星月夜の海

Yonekoto8484

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無月

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海保菜は,ある日,村長夫妻に呼び出された。庶民が,村長夫妻に呼び出されるのは,異例である。海保菜は,呼び出されるのは,これでニ回目だ。初めて呼び出されたのは,陸に住むと決めた時だ。

海保菜は,また夜中に抜け出し,村長夫妻のお宅を訪ねた。

広々とした部屋の高い王座のような椅子に,村長夫妻は,座っていた。海保菜が部屋の中に入ってすぐに,二人の視線を感じた。自分の赤ちゃんのいる大きいお腹を見ていることが,すぐにわかった。

「やっぱり、本当だったね。二人目を身籠ったという話。」
奥さんが,先に口を開けた。

「さようでございます。」
海保菜は小さい声で,言った。

「で?上の子供は?今,何歳?」
今度,ご主人が尋ねた。

「一歳半ございます。」
海保菜は,あまり抑揚を付けずに,淡々と答えた。

「で?」
またご主人に訊かれた。

「…とおっしゃいますと?」
海保菜は,何を訊かれているのか,よくわからなくて,混乱した。

「あなたの遺伝を受け継いでいる?」
今度は,奥さんが質問した。

「まだわかりません。」
海保菜は,俯いて地面を見つめながら,答えた。

「どうして,分からないのかね?」
ご主人が,尋ねた。

「まだ幼いし,傷つけたくないので,水に触れさせていないです。」
海保菜は,短めに説明した。

「それなら、娘さんの体質がわかるまで,よそ者として扱うしかないわね。安全上の理由でね。つまり,「部外者」と見なすことになるが,人魚が部外者と接触する際の掟は,わかっているよね?」


奥さんの高圧的な態度に最初から項垂れていた海保菜は,ますます萎縮し,体が強張ってしまった。声も出ない。小さく頷(うなず)くのも,やっとだった。

「頷いてくれたが,相手は,あなただから,念のために,言っておく。
接触しない!人魚と人間の接触は,禁じられている。あなたは,接触どころか,結婚しやがったが,二度と私の掟が破られることをゆるさない。 部外者には,人魚の姿を見せてはいけない。人魚の事を話してはいけない。人魚の声を聞かせては,いけない。わかった? 」
ご主人は,声を荒げて,言った。

「もしいつか,あなたの遺伝子を受け継いでいることがわかれば,また考えるが,その時までは,この姿で子どもと接触することを禁じる。」
奥さんは,念を押した。

「子供には,この世界の話は,しない。人魚の姿も見せない。家族の事も,話さない。
お腹の中にいる間だけは,仕方がないのでゆるす。」
ご主人は,更に念を押した。

「でも…私の子供です。自分の手で,自分の子供に触れてはいけないとおっしゃるんですか!?」
海保菜は,勇気を振り絞って,抗議しようとした。

「どこで暮らすにしても,あなたには,この村を,仲間を守る義務は,ある。わかった?今度こそ,従え!二度と私に背くな!わかったかい?」
ご主人は,とうとう怒り出した。

「また、いつか人魚だと分かる日が来たら,考え直す。接触を許す。でも、そのことがない限り,絶対的に禁止する。人間の子供が海の事を知ったら,大変だけれど、逆に海の子供が陸で暮らしていたら,それも,また大変だから…また考えようね。私たちの命令に従うと約束する?約束しなさい。」
奥さんは,声を少し和らげて,言った。

海保菜は,何も言わなかった。地面をまじまじと見つめ,新しい命が成長している自分のお腹に手を当てて,渋い顔をした。

「でも…。」
と,やっとの思いで、弱々しい声が喉から漏れた。

「あなたには,「でも」と私たちに反発する権利は,ない!仲間を守れ!家族と自分を守れ! 私たちをこれ以上,危険にさらしたら,ゆるさないよ!
そして、家族にも陸の旦那にもこの話を一言も話すな!絶対に話すな。
従わなかったり,一言でも,今の話を他言したりしたら、あなたの子供は,溺れ死ぬ。泳げるかどうかわからないが…わかった?
今度こそ,約束を守ってくれるよね?」
奥さんは,脅した。

「はい。」
海保菜は,聞こえないくらいの小さい声で,言った。

「もっと大きい声で。」
ご主人は,不満な顔をした。

「はい!」
海保菜は,胸が張り裂けそうな思いで,無理やり声を出して,約束した。

「なら,もう帰ってもらっても結構だよ。気を付けてね。」

海保菜は,洞窟から出ていって、海藻の森に入って,朝までむせび泣いた。

家に帰る前に,しぶしぶ,両親に会いに行った。

「村長の話は,何だった?」
母は,心配して,尋ねた。父も,表情で心配してくれていることが,すぐに伝わった。

「大した話じゃなかった。また妊娠したと聞いたようで、本当かどうか確かめたかっただけみたい。」海保菜は,森の中で泣きながら,考えた嘘をすらすらと述べた。

「わざわざ,その確認のために,呼び出すことは,ないだろう。」
父は,すぐに言った。母も,娘の嘘を見破っているようだったが,何も言わなかった。

「いや,話は,本当にそれだけだったよ。」

「しんどそうだね…少し休んでから,帰ったら?人間は、一日ぐらいなら子供を見てくれるだろうし…。」
母が,優しく言ってくれた。

「大丈夫。尚弥は,仕事があるし,保奈美が起きる前に帰らなくちゃ。では,また来るね。」
海保菜は,努力して笑顔を作った。

「本当は大丈夫じゃないでしょう?」
父は,まだ引き止めようとしたが,海保菜は,断って何とか帰った。

浜に上がると,まだ夜明け前で,暗かった。ちょうど新月で,曇天だったから,月も,星も,見えなかった。頭上に真っ暗な空が,果てしなく広がっているだけだった。海保菜の気分も,同じだった。
風は,頬が痛くなるくらい,冷たい。海保菜は,身震いしながら,借り物の脚を睨みながら,凛々とした風が吹き荒れる中をとぼとぼ歩いた
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