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星月夜
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数日後、保奈美が海保菜を探しに行ったが、どんなに探してもいなかった。
「お父さん、お母さんはどこ?」
「数分前に出たよ。親に会ってくるって,おばあちゃんとおじいちゃんね。」
「そうか…お父さんは,会わないの?」
「会ったことがあるよ。でも,僕の顔を見てもあまり喜んでもらえないかな。」
「そうか…。」
「急いだら、追いつくかもしれないよ?」
尚弥が優しい笑みを顔に浮かべて,提案してみた。
保奈美は,小さくうなずいた。しばらく考えてから、決意して、家の外へ飛び出した。
尚弥は,一人で満足げに笑った。「追いかけていくようになったな。海保菜は喜ぶだろうな。」と思いつつ,少しだけ寂しさを覚えた。
保奈美が全速で浜辺まで走った。
海の香りが微かに分かるぐらい近づくと、すぐ脈が速くなって、息苦しくなったが,無視して、海に向かって走り続けた。
保奈美は,浜辺の洞窟の近くまで来てみてはじめて、自分の愚かさに気付いた。
海保菜は,保奈美が来るとは,もちろん思っていないから,浜辺で待ってくれているはずがない。とっくにいなくなっているはずだ。今頃は,もうすでにどこか遠いところまで泳いでいるに違いない。
それでも,せっかくここまで来たからには、簡単に諦めがつかなくて,母親を呼んでみた。
「お母さん!ママ!」
保奈美が黒い波に向かって,大声で叫んでみた。
すると,驚いたことに,洞窟の向こう側から返事が来た。まだいたのだ。
「保奈美!?保奈美,ここよ!」
海保菜が驚いて,何も考えずに返事してから、困ったことに気づいて,すぐに体が固まってしまった。
もう人魚の体になっていた。保奈美は,嫌がるだろう。
「私は,もうそっちへ行けないから…良かったら来て!」
海保菜がためらいがちに付け加えた。
保奈美には,その言葉の意味がよくわかった。
保奈美は,一瞬だけ立ち止まってから、洞窟の向こう側へと走って行った。
「いる。いないと思っていたのに…そして、決意したんだった。もう後へ引けない。」そう思った。
海保菜は,波のすぐ手前のところで跪き、何かを待っている様子だった。保奈美が走り寄ってくるのをみると,表情が緊張で固まってしまった。
保奈美は,すぐそばまで駆け寄り、母親の横で跪(ひざまず)いて、海保菜を強く抱きしめた。
「ごめんなさい!」
海保菜は,自分の驚きを隠し、すぐに力の限り娘を抱きしめ返した。
「ごめんなさいは,こっちの台詞(せりふ)だ。いつまでも,謝らなきゃしようがない。ひどいことをした。」
すると、保奈美が屈んで,海保菜の尻尾に口付けをした。
「保奈美!?一体どうした!?」
海保菜は,目を丸くして,保奈美を見た。
「悪かった。ごめんなさい。私が悪かった。」
保奈美がまた謝った。
「いや、謝ることはないよ。本当に。時間はかかって,当然だ。」
海保菜が優しく愛情を込めて,言った。
娘に向かって,手を伸ばしかけたが,すぐに自分を止めた。
「いいよ。」
保奈美は,自ら海保菜の手を握って言った。
「いいの?本当に触っていいの?」
海保菜は,娘の顔を探したけど、恐怖はなかった。昨日でも、まだ怖がっていたのに。
「もう怖くない?」
海保菜が訊いた。
「うん、怖くない。」
保奈美が自信満々に言った。
「ありがとう。」
海保菜がまた抱きしめた。背中や肩を撫でながら,思いっきり抱きしめた。
十年ぶりに思いっきり,遠慮せずに,娘を本当の姿で抱きしめた。本当の姿でも,娘が自分の横に座っているなんて,まだ信じられなかった。ここまで来てくれて、怖がっていなかったのは,嬉しすぎた。嬉し涙が頬を伝った。
「でも、なんで急にこんなに怖くなくなったの?」
海保菜がまた娘の目の奥を覗き込んで尋ねた。まだ娘の手を離さなかった。
「あなたは,姿が違っていても,私のお母さんだし、ずっと前から私のお母さんだとわかった。そして、自分も人間じゃないとやっとわかった。 」
保奈美は,素直に言った。
海保菜は,頷いた。
「ここに来るのは,勇気が必要だったね。偉いね。」
娘を褒めてあげた。
「来なきゃダメだった。」
保奈美が単純に言った。
「…こんなに波の近くまで来て…よく耐えているね。私にはできないよ。」
保奈美は,頷いた。
「頑張っている。」
「そして、全く怖がらずに一緒に座ってくれているね!」
保奈美は,また頷いた。
「いつまでも怖いままでは,どうにもならないから。」
「こんなにすぐに来てもらえるとは,夢にも思わなかった。本当にもう怖くないんだね!この姿を見るのは,まだ二回目なのに…なんでこんなに慣れているの?」
「慣れていない…本当は,まだ少し怖い。ちょっとだけ…。」
海保菜は,頷いた。
「正直に言っていいんだよ。何も強がったりしなくても。私の前では,一切気使わなくていいからね。」
海保菜は,温かく娘の顔を見つめて,微笑んだ。今夜の海保菜の顔は,まるで月みたいだった。娘が来てくれたのが,嬉しすぎて,喜びが隠せない。
「どうして,まだここにいるの?」
「弟を待っているの。親戚がこの近くの島で集まることになっていて…。」
「島で集まるの…?」
「うん、今日は島で…特別な日だから。今日はね,おじいちゃんの七十歳誕生日だよ。」
「本当?」
海保菜は,嬉しそうにうなずいた。
「もしよかったら…。」
海保菜は,少しためらってから,続けた。
「…一緒に行かない?」
保奈美は,困って俯いた。
「違うよ!それは,求めていないよ!この浮き輪に乗ってくれたら,島まで引っ張ってあげるよ。島で会うんだし、この姿でいいよ。だから、誘った。」
「でも…私が行ったら,びっくりするでしょう?」
「まあね…でも、喜ぶよ。」
「本当にこのままでもよければ…。」
保奈美は,賛成した。
「来てくれるの!?皆,喜ぶよ!」
海保菜の顔が月みたいに輝いた。
しばらくすると,男の人魚が波の中から現れた。海保菜に合図した。人魚は,保奈美の姿を見ると,少し厳しい顔をした。
「この子は?」
人魚は,笑わない。
「娘だよ。パーティーに来てくれるって。」海保菜がさりげなく説明した。
「大丈夫?」
人魚が保奈美の姿を訝(いぶか)しそうに見て,疑問を口にした。
「保奈美,これは私の弟。海星(かいせい)というの。
あの浮き輪に乗ってもらうの。濡れないように。」
「そうか…なら,大丈夫か。じゃ,行こう。」
海星はいつまでも,表情が緩むことはない。保奈美に愛想をするつもりもないらしい。
保奈美は,海保菜に指示されて、浮き輪を波打ち際まで引っ張ってきた。
「はい、乗って。」
海保菜が命令した。
保奈美は,少しためらった。
「やめたほうがいいかな?」
「え?」
海保菜は,戸惑った。
「だって,あの人は,私には来て欲しくないと思う…。」
保奈美が海星の方へ目をやりながら,不安を口にした。
「気にしなくていいよ。彼のあの態度は,私に対してだよ。保奈美は,関係ない。私が陸に上がったことで,ずっと私を恨んでいる。保奈美は,気にしなくていい。」
保奈美は,もう一度沖の方で不機嫌そうに待つ海星の顔をチラッと見てから,浮き輪の中に入った。
「水が入らないように,ゆっくり引っ張るね。」
保奈美は,頷いた。
「信じているよ。」
娘のその言葉も海保菜は,嬉しすぎた。
海保菜は,潜らずに、ゆっくりと浮き輪を引っ張って行った。海星は,気に喰わない顔で,二人の様子を遠くから見ている。
「大丈夫?」
保奈美が自分の胸を苦しそうに手で押さえるのを見て、海保菜が心配になって,尋ねた。
「強い…すごく強い。」
保奈美が喘(あえ)ぎながら,言った。
海保菜は,頷いた。
「強いだろうね…人間の姿のまま,こんなに近くまで来たことがないから,想像できないけど…海の上に乗っているんだもの。今、あなたの体と海を隔てているのは,この浮き輪の薄い底の部分だけだ。
魂は,悲鳴を上げているだろうね。」
「痛い…。」
保奈美は,屈んで胸を手で押さえた。
「胸だけ?耐えられる?…変わっちゃう?耐えられないと思ったら,戻るよ。」
「…大丈夫。どんなに胸が痛くても,変わったりしないよね?」
「わからない…その保証はない。」
海保菜が正直に言った。
「大丈夫。進んで。」
海保菜は,娘の気が変わるのではないかと思って,しばらく動かずに待ったが,保奈美は,戻るつもりはないと言わんばかりに耐え続けた。
「わかった。行くけど、耐えられなくなったら,すぐに言うんだよ。」
「はい。」
保奈美は,頷いた。
島に着いて、浮き輪から出ると、保奈美は,楽になった。
「保奈美、大丈夫?」
保奈美は,首を縦に振った。
「じゃ、波から少し離れたところに座ろう。」
海保菜は,保奈美を皆から少し離れたところへ案内した。
大勢の人が挨拶に来た。保奈美と目を合わせて気持ちよく挨拶をする人と,見向きもしない人と,色々だった。
祖父母は,とても喜んでいた。
「来てくれたんだね,僕の誕生日に!ありがとう!最高の誕生日プレゼントだ!」
拓海がすぐに保奈美を抱きしめた。
「もう,大丈夫?大変だったね。」
おばあちゃんは,優しい顔で保奈美に訊いた。
保奈美は,無言で頷いた。
一連の挨拶が終わると,海保菜と保奈美がまた二人きりになった。
「あなたが来てくれて、とても嬉しいよ。」
海保菜は,ちっとも人間らしくない,幻想的な笑顔で微笑んだ。
月が出ていないのに,夜空は,眩しいくらいに沢山の星がキラキラと瞬き,その光は海面に反射し,さらに強い輝きを放つ。星月夜だった。
海保菜は,こういう夜空を久しぶりに見たと思った。この明るい夜空は,滅多にない。
でも,それでいいと思った。
人生は,星月夜ばかりではない。光の全く見えない真っ暗な暗闇に包まれた夜もある。星は見えても,僅かな光しか放たれない夜もある。暗い夜の方が多いのだ。
でも,数年に一度でも,星月夜と呼べるような瞬間があれば,それを励みに,何年も困難を乗り越えていける。星月夜は,人生に数回でいいのだ。
星月夜とはいえ,完璧な訳ではない。完全無欠ではない。なんせ,星月夜には,月がないのだから。月がないからこそ,星は,月の光の分まで輝けるのだ。どこか欠けているからこそ,それを補おうと,ありったけの力を振り絞り,精一杯輝くのだ。この点は,人間も,もちろん人魚も共通している。
悩みが尽きることはない。順風満帆に全てが思い通りになることも,あり得ない。しかし,時折,宇宙の思し召しで,一つだけ思い通りになる瞬間は,ある。夢が,一部でも,叶う時だって,ある。
その瞬間に味わえる爽快感のためなら,数々の苦痛に耐え凌ぎ,喜怒哀楽のジェットコースターにまた乗れる。暗闇に立ち向かうことだって,出来る。
星月夜に貰(もら)ったエネルギーを源に,次のいつ来るかわからない星月夜に向かって,全速で突き進んで行けば良い。
星が見えない暗い夜は,いつの日か見たあの星月夜の記憶を心の中で呼び起こし,夢を思い描いて行けば良い。
海保菜には,息子のことや弟との関係など,まだ気になることは,沢山ある。しかし,最近まで絶えずに思い悩みつづけていた娘との関係が思い通りに修復され,ほっこりするひと時を過ごした。夢に見ていたことが一つ現実になった。その奇跡に感謝しながら,この瞬間を大事に過ごし,記憶に焼きつけ,心に留めておこうと思った。
海保菜は,娘と手を繋(つな)ぎ,星月夜の海を眺めた。何とか,この瞬間を,この気持ちを忘れずにいたいと思った。
しかし,心地良い夢を見るときは,すぐに目が覚め,現実に引き戻されるものだ。
拓海は,主役ということもあり,娘と孫娘のことが気になっても,なかなか抜けられなかったが,仁海は抜けられた。海保菜と保奈美の座るところまで来て,一緒に座った。
「少し海星と話して来たら?
あなたが戻ってくるまで,私が保奈美のそばにいてあげるから。」
仁海が言った。仁海は,海保菜が海を出たせいで,子供二人の関係がこじれたことをとても心苦しく思っている。海星に,浜辺に海保菜を迎えに行かせ,二人で来るように仕向けたのも仁海だ。幼い頃から海保菜が出て行くまで,ずっと仲良しだったのに,二人がいつまでも仲直りせずに,犬猿の仲のままでいるのは,見て見ぬ振りができない。
「大丈夫?行ってきていい?」
海保菜がためらって,保奈美に訊いた。
「もちろん,大丈夫だよ!私は,この子のおばあちゃんだもの!さっさと行ってきて!」
仁海が怒って見せた。
海保菜は,流石(さすが)に逆らえず,すぐに弟のところに行った。
「よく来てくれたね!大丈夫?心配したよ。」
「大丈夫。」
本当は,保奈美は,とても緊張していた。人魚姿の海保菜と一緒に過ごすのは,今日が初めてで,それでもとても頑張っているつもりだというのに,血は繋がっているとはいえ,よく知らない人魚の相手をするのは,まだ少し早いと感じた。どんなに自分に大丈夫だと言い聞かせ,自分を落ち着かせようとしても,やっぱり怖い。
「前来てくれた時とは違って,落ち着いているね。」
「…あの時は怖かったから。」
保奈美は,頑張って答えた。
「今は,もう怖くないの?」
「いや、まだ怖いけど…。」
「それでも,来てくれたんだね。」
保奈美は,うなずいた。
「そして,雰囲気も変わって来たし。」
「雰囲気…?」
保奈美は聞き返した。
「うん,大人っぽくなったし、前より,少しこっちの生き物っぽくなっている。まあ、顔はね。体は,あれだけど…。」
保奈美が戸惑うのを仁海は,すぐに察知した。話題を変えることにした。
「皆喜んでいるよ、保奈美。あなたが来てくれて。」
仁海が優しく微笑みながら,話した。
「私も、これでようやく孫娘と二人で面と向かって話ができているから,嬉しいの。あなたが二歳ぐらいの時から会っていなかったからね。とても長かったの。」
「私の小さいときに会った!?」
「もちろん。あなたが生まれた時も,お母さんと一緒だったし。あなたが生まれた後も,二歳ぐらいになるまで会っていた。」
「生まれた時も,一緒だった…!?」
保奈美は,びっくりした。自分は、この話を全く知らない。そして,自分は全く記憶にない人でも,幼い頃に自分とかかわっていて,自分のことを色々知っているのは不思議で,仕方がなかった。
「だって、お母さんは,人間の出産施設には,行けないから…海に来るしかなかったの。」
「海って?」
「海じゃないな…海岸の洞窟よ。あなたが生まれたのは,あそこよ。」
「知らなかった…おばあちゃんが一緒だったのは,知らなかった。」
「知らないこと,多いね。お母さんにいっぱい質問して,自分の知らない自分について教えてもらいなさい。」
保奈美は,頷いた。
「今日,私たちと同じ姿になるのは嫌だった?」
保奈美は,どう答えたらいいのか,迷った。嫌でも,「嫌だった。」と答えるわけにはいかない。
「…やり方がわからない。」
「やり方って…いつでも好きな時になれるよ,血だから。まあ、まだコントロールできていないだろうけど。お母さんには,何も言われていない?こんなことについて。」
保奈美がまた戸惑うのを仁海が察知した。
「ごめんね。いいよ。
いつでも,話したくなったら、呼んで。そして,また海に来たくなったら,いつでも来てね。お母さんと一緒じゃなくても,いいよ。一人でもいつでもどうぞ。大歓迎だよ。」
「いやいや、私にはできない。」
「何ができない?」
「また海に行くことができない…。」
「できる、できる。人魚だから…人間じゃないから…。」
仁海が孫の目をジッと覗き込み,言った。
保奈美は,すぐに目を逸らした。人魚だと言われるのは,とても違和感があった。母親のことはともかく,どうしても自分を人魚だと思えないのだ。
「…まだ怖いね。顔に書いてある。ごめんね、この話して。
…でも,何が怖いの?」
「…痛いから。」
「まあ、最初は,コントロールできていないし体が固まるから,痛いだろうけど,どんどん痛くなくなるよ。抵抗しなくなればね。慣れたら。戦わないと痛みは,ないからね。いつか、きっと痛くなくなるよ。自分を完全に受け止めたら。」
「本当?」
「いろいろ話さなきゃね、お母さんと。でも,お母さんだけじゃないよ。私とおじいちゃんにもなんなりと頼っていいよ。おばあちゃんだから。
ずっとそばにいてあげられなかったし,顔を見せることすらできなかったけど、今なら許されるし,これまで一緒に過ごせなかった時間を取り戻したい。すぐに家族にはなれなくても,せめて友達になりたい。友達になってくれる?」
「友達にならなくても,おばあちゃんだよ。」
保奈美が単純に答えた。
「ありがとう…なんか、しっかりしているね。」
海保菜は,ようやく戻ってきた。顔を見ると,あまり明るい表情ではない。弟との会話は,どうやらうまく行かなかったらしい。
「ごめんね。おばあちゃんとは,何を話した?」
「特に何も…。」
「それは,ないでしょう。母は,喋り好きだし,興奮しているから,何も話さなかったなんて信じられないよ。」
海保菜が吹き出して,言った。
「報告するようなことは,何も言っていないよ。生まれた時は一緒だったとか、私がニ歳になるまで会っていたとか,そういう話をしていた。」
「そうだよ。生まれた時は一緒だったし、龍太が生まれるまで,ずっと会っていた。
でも、その後も,母と父は,ずっと私の心の支えだよ。 だから、これからあなたも困った時や,私に話せないことがある時に,彼らに頼ればいいよ。」
「…そして、いつでも好きな時に,人魚になれるって言っていた。コントロールできるようになったら,もう痛くなくなるって。」
保奈美が勇気を出して,言ってみた。
急な話題の変化に,海保菜が当惑するのが保奈美には,わかった。
「…そうだよ。…なりたいの?」
「いや…ただ,また同じことが起きるかなと思って…また変わるかなと思って…。」
海保菜は,これを聞いて、娘の悩みに納得した。
「海に入ったら、体が水に触れたら、また変わるよ。確実に。」
「海に近寄らなかったら?」
海保菜は,しばらく黙って考えた。どう答えたらいいのか,わからなかった。まだこの話を保奈美とするつもりはなかったし、まだ保奈美がどのくらい自分の話が理解できているかも,よくわからなかった。そして,何よりも,これ以上保奈美を怖がらせたり不安にさせたりしたくなかった。せっかく,ここまで慣れてくれているのに。せっかく懐いてくれているのに。まさか、保奈美の方から,先にこの質問が来るとは,思っても見なかった。
しかし,正直に答えなければならないと思った。不安にはさせたくないなどと言っている場合ではない。保奈美には,知る必要のあることだ。知らないことより,知ることが娘を守ることに繋がる。それは,この間,証明された。娘の反応を見ながら,慎重に,でも,誤魔化(ごまか)さずに,話すことにした。
「…多分避けられないと思う。」
海保菜は,ようやく答えた。
「…というのは?」
「二度と海に近寄らなかったとしても、ずっと,一生人間として過ごすのは,無理だと思う。いずれ…。」
「いずれ何?」
「いずれ、人魚のところは,強くなる…今より…あなたが小さい時から,ずっと少しずつ強くなってきたと思うし、今もひそかに強くなっているに違いない…海の力は,非常に強い。逃げられない…運命から逃げられない。」
「…う,運命って?」
「わからない…どうなるか,わからない…ただ、このまま人間の足で過ごすのは,多分無理な気がする。」
この話題になってから,保奈美が渋い顔になっている。とても怖がっている。言うべきことは言ったし,海保菜が話題を変えることにした。
「それでさ,話は変わるけど,龍太のことをどうしようかなと思って…。」
海保菜が切り出した。
「何があったら,話せる?」
「そうだね…人魚だとわかるような何か決定的なことを言ってくれたら…話せるかな…。」
「決定的なことって,どんなこと?」
「聞いたら,わかる。」
保奈美には,意味がよくわからない。
「あなたたちには,私と海星みたいになって欲しくないからね…。」
海保菜が遠くに見える弟の姿をチラッと見ながら,呟いた。
保奈美が頷いた。
「…今度,試してみる。保奈美も、一緒にやってみない?」
「何を?」
「取り調べ。」
保奈美は,少し考えてから,協力すると答えた。
「昨日は,本当にありがとう。夢のような時間だった。」
次の朝,海保菜が保奈美の傍に座って,お礼を言った。
「怖くて,迷惑を沢山かけてごめんなさい。」
「うーん、あなたは,悪くないの。」
「…痛い?」
保奈美が心配そうに母親を見た。
「え?」
「足…。」
「…痛いときもあるけど…ほとんど痺れているような状態だよ。何も感じられない。
あなたがこうして触っても…。」
海保菜が保奈美の手を取って,自分の足に当てさせた。
「…その感触を知らない。見ていなかったら,触れたことすらわからない。手や腕もそう…幽霊みたい。何も感じない。」
保奈美は,優しく母親の足を擦り始めた。
「いいよ、そんなことしなくても。しても,わからないし…痛くないから揉まなくていいよ。」
「どうしたら,感じるの?ハグしても,ダメ?」
「だめだね。この姿だと,顔やお腹ぐらいしか,わからないかな…でも、気にしなくていいよ、そんなこと。」
「でも、苦しいでしょう?」
「昨日,十年ぶりにあなたをハグできた。娘の温もりを感じられた。もう満足だ。」
「…今もいいよ。頑張らなくていいよ。私は,もう嫌じゃないから。」
「…ありがとう。でも、ここでは,楽になれない。何もできなくなる。水がないと一日ぐらいしか持たないし…。」
「なら、海に行っていて,いいよ。私と龍太は,大丈夫だし。」
娘のいうことが可愛くて,海保菜は,思わず吹き出した。
「この生活をもう十二年続けているよ…もう慣れているから,保奈美は,心配しなくていい。」
「でも…。」
「大丈夫。ちゃんと週ニ回ぐらい帰っているし,最近体調を崩していない…しんどくなったら,遠慮せずにゆっくり療養させてもらうけど…保奈美の方が危ないよ。」
「何が危ない?」
「あなたの体がどこまで海に頼っているか,まだわからないから…体質がよくわからない…しんどくなったら,すぐに言うんだよ。何とかするから。」
「お母さんは,本当に全然痛くないの?」
「ん?」
「人魚に変わるとき。」
「痛くない。それが元の姿だから。今も,人魚だから「変わる」とかじゃないよ。私の場合は。
でも、その分,人間になるときは,痛いよ…あなたと同じぐらい,痛いと思う。
あなたは,どっちも本当の体だから,もうちょっと慣れれば,楽になるはずだよ。昨日も言っていたように,いつまでも痛みに耐えないといけないことはないと思うの。」
「龍太といつ話してみる?」
保奈美が話題を変えた。
「早速,今日話してみようか。
でも、決定的なことを言ってくれて,そこで話したら,なんか,また一からやり直し…また恐れられる。」
海保菜が苦しそうに言った。
「助けるよ。今回は,私がついているから大丈夫。」
「そう?昨日から,優しいね…なんで?」
「大事にしたいから。」
「いつまで続くかな…?」
保奈美が海保菜の手を掴んだ。
「ずっと大事にするよ。」
海保菜が娘の手をじっと見つめたが,何も感じられない。
「また感じたいな…。」
海保菜がそう呟きながら,涙が滲んでくるのを感じた。
「私もまた会いたい…お母さんに会いたい…。」
「おかしいなぁ…今,会えているのに。」
海保菜は,笑った。
「でも、違うの。」
「違うね。特に私にとっては全然違う…またいつかね。」
「なんで,「いつか」じゃないとダメなんだ?
普通に,会ってくれたらいいのに。」
「ここでは無理だ。」
「ここって,言っていない」
「また来てくれるの?昨日みたいに?」
「うん。」
保奈美は頷いた。
「…本当は,ちょっと危ないけど、隠れれば大丈夫か…。」
「なんで、危ない?」
「人間に見られたら危ない。」
「面倒くさいなぁ…。」
「しようがない…人間ほど怖いものはないよ。」
「それか、私がまた海に行ったら…!怖いけど…。」
「海って…海の中?いいよ、そんなことしなくても。大丈夫。」
海保菜は,保奈美の肩を掴んで,真剣に言い続けた。
「そんなことは,させたくない。」
「別にいいじゃない?」
「いいの?覚悟はできているの…?またうなされるようになったら,私だって困るよ。」
「お父さん、お母さんはどこ?」
「数分前に出たよ。親に会ってくるって,おばあちゃんとおじいちゃんね。」
「そうか…お父さんは,会わないの?」
「会ったことがあるよ。でも,僕の顔を見てもあまり喜んでもらえないかな。」
「そうか…。」
「急いだら、追いつくかもしれないよ?」
尚弥が優しい笑みを顔に浮かべて,提案してみた。
保奈美は,小さくうなずいた。しばらく考えてから、決意して、家の外へ飛び出した。
尚弥は,一人で満足げに笑った。「追いかけていくようになったな。海保菜は喜ぶだろうな。」と思いつつ,少しだけ寂しさを覚えた。
保奈美が全速で浜辺まで走った。
海の香りが微かに分かるぐらい近づくと、すぐ脈が速くなって、息苦しくなったが,無視して、海に向かって走り続けた。
保奈美は,浜辺の洞窟の近くまで来てみてはじめて、自分の愚かさに気付いた。
海保菜は,保奈美が来るとは,もちろん思っていないから,浜辺で待ってくれているはずがない。とっくにいなくなっているはずだ。今頃は,もうすでにどこか遠いところまで泳いでいるに違いない。
それでも,せっかくここまで来たからには、簡単に諦めがつかなくて,母親を呼んでみた。
「お母さん!ママ!」
保奈美が黒い波に向かって,大声で叫んでみた。
すると,驚いたことに,洞窟の向こう側から返事が来た。まだいたのだ。
「保奈美!?保奈美,ここよ!」
海保菜が驚いて,何も考えずに返事してから、困ったことに気づいて,すぐに体が固まってしまった。
もう人魚の体になっていた。保奈美は,嫌がるだろう。
「私は,もうそっちへ行けないから…良かったら来て!」
海保菜がためらいがちに付け加えた。
保奈美には,その言葉の意味がよくわかった。
保奈美は,一瞬だけ立ち止まってから、洞窟の向こう側へと走って行った。
「いる。いないと思っていたのに…そして、決意したんだった。もう後へ引けない。」そう思った。
海保菜は,波のすぐ手前のところで跪き、何かを待っている様子だった。保奈美が走り寄ってくるのをみると,表情が緊張で固まってしまった。
保奈美は,すぐそばまで駆け寄り、母親の横で跪(ひざまず)いて、海保菜を強く抱きしめた。
「ごめんなさい!」
海保菜は,自分の驚きを隠し、すぐに力の限り娘を抱きしめ返した。
「ごめんなさいは,こっちの台詞(せりふ)だ。いつまでも,謝らなきゃしようがない。ひどいことをした。」
すると、保奈美が屈んで,海保菜の尻尾に口付けをした。
「保奈美!?一体どうした!?」
海保菜は,目を丸くして,保奈美を見た。
「悪かった。ごめんなさい。私が悪かった。」
保奈美がまた謝った。
「いや、謝ることはないよ。本当に。時間はかかって,当然だ。」
海保菜が優しく愛情を込めて,言った。
娘に向かって,手を伸ばしかけたが,すぐに自分を止めた。
「いいよ。」
保奈美は,自ら海保菜の手を握って言った。
「いいの?本当に触っていいの?」
海保菜は,娘の顔を探したけど、恐怖はなかった。昨日でも、まだ怖がっていたのに。
「もう怖くない?」
海保菜が訊いた。
「うん、怖くない。」
保奈美が自信満々に言った。
「ありがとう。」
海保菜がまた抱きしめた。背中や肩を撫でながら,思いっきり抱きしめた。
十年ぶりに思いっきり,遠慮せずに,娘を本当の姿で抱きしめた。本当の姿でも,娘が自分の横に座っているなんて,まだ信じられなかった。ここまで来てくれて、怖がっていなかったのは,嬉しすぎた。嬉し涙が頬を伝った。
「でも、なんで急にこんなに怖くなくなったの?」
海保菜がまた娘の目の奥を覗き込んで尋ねた。まだ娘の手を離さなかった。
「あなたは,姿が違っていても,私のお母さんだし、ずっと前から私のお母さんだとわかった。そして、自分も人間じゃないとやっとわかった。 」
保奈美は,素直に言った。
海保菜は,頷いた。
「ここに来るのは,勇気が必要だったね。偉いね。」
娘を褒めてあげた。
「来なきゃダメだった。」
保奈美が単純に言った。
「…こんなに波の近くまで来て…よく耐えているね。私にはできないよ。」
保奈美は,頷いた。
「頑張っている。」
「そして、全く怖がらずに一緒に座ってくれているね!」
保奈美は,また頷いた。
「いつまでも怖いままでは,どうにもならないから。」
「こんなにすぐに来てもらえるとは,夢にも思わなかった。本当にもう怖くないんだね!この姿を見るのは,まだ二回目なのに…なんでこんなに慣れているの?」
「慣れていない…本当は,まだ少し怖い。ちょっとだけ…。」
海保菜は,頷いた。
「正直に言っていいんだよ。何も強がったりしなくても。私の前では,一切気使わなくていいからね。」
海保菜は,温かく娘の顔を見つめて,微笑んだ。今夜の海保菜の顔は,まるで月みたいだった。娘が来てくれたのが,嬉しすぎて,喜びが隠せない。
「どうして,まだここにいるの?」
「弟を待っているの。親戚がこの近くの島で集まることになっていて…。」
「島で集まるの…?」
「うん、今日は島で…特別な日だから。今日はね,おじいちゃんの七十歳誕生日だよ。」
「本当?」
海保菜は,嬉しそうにうなずいた。
「もしよかったら…。」
海保菜は,少しためらってから,続けた。
「…一緒に行かない?」
保奈美は,困って俯いた。
「違うよ!それは,求めていないよ!この浮き輪に乗ってくれたら,島まで引っ張ってあげるよ。島で会うんだし、この姿でいいよ。だから、誘った。」
「でも…私が行ったら,びっくりするでしょう?」
「まあね…でも、喜ぶよ。」
「本当にこのままでもよければ…。」
保奈美は,賛成した。
「来てくれるの!?皆,喜ぶよ!」
海保菜の顔が月みたいに輝いた。
しばらくすると,男の人魚が波の中から現れた。海保菜に合図した。人魚は,保奈美の姿を見ると,少し厳しい顔をした。
「この子は?」
人魚は,笑わない。
「娘だよ。パーティーに来てくれるって。」海保菜がさりげなく説明した。
「大丈夫?」
人魚が保奈美の姿を訝(いぶか)しそうに見て,疑問を口にした。
「保奈美,これは私の弟。海星(かいせい)というの。
あの浮き輪に乗ってもらうの。濡れないように。」
「そうか…なら,大丈夫か。じゃ,行こう。」
海星はいつまでも,表情が緩むことはない。保奈美に愛想をするつもりもないらしい。
保奈美は,海保菜に指示されて、浮き輪を波打ち際まで引っ張ってきた。
「はい、乗って。」
海保菜が命令した。
保奈美は,少しためらった。
「やめたほうがいいかな?」
「え?」
海保菜は,戸惑った。
「だって,あの人は,私には来て欲しくないと思う…。」
保奈美が海星の方へ目をやりながら,不安を口にした。
「気にしなくていいよ。彼のあの態度は,私に対してだよ。保奈美は,関係ない。私が陸に上がったことで,ずっと私を恨んでいる。保奈美は,気にしなくていい。」
保奈美は,もう一度沖の方で不機嫌そうに待つ海星の顔をチラッと見てから,浮き輪の中に入った。
「水が入らないように,ゆっくり引っ張るね。」
保奈美は,頷いた。
「信じているよ。」
娘のその言葉も海保菜は,嬉しすぎた。
海保菜は,潜らずに、ゆっくりと浮き輪を引っ張って行った。海星は,気に喰わない顔で,二人の様子を遠くから見ている。
「大丈夫?」
保奈美が自分の胸を苦しそうに手で押さえるのを見て、海保菜が心配になって,尋ねた。
「強い…すごく強い。」
保奈美が喘(あえ)ぎながら,言った。
海保菜は,頷いた。
「強いだろうね…人間の姿のまま,こんなに近くまで来たことがないから,想像できないけど…海の上に乗っているんだもの。今、あなたの体と海を隔てているのは,この浮き輪の薄い底の部分だけだ。
魂は,悲鳴を上げているだろうね。」
「痛い…。」
保奈美は,屈んで胸を手で押さえた。
「胸だけ?耐えられる?…変わっちゃう?耐えられないと思ったら,戻るよ。」
「…大丈夫。どんなに胸が痛くても,変わったりしないよね?」
「わからない…その保証はない。」
海保菜が正直に言った。
「大丈夫。進んで。」
海保菜は,娘の気が変わるのではないかと思って,しばらく動かずに待ったが,保奈美は,戻るつもりはないと言わんばかりに耐え続けた。
「わかった。行くけど、耐えられなくなったら,すぐに言うんだよ。」
「はい。」
保奈美は,頷いた。
島に着いて、浮き輪から出ると、保奈美は,楽になった。
「保奈美、大丈夫?」
保奈美は,首を縦に振った。
「じゃ、波から少し離れたところに座ろう。」
海保菜は,保奈美を皆から少し離れたところへ案内した。
大勢の人が挨拶に来た。保奈美と目を合わせて気持ちよく挨拶をする人と,見向きもしない人と,色々だった。
祖父母は,とても喜んでいた。
「来てくれたんだね,僕の誕生日に!ありがとう!最高の誕生日プレゼントだ!」
拓海がすぐに保奈美を抱きしめた。
「もう,大丈夫?大変だったね。」
おばあちゃんは,優しい顔で保奈美に訊いた。
保奈美は,無言で頷いた。
一連の挨拶が終わると,海保菜と保奈美がまた二人きりになった。
「あなたが来てくれて、とても嬉しいよ。」
海保菜は,ちっとも人間らしくない,幻想的な笑顔で微笑んだ。
月が出ていないのに,夜空は,眩しいくらいに沢山の星がキラキラと瞬き,その光は海面に反射し,さらに強い輝きを放つ。星月夜だった。
海保菜は,こういう夜空を久しぶりに見たと思った。この明るい夜空は,滅多にない。
でも,それでいいと思った。
人生は,星月夜ばかりではない。光の全く見えない真っ暗な暗闇に包まれた夜もある。星は見えても,僅かな光しか放たれない夜もある。暗い夜の方が多いのだ。
でも,数年に一度でも,星月夜と呼べるような瞬間があれば,それを励みに,何年も困難を乗り越えていける。星月夜は,人生に数回でいいのだ。
星月夜とはいえ,完璧な訳ではない。完全無欠ではない。なんせ,星月夜には,月がないのだから。月がないからこそ,星は,月の光の分まで輝けるのだ。どこか欠けているからこそ,それを補おうと,ありったけの力を振り絞り,精一杯輝くのだ。この点は,人間も,もちろん人魚も共通している。
悩みが尽きることはない。順風満帆に全てが思い通りになることも,あり得ない。しかし,時折,宇宙の思し召しで,一つだけ思い通りになる瞬間は,ある。夢が,一部でも,叶う時だって,ある。
その瞬間に味わえる爽快感のためなら,数々の苦痛に耐え凌ぎ,喜怒哀楽のジェットコースターにまた乗れる。暗闇に立ち向かうことだって,出来る。
星月夜に貰(もら)ったエネルギーを源に,次のいつ来るかわからない星月夜に向かって,全速で突き進んで行けば良い。
星が見えない暗い夜は,いつの日か見たあの星月夜の記憶を心の中で呼び起こし,夢を思い描いて行けば良い。
海保菜には,息子のことや弟との関係など,まだ気になることは,沢山ある。しかし,最近まで絶えずに思い悩みつづけていた娘との関係が思い通りに修復され,ほっこりするひと時を過ごした。夢に見ていたことが一つ現実になった。その奇跡に感謝しながら,この瞬間を大事に過ごし,記憶に焼きつけ,心に留めておこうと思った。
海保菜は,娘と手を繋(つな)ぎ,星月夜の海を眺めた。何とか,この瞬間を,この気持ちを忘れずにいたいと思った。
しかし,心地良い夢を見るときは,すぐに目が覚め,現実に引き戻されるものだ。
拓海は,主役ということもあり,娘と孫娘のことが気になっても,なかなか抜けられなかったが,仁海は抜けられた。海保菜と保奈美の座るところまで来て,一緒に座った。
「少し海星と話して来たら?
あなたが戻ってくるまで,私が保奈美のそばにいてあげるから。」
仁海が言った。仁海は,海保菜が海を出たせいで,子供二人の関係がこじれたことをとても心苦しく思っている。海星に,浜辺に海保菜を迎えに行かせ,二人で来るように仕向けたのも仁海だ。幼い頃から海保菜が出て行くまで,ずっと仲良しだったのに,二人がいつまでも仲直りせずに,犬猿の仲のままでいるのは,見て見ぬ振りができない。
「大丈夫?行ってきていい?」
海保菜がためらって,保奈美に訊いた。
「もちろん,大丈夫だよ!私は,この子のおばあちゃんだもの!さっさと行ってきて!」
仁海が怒って見せた。
海保菜は,流石(さすが)に逆らえず,すぐに弟のところに行った。
「よく来てくれたね!大丈夫?心配したよ。」
「大丈夫。」
本当は,保奈美は,とても緊張していた。人魚姿の海保菜と一緒に過ごすのは,今日が初めてで,それでもとても頑張っているつもりだというのに,血は繋がっているとはいえ,よく知らない人魚の相手をするのは,まだ少し早いと感じた。どんなに自分に大丈夫だと言い聞かせ,自分を落ち着かせようとしても,やっぱり怖い。
「前来てくれた時とは違って,落ち着いているね。」
「…あの時は怖かったから。」
保奈美は,頑張って答えた。
「今は,もう怖くないの?」
「いや、まだ怖いけど…。」
「それでも,来てくれたんだね。」
保奈美は,うなずいた。
「そして,雰囲気も変わって来たし。」
「雰囲気…?」
保奈美は聞き返した。
「うん,大人っぽくなったし、前より,少しこっちの生き物っぽくなっている。まあ、顔はね。体は,あれだけど…。」
保奈美が戸惑うのを仁海は,すぐに察知した。話題を変えることにした。
「皆喜んでいるよ、保奈美。あなたが来てくれて。」
仁海が優しく微笑みながら,話した。
「私も、これでようやく孫娘と二人で面と向かって話ができているから,嬉しいの。あなたが二歳ぐらいの時から会っていなかったからね。とても長かったの。」
「私の小さいときに会った!?」
「もちろん。あなたが生まれた時も,お母さんと一緒だったし。あなたが生まれた後も,二歳ぐらいになるまで会っていた。」
「生まれた時も,一緒だった…!?」
保奈美は,びっくりした。自分は、この話を全く知らない。そして,自分は全く記憶にない人でも,幼い頃に自分とかかわっていて,自分のことを色々知っているのは不思議で,仕方がなかった。
「だって、お母さんは,人間の出産施設には,行けないから…海に来るしかなかったの。」
「海って?」
「海じゃないな…海岸の洞窟よ。あなたが生まれたのは,あそこよ。」
「知らなかった…おばあちゃんが一緒だったのは,知らなかった。」
「知らないこと,多いね。お母さんにいっぱい質問して,自分の知らない自分について教えてもらいなさい。」
保奈美は,頷いた。
「今日,私たちと同じ姿になるのは嫌だった?」
保奈美は,どう答えたらいいのか,迷った。嫌でも,「嫌だった。」と答えるわけにはいかない。
「…やり方がわからない。」
「やり方って…いつでも好きな時になれるよ,血だから。まあ、まだコントロールできていないだろうけど。お母さんには,何も言われていない?こんなことについて。」
保奈美がまた戸惑うのを仁海が察知した。
「ごめんね。いいよ。
いつでも,話したくなったら、呼んで。そして,また海に来たくなったら,いつでも来てね。お母さんと一緒じゃなくても,いいよ。一人でもいつでもどうぞ。大歓迎だよ。」
「いやいや、私にはできない。」
「何ができない?」
「また海に行くことができない…。」
「できる、できる。人魚だから…人間じゃないから…。」
仁海が孫の目をジッと覗き込み,言った。
保奈美は,すぐに目を逸らした。人魚だと言われるのは,とても違和感があった。母親のことはともかく,どうしても自分を人魚だと思えないのだ。
「…まだ怖いね。顔に書いてある。ごめんね、この話して。
…でも,何が怖いの?」
「…痛いから。」
「まあ、最初は,コントロールできていないし体が固まるから,痛いだろうけど,どんどん痛くなくなるよ。抵抗しなくなればね。慣れたら。戦わないと痛みは,ないからね。いつか、きっと痛くなくなるよ。自分を完全に受け止めたら。」
「本当?」
「いろいろ話さなきゃね、お母さんと。でも,お母さんだけじゃないよ。私とおじいちゃんにもなんなりと頼っていいよ。おばあちゃんだから。
ずっとそばにいてあげられなかったし,顔を見せることすらできなかったけど、今なら許されるし,これまで一緒に過ごせなかった時間を取り戻したい。すぐに家族にはなれなくても,せめて友達になりたい。友達になってくれる?」
「友達にならなくても,おばあちゃんだよ。」
保奈美が単純に答えた。
「ありがとう…なんか、しっかりしているね。」
海保菜は,ようやく戻ってきた。顔を見ると,あまり明るい表情ではない。弟との会話は,どうやらうまく行かなかったらしい。
「ごめんね。おばあちゃんとは,何を話した?」
「特に何も…。」
「それは,ないでしょう。母は,喋り好きだし,興奮しているから,何も話さなかったなんて信じられないよ。」
海保菜が吹き出して,言った。
「報告するようなことは,何も言っていないよ。生まれた時は一緒だったとか、私がニ歳になるまで会っていたとか,そういう話をしていた。」
「そうだよ。生まれた時は一緒だったし、龍太が生まれるまで,ずっと会っていた。
でも、その後も,母と父は,ずっと私の心の支えだよ。 だから、これからあなたも困った時や,私に話せないことがある時に,彼らに頼ればいいよ。」
「…そして、いつでも好きな時に,人魚になれるって言っていた。コントロールできるようになったら,もう痛くなくなるって。」
保奈美が勇気を出して,言ってみた。
急な話題の変化に,海保菜が当惑するのが保奈美には,わかった。
「…そうだよ。…なりたいの?」
「いや…ただ,また同じことが起きるかなと思って…また変わるかなと思って…。」
海保菜は,これを聞いて、娘の悩みに納得した。
「海に入ったら、体が水に触れたら、また変わるよ。確実に。」
「海に近寄らなかったら?」
海保菜は,しばらく黙って考えた。どう答えたらいいのか,わからなかった。まだこの話を保奈美とするつもりはなかったし、まだ保奈美がどのくらい自分の話が理解できているかも,よくわからなかった。そして,何よりも,これ以上保奈美を怖がらせたり不安にさせたりしたくなかった。せっかく,ここまで慣れてくれているのに。せっかく懐いてくれているのに。まさか、保奈美の方から,先にこの質問が来るとは,思っても見なかった。
しかし,正直に答えなければならないと思った。不安にはさせたくないなどと言っている場合ではない。保奈美には,知る必要のあることだ。知らないことより,知ることが娘を守ることに繋がる。それは,この間,証明された。娘の反応を見ながら,慎重に,でも,誤魔化(ごまか)さずに,話すことにした。
「…多分避けられないと思う。」
海保菜は,ようやく答えた。
「…というのは?」
「二度と海に近寄らなかったとしても、ずっと,一生人間として過ごすのは,無理だと思う。いずれ…。」
「いずれ何?」
「いずれ、人魚のところは,強くなる…今より…あなたが小さい時から,ずっと少しずつ強くなってきたと思うし、今もひそかに強くなっているに違いない…海の力は,非常に強い。逃げられない…運命から逃げられない。」
「…う,運命って?」
「わからない…どうなるか,わからない…ただ、このまま人間の足で過ごすのは,多分無理な気がする。」
この話題になってから,保奈美が渋い顔になっている。とても怖がっている。言うべきことは言ったし,海保菜が話題を変えることにした。
「それでさ,話は変わるけど,龍太のことをどうしようかなと思って…。」
海保菜が切り出した。
「何があったら,話せる?」
「そうだね…人魚だとわかるような何か決定的なことを言ってくれたら…話せるかな…。」
「決定的なことって,どんなこと?」
「聞いたら,わかる。」
保奈美には,意味がよくわからない。
「あなたたちには,私と海星みたいになって欲しくないからね…。」
海保菜が遠くに見える弟の姿をチラッと見ながら,呟いた。
保奈美が頷いた。
「…今度,試してみる。保奈美も、一緒にやってみない?」
「何を?」
「取り調べ。」
保奈美は,少し考えてから,協力すると答えた。
「昨日は,本当にありがとう。夢のような時間だった。」
次の朝,海保菜が保奈美の傍に座って,お礼を言った。
「怖くて,迷惑を沢山かけてごめんなさい。」
「うーん、あなたは,悪くないの。」
「…痛い?」
保奈美が心配そうに母親を見た。
「え?」
「足…。」
「…痛いときもあるけど…ほとんど痺れているような状態だよ。何も感じられない。
あなたがこうして触っても…。」
海保菜が保奈美の手を取って,自分の足に当てさせた。
「…その感触を知らない。見ていなかったら,触れたことすらわからない。手や腕もそう…幽霊みたい。何も感じない。」
保奈美は,優しく母親の足を擦り始めた。
「いいよ、そんなことしなくても。しても,わからないし…痛くないから揉まなくていいよ。」
「どうしたら,感じるの?ハグしても,ダメ?」
「だめだね。この姿だと,顔やお腹ぐらいしか,わからないかな…でも、気にしなくていいよ、そんなこと。」
「でも、苦しいでしょう?」
「昨日,十年ぶりにあなたをハグできた。娘の温もりを感じられた。もう満足だ。」
「…今もいいよ。頑張らなくていいよ。私は,もう嫌じゃないから。」
「…ありがとう。でも、ここでは,楽になれない。何もできなくなる。水がないと一日ぐらいしか持たないし…。」
「なら、海に行っていて,いいよ。私と龍太は,大丈夫だし。」
娘のいうことが可愛くて,海保菜は,思わず吹き出した。
「この生活をもう十二年続けているよ…もう慣れているから,保奈美は,心配しなくていい。」
「でも…。」
「大丈夫。ちゃんと週ニ回ぐらい帰っているし,最近体調を崩していない…しんどくなったら,遠慮せずにゆっくり療養させてもらうけど…保奈美の方が危ないよ。」
「何が危ない?」
「あなたの体がどこまで海に頼っているか,まだわからないから…体質がよくわからない…しんどくなったら,すぐに言うんだよ。何とかするから。」
「お母さんは,本当に全然痛くないの?」
「ん?」
「人魚に変わるとき。」
「痛くない。それが元の姿だから。今も,人魚だから「変わる」とかじゃないよ。私の場合は。
でも、その分,人間になるときは,痛いよ…あなたと同じぐらい,痛いと思う。
あなたは,どっちも本当の体だから,もうちょっと慣れれば,楽になるはずだよ。昨日も言っていたように,いつまでも痛みに耐えないといけないことはないと思うの。」
「龍太といつ話してみる?」
保奈美が話題を変えた。
「早速,今日話してみようか。
でも、決定的なことを言ってくれて,そこで話したら,なんか,また一からやり直し…また恐れられる。」
海保菜が苦しそうに言った。
「助けるよ。今回は,私がついているから大丈夫。」
「そう?昨日から,優しいね…なんで?」
「大事にしたいから。」
「いつまで続くかな…?」
保奈美が海保菜の手を掴んだ。
「ずっと大事にするよ。」
海保菜が娘の手をじっと見つめたが,何も感じられない。
「また感じたいな…。」
海保菜がそう呟きながら,涙が滲んでくるのを感じた。
「私もまた会いたい…お母さんに会いたい…。」
「おかしいなぁ…今,会えているのに。」
海保菜は,笑った。
「でも、違うの。」
「違うね。特に私にとっては全然違う…またいつかね。」
「なんで,「いつか」じゃないとダメなんだ?
普通に,会ってくれたらいいのに。」
「ここでは無理だ。」
「ここって,言っていない」
「また来てくれるの?昨日みたいに?」
「うん。」
保奈美は頷いた。
「…本当は,ちょっと危ないけど、隠れれば大丈夫か…。」
「なんで、危ない?」
「人間に見られたら危ない。」
「面倒くさいなぁ…。」
「しようがない…人間ほど怖いものはないよ。」
「それか、私がまた海に行ったら…!怖いけど…。」
「海って…海の中?いいよ、そんなことしなくても。大丈夫。」
海保菜は,保奈美の肩を掴んで,真剣に言い続けた。
「そんなことは,させたくない。」
「別にいいじゃない?」
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