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命拾い
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ある日,歌子と奏と三人で焼きそばを食べる約束をしていた。歌子と一緒に買い出しに行った時のことだった。歌子が突然こう言ったのだ。
「あなたの友達になりたい。でも,歌子さんと呼ばれると,どうしても距離を感じて,親しく感じない。だから,呼び方を変えて。」
私は,これを聞いて,戸惑った。中国で,日本は目上の人を敬う文化だから,年上の人に対して,さん付けで呼ぶのは当たり前だと思っていた。私は,二十代で,歌子は六十代前半だから,呼び捨てで呼ぶなんて考えられなくて,苗字ではなく,「歌子さん」と下の名前で呼んでいるだけで,親しく呼んでいるつもりだった。
でも,歌子の感じ方は,違うようだ。親しく呼んでもらっていないと感じている。
「何と呼んだらいい?」と尋ねると,
「歌ちゃん」がいいという。
どんなに好きな人でも,四十歳も年上のおばさんを「歌ちゃん」と呼べそうにない。とても抵抗がある。しかし,そう言ってしまうと,歌子は傷つくかもしれないと思い,
「わかった。」と一言だけ答えることにした。
買い出しが終わって,奏のお家へ向かった。向かう途中に,「私はあなたと親しくなりたいし,親しく付き合う人とは,敬語が使いたくない。それだけだ。下心はないよ。単純だから,色々考えて下心が持てる様なことはできない。」と言われた。
この時に,「本当に下心がない人は,わざわざ自分は下心がないと宣言したりしないだろう。」と一瞬引っかかったが,歌子を信じたかったから,それ以上考えなかった。
着いた。すると,今日は三人ではなく,この間からダンスに新しく通い始めた三十代後半の男性も一緒だと告げられた。この頃は,全く気づいていなかったが,この男性をこの時誘ったのは,おそらく私と引き合わせるためだった。この頃は,自分がこの男性とは恋に落ち,結婚し,一緒に家庭を築くことになるとは,夢にも思わなかった。言ったら,悪いかもしれないが,恋愛対象で見てもいなかったのだ。
食事会が始まり,みんなで鉄板で焼きそばを焼きながら,楽しく歓談した。
私が留学したことが話題になり,
「あの時の私に会わせたい。とても素直でいい子だった。」と私が言うと,歌子は,
「会いたくない。今のあなたがいい。素敵。」と言ってくれた。
なぜかよくわからないが,歌子のこの一言で,涙が急に滲み,周りにバレないように堪えるのがやっとだった。誰かに,そう言う風に,自分に魅力があることを認めてもらうのは,初めてのことだったからかもしれない。
みんなで楽しく話していると,歌子が突然立ち上がり,コップに水を注ぎ,飲み始めた。立ち上がった時の表情が気になり,私は歌子の様子をその後も注意深く伺い続けた。
観察していると,やっぱり,様子がおかしかった。水を飲んでも,苦しそうに胸を押さえている。苦しそうな声は出ていないが,喘いでいるように見える。私は,話に夢中で歌子の様子の異変に気づいていない男性たちを置いて,立ち上がり,歌子に近づき,肩に手をかけてみた。
すると,やっぱり遠くから見て感じた通りだった。息が出来ていないようだった。声は全く出ていないが,苦しそうに喘いで,胸を押さえたり叩いたりして,喉に詰まっているものを出そうとしていた。
私が歌子のところに駆け寄ったのが気になったのか,奏ともう一人の男性が私と歌子の方を見ている。しかし,歌子が苦しんでいることに気づいていないようで,一向に動こうとしない。
「助けて。苦しいみたい。」と私が,「言わないとわからないの!?」と内心で思いながら,なるべく落ち着いた口調で言った。
すると,奏が,「え!?冗談だろう?」と歌子がふざけているのではないかと疑っているようだった。
この悪ふざけをする人はいるか!?と言いたかったが,我慢した。
私の一言で,ダンス新入メンバーの男性が歌子が苦しんでいることに気づき,応急処置を始めた。すると,歌子は,また声が出る様になって,咳をし始めた。しばらく横になって,自分が生きていて,息が出来ていることを確かめてからまた立ち上がった。
すると,奏がまた言った。
「よかった!冗談かと思った!この人なら,あり得るから。」
歌子が大丈夫であることを確認してから,みんながまた食べ始めた。でも,歌子が喉に水を詰める前の陽気な雰囲気はもうなかった。みんなは,動揺していて,歌子のことを心配していた。
食べ終わって,一緒に洗い物をしていると,私が歌子に言った。
「これからは,歌ちゃんと呼ぶから。」
「ありがとう。なんか,嬉しいわ。」と歌子が答えた。
ところが,次の日になると,歌子から,よく考えたら,あなたが私のことを「歌ちゃん」と呼ぶのは相応しくないから,「歌子」にしましょうと告げられたのだった。
食事後,みんなでくつろいでいると,歌子がまた苦しそうに胸を押さえていた。
「大丈夫?」と尋ねると,
「大丈夫。」だと答えたが,みんなで力を合わせて説得して,病院で診てもらうことになった。
奏が「僕が送ろうか?」と申し出ると,断られた。
「じゃ,何?旦那さんに来てもらうの?」
と尋ねた。
「役に立たない旦那だから,息子を呼ぶわ。家にいるから。」と歌子は夫に対する気持ちを隠さずに言った。
次の日,歌子がいきなり私の玄関に現れ,病院で診てもらったが大丈夫だったとわざわざ報告しに来てくれた。
「あなたの友達になりたい。でも,歌子さんと呼ばれると,どうしても距離を感じて,親しく感じない。だから,呼び方を変えて。」
私は,これを聞いて,戸惑った。中国で,日本は目上の人を敬う文化だから,年上の人に対して,さん付けで呼ぶのは当たり前だと思っていた。私は,二十代で,歌子は六十代前半だから,呼び捨てで呼ぶなんて考えられなくて,苗字ではなく,「歌子さん」と下の名前で呼んでいるだけで,親しく呼んでいるつもりだった。
でも,歌子の感じ方は,違うようだ。親しく呼んでもらっていないと感じている。
「何と呼んだらいい?」と尋ねると,
「歌ちゃん」がいいという。
どんなに好きな人でも,四十歳も年上のおばさんを「歌ちゃん」と呼べそうにない。とても抵抗がある。しかし,そう言ってしまうと,歌子は傷つくかもしれないと思い,
「わかった。」と一言だけ答えることにした。
買い出しが終わって,奏のお家へ向かった。向かう途中に,「私はあなたと親しくなりたいし,親しく付き合う人とは,敬語が使いたくない。それだけだ。下心はないよ。単純だから,色々考えて下心が持てる様なことはできない。」と言われた。
この時に,「本当に下心がない人は,わざわざ自分は下心がないと宣言したりしないだろう。」と一瞬引っかかったが,歌子を信じたかったから,それ以上考えなかった。
着いた。すると,今日は三人ではなく,この間からダンスに新しく通い始めた三十代後半の男性も一緒だと告げられた。この頃は,全く気づいていなかったが,この男性をこの時誘ったのは,おそらく私と引き合わせるためだった。この頃は,自分がこの男性とは恋に落ち,結婚し,一緒に家庭を築くことになるとは,夢にも思わなかった。言ったら,悪いかもしれないが,恋愛対象で見てもいなかったのだ。
食事会が始まり,みんなで鉄板で焼きそばを焼きながら,楽しく歓談した。
私が留学したことが話題になり,
「あの時の私に会わせたい。とても素直でいい子だった。」と私が言うと,歌子は,
「会いたくない。今のあなたがいい。素敵。」と言ってくれた。
なぜかよくわからないが,歌子のこの一言で,涙が急に滲み,周りにバレないように堪えるのがやっとだった。誰かに,そう言う風に,自分に魅力があることを認めてもらうのは,初めてのことだったからかもしれない。
みんなで楽しく話していると,歌子が突然立ち上がり,コップに水を注ぎ,飲み始めた。立ち上がった時の表情が気になり,私は歌子の様子をその後も注意深く伺い続けた。
観察していると,やっぱり,様子がおかしかった。水を飲んでも,苦しそうに胸を押さえている。苦しそうな声は出ていないが,喘いでいるように見える。私は,話に夢中で歌子の様子の異変に気づいていない男性たちを置いて,立ち上がり,歌子に近づき,肩に手をかけてみた。
すると,やっぱり遠くから見て感じた通りだった。息が出来ていないようだった。声は全く出ていないが,苦しそうに喘いで,胸を押さえたり叩いたりして,喉に詰まっているものを出そうとしていた。
私が歌子のところに駆け寄ったのが気になったのか,奏ともう一人の男性が私と歌子の方を見ている。しかし,歌子が苦しんでいることに気づいていないようで,一向に動こうとしない。
「助けて。苦しいみたい。」と私が,「言わないとわからないの!?」と内心で思いながら,なるべく落ち着いた口調で言った。
すると,奏が,「え!?冗談だろう?」と歌子がふざけているのではないかと疑っているようだった。
この悪ふざけをする人はいるか!?と言いたかったが,我慢した。
私の一言で,ダンス新入メンバーの男性が歌子が苦しんでいることに気づき,応急処置を始めた。すると,歌子は,また声が出る様になって,咳をし始めた。しばらく横になって,自分が生きていて,息が出来ていることを確かめてからまた立ち上がった。
すると,奏がまた言った。
「よかった!冗談かと思った!この人なら,あり得るから。」
歌子が大丈夫であることを確認してから,みんながまた食べ始めた。でも,歌子が喉に水を詰める前の陽気な雰囲気はもうなかった。みんなは,動揺していて,歌子のことを心配していた。
食べ終わって,一緒に洗い物をしていると,私が歌子に言った。
「これからは,歌ちゃんと呼ぶから。」
「ありがとう。なんか,嬉しいわ。」と歌子が答えた。
ところが,次の日になると,歌子から,よく考えたら,あなたが私のことを「歌ちゃん」と呼ぶのは相応しくないから,「歌子」にしましょうと告げられたのだった。
食事後,みんなでくつろいでいると,歌子がまた苦しそうに胸を押さえていた。
「大丈夫?」と尋ねると,
「大丈夫。」だと答えたが,みんなで力を合わせて説得して,病院で診てもらうことになった。
奏が「僕が送ろうか?」と申し出ると,断られた。
「じゃ,何?旦那さんに来てもらうの?」
と尋ねた。
「役に立たない旦那だから,息子を呼ぶわ。家にいるから。」と歌子は夫に対する気持ちを隠さずに言った。
次の日,歌子がいきなり私の玄関に現れ,病院で診てもらったが大丈夫だったとわざわざ報告しに来てくれた。
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