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本編
2 前日譚
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僕は、白亜の学堂で年近い少年たちとともに、この世で並ぶもののない比類なき哲学者である先生に師事していた。
授業の後には、学友と深く豊かな森へ狩りに行くか地の果ての断崖まで遠乗りに出るか、もしくは、湖のほとりの東屋で美しい女性たちと遊びに興じた。
女性への愛の詩を琴の音色に乗せて歌い上げ、舟で遊び、皆で踊った。
その中の一人に美しいニンフの少女がいた。彼女は僕に愛を捧げたが、僕は彼女に愛を返さなかった。
いつしか彼女は現れなくなり、僕はほっとしたのだった。
しばらくして、僕が一人家路を歩いていると、目の前にほこりと垢まみれの襤褸切れをまとった皺深い老婆が現れた。
『なんと美しいお方。冥途の土産に哀れな老婆を抱いてくだされ』
老婆にすがりつかれ、顔をしかめた。彼女は醜く、不潔で、酷い臭いがしていた。僕は、済まないが他を当たってくれと突き放した。
すると、老婆は瞬く間に美しい女性へと姿を変えた。夜の闇をおもわせる漆黒の髪、月の光を宿したような輝く白い肌、エメラルドの中に若葉の黄緑がきらめく瞳、珊瑚の色のふっくらした唇、そして豊満な肢体を絹の布が包んでいた。
この世ならざる美しさ。彼女は女神だった。
ニンフの少女は、この女神のニンフだったのだ。ニンフの少女は、僕のもとを走り去り、走りに走るうち、風となって消えてしまったのだという。
『自らの美しさに驕り、誰をも愛せぬ哀れなお前にふさわしい姿にしてやろう』
真っ青に晴れ渡っていた空がにわかにかき曇り、雷光がまっしぐらに落ちてきて僕の体を貫いた。
『その姿でいつまでもさすらうがよい』
衝撃に倒れ伏す僕に女神はそれだけ言うと消えてしまった。僕は気を失い、耳をつんざく女性の悲鳴で目を覚ました。
彼女は東屋で戯れる女性の一人だった。その彼女が、恐ろしい形相をし、走り去っていった。
僕はのろのろと起き上がる。
一体なにが起こったのか。
僕はよろよろと湖まで行き、水面を覗き込んだ。そこに映っていたのは……
「うわああああっ……!!!」
僕は魔界の寝床で飛び起きた。もう三千年も前のことなのに、随分鮮明な夢だ。ここしばらく見ていなかったのに。
「お、セイル、久々の断末魔みたいな寝言だな」
「シェズさん……いや、大丈夫です、すみません」
僕の寝床にやってきたのは、上司兼家主のシェズさんだ。鳩の頭を持つこの悪魔が、二千年前に面白がって僕を拾って魔界に連れてきてくれたのだ。僕はそれまで醜い姿で死ぬことも叶わず千年の間、地上をさまよい続けた。そしてシェズさんから、サタン様へ推薦してもらい、僕は悪魔の力を与えられ、悪魔になったのだ。
「いや、いい目覚ましだったわ。じゃあ、今日もばりばり仕事するか」
シェズさんがくちばしを大きく開けてあくびをしながら伸びをした。ばりばり仕事をするシェズさんなんて想像ができない。いつも漫画を読むか、うとうとしているか、さもなくば僕に全部仕事を押し付けて鳩に姿を変え人間界を散歩する、いい加減な悪魔なのに。そのいい加減さに救われている部分も大いにあるのだが。
僕はベッドから下り、身なりを整えた。顔を洗い、歯を磨き、服を着る。
今日も今日とて、人間を堕落させる淫具の制作の一日が始まる。
僕は、白亜の学堂で年近い少年たちとともに、この世で並ぶもののない比類なき哲学者である先生に師事していた。
授業の後には、学友と深く豊かな森へ狩りに行くか地の果ての断崖まで遠乗りに出るか、もしくは、湖のほとりの東屋で美しい女性たちと遊びに興じた。
女性への愛の詩を琴の音色に乗せて歌い上げ、舟で遊び、皆で踊った。
その中の一人に美しいニンフの少女がいた。彼女は僕に愛を捧げたが、僕は彼女に愛を返さなかった。
いつしか彼女は現れなくなり、僕はほっとしたのだった。
しばらくして、僕が一人家路を歩いていると、目の前にほこりと垢まみれの襤褸切れをまとった皺深い老婆が現れた。
『なんと美しいお方。冥途の土産に哀れな老婆を抱いてくだされ』
老婆にすがりつかれ、顔をしかめた。彼女は醜く、不潔で、酷い臭いがしていた。僕は、済まないが他を当たってくれと突き放した。
すると、老婆は瞬く間に美しい女性へと姿を変えた。夜の闇をおもわせる漆黒の髪、月の光を宿したような輝く白い肌、エメラルドの中に若葉の黄緑がきらめく瞳、珊瑚の色のふっくらした唇、そして豊満な肢体を絹の布が包んでいた。
この世ならざる美しさ。彼女は女神だった。
ニンフの少女は、この女神のニンフだったのだ。ニンフの少女は、僕のもとを走り去り、走りに走るうち、風となって消えてしまったのだという。
『自らの美しさに驕り、誰をも愛せぬ哀れなお前にふさわしい姿にしてやろう』
真っ青に晴れ渡っていた空がにわかにかき曇り、雷光がまっしぐらに落ちてきて僕の体を貫いた。
『その姿でいつまでもさすらうがよい』
衝撃に倒れ伏す僕に女神はそれだけ言うと消えてしまった。僕は気を失い、耳をつんざく女性の悲鳴で目を覚ました。
彼女は東屋で戯れる女性の一人だった。その彼女が、恐ろしい形相をし、走り去っていった。
僕はのろのろと起き上がる。
一体なにが起こったのか。
僕はよろよろと湖まで行き、水面を覗き込んだ。そこに映っていたのは……
「うわああああっ……!!!」
僕は魔界の寝床で飛び起きた。もう三千年も前のことなのに、随分鮮明な夢だ。ここしばらく見ていなかったのに。
「お、セイル、久々の断末魔みたいな寝言だな」
「シェズさん……いや、大丈夫です、すみません」
僕の寝床にやってきたのは、上司兼家主のシェズさんだ。鳩の頭を持つこの悪魔が、二千年前に面白がって僕を拾って魔界に連れてきてくれたのだ。僕はそれまで醜い姿で死ぬことも叶わず千年の間、地上をさまよい続けた。そしてシェズさんから、サタン様へ推薦してもらい、僕は悪魔の力を与えられ、悪魔になったのだ。
「いや、いい目覚ましだったわ。じゃあ、今日もばりばり仕事するか」
シェズさんがくちばしを大きく開けてあくびをしながら伸びをした。ばりばり仕事をするシェズさんなんて想像ができない。いつも漫画を読むか、うとうとしているか、さもなくば僕に全部仕事を押し付けて鳩に姿を変え人間界を散歩する、いい加減な悪魔なのに。そのいい加減さに救われている部分も大いにあるのだが。
僕はベッドから下り、身なりを整えた。顔を洗い、歯を磨き、服を着る。
今日も今日とて、人間を堕落させる淫具の制作の一日が始まる。
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