花の記憶

Yonekoto8484

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しかし、どの事にも必ず終わりが来るように、幸子のイライラ期も、長くは続かなかった。

ところが、イライラ期が過ぎても、散歩好きなところは変わらなかった。小学校3年生になった悠美が相変わらず、その相手をすることになっていた。

祖父母の近所なら、自信が持てないものの、悠美は、自分の近所なら、慌てることなく、落ち着いて幸子との散歩を楽しむことが出来た。

幸子は、歩きながら、しばしば景色の一部を指差し、感想を述べる。幸子は、特に木に目が行くところがあるようだ。

「悠美ちゃん、あの木をご覧よ!なんて綺麗な木なんだろう!」
幸子が道路沿いに植えられている何の変哲もない街路樹を一つ指差し、まるで木というものを初めて目にするかのような、心底から感動している声で言った。

悠美は、祖母が指差した木をチラッと見たが、どこが綺麗なのか、祖母がここまで喜ぶ理由は何なのか、まるで見当がつかない。どこにでも生えているような、どこからどう見ても、普通の木である。

しかし、祖母が大好きで傷つけたくない悠美が幸子に調子を合わせることにした。
「そうだね。綺麗だね。」

もう少し進むと、幸子がまた街路樹を指差し、息を弾ませて言った。
「あの木をご覧よ!素敵すぎるじゃないの!」

悠美がまた祖母の指差す方を見た。祖母がついさっき指差した木と全く同じ種類で、大きさなどの特徴もさほど変わらない木であった。

幸子が次々と、目に留まるほどの水際立った魅力のない木を指差し、尋常ではないレベルの感動の気持ちを込めて、感想を述べるのは、病気のせいで、先見た木の姿がもう記憶に残っていないからであることは、小学生の悠美でもわかる。ところが、幼い頃から幸子と多くの時間を過ごして来た悠美には、その点がそこまで恐ろしく感じないのである。

他の人が見ても、喜べず、感動も覚えられないような普通の木でも、ここまで純粋で素直に喜べる祖母は、他の人には掴めないようなちょっとした幸せが掴めて、とびきり幸せな人に見えた。

「素敵だね。」
悠美がまた祖母に調子を合わせ、相槌を打った。

もうしばらく歩くと、道角に植えられたばかりの松の苗の前に来かかった。

「悠美、見て!あなたと妹たちみたいじゃない⁉︎」
幸子が松の苗の数が3本であるのを見て、嬉しそうに言った。

悠美は、祖母が指差した松の苗を見て、小さな笑みを浮かべ、
「本当だ!」
と調子を合わせる訳でもなく、素直に喜んだ。

悠美たちが住む通りの道角の松の木は、ぐんぐんと育ち、立派で大きな木へと成長して行った。悠美たちも、松の木に見守られながら、大きくなって行った。

残念ながら、幸子に木の成長した姿を見せることが出来なかったが、悠美はその後、松の木の前を通る度に、幸子とその角を度々散歩したことを思い出し、もう一度でいいから、また祖母と散歩したいと思いながら、思わず涙ぐむのであった。
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