5 / 18
朧月
しおりを挟む
「どうして,水泳を習っちゃいけないの!?みんなやっているのに!」
保奈美は,訴えた。
「だめだから。」
海保菜は,あまり力のない声で,言った。
「でも、なんで!?泳げるようになりたい!海に行ったことすらないよ、私!恵美は,しょっちゅう行っているのに!私たちは,どうしていかないの!?龍太だって,この間行きたいって言っていたよ!」
保奈美は,後へ引かない。
「…後で、お父さんに訊いてみて。」
海保菜は,尚弥に丸投げするつもりで,娘の質問をはぐらかした。
最近,保奈美も,龍太も,海保菜の言い逃れに気づいていて,通用しなくなっている。はぐらかしても,容赦なく追求したり突っ込んできたりするし,そろそろお手上げだ。
特に,水泳について,なんと答えたらいいのか,わからなかった。人魚のことは,もちろん話せないが,それを除けば,習っては行けない理由は,特にないのだ。だから,説明に困る。
そして,自分だって,保奈美と龍太を海に連れて行きたい。泳げるようになってほしいし,許されるのであれば,自分で教えたい。いつか教えるよと約束したい。自分の手で我が子に触れてみたい。
でも、禁じられている。どうしようもないのだ。
「僕も,泳げるようになりたい!」
龍太は,海保菜と保奈美のやりとりを聞いて,やってきた。
海保菜は,思わず,ため息が出てしまった。また,ニ対一だ。最近,二人は結託する様になって,よくこうなるのだ。
海保菜は,尚弥が帰宅するまで,なんとか耐え凌いだ。
「お父さん!海に行きたい!龍太も!連れて行って!恵美は,しょっちゅう行っているよ!私たちは,まだ一度も行ったことないのよ!泳げないと,サメに食べられちゃうよ!恵美はそう言っていた。」
海保菜は,これを聞いて,思わず吹き出した。尚弥の反応を待った。
「恵美って,誰?」
尚弥は,単純な質問で答えた。
「学校のお友達。」
海保菜が,代わりに答えた。
「保奈美,龍太,だめだ。水泳を教えないし、海に連れて行かない。危ないんだ。」
尚弥は,適当に言って,断った。
「でも、近いって!危なくないって!」
保奈美は,簡単に退くつもりはないようだ。
龍太は,尚弥の様子を伺いながら,対応を保奈美に任せていた。
「ダメだって言っているでしょう!」
尚弥は,厳しく言った。海保菜みたいに,長々と子供の相手をしているつもりはないようだ。
「どうして,ダメ?」
龍太は,ついに口を開けた。
「ダメだから,ダメなんだ。」
尚弥は,イライラした口ぶりで言い捨ててから二階へ上がった。
しかし,保奈美は,手強い相手になっていた。1週間後にまた海保菜に訊いてきた。珍しく,龍太を味方に付けて,連れてこなかった。一人で訴えに来た。
「お母さん、水泳を習ってほしくないのは,分かるけど、恵美と加奈は,今度ビーチパーテイーをするの。誕生日だから。行って,いい?泳がない。約束だ。お母さんは,私が泳ぐのが,嫌なら、泳がないよ。」
保奈美は,最近なかったような,素直で純粋な態度で,言ってきた。
「保奈美…。」
娘の言葉が海保菜の胸に突き刺さった。水泳を習って欲しくない,泳いで欲しくないと思っていると思われるのは,本音とは裏腹だから,嫌だった。でも,本当のことが言えない。なんとか,人魚のことを話さずに,言えないのかな?自分の気持ちを伝えられないのかな?と海保菜は,考え始めた。ここまで素直に話してくれたら,渋ってばかりではなく,自分もきちんと向き合って話し合いたい。わかってもらえるように,話し合う方法はないのかな?
「海が嫌いのは,分かるけど…お願い!本当に,行きたい!」
もうダメだ。「海が嫌いのは,分かるけど…。」と言われたら,もうダメだ。話せるところまで,自分の気持ちを話してみることにした。嘘は,もう嫌だ。全部は,話せなくても,話せることはある。話しても差し支えないことだけ,話せばいいのだ。
「お母さんは,海が嫌いじゃないし,あなたが水泳を習うのも,嫌じゃない。お母さんも,あなたと龍太に泳げるようになってほしい。でも,今はまだダメだ。 」
海保菜は,珍しく,保奈美と目線が合うように,目を逸らさずに,言ってみた。
保奈美は,海保菜の態度がいつもとは違うことにすぐに気づいた。子供は,やっぱり敏感だ。チャンスだと思ったのか,さらに訊いてきた。
「なんで,まだダメなの?いつになったら,泳いでいいの?」
「今は,まだ危ないから。」
海保菜は,いつもの態度に戻り,目を逸らして,言った。
保奈美は,深い溜息をついて,部屋を出て行った。
尚弥が帰ってくると,保奈美は,尚弥にもパーティーのことを話した。
「どうして,こういう話をいつも僕に回すの!?あなたがビシッと断ったら,いいのに。ダメだって言ってくれたら,いいのに!」
尚弥は,子供たちが寝静まって,海保菜と二人きりになってから,怒りの矛先を海保菜に向けてきた。
「パーテイーの事は,ちゃんと断ったよ。しかし,海のことは…私は,人魚だし、私の子供だから,私の血を引いている。泳ぎたくなったり、海に行きたくなったりするのは,当たり前だ。海に関心を持ってくれたら,それを否定したくない。認めてあげたいし、追及してほしい。ダメだなんて言いたくない。
事情があって、私は教えられないけど,本当は,教えたい。水泳も,海の事も,教えたくてたまらない。もどかしい。」
海保菜は,自分の気持ちを説明した。
「でも,人魚のハーフでも,人魚じゃない!よ。」
「あなたには,どうしてそんなことがわかるの!?
そもそも,彼らは,人魚なのか,人間なのか,あなたが決めることでも,私が決めることでもない。たとえ体が人間に見えても、中身は、分からないよ。体は,自然の決めることだし、中身は,保奈美と龍太がそれぞれ決めることだ。私たちには,何も決める権利はない。
しかし,今、海に惹かれているのは,確かなのだ。あなたには,それをコントロールしたり、止めたりすることができない。
この立場の私には,彼らの興味や関心を見守り、選ぶ自由を守ることしかできない。見せることも,導くこともできない。でも、守ることしかできなくても、私の全てで,守るつもりなのだ。子供の心の自由を,私は絶対に守る。
人間の心でも,誰にもコントロールできないのに、人魚の心をコントロールできるとでも思っているの!?大きな間違いだ!人魚の心はね、自由で野生なものだよ。」
「二人とも,どう見ても,普通の子供だよ。」
「普通の子供に見えても,私の子供だ。完全に,この世のものになることは,ない。いくら隠しても,言葉なしで伝わるものだってたくさんあるよ。」
数日後,今度,龍太が話してきた。また水泳の話かと思いきや,全然違う話だったが,もっと困る内容だった。
「お母さん,ちょっと聞いていい?」
「うん、いいよ。何?」
「学校の課題で,親の生い立ちについて調べるという課題があるのだけど…。」
「そうか…お父さんをインタビューしたら?」
これは,困りそうだと海保菜は,思った。保奈美の時には,こういう課題はなかったし…。
「ダメだ。両方要るから。いい?」
海保菜は,小さく頷いた。
「どこで生まれた?」
「この近く。」
「…この近くって、どこ?」
「それ以上の事は,わからない。この近くだということしか…。」
「じゃ,何人兄弟?」
「二人。弟が一人いる。」
よかった。一つ正直に答えられた。
「そうか。じゃ,僕と保奈美と同じだね。」
「そうそう。」
「親の仕事は?」
「…仕事?働いていない。」
「退職したってこと?子供の頃は?」
「知らない…。」
人魚は,職業を持たないのだ。お金も使わないから,不要だ。自分の家族が食べる分だけ,食糧を確保するだけでいい。
「なんで,知らないの?」
「聞いたことがない。」
「学校は?どこの学校に通った?」
「学校は…家で勉強した。」
「学校,行っていない?」
「行っていない。」
学校もないのだ。
「趣味は?何をするのが好きだった?本当は部活の質問だけど,学校に行っていないから,部活もやっていないよね?」
「そうだね…絵を描くのが好きだったかな…後,弟と遊ぶこと。」
「好きな科目は?」
「…好きな科目はね…物語を読む時間が好きだった。」
「国語?」
「うん、そうだね…。」
「あと,これは,書いていないけど…お母さんの家族って,元気?」
「元気だよ。」
「どこにいるの?どうして,会ったことがないの?」
「ちょっと遠いところに住んでいるから,あまり簡単には、会えないの。」
「遠いところって,どこ?」
「どう言えば,いいんだろう…。」
海保菜は,そろそろ限界だった。
「普通に言ったら,いいじゃないの!?」
「言えない…。」
もうこれ以上誤魔化せないから,正直に話せないということだけ言うことにした。
「話さないの?」
「いや、話すよ。」
「電話で話しているのを聞いたことがない。」
電話では,話さないと言っても,どうやって話しているか聞かれて説明に困るだけだし,遠くに住んでいると言ってしまったから,会いに行っているとは,言えないし…。
龍太は,海保菜が困っていることを察して,質問を変えた。
「どうして,お母さんだけここに住んでいる?家族は,遠いところにいるのに。」
「お父さんがいるから。」
「お父さんとは,どうやって知り合った?」
「…この近くに遊びに来ている時にたまたま知り合った。」
「お父さんは,会ったことがあるの?お母さんの家族。」
「ある。一回だけだけどね。結婚が決まった時に挨拶に行った。」
「会わせてくれないの?僕たちに。」
「会わせたい…。」
海保菜は,誠意を込めて,言った。
「なら、会わせて!それとも,僕たちには会いたくないのかな?」
「会いたいと思ってくれているよ、ずっと。」
「なら、なんで遠ざけている?」
「遠ざけていない…本当に遠い 。」
「どうして,自分の話はしないの?」
「…できないから。」
「お父さんは,するよ。若いときに,こういうことがあったとか。」
「それは,お父さんにしかない贅沢だ。私は,話せない。」
「なんで?聞きたいのに。知りたいのに。そして、どうして言葉は,訛っている?他の言葉もしゃべれる?」
海保菜は,申し訳なく何も答えずに俯いた。
「お母さんは,こうして家族から遠いところに住んでいて,さびしくないの?」
「寂しいよ…。でも,龍太と保奈美がいるから,大丈夫。」
「この課題は,出せないなあ。出生地:この近くとか,笑われる。」
「ごめんね。」
「なんで,普通に答えてくれないの?」
「…答えられないから。」
「なんで!?息子なのに!」
「ごめん…。」
海保菜は,仕方なく謝った。
「ごめんとか,じゃない!話して!いつも秘密ばかり!お父さんが何でも話してくれるのに,お母さんは謎。全部,謎。何も教えてくれない。心が読めない。保奈美も,いつも同じこと言っているよ!」
いつも物静かで,優しい龍太が,ここまで怒るのは,珍しかった。いや,初めてかもしれない。
「ごめんなさい。」
ここまで言われても,「ごめんなさい」しか言えなくて,自分でも情けなくて,歯がゆかった。全部話したい。今すぐ全部話して,子供たちと本当の意味で,親子になりたい。でも,話してしまうと,子供の命が危ない。
保奈美は、龍太の怒声が聞こえてきて,どうしたのか気になって,すぐに様子を見にきた。
「龍太,どうした?」
「ひどい!いつも,ひどい!謎ばかりで…一緒に住んでいるのに,生まれてからずっと毎日一緒にいるのに,全然知らない人みたいで,嫌だ!」
龍太は,怒鳴り続けた。
保奈美は,目を大きくして,龍太と海保菜を見比べた。
海保菜は,龍太の指摘が深く心に突き刺さり,涙が滲んでくるのを感じた。こみ上げてくる感情をコントロールできずに,
「私だって,話したいの!」
と叫んでしまった。
涙がポロポロと頬を伝ってくるのを感じた。抑えたくても,抑えられなかった。気がついたら,声を上げて,泣いていた。
保奈美も、龍太も,海保菜の泣いている姿を見て,驚いた。母親の涙を生まれて初めて見たのだ。
「話せない私も,辛いの!すごく辛いの!話したいのに…!今すぐ全部話したいのに…!」
海保菜は,顔を手で覆いながら,決壊したダムのように激しく泣き続けた。どんなに頑張っても,涙は止まらない。生涯分の涙をまとめて流しているみたいだった。
保奈美と龍太は,母親の様子が心配で,そばに駆け寄り,肩に手をかけた。
「お母さん,大丈夫だよ。話せなくてもいいよ。あんなこと言って,ごめん。」
龍太が泣きそうになりながら,謝った。
海保菜は,あの日から体調が優れなくて,あれ日とうとう起き上がれなくなった。
保奈美は,すぐに海保菜の異変に気付いた。
「お母さん、大丈夫!?」
保奈美は,苦しそうにお腹を押さえて,跪いている母親を見て,驚いた。
海保菜は,娘に気付いて、立ち上がろうとしたが,できなかった。またすぐに,足が崩れてしまった。
「大丈夫!?どうしたの!?」
「大丈夫じゃない…お父さん、呼んで。お父さんに電話して。今,帰ってきてって電話して。」
海保菜の体は,変わりそうだった。抑えようとするのが,辛いくらい。ただ,子供の前で変身するわけにはいかないので,当分は,抑えるしかない。日々無理しているから,こうなる。過去にも何回か,こうして体調を崩している。やっぱり体は,陸ではなくて,海で暮らすための作りなので,陸ではなかなか持たないのだ。
保奈美は,すぐに頷いて,電話機を手に取った。
最近,保奈美は,頼もしくなっていた。もう小学六年生,十二歳だから,当たり前なのかもしれないが,母親ながら,感心してしまう。つい最近まで,自分では全く何も出来ない赤ちゃんだったはずなのに…。
変わったら,体が少し楽になりそうだったけれど,保奈美の前ではダメだ。海まで行けたら,気にせずに変われるが、この状態なら,海まで歩いたり,運転したりするのは,無理だ。尚弥にお願いするしかない。
しかし,体は,尚弥が帰ってくるまで持つとは,思えなかった。何とか,保奈美から逃げなければならない。体が変わってしまう前に,どこか子供に見つからない場所に移動しなければならない。どこかいい隠れ場所がないかな…そうだ!トイレだ!トイレなら,付いてこないし,勝手に入ってくる事もない。尚弥が帰って来てくれるまで,鍵をかけて,中で待っていたらいい。
「すぐ帰ってくるって。」
保奈美は,電話を切って,海保菜に報告した。
「どうしよう、お母さん…痛い?立ち上がれる?」
「うーん,できない…体中が痛い。」
「…なんで?怖いよ。」
「ごめんね…大丈夫だから,心配しないでニ階で遊んでいて。お父さんが,もうすぐ帰ってくるし、お母さんは,大丈夫。トイレに行けば,少しは,楽になると思うし。」
海保菜は,努力して笑顔を作った。
保奈美は,仕方なく,いったんニ階へ上がった。保奈美が二階に上がった途端に,海保菜は,動き出した。体を何とかトイレまで,無理やり引っ張って,ドアを閉めた上で,鍵をかけた。
「ここなら,大丈夫。」
ところが,変わっても,痛みは治まらなかった。まだ痛くて苦しい事には,変わりはなかった。「
やっぱり,水に触れないとダメか…。」
海保菜は、呻いた。
保奈美は,母親の様子がどうしても気になり、しばらくしてから,龍太を連れて,また階段を下りてきた。
「お母さん!お母さん!どう?」
二人が心配そうに呼びかけた。
海保菜は、返事するわけにいかないと思って,最初は,黙った。
「お母さん!大丈夫!?お母さん!」
と何回か叫んでから,泣き出した。
返事はないから,不安になっただろう。
海保菜は,これ以上不安にさせるのは,申し訳なくて,
「トイレだよ。大丈夫だよ。楽になった。」と返事した。
保奈美と龍太は,すぐにトイレまで駆けつけた。
「お母さん,開けて!なんで鍵をかけたの??」
「ごめんね。お父さんが帰ってくるまで,ここで待っているね。心配しなくていいよ。大丈夫だから。」
「だめだよ、お母さん!あんなに痛いのに…。」
龍太は,抗議した。
「じゃ,お父さんが帰ってくるまで,私たちもここで一緒に待っているよ。」
保奈美は、ドアを開けてもらうのは、無理だと見切りをつけて、言った。
「いや、だめだ,保奈美!」
「なんで?別に,いいでしょう?ここで見守るよ。」
「…み、見守ってくれるの?」
海保菜は、泣きそうになった。
「うん!」
保奈美と龍太が一斉に答えた。
「それなら,お願いします。」
海保菜は、嬉しく答えた。
しかし,考えずにはいられなかった。「子供たちが,今の自分の姿を見たら,どう思うのだろう?どう反応するのだろう?やっぱり,逃げるかな?怖いかな?」
海保菜は、見せたかった。どんな反応でも見せたかった。ドアを開けて、自分の手で子供たちに触れ、抱きしめたかった。しかし,その衝動を抑えるしかなかった。
「どこが痛い?」
「全部,痛い」
「なんで?」
子供は,「なんで?」と尋ねるのが大好きな生き物なのだ。海保菜は,子育てをしていて,そう思う。
「…いつも,無理しているから。」
海保菜は,正直に答えてみた。
「私たちのせい?」
「違う,違う!あなたたちは,関係ないよ。あなたたちのせいじゃない…!」
尚弥は,もうしばらくすると、帰って来た。
「海保菜,帰って来たよ!どうした!?」
と尚弥が,玄関を開けるなり,大声で呼び掛けた。保奈美と龍太は,すぐに出迎えに行った。
「トイレにいるよ。自分をトイレの中に閉じ込めて,何を言っても出てこないの。」
尚弥は,この説明で,海保菜が今どういう状況なのか,推測できた。
「大丈夫。お父さんは,合鍵を持っているから,入れる。」
「よかった!」
「でも、保奈美たちは,だめだよ。」
尚弥は,すぐ付け加えた。
「なんで!?心配しているのに…助けたいよ!」
保奈美は,抗議した。
「いや、出てこないことには,きっと理由があるよ。あなたたちには,今の苦しそうな姿を見られたくない。心配させたくない。だから、お父さんが一人で助ける。二階行っといて。」
尚弥は,やや厳しい口調で言った。
「なんで…もう十歳だし,子供じゃない!」
「知っているよ。でも、今回は,お父さんに任せてね。」
保奈美と龍太は,しぶしぶ階段を上った。
「海保菜,開けるよ!」
「子供たちは?」
「二階にいるよ。」
「なら,いいけど,毛布か何か持ってきて。子供には,見せられない…。」
「うん、わかった。」
尚弥は,トイレのドアを開けて,海保菜の体を毛布で包んで,玄関まで抱きかかえた。
すると,保奈美と龍太がまた一緒に階段を駆け下りてきた。
「お母さん,大丈夫!?」
「大丈夫。二階に戻って。」
海保菜は,少し焦っている声で言った。毛布の中から頭しかはみ出ていなかったけれど、それでも見られているような気がして,焦った。尚弥も,同じ気持ちだったみたい。
「お母さんは,大丈夫だから…病院に行ってくるね。」
尚弥は,玄関を閉めようとした。
「耳は,なんかおかしいよ。」
保奈美と龍太は,海保菜の顔をジーっと見て,観察していた。
尚弥は,子供たちのコメントには何も答えずに,玄関を閉めて,海保菜を車まで運んだ。
車に乗ったら,ようやく訊いた。
「どうした?しんどい?」
「体が痛い…変わったら,少し治まるかなと思ったけど,治まらない。全身が痛い。」
「だから,トイレの中で変わったわけ?」
「そうするしかなかった…。」
「でも、子供に見つかったら…。」
「見つからないように,鍵を掛けた。彼らは,何も見ていない。」
「さっき,見たじゃないの?」
「頭だけ。頭見ても,何もわからない。大丈夫。」
「でも,耳が見えたみたいよ。」
「遠くから,ちらっと見えただけだし,大丈夫。すぐ忘れるし…「病気だったから」と言えばいいじゃないの?」
「いや,その言い訳は,通らないだろう。人が病気になっても,耳の形が変わらないことぐらいは,知っているよ。そろそろ話した方がいいじゃない?」
「何を?」
「だから、本当のことを。人魚だということ。特に,保奈美に。もう十二歳だし,来年中学生だよ。龍太にも,あと2 ニ年ぐらいしたら,話したらいいと思うよ。」
「…今さら,話せないよ。」
「でも、保奈美と龍太だって…!」
「話せない!」
「彼らも人魚なら,どうする?」
「人魚なら、人魚だと分かった時に話す。その前は,話せない。」
「なんで?僕が最初言ったときに反対だったのに…。」
「言わないと約束したの。あなた以外の人に…人魚だとわかるまでは,絶対に言えない。言ったら,彼らの命が危ない。」
「誰に!?」
「それも,言えない。」
話せないと言われて,尚弥は,お腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じたが,抑えた。
「あなたの体のことを心配している。子供たちは,もう秘密が守れるぐらいの年になったし,あなたはもう隠さなくていいように,無理しなくていいように,みんなで、砂浜で暮らしたらどうかな?」
尚弥が提案してみた。
「したいけど、できない…子供が人魚か,人間か,わかるまで話せない。」
「なら、そろそろ知ろう…何かわかる方法,ないの?」
「…それらしい徴候を見せてくれないと,わからない。」
「海で泳がせたら,わかるじゃないの?」
「だめ!海に入ったら,危ない!」
「なんでだよ!?人魚でしょう?海が人魚の家でしょう?そして、彼らは,あなたの子供,人魚の子供でしょう?人魚の子供が海に入って,危ないわけがないはずだ。」
「私は,人魚だからこそ危ないの。」
「訳が分からない。」
尚弥は,本当に少し腹立たしくなるくらい,訳がわからなかった。
「わからなくてもいい。とりあえず,私は,約束を守らなきゃ。子供を守るために。」
ようやく海に着いた。尚弥が,海保菜を洞窟まで運んで,波の中に下ろした。海保菜は,体が海に浸かるように座ってみたが,痛みはそのままだった。
「母に来てもらうね。これなら、泳げないわ。痛い…。」
尚弥は,海保菜の手を握った。
「お母さんが来るまで,一緒に待っているよ。」
「でも、子供たちが待っているし。」
「いいよ、少しぐらい。もう十二歳と十歳だよ。大丈夫。」
「そうだね。最近頼もしくなったものね。」
「僕だって,たまには,見たいよ。」
「見たいって,何を?」
「本当のあなた。滅多に見せてもらえないけど。」
尚弥は,海保菜の人魚姿に見惚(みほ)れて,急に優しくなった。
「だって,子供に見られたら…。」
「子供に見られたら,何…?」
「私も見せたいよ!毎日しんどいよ。疲労がたまって,こうなったし…。」
「約束した人と話してきて。わかってもらって。」
「いやいや、とんでもない権力のある人だよ。私には,交渉する権利はない。従うしかない。」
「お母さんは?」
「母は,私と同じ立場だし,私がどうして子供には話せないか,彼女にも言えない。誰にも言えない。」
ちょうど日が沈みかける時間帯だった。徐々に茜(あかね)色(いろ)に染まっていく空を後ろに,太陽が少しずつ水平線の向こうへ沈んで行き,夕凪の海に映える。尚弥と海保菜は,背中を並べて,洋々と広がる海と空の傑作を静かに眺めた。美しすぎて,呆気に取られる光景だった。
海保菜の住む世界と尚弥の住む世界は,空と海と同じぐらい違う。二人の体も鳥と魚と同じぐらい違う。わかりたくても,理解し合えないことが沢山ある。感じたくても,共感できないことも山ほどある。しかし,愛し合っている。それだけは,確かだ。
二人の輪郭が夕映えの海と空のシルエットに浮かぶ。彼らも,本来全く別の海と空と同じように溶け合い,一つの作品を完成させるようだった。
海保菜は,いつも暗くなってから海に来るので,海岸で夕陽を見るのは,久しぶりだった。尚弥も,なかなか見る機会がない。だから,尚更綺麗に見えたのだろう。長い冬は,もうすぐ終わる。その予感がした。あちこちに細やかではあるものの,春の兆しが見えている。
少ししてから,仁海は,波の中から現れた。
「え!人間も,一緒だ!珍しい!なんで?」
「調子が悪いみたい…。」
尚弥は,答えた。
仁海は,海保菜の顔を調べるようにしばらく見つめた。
「やっぱり人魚は,陸での生活には,向いていない。体が適応出来ないから,しようがない。ずっと,こうなるのではないかと心配していた。」
「僕もずっと心配している…。」
「…ありがとう。」
仁海は仕方なく、尚弥の言葉に反応した。
「大丈夫ですか?体中が痛いと言っているけど,治りますか?」
尚弥は,勇気を出して,尋ねた。
「しばらく養生すれば,大丈夫だと思うけど,わからない…しばらく戻れないかもしれない。」
仁海は,娘が陸で、人間と暮らすことには,反対だった。不自然なことは,無理をすることは,身に毒だからだ。しかし,大人だから娘の気持ちを尊重すしかなかった。
相手の人間も,会うのはこれが二回目なのだが,どうしても好きになれない。でも,それは,彼自身という問題より,ただ人間で,娘に無理な生活をさせているからである。彼自身の性格や人柄は,申し分のない感じで,人魚なら,二人が結ばれるのを喜んだに違いない。
しかし,これまで人間と接したり話したりすることのなかった仁美にとって,いきなり出会う時の対応は,難しい。緊張して,警戒しすぎて,受け答えがスムーズに行われない。
娘の選んだ人だから,もう少し知った方がいいかもしれないという気持ちもあるが,勇気が足りない。必要以上、関わりたくないのは,本音だ。
尚弥も,海保菜の両親に対しては,同じ気持ちだった。親しくなれるとは,少しも期待していない。海保菜とでも,どう頑張っても埋められない距離がこんなにあるのに…。
「僕の大切な奥さんだから…お願いします。」
尚弥は,頭を深く下げて,挨拶した。
「私の大切な娘だから,あなたに「お願いします」とか言われなくても,助けるよ。」
仁海は,苦笑して,言った。
尚弥は,最後に,海保菜の肩に手をかけて,「お大事に。早く良くなって。」
と愛しそうに挨拶してから,二人は,姿を消した。
一週間後に,海保菜は,やっと戻ってこられた。
保奈美も,龍太も,喜んでいた。
「大丈夫?よくなった?」
龍太は,訊いた。
「うん、もうすっかり良くなったよ。お陰様でね。ごめんね。心配かけて。」
「いや、いいけど…。」
「耳は?」
保奈美は,海保菜の耳を見つめながら言った
「耳も,もう大丈夫。」
「でも、おかしかったよ…。」
保奈美は,尋問を続けた。
「病気だったからね…でも,もう元気になったから,大丈夫。心配しないで。」
海保菜は,明るい表情で言った。
保奈美は,まだ納得出来なかったようで,難しい顔をした。
海保菜は,これを見て,
「もう大丈夫だよ、保奈美。」
娘の目をまっすぐ見ながら,いつも隠している、謎めいていて人間らしくない雰囲気をわざと少し出しながら,言った。
保奈美は,ハッとして,少し怖い顔をした。
海保菜は,娘のここまで自分の雰囲気や感情の微妙な変化に気付ける感受性に感動した。やっぱり,彼女の心にも,何かが眠っているのかもしれない。そう思った。
保奈美は,訴えた。
「だめだから。」
海保菜は,あまり力のない声で,言った。
「でも、なんで!?泳げるようになりたい!海に行ったことすらないよ、私!恵美は,しょっちゅう行っているのに!私たちは,どうしていかないの!?龍太だって,この間行きたいって言っていたよ!」
保奈美は,後へ引かない。
「…後で、お父さんに訊いてみて。」
海保菜は,尚弥に丸投げするつもりで,娘の質問をはぐらかした。
最近,保奈美も,龍太も,海保菜の言い逃れに気づいていて,通用しなくなっている。はぐらかしても,容赦なく追求したり突っ込んできたりするし,そろそろお手上げだ。
特に,水泳について,なんと答えたらいいのか,わからなかった。人魚のことは,もちろん話せないが,それを除けば,習っては行けない理由は,特にないのだ。だから,説明に困る。
そして,自分だって,保奈美と龍太を海に連れて行きたい。泳げるようになってほしいし,許されるのであれば,自分で教えたい。いつか教えるよと約束したい。自分の手で我が子に触れてみたい。
でも、禁じられている。どうしようもないのだ。
「僕も,泳げるようになりたい!」
龍太は,海保菜と保奈美のやりとりを聞いて,やってきた。
海保菜は,思わず,ため息が出てしまった。また,ニ対一だ。最近,二人は結託する様になって,よくこうなるのだ。
海保菜は,尚弥が帰宅するまで,なんとか耐え凌いだ。
「お父さん!海に行きたい!龍太も!連れて行って!恵美は,しょっちゅう行っているよ!私たちは,まだ一度も行ったことないのよ!泳げないと,サメに食べられちゃうよ!恵美はそう言っていた。」
海保菜は,これを聞いて,思わず吹き出した。尚弥の反応を待った。
「恵美って,誰?」
尚弥は,単純な質問で答えた。
「学校のお友達。」
海保菜が,代わりに答えた。
「保奈美,龍太,だめだ。水泳を教えないし、海に連れて行かない。危ないんだ。」
尚弥は,適当に言って,断った。
「でも、近いって!危なくないって!」
保奈美は,簡単に退くつもりはないようだ。
龍太は,尚弥の様子を伺いながら,対応を保奈美に任せていた。
「ダメだって言っているでしょう!」
尚弥は,厳しく言った。海保菜みたいに,長々と子供の相手をしているつもりはないようだ。
「どうして,ダメ?」
龍太は,ついに口を開けた。
「ダメだから,ダメなんだ。」
尚弥は,イライラした口ぶりで言い捨ててから二階へ上がった。
しかし,保奈美は,手強い相手になっていた。1週間後にまた海保菜に訊いてきた。珍しく,龍太を味方に付けて,連れてこなかった。一人で訴えに来た。
「お母さん、水泳を習ってほしくないのは,分かるけど、恵美と加奈は,今度ビーチパーテイーをするの。誕生日だから。行って,いい?泳がない。約束だ。お母さんは,私が泳ぐのが,嫌なら、泳がないよ。」
保奈美は,最近なかったような,素直で純粋な態度で,言ってきた。
「保奈美…。」
娘の言葉が海保菜の胸に突き刺さった。水泳を習って欲しくない,泳いで欲しくないと思っていると思われるのは,本音とは裏腹だから,嫌だった。でも,本当のことが言えない。なんとか,人魚のことを話さずに,言えないのかな?自分の気持ちを伝えられないのかな?と海保菜は,考え始めた。ここまで素直に話してくれたら,渋ってばかりではなく,自分もきちんと向き合って話し合いたい。わかってもらえるように,話し合う方法はないのかな?
「海が嫌いのは,分かるけど…お願い!本当に,行きたい!」
もうダメだ。「海が嫌いのは,分かるけど…。」と言われたら,もうダメだ。話せるところまで,自分の気持ちを話してみることにした。嘘は,もう嫌だ。全部は,話せなくても,話せることはある。話しても差し支えないことだけ,話せばいいのだ。
「お母さんは,海が嫌いじゃないし,あなたが水泳を習うのも,嫌じゃない。お母さんも,あなたと龍太に泳げるようになってほしい。でも,今はまだダメだ。 」
海保菜は,珍しく,保奈美と目線が合うように,目を逸らさずに,言ってみた。
保奈美は,海保菜の態度がいつもとは違うことにすぐに気づいた。子供は,やっぱり敏感だ。チャンスだと思ったのか,さらに訊いてきた。
「なんで,まだダメなの?いつになったら,泳いでいいの?」
「今は,まだ危ないから。」
海保菜は,いつもの態度に戻り,目を逸らして,言った。
保奈美は,深い溜息をついて,部屋を出て行った。
尚弥が帰ってくると,保奈美は,尚弥にもパーティーのことを話した。
「どうして,こういう話をいつも僕に回すの!?あなたがビシッと断ったら,いいのに。ダメだって言ってくれたら,いいのに!」
尚弥は,子供たちが寝静まって,海保菜と二人きりになってから,怒りの矛先を海保菜に向けてきた。
「パーテイーの事は,ちゃんと断ったよ。しかし,海のことは…私は,人魚だし、私の子供だから,私の血を引いている。泳ぎたくなったり、海に行きたくなったりするのは,当たり前だ。海に関心を持ってくれたら,それを否定したくない。認めてあげたいし、追及してほしい。ダメだなんて言いたくない。
事情があって、私は教えられないけど,本当は,教えたい。水泳も,海の事も,教えたくてたまらない。もどかしい。」
海保菜は,自分の気持ちを説明した。
「でも,人魚のハーフでも,人魚じゃない!よ。」
「あなたには,どうしてそんなことがわかるの!?
そもそも,彼らは,人魚なのか,人間なのか,あなたが決めることでも,私が決めることでもない。たとえ体が人間に見えても、中身は、分からないよ。体は,自然の決めることだし、中身は,保奈美と龍太がそれぞれ決めることだ。私たちには,何も決める権利はない。
しかし,今、海に惹かれているのは,確かなのだ。あなたには,それをコントロールしたり、止めたりすることができない。
この立場の私には,彼らの興味や関心を見守り、選ぶ自由を守ることしかできない。見せることも,導くこともできない。でも、守ることしかできなくても、私の全てで,守るつもりなのだ。子供の心の自由を,私は絶対に守る。
人間の心でも,誰にもコントロールできないのに、人魚の心をコントロールできるとでも思っているの!?大きな間違いだ!人魚の心はね、自由で野生なものだよ。」
「二人とも,どう見ても,普通の子供だよ。」
「普通の子供に見えても,私の子供だ。完全に,この世のものになることは,ない。いくら隠しても,言葉なしで伝わるものだってたくさんあるよ。」
数日後,今度,龍太が話してきた。また水泳の話かと思いきや,全然違う話だったが,もっと困る内容だった。
「お母さん,ちょっと聞いていい?」
「うん、いいよ。何?」
「学校の課題で,親の生い立ちについて調べるという課題があるのだけど…。」
「そうか…お父さんをインタビューしたら?」
これは,困りそうだと海保菜は,思った。保奈美の時には,こういう課題はなかったし…。
「ダメだ。両方要るから。いい?」
海保菜は,小さく頷いた。
「どこで生まれた?」
「この近く。」
「…この近くって、どこ?」
「それ以上の事は,わからない。この近くだということしか…。」
「じゃ,何人兄弟?」
「二人。弟が一人いる。」
よかった。一つ正直に答えられた。
「そうか。じゃ,僕と保奈美と同じだね。」
「そうそう。」
「親の仕事は?」
「…仕事?働いていない。」
「退職したってこと?子供の頃は?」
「知らない…。」
人魚は,職業を持たないのだ。お金も使わないから,不要だ。自分の家族が食べる分だけ,食糧を確保するだけでいい。
「なんで,知らないの?」
「聞いたことがない。」
「学校は?どこの学校に通った?」
「学校は…家で勉強した。」
「学校,行っていない?」
「行っていない。」
学校もないのだ。
「趣味は?何をするのが好きだった?本当は部活の質問だけど,学校に行っていないから,部活もやっていないよね?」
「そうだね…絵を描くのが好きだったかな…後,弟と遊ぶこと。」
「好きな科目は?」
「…好きな科目はね…物語を読む時間が好きだった。」
「国語?」
「うん、そうだね…。」
「あと,これは,書いていないけど…お母さんの家族って,元気?」
「元気だよ。」
「どこにいるの?どうして,会ったことがないの?」
「ちょっと遠いところに住んでいるから,あまり簡単には、会えないの。」
「遠いところって,どこ?」
「どう言えば,いいんだろう…。」
海保菜は,そろそろ限界だった。
「普通に言ったら,いいじゃないの!?」
「言えない…。」
もうこれ以上誤魔化せないから,正直に話せないということだけ言うことにした。
「話さないの?」
「いや、話すよ。」
「電話で話しているのを聞いたことがない。」
電話では,話さないと言っても,どうやって話しているか聞かれて説明に困るだけだし,遠くに住んでいると言ってしまったから,会いに行っているとは,言えないし…。
龍太は,海保菜が困っていることを察して,質問を変えた。
「どうして,お母さんだけここに住んでいる?家族は,遠いところにいるのに。」
「お父さんがいるから。」
「お父さんとは,どうやって知り合った?」
「…この近くに遊びに来ている時にたまたま知り合った。」
「お父さんは,会ったことがあるの?お母さんの家族。」
「ある。一回だけだけどね。結婚が決まった時に挨拶に行った。」
「会わせてくれないの?僕たちに。」
「会わせたい…。」
海保菜は,誠意を込めて,言った。
「なら、会わせて!それとも,僕たちには会いたくないのかな?」
「会いたいと思ってくれているよ、ずっと。」
「なら、なんで遠ざけている?」
「遠ざけていない…本当に遠い 。」
「どうして,自分の話はしないの?」
「…できないから。」
「お父さんは,するよ。若いときに,こういうことがあったとか。」
「それは,お父さんにしかない贅沢だ。私は,話せない。」
「なんで?聞きたいのに。知りたいのに。そして、どうして言葉は,訛っている?他の言葉もしゃべれる?」
海保菜は,申し訳なく何も答えずに俯いた。
「お母さんは,こうして家族から遠いところに住んでいて,さびしくないの?」
「寂しいよ…。でも,龍太と保奈美がいるから,大丈夫。」
「この課題は,出せないなあ。出生地:この近くとか,笑われる。」
「ごめんね。」
「なんで,普通に答えてくれないの?」
「…答えられないから。」
「なんで!?息子なのに!」
「ごめん…。」
海保菜は,仕方なく謝った。
「ごめんとか,じゃない!話して!いつも秘密ばかり!お父さんが何でも話してくれるのに,お母さんは謎。全部,謎。何も教えてくれない。心が読めない。保奈美も,いつも同じこと言っているよ!」
いつも物静かで,優しい龍太が,ここまで怒るのは,珍しかった。いや,初めてかもしれない。
「ごめんなさい。」
ここまで言われても,「ごめんなさい」しか言えなくて,自分でも情けなくて,歯がゆかった。全部話したい。今すぐ全部話して,子供たちと本当の意味で,親子になりたい。でも,話してしまうと,子供の命が危ない。
保奈美は、龍太の怒声が聞こえてきて,どうしたのか気になって,すぐに様子を見にきた。
「龍太,どうした?」
「ひどい!いつも,ひどい!謎ばかりで…一緒に住んでいるのに,生まれてからずっと毎日一緒にいるのに,全然知らない人みたいで,嫌だ!」
龍太は,怒鳴り続けた。
保奈美は,目を大きくして,龍太と海保菜を見比べた。
海保菜は,龍太の指摘が深く心に突き刺さり,涙が滲んでくるのを感じた。こみ上げてくる感情をコントロールできずに,
「私だって,話したいの!」
と叫んでしまった。
涙がポロポロと頬を伝ってくるのを感じた。抑えたくても,抑えられなかった。気がついたら,声を上げて,泣いていた。
保奈美も、龍太も,海保菜の泣いている姿を見て,驚いた。母親の涙を生まれて初めて見たのだ。
「話せない私も,辛いの!すごく辛いの!話したいのに…!今すぐ全部話したいのに…!」
海保菜は,顔を手で覆いながら,決壊したダムのように激しく泣き続けた。どんなに頑張っても,涙は止まらない。生涯分の涙をまとめて流しているみたいだった。
保奈美と龍太は,母親の様子が心配で,そばに駆け寄り,肩に手をかけた。
「お母さん,大丈夫だよ。話せなくてもいいよ。あんなこと言って,ごめん。」
龍太が泣きそうになりながら,謝った。
海保菜は,あの日から体調が優れなくて,あれ日とうとう起き上がれなくなった。
保奈美は,すぐに海保菜の異変に気付いた。
「お母さん、大丈夫!?」
保奈美は,苦しそうにお腹を押さえて,跪いている母親を見て,驚いた。
海保菜は,娘に気付いて、立ち上がろうとしたが,できなかった。またすぐに,足が崩れてしまった。
「大丈夫!?どうしたの!?」
「大丈夫じゃない…お父さん、呼んで。お父さんに電話して。今,帰ってきてって電話して。」
海保菜の体は,変わりそうだった。抑えようとするのが,辛いくらい。ただ,子供の前で変身するわけにはいかないので,当分は,抑えるしかない。日々無理しているから,こうなる。過去にも何回か,こうして体調を崩している。やっぱり体は,陸ではなくて,海で暮らすための作りなので,陸ではなかなか持たないのだ。
保奈美は,すぐに頷いて,電話機を手に取った。
最近,保奈美は,頼もしくなっていた。もう小学六年生,十二歳だから,当たり前なのかもしれないが,母親ながら,感心してしまう。つい最近まで,自分では全く何も出来ない赤ちゃんだったはずなのに…。
変わったら,体が少し楽になりそうだったけれど,保奈美の前ではダメだ。海まで行けたら,気にせずに変われるが、この状態なら,海まで歩いたり,運転したりするのは,無理だ。尚弥にお願いするしかない。
しかし,体は,尚弥が帰ってくるまで持つとは,思えなかった。何とか,保奈美から逃げなければならない。体が変わってしまう前に,どこか子供に見つからない場所に移動しなければならない。どこかいい隠れ場所がないかな…そうだ!トイレだ!トイレなら,付いてこないし,勝手に入ってくる事もない。尚弥が帰って来てくれるまで,鍵をかけて,中で待っていたらいい。
「すぐ帰ってくるって。」
保奈美は,電話を切って,海保菜に報告した。
「どうしよう、お母さん…痛い?立ち上がれる?」
「うーん,できない…体中が痛い。」
「…なんで?怖いよ。」
「ごめんね…大丈夫だから,心配しないでニ階で遊んでいて。お父さんが,もうすぐ帰ってくるし、お母さんは,大丈夫。トイレに行けば,少しは,楽になると思うし。」
海保菜は,努力して笑顔を作った。
保奈美は,仕方なく,いったんニ階へ上がった。保奈美が二階に上がった途端に,海保菜は,動き出した。体を何とかトイレまで,無理やり引っ張って,ドアを閉めた上で,鍵をかけた。
「ここなら,大丈夫。」
ところが,変わっても,痛みは治まらなかった。まだ痛くて苦しい事には,変わりはなかった。「
やっぱり,水に触れないとダメか…。」
海保菜は、呻いた。
保奈美は,母親の様子がどうしても気になり、しばらくしてから,龍太を連れて,また階段を下りてきた。
「お母さん!お母さん!どう?」
二人が心配そうに呼びかけた。
海保菜は、返事するわけにいかないと思って,最初は,黙った。
「お母さん!大丈夫!?お母さん!」
と何回か叫んでから,泣き出した。
返事はないから,不安になっただろう。
海保菜は,これ以上不安にさせるのは,申し訳なくて,
「トイレだよ。大丈夫だよ。楽になった。」と返事した。
保奈美と龍太は,すぐにトイレまで駆けつけた。
「お母さん,開けて!なんで鍵をかけたの??」
「ごめんね。お父さんが帰ってくるまで,ここで待っているね。心配しなくていいよ。大丈夫だから。」
「だめだよ、お母さん!あんなに痛いのに…。」
龍太は,抗議した。
「じゃ,お父さんが帰ってくるまで,私たちもここで一緒に待っているよ。」
保奈美は、ドアを開けてもらうのは、無理だと見切りをつけて、言った。
「いや、だめだ,保奈美!」
「なんで?別に,いいでしょう?ここで見守るよ。」
「…み、見守ってくれるの?」
海保菜は、泣きそうになった。
「うん!」
保奈美と龍太が一斉に答えた。
「それなら,お願いします。」
海保菜は、嬉しく答えた。
しかし,考えずにはいられなかった。「子供たちが,今の自分の姿を見たら,どう思うのだろう?どう反応するのだろう?やっぱり,逃げるかな?怖いかな?」
海保菜は、見せたかった。どんな反応でも見せたかった。ドアを開けて、自分の手で子供たちに触れ、抱きしめたかった。しかし,その衝動を抑えるしかなかった。
「どこが痛い?」
「全部,痛い」
「なんで?」
子供は,「なんで?」と尋ねるのが大好きな生き物なのだ。海保菜は,子育てをしていて,そう思う。
「…いつも,無理しているから。」
海保菜は,正直に答えてみた。
「私たちのせい?」
「違う,違う!あなたたちは,関係ないよ。あなたたちのせいじゃない…!」
尚弥は,もうしばらくすると、帰って来た。
「海保菜,帰って来たよ!どうした!?」
と尚弥が,玄関を開けるなり,大声で呼び掛けた。保奈美と龍太は,すぐに出迎えに行った。
「トイレにいるよ。自分をトイレの中に閉じ込めて,何を言っても出てこないの。」
尚弥は,この説明で,海保菜が今どういう状況なのか,推測できた。
「大丈夫。お父さんは,合鍵を持っているから,入れる。」
「よかった!」
「でも、保奈美たちは,だめだよ。」
尚弥は,すぐ付け加えた。
「なんで!?心配しているのに…助けたいよ!」
保奈美は,抗議した。
「いや、出てこないことには,きっと理由があるよ。あなたたちには,今の苦しそうな姿を見られたくない。心配させたくない。だから、お父さんが一人で助ける。二階行っといて。」
尚弥は,やや厳しい口調で言った。
「なんで…もう十歳だし,子供じゃない!」
「知っているよ。でも、今回は,お父さんに任せてね。」
保奈美と龍太は,しぶしぶ階段を上った。
「海保菜,開けるよ!」
「子供たちは?」
「二階にいるよ。」
「なら,いいけど,毛布か何か持ってきて。子供には,見せられない…。」
「うん、わかった。」
尚弥は,トイレのドアを開けて,海保菜の体を毛布で包んで,玄関まで抱きかかえた。
すると,保奈美と龍太がまた一緒に階段を駆け下りてきた。
「お母さん,大丈夫!?」
「大丈夫。二階に戻って。」
海保菜は,少し焦っている声で言った。毛布の中から頭しかはみ出ていなかったけれど、それでも見られているような気がして,焦った。尚弥も,同じ気持ちだったみたい。
「お母さんは,大丈夫だから…病院に行ってくるね。」
尚弥は,玄関を閉めようとした。
「耳は,なんかおかしいよ。」
保奈美と龍太は,海保菜の顔をジーっと見て,観察していた。
尚弥は,子供たちのコメントには何も答えずに,玄関を閉めて,海保菜を車まで運んだ。
車に乗ったら,ようやく訊いた。
「どうした?しんどい?」
「体が痛い…変わったら,少し治まるかなと思ったけど,治まらない。全身が痛い。」
「だから,トイレの中で変わったわけ?」
「そうするしかなかった…。」
「でも、子供に見つかったら…。」
「見つからないように,鍵を掛けた。彼らは,何も見ていない。」
「さっき,見たじゃないの?」
「頭だけ。頭見ても,何もわからない。大丈夫。」
「でも,耳が見えたみたいよ。」
「遠くから,ちらっと見えただけだし,大丈夫。すぐ忘れるし…「病気だったから」と言えばいいじゃないの?」
「いや,その言い訳は,通らないだろう。人が病気になっても,耳の形が変わらないことぐらいは,知っているよ。そろそろ話した方がいいじゃない?」
「何を?」
「だから、本当のことを。人魚だということ。特に,保奈美に。もう十二歳だし,来年中学生だよ。龍太にも,あと2 ニ年ぐらいしたら,話したらいいと思うよ。」
「…今さら,話せないよ。」
「でも、保奈美と龍太だって…!」
「話せない!」
「彼らも人魚なら,どうする?」
「人魚なら、人魚だと分かった時に話す。その前は,話せない。」
「なんで?僕が最初言ったときに反対だったのに…。」
「言わないと約束したの。あなた以外の人に…人魚だとわかるまでは,絶対に言えない。言ったら,彼らの命が危ない。」
「誰に!?」
「それも,言えない。」
話せないと言われて,尚弥は,お腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じたが,抑えた。
「あなたの体のことを心配している。子供たちは,もう秘密が守れるぐらいの年になったし,あなたはもう隠さなくていいように,無理しなくていいように,みんなで、砂浜で暮らしたらどうかな?」
尚弥が提案してみた。
「したいけど、できない…子供が人魚か,人間か,わかるまで話せない。」
「なら、そろそろ知ろう…何かわかる方法,ないの?」
「…それらしい徴候を見せてくれないと,わからない。」
「海で泳がせたら,わかるじゃないの?」
「だめ!海に入ったら,危ない!」
「なんでだよ!?人魚でしょう?海が人魚の家でしょう?そして、彼らは,あなたの子供,人魚の子供でしょう?人魚の子供が海に入って,危ないわけがないはずだ。」
「私は,人魚だからこそ危ないの。」
「訳が分からない。」
尚弥は,本当に少し腹立たしくなるくらい,訳がわからなかった。
「わからなくてもいい。とりあえず,私は,約束を守らなきゃ。子供を守るために。」
ようやく海に着いた。尚弥が,海保菜を洞窟まで運んで,波の中に下ろした。海保菜は,体が海に浸かるように座ってみたが,痛みはそのままだった。
「母に来てもらうね。これなら、泳げないわ。痛い…。」
尚弥は,海保菜の手を握った。
「お母さんが来るまで,一緒に待っているよ。」
「でも、子供たちが待っているし。」
「いいよ、少しぐらい。もう十二歳と十歳だよ。大丈夫。」
「そうだね。最近頼もしくなったものね。」
「僕だって,たまには,見たいよ。」
「見たいって,何を?」
「本当のあなた。滅多に見せてもらえないけど。」
尚弥は,海保菜の人魚姿に見惚(みほ)れて,急に優しくなった。
「だって,子供に見られたら…。」
「子供に見られたら,何…?」
「私も見せたいよ!毎日しんどいよ。疲労がたまって,こうなったし…。」
「約束した人と話してきて。わかってもらって。」
「いやいや、とんでもない権力のある人だよ。私には,交渉する権利はない。従うしかない。」
「お母さんは?」
「母は,私と同じ立場だし,私がどうして子供には話せないか,彼女にも言えない。誰にも言えない。」
ちょうど日が沈みかける時間帯だった。徐々に茜(あかね)色(いろ)に染まっていく空を後ろに,太陽が少しずつ水平線の向こうへ沈んで行き,夕凪の海に映える。尚弥と海保菜は,背中を並べて,洋々と広がる海と空の傑作を静かに眺めた。美しすぎて,呆気に取られる光景だった。
海保菜の住む世界と尚弥の住む世界は,空と海と同じぐらい違う。二人の体も鳥と魚と同じぐらい違う。わかりたくても,理解し合えないことが沢山ある。感じたくても,共感できないことも山ほどある。しかし,愛し合っている。それだけは,確かだ。
二人の輪郭が夕映えの海と空のシルエットに浮かぶ。彼らも,本来全く別の海と空と同じように溶け合い,一つの作品を完成させるようだった。
海保菜は,いつも暗くなってから海に来るので,海岸で夕陽を見るのは,久しぶりだった。尚弥も,なかなか見る機会がない。だから,尚更綺麗に見えたのだろう。長い冬は,もうすぐ終わる。その予感がした。あちこちに細やかではあるものの,春の兆しが見えている。
少ししてから,仁海は,波の中から現れた。
「え!人間も,一緒だ!珍しい!なんで?」
「調子が悪いみたい…。」
尚弥は,答えた。
仁海は,海保菜の顔を調べるようにしばらく見つめた。
「やっぱり人魚は,陸での生活には,向いていない。体が適応出来ないから,しようがない。ずっと,こうなるのではないかと心配していた。」
「僕もずっと心配している…。」
「…ありがとう。」
仁海は仕方なく、尚弥の言葉に反応した。
「大丈夫ですか?体中が痛いと言っているけど,治りますか?」
尚弥は,勇気を出して,尋ねた。
「しばらく養生すれば,大丈夫だと思うけど,わからない…しばらく戻れないかもしれない。」
仁海は,娘が陸で、人間と暮らすことには,反対だった。不自然なことは,無理をすることは,身に毒だからだ。しかし,大人だから娘の気持ちを尊重すしかなかった。
相手の人間も,会うのはこれが二回目なのだが,どうしても好きになれない。でも,それは,彼自身という問題より,ただ人間で,娘に無理な生活をさせているからである。彼自身の性格や人柄は,申し分のない感じで,人魚なら,二人が結ばれるのを喜んだに違いない。
しかし,これまで人間と接したり話したりすることのなかった仁美にとって,いきなり出会う時の対応は,難しい。緊張して,警戒しすぎて,受け答えがスムーズに行われない。
娘の選んだ人だから,もう少し知った方がいいかもしれないという気持ちもあるが,勇気が足りない。必要以上、関わりたくないのは,本音だ。
尚弥も,海保菜の両親に対しては,同じ気持ちだった。親しくなれるとは,少しも期待していない。海保菜とでも,どう頑張っても埋められない距離がこんなにあるのに…。
「僕の大切な奥さんだから…お願いします。」
尚弥は,頭を深く下げて,挨拶した。
「私の大切な娘だから,あなたに「お願いします」とか言われなくても,助けるよ。」
仁海は,苦笑して,言った。
尚弥は,最後に,海保菜の肩に手をかけて,「お大事に。早く良くなって。」
と愛しそうに挨拶してから,二人は,姿を消した。
一週間後に,海保菜は,やっと戻ってこられた。
保奈美も,龍太も,喜んでいた。
「大丈夫?よくなった?」
龍太は,訊いた。
「うん、もうすっかり良くなったよ。お陰様でね。ごめんね。心配かけて。」
「いや、いいけど…。」
「耳は?」
保奈美は,海保菜の耳を見つめながら言った
「耳も,もう大丈夫。」
「でも、おかしかったよ…。」
保奈美は,尋問を続けた。
「病気だったからね…でも,もう元気になったから,大丈夫。心配しないで。」
海保菜は,明るい表情で言った。
保奈美は,まだ納得出来なかったようで,難しい顔をした。
海保菜は,これを見て,
「もう大丈夫だよ、保奈美。」
娘の目をまっすぐ見ながら,いつも隠している、謎めいていて人間らしくない雰囲気をわざと少し出しながら,言った。
保奈美は,ハッとして,少し怖い顔をした。
海保菜は,娘のここまで自分の雰囲気や感情の微妙な変化に気付ける感受性に感動した。やっぱり,彼女の心にも,何かが眠っているのかもしれない。そう思った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
鋼月の軌跡
チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル!
未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる