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ネッシー
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浪子は,ネッシーと暮らす洞窟が視界に入ると,涙が出そうになった。安心感を覚えた。
ところが,洞窟の辺りをよく見回すと,3日前に出た時とは,随分様子が変わっていることに気づいた。海藻が生い茂り,洞窟の入り口をほとんど塞いでいる状態だった。洞窟の壁も,一部崩れ,石の色は少し褪せて見えた。一体,何があったのだろう?
浪子が慌てて中へ入ると,ネッシーの寝ている姿を確認出来た。しかし,3日前のネッシーではなく,一段と老けた様子だった。一気に10年分ぐらい歳をとったように,浪子には見えた。体は,とても弱っていて,息をするだけでも,辛そうだった。
どうして,こんなことに…?そこで,浪子は,ぱっと気がついた。きっと,「黒海」での時間の経ち方は,この海では,違うのだ。「黒海」で過ごした数日の間に,ネッシーが暮らすこちらの海では,何年も経ってしまったのだ。この事実に気づいて,浪子は唖然とした。
浪子は,ショックから立ち直ると,親のネッシーの傍へ駆けつけて,真珠を見せた。
「無事に帰って来てくれたのね。」
ネッシーが声を出さずに言った。ネッシーには,いろんな力があって,声を出さなくても,自分の思いを浪子に伝えられるのがその一つである。
「早くこれを飲み込んで。まだ遅くないはずだ。」
浪子がネッシーに真珠を差し出した。
「もう,飲み込む力がない。力が残っていても,飲み込まないけど。」
ネッシーが答えた。
「なんで!?」
親の返事に浪子は,驚いた。
「ずっと生きたいとは,最初から思っていないから。もう十分生きた。これで,最後に浪子にまた会えたから,いいよ。十分だよ。」
ネッシーが言った。
「じゃ…全部無駄だったのね?」
浪子は,泣き始めた。たまらなく悔しかったのだ。黒海への長い旅,怪獣との戦い,海の上の世界への旅,どれも,ネッシーのためを思ってやったことのはずなのに…ネッシーの望んでいたことではなかった。親なのに,ネッシーの気持ちを全く知らない,全く察せなかった自分が恥ずかしかった。
「違う。無駄じゃない。浪子は長い旅で,いろんなことを学んで,強くなった。誇りに思う。でも,真珠は要らない。浪子がいてくれたら,それでいい。」
ネッシーが言った。
しかし,浪子は心へのしかかってくる悔しくて不甲斐ない気持ちをどうしても振り切れなかった。ネッシーの気持ちを知っていたら,「黒海」に行かなければよかったのに。親のネッシーとの貴重な時間を何年分も,無駄にしなくて済んだのに。もっと,もっと長い時間,ネッシーのそばにいられたのに。
ネッシーは,力を尽くしたのか,いつからか静かになっていた。もうそれ以上,何も言おうとしなかった。浪子は,ネッシーの胸に頭を埋めて,泣き続けた。
こんなに体が弱っているのに,さっきまで,浪子と話が出来ていたのは,すごいと浪子が感心した。親のネッシーには,色んな力がある。嵐を起こしたり,止めたり出来るし,声を出さなくても話ができるし,渦を自分で作り出すことも出来る。浪子が「黒海」で渦から出られたのも,ネッシーが見守っていたからかもしれない。
ネッシーは,いつだって,見守ってくれていたのに,自分は全く何もしてあげられなかった。救えなかった。親の気持ちも知らずに,真珠を探しに長くて危険旅へ出て,ネッシーをかえって心配させて…ネッシーが浪子に求めていたのは,そばにいることだけだったのに…。自分のことが馬鹿に思えてきた。
しかし,ネッシーは,浪子を少しも恨んでいない様子だった。むしろ,無事に帰還し,最期に我が子に会い,一緒に過ごせて,安心しているようにさえ見えた。
しばらくすると,ネッシーは息を引き取った。
浪子は,初めて自分が世界にひとりぼっちと感じた。「黒海」での大冒険も,生きて帰って来られたのも,ネッシーという存在が胸の中にあって,その存在を自分の命と引き換えにしても,救いたいという一心で,行動していたから出来たことだった。自分のネッシーに対する熱い想いが,自分の中の深いところに潜んでいる力を引き出し,自分の背中を押し続けたから,突き進めたのだった。
でも,ネッシーは,もうこの世にはいないのだ。これからは,独りで生きていかなければならない。浪子は,生まれて初めて,かけがえの無いものの喪失を感じた。
でも,ネッシーは,死んだかもしれないが,自分はネッシーの血を引いているのだった。浪子は,ネッシーに生み育ててもらい,全部とは言えなくても,誰よりネッシーのことを知っている。とても敵わないけれど,ネッシーの分身のようなものだ。なら,自分がネッシーの思い出を胸に抱きながら,一生懸命生きることで,ネッシーを生かし続けることだって,できるのかもしれない。
浪子には,一瞬,この自分の気持ちの方が,真珠の力より確実に感じた。
「ネッシーを絶対に死なせない!」
ネッシーが息を引き取って,この世からいなくなった今でも,浪子の心は,そう叫び続ける。
ところが,洞窟の辺りをよく見回すと,3日前に出た時とは,随分様子が変わっていることに気づいた。海藻が生い茂り,洞窟の入り口をほとんど塞いでいる状態だった。洞窟の壁も,一部崩れ,石の色は少し褪せて見えた。一体,何があったのだろう?
浪子が慌てて中へ入ると,ネッシーの寝ている姿を確認出来た。しかし,3日前のネッシーではなく,一段と老けた様子だった。一気に10年分ぐらい歳をとったように,浪子には見えた。体は,とても弱っていて,息をするだけでも,辛そうだった。
どうして,こんなことに…?そこで,浪子は,ぱっと気がついた。きっと,「黒海」での時間の経ち方は,この海では,違うのだ。「黒海」で過ごした数日の間に,ネッシーが暮らすこちらの海では,何年も経ってしまったのだ。この事実に気づいて,浪子は唖然とした。
浪子は,ショックから立ち直ると,親のネッシーの傍へ駆けつけて,真珠を見せた。
「無事に帰って来てくれたのね。」
ネッシーが声を出さずに言った。ネッシーには,いろんな力があって,声を出さなくても,自分の思いを浪子に伝えられるのがその一つである。
「早くこれを飲み込んで。まだ遅くないはずだ。」
浪子がネッシーに真珠を差し出した。
「もう,飲み込む力がない。力が残っていても,飲み込まないけど。」
ネッシーが答えた。
「なんで!?」
親の返事に浪子は,驚いた。
「ずっと生きたいとは,最初から思っていないから。もう十分生きた。これで,最後に浪子にまた会えたから,いいよ。十分だよ。」
ネッシーが言った。
「じゃ…全部無駄だったのね?」
浪子は,泣き始めた。たまらなく悔しかったのだ。黒海への長い旅,怪獣との戦い,海の上の世界への旅,どれも,ネッシーのためを思ってやったことのはずなのに…ネッシーの望んでいたことではなかった。親なのに,ネッシーの気持ちを全く知らない,全く察せなかった自分が恥ずかしかった。
「違う。無駄じゃない。浪子は長い旅で,いろんなことを学んで,強くなった。誇りに思う。でも,真珠は要らない。浪子がいてくれたら,それでいい。」
ネッシーが言った。
しかし,浪子は心へのしかかってくる悔しくて不甲斐ない気持ちをどうしても振り切れなかった。ネッシーの気持ちを知っていたら,「黒海」に行かなければよかったのに。親のネッシーとの貴重な時間を何年分も,無駄にしなくて済んだのに。もっと,もっと長い時間,ネッシーのそばにいられたのに。
ネッシーは,力を尽くしたのか,いつからか静かになっていた。もうそれ以上,何も言おうとしなかった。浪子は,ネッシーの胸に頭を埋めて,泣き続けた。
こんなに体が弱っているのに,さっきまで,浪子と話が出来ていたのは,すごいと浪子が感心した。親のネッシーには,色んな力がある。嵐を起こしたり,止めたり出来るし,声を出さなくても話ができるし,渦を自分で作り出すことも出来る。浪子が「黒海」で渦から出られたのも,ネッシーが見守っていたからかもしれない。
ネッシーは,いつだって,見守ってくれていたのに,自分は全く何もしてあげられなかった。救えなかった。親の気持ちも知らずに,真珠を探しに長くて危険旅へ出て,ネッシーをかえって心配させて…ネッシーが浪子に求めていたのは,そばにいることだけだったのに…。自分のことが馬鹿に思えてきた。
しかし,ネッシーは,浪子を少しも恨んでいない様子だった。むしろ,無事に帰還し,最期に我が子に会い,一緒に過ごせて,安心しているようにさえ見えた。
しばらくすると,ネッシーは息を引き取った。
浪子は,初めて自分が世界にひとりぼっちと感じた。「黒海」での大冒険も,生きて帰って来られたのも,ネッシーという存在が胸の中にあって,その存在を自分の命と引き換えにしても,救いたいという一心で,行動していたから出来たことだった。自分のネッシーに対する熱い想いが,自分の中の深いところに潜んでいる力を引き出し,自分の背中を押し続けたから,突き進めたのだった。
でも,ネッシーは,もうこの世にはいないのだ。これからは,独りで生きていかなければならない。浪子は,生まれて初めて,かけがえの無いものの喪失を感じた。
でも,ネッシーは,死んだかもしれないが,自分はネッシーの血を引いているのだった。浪子は,ネッシーに生み育ててもらい,全部とは言えなくても,誰よりネッシーのことを知っている。とても敵わないけれど,ネッシーの分身のようなものだ。なら,自分がネッシーの思い出を胸に抱きながら,一生懸命生きることで,ネッシーを生かし続けることだって,できるのかもしれない。
浪子には,一瞬,この自分の気持ちの方が,真珠の力より確実に感じた。
「ネッシーを絶対に死なせない!」
ネッシーが息を引き取って,この世からいなくなった今でも,浪子の心は,そう叫び続ける。
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