、ポーズを取ってほしいんですよ」
「どんなですか?」
「こんな感じで」
腰にひねりを加えて、手が艶めかしく頬に添えられ、もう一方の手は虚空に伸ばされる、みたいな、ドラマチックなポーズ。
いや、颯馬さんがするとかっこいいんだけど、俺がするとなると大分恥ずかしいぞ。
いや、まあ、仕事の役に立てるなら。
「こうですか?」
顔を引きつらせながらポーズをとる。
「あっ、いいですね! ちょっと待ってください、衣装持ってきます」
衣装?
布のたっぷりした、ドレープ感のある足元まである羽織のようなものだった。イメージで言えば妖精。そんな感じの。
いや、キッツいだろ。しかし、颯馬さんが服をもったまま、俺が袖を通すのを待っている。
俺が、ままよ、と腕を伸ばすと、するりと妖精の羽織を着せられた。キッツ。
「ああ、いいね! すみません、ポーズお願いします!」
俺は激しい羞恥に襲われながらポーズを取る。
「手はもう少しこうで、脚は、うん、こんな感じで!」
颯馬さんが、俺のポーズを手取り足取り修正する。手が、体に触れている。変にどぎまぎしてしまう。近い!
「完璧! 写真撮りますね!」
角度を変えて、上から、下から、パシャパシャと写真を撮っていく。
そして、
「ありがとうございました! いい資料が撮れました! これで描ける!」
そう言って、衣装を着たままの小っ恥ずかしい俺を残して、仕事部屋にさっと消えていった。
数時間後、形になったというラフ画を見せてもらった。
これが、俺? というような、すばらしい雰囲気のある美女に変換されていた。はあ、すごいな、あれが、あれに……。
その後も、ポーズの依頼をされることはままあった。モデルがなくてもすらすら描けるところ、実際の人体や布の重みや質感、ひだを観察したいらしい。これだけ描ける人なのに、探究心と向上心がすごいな。
今日は、特に気まずい表情で俺のところにやってきた。
「ポーズとるの?」
先にこちらから聞いてあげた。
「そうなんですけど……」
言いにくそうだから、相当変なポーズなのか?
「どんなの?」
「……ごめん。女装ってお願いできるかな?」
ちょっと羽織るとかじゃなくて、ガチの?
「あ、外部に出ることは絶対にないから! 僕が個人的に見返すことはあると思うけど!」
まあ、資料なんだから、見返すこともあるだろう。それはいいんだけど。
「大丈夫大丈夫、やるから。それで、女装って、どんなの?」
颯馬さんは、実に不安そうにクローゼットに行き、戻ってきた。
手には、セーラー服を持って。
いや、それは、キッツいな。
もうどうでもいいやと、俺はその場で下着姿になって、セーラー服を着込んだ。サイズもぴったりだ。俺用? まさかな。
今、ひどい格好をしているだろう。犯罪レベルの。
「うわ、いい! いいね! 最高!」
颯馬さんにとっては、資料価値があるらしい。
手取り足取り、いろんなポーズをとらされ、写真を撮られた。
アイドルみたいに胸の前で手を組んで、とかは、まだましで、ソファに寝そべって視線はこっちに、とか恥ずかしすぎるだろ。
それは、後日、すばらしいイラストとなって、サブカル雑誌の表紙になっていた。俺がこの美少女のモデルになっているなんて、アミサワユーのファンが知ったらトラウマものだろう。
颯馬さんは写真じゃなくて、クロッキー帳にさささと鉛筆を走らせて、ポーズを描くこともあった。
真剣な顔、かっこいいな。本当に絵を描くのが好きなんだな。
俺のほうは、サテンの光沢あるドレス着て、美女がしたら似合うようなしどけないポーズをしているという、それはまあひどい姿だけど。顔がひきつる。誰にも見せられない。
いつも女物ってわけじゃないけど、アミサワユーは女性の絵がとくに評価されているらしい。
だから、颯馬さんは、俺を撮影しているんじゃない。俺を、描いているんじゃない。俺を通して、絵の完成形を見ているのだ。
資料写真を撮るからと、近代建築や、眺めのいい公園や、花畑や、海に行くこともあった。
俺もフレームにいれて邪魔じゃない?
そう聞くと、
「洋さんがいないと駄目なんですよ。洋さんがいると、縮尺がわかるでしょ? あ、ほら、それに家族にも仲良くやってるって、見せたいし」
ああ、そういうことか。
出かけたときは、その土地土地のものが食べられる飲食店に入って、ご飯食べて。
変だな、颯馬さん相手にどきどきしている。
気づかれたら駄目なのに。
好きになっちゃいけない人なのに。手に入ってるのに手に入らない。どんどん好きになってしまうのに。
迷惑に決まってる。これは偽装結婚で契約結婚で。愛なんか、一番、いらないんだから。
観光地でもスーパーでも、どこでも颯馬さんといると、嫌でも、人の、うわって見比べる顔が目に入る。
やっぱり、俺じゃない。
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