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第12話
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祖母は歩けなくなり,移動手段が車椅子になっても頻繁に散歩するのだった。近所をぶらぶらするだけで済ませる時と、足を延ばして公園等に出掛け,遠足がてら散歩する時もあった。
病気の症状がまだあまり進行していなかった時は公園で紅葉を拾い集めて,
「この葉っぱ見て!真っ赤だよ」,
「こっちはお日様のように黄色いよ!」
などと見せ合って,喜び合うのだったが,今は静かに車椅子を背後から押しながら,景色を見せるだけだ。会話は,こっちが一方的に話しかけるだけで,成り立たない。
景色を見るだけでも,祖母はいつも嬉しそうで,終始穏やかな表情を浮かべていた。
車椅子を押すのは,なかなか大変だった。というのは,障害物のない平べったいところはいいけれど,段差があったり障害物があったりするようなところは簡単によけられないので困る。しばしば祖母と散歩していると,コツを掴んでうまく操縦できるようになったのだが,スムーズに進んでも進まなくても,祖母からなんの反応もない。
反応はなくても,見てると信じて,天気の良い季節は毎日のようにお散歩をしたのだった。当時,祖母がもしかして見ていないかもしれない,出掛けていることを知らないかもしれないなどと,疑ったことはなかった。脳裏を過ったことも一度もなかった。
しかし,今は時々思う。認知機能は色々低下し失われていても,散歩になんらかの安らぎや解放感を感じある程度の癒し効果はあっただろうけれど,ただの自己満足のところもあったかもしれないと。
7年前に他界した祖母とは,もう生涯一緒に歩くことはないが,今も散歩することが私の日課の一つになっている。今は車椅子ではなく,息子の乳母車を押して歩く。操縦法は車椅子と全く同じである。障害物があれば邪魔になるし,車が急に現れる時はよけるのは大変だ。幸い,祖母のことがあって鍛えられているので,今のところ事故に遭わずに済んでいる。
息子に
「ほら!あの綺麗な花,見て!」,
「ブーブーだよ」
とひたすら喋りかけながら歩く。返答の有無を気にせずに一方的に話しかける技術も,祖母のおかげで板についている。反応がなくても,何回でも話しかけたり問いかけたりできる。全く苦にならない。返答がない方が楽だと思う時があるほどだ。
しかし,祖母の反応が少しずつ鈍くなり、無表情になって行ったのとは打って変わって,息子はちょっとずつ表情豊かになり,言葉を発するようにもなっていく。私はここに命の不思議を感じる。祖母の幼い子供のような様子を思い出しながら,みるみる成長していく息子を見ていると,成長と老化は正に表裏一体であるとしみじみと感じる。
祖母とは,歩きながらよく車数え遊びをした。車数え遊びとは,祖母が発案したもので,それぞれ色を一つを選んでその色をした車が通ると1点と数え,合計点を競う遊びだった。私は黄色が好きだったから,最初は自分の好みに忠実に毎回黄色を選んでいたのだが,黄色い車は非常に少ない。勝とうと思えば,黒や白などありふれた色にしないとダメだと気付いて,失望したのを覚えている。
今,一歳の息子は車に夢中だ。「ブーブー」という言葉を覚え,発するようにもなった。散歩しながら車がひっきりなしに行き交う道路を,目を輝かせながら,指を差しまくって「ブーブー!」と興奮した声をしきりに出す。同じ遊びではないけれど,通じるものがある。息子がもう少し大きくなれば,同じ遊びが出来るかもしれない。そう思うと,嬉しいと思うと同時に,しんみりし涙が出そうになる。
祖母の命が尽きても,こういう形で祖母と過ごした時間は今も紡がれ,祖母は今も紛れもなく生きているのだ。幼い息子と散歩をしながら,つくづくそう思う。
病気の症状がまだあまり進行していなかった時は公園で紅葉を拾い集めて,
「この葉っぱ見て!真っ赤だよ」,
「こっちはお日様のように黄色いよ!」
などと見せ合って,喜び合うのだったが,今は静かに車椅子を背後から押しながら,景色を見せるだけだ。会話は,こっちが一方的に話しかけるだけで,成り立たない。
景色を見るだけでも,祖母はいつも嬉しそうで,終始穏やかな表情を浮かべていた。
車椅子を押すのは,なかなか大変だった。というのは,障害物のない平べったいところはいいけれど,段差があったり障害物があったりするようなところは簡単によけられないので困る。しばしば祖母と散歩していると,コツを掴んでうまく操縦できるようになったのだが,スムーズに進んでも進まなくても,祖母からなんの反応もない。
反応はなくても,見てると信じて,天気の良い季節は毎日のようにお散歩をしたのだった。当時,祖母がもしかして見ていないかもしれない,出掛けていることを知らないかもしれないなどと,疑ったことはなかった。脳裏を過ったことも一度もなかった。
しかし,今は時々思う。認知機能は色々低下し失われていても,散歩になんらかの安らぎや解放感を感じある程度の癒し効果はあっただろうけれど,ただの自己満足のところもあったかもしれないと。
7年前に他界した祖母とは,もう生涯一緒に歩くことはないが,今も散歩することが私の日課の一つになっている。今は車椅子ではなく,息子の乳母車を押して歩く。操縦法は車椅子と全く同じである。障害物があれば邪魔になるし,車が急に現れる時はよけるのは大変だ。幸い,祖母のことがあって鍛えられているので,今のところ事故に遭わずに済んでいる。
息子に
「ほら!あの綺麗な花,見て!」,
「ブーブーだよ」
とひたすら喋りかけながら歩く。返答の有無を気にせずに一方的に話しかける技術も,祖母のおかげで板についている。反応がなくても,何回でも話しかけたり問いかけたりできる。全く苦にならない。返答がない方が楽だと思う時があるほどだ。
しかし,祖母の反応が少しずつ鈍くなり、無表情になって行ったのとは打って変わって,息子はちょっとずつ表情豊かになり,言葉を発するようにもなっていく。私はここに命の不思議を感じる。祖母の幼い子供のような様子を思い出しながら,みるみる成長していく息子を見ていると,成長と老化は正に表裏一体であるとしみじみと感じる。
祖母とは,歩きながらよく車数え遊びをした。車数え遊びとは,祖母が発案したもので,それぞれ色を一つを選んでその色をした車が通ると1点と数え,合計点を競う遊びだった。私は黄色が好きだったから,最初は自分の好みに忠実に毎回黄色を選んでいたのだが,黄色い車は非常に少ない。勝とうと思えば,黒や白などありふれた色にしないとダメだと気付いて,失望したのを覚えている。
今,一歳の息子は車に夢中だ。「ブーブー」という言葉を覚え,発するようにもなった。散歩しながら車がひっきりなしに行き交う道路を,目を輝かせながら,指を差しまくって「ブーブー!」と興奮した声をしきりに出す。同じ遊びではないけれど,通じるものがある。息子がもう少し大きくなれば,同じ遊びが出来るかもしれない。そう思うと,嬉しいと思うと同時に,しんみりし涙が出そうになる。
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