息子の幽霊と暮らす私

Yonekoto8484

文字の大きさ
上 下
5 / 7

夫の帰省

しおりを挟む
ある日,夫が急に帰って来ると言い出した。悠貴の訃報が届いてから,私からあまり電話しなくなったことが不安にさせてしまったらしい。もちろん,電話しなくなったのは,寂しいからではなく,悠貴が「いる」からだったが,そう話すわけにはいかない。私も,止めようとしたら挙動不審になっていることがバレて,怪しまれるから,止めようとはしなかった。

夫が帰って来て,すぐに私を抱きしめてくれた。
「大丈夫?元気に頑張れている?」

「何とか…。」
私が答えて,悠貴の幽霊が待つ部屋へと案内した。夫には,幽霊が見えるかどうか,早く確かめたくて仕方がなかった。

夫が部屋に入ると,すぐに悠貴の幽霊が座る部屋の隅っこの方へ目をやったが,何も言わなかった。どうも,見えていないらしかった。

夫の荷物を受け取り,私が早速食事の支度を始めた。私がご飯を作りながら,夫は,ずっと悠貴の幽霊が座る方をジロジロ,何かを調べるように見ていたが,何も言わない。もしかして,見えている?

食事が出来上がると,すぐに盛り付けて,夫の前にお皿を出した。夫がいない時にいつもしているように,悠貴の分も,盛り付けた。

「これは,誰の?」
夫が私に尋ねた。

「悠貴の分。」
と私が少しはにかみながら言った。

「幽霊にご飯を出して,どうする?」
夫が突っ込んだ。

「やっぱり,見えている?」
私が驚いて,訊いた。

「そこに座っているでしょう?いつからいる?」
夫が尋ねた。

「事故のすぐ後から…。」
私が答えた。

悠貴は,父親にも自分の姿が見えていることがわかって,初めて振り向いて,父親と目を合わせた。

すると,頭の中で何か淀んでいたものがまた突然流れ出したかのように,自分が死んだ日の記憶が蘇り,テレビの映像を見るかのようにはっきりと,目の前で再生された。

☆☆☆

悠貴が自殺しようと思い立ったのは,自分の苦しみを和らげるというより,親の負担を軽減させるという意図からだった。オンラインでALS患者の闘病記や,ご家族の方の介護日記や体験談を読んでいると,介護の心身への甚大な負担がしみじみと伝わり,恐ろしくなった。自分の親には,絶対に,この思いはさせたくない。親には,元気な自分の記憶だけを残し,この世を去りたい。そう思った。

でも,自殺も,遺族に与える精神的な苦痛は大きい。これは,前から知っていることだった。なら,絶対にバレないような形で,自分の死を事故に見せかけるしかない。

そう考えているうちに,ある日,二度とない絶好のチャンスが訪れた。雨が降り始めたのだ。ただの雨じゃない。豪雨だった。というか,その前兆だった。本当にひどくなると言われていたのは,その日の夕方からだった。事故死を偽装するなら,今日しかない。

今日が人生の最後の日だと思うと,悠貴は,さすがに怖気付いて来た。薬は,用意してあったし,その後のことも,考えてあった。でも,心の準備はまだ出来ていなかった。

しかし,チャンスを逃せば,条件がここまで完璧に揃うことは絶対に二度とないのだ。怯んでいる場合ではない。病気には,まだ誰も気づいていない。恵梨以外の人には、まだ話してもいない。進行すれば,バレてしまう。そして,豪雨の最中なら,事故に見せかけるのは,簡単だ。大災害に見舞われ,大混乱している中,わざわざ検死を行うようなこともしないだろうし…。

事故死でも,親は,傷つく。でも,長い闘病生活に付き合わされたり,自殺されたりするほどではないはずだ。自然災害の犠牲者なら,自責せずに受け止められるだろう。

悠貴は,紙とボールペンを出して,最後となる手紙を書いた。それから,携帯を出し,恵梨に最後となるメールを打った。「1時間後に来てくれる?一つお願いしたいことがある。」

両親には,何も言わずにこの世を去るのは,心苦しかったが,自殺だとバレないようにしようと思えば,手紙は残せない。

「後は,恵梨に頼むしかない。」
悠貴は,そう割り切ろうとして,用意した薬を飲み,眠った。二度と,目を覚ますことはないはずだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

Springs -ハルタチ-

ささゆき細雪
ミステリー
 ――恋した少女は、呪われた人殺しの魔女。  ロシアからの帰国子女、上城春咲(かみじょうすざく)は謎めいた眠り姫に恋をした。真夏の学園の裏庭で。  金木犀咲き誇る秋、上城はあのときの少女、鈴代泉観(すずしろいずみ)と邂逅する。だが、彼女は眠り姫ではなく、クラスメイトたちに畏怖されている魔女だった。  ある放課後。上城は豊(ゆたか)という少女から、半年前に起きた転落事故の現場に鈴代が居合わせたことを知る。彼女は人殺しだから関わるなと憎らしげに言われ、上城は余計に鈴代のことが気になってしまう。  そして、鈴代の目の前で、父親の殺人未遂事件が起こる……  ――呪いを解くのと、謎を解くのは似ている?  初々しく危うい恋人たちによる謎解きの物語、ここに開幕――!

ペルソナ・ハイスクール

回転饅頭。
ミステリー
私立加々谷橋高校 市内有数の進学校であるその学校は、かつてイジメによる自殺者が出ていた。 組織的なイジメを行う加害者グループ 真相を探る被害者保護者達 真相を揉み消そうとする教師グループ 進学校に潜む闇を巡る三つ巴の戦いが始まる。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

ノンフィクション・アンチ

肥料
ミステリー
超絶大ヒットした小説、勿忘リン作「苦しみのレイラ」を読んだ25歳の会社員は、今は亡き妹の学校生活と一致することに気がつく。調べていくと、その小説の作者である勿忘リンは、妹の同級生なことが判明した。妹の死因、作者の正体、小説の登場人物を紐解いていくと、最悪な事実に気づいていく。新人、というより、小説家を夢見ている学生「肥料」の新作。

土葬墓地にて

小林マコト
ミステリー
「五年前の春、百合の花畑の真ん中で、白い花の中にいくつかの赤い花を咲かせて、母は死んでいました――」 ある女が死んだ。女はよく好かれる人物だったが、一方では憎まれ、嫌われ、妬まれていた。 ある男はその女と関係のあった者に、一年ごとに話を聞き、その女の人柄やそれにまつわる出来事をまとめていく。 物書きであった女の、最期の最高傑作であるとされるその死に、一体何の目的があったのか―― 全八話、小説家になろうでも同じものを投稿しています。

身勝手な間借り人

つっちーfrom千葉
ミステリー
ある日、会社から家に戻ってみると、見知らぬ人間が私の自宅に乗り込んで、勝手に生活していた。彼は、『私が家を留守にしている時間だけ、いつも間借りしている』のだと不審な説明を始める…。私は納得できずに、さらに彼を問い詰めていくのだが…。

DUSK

ミステリー
短編 友人の一周忌に行った俺は、帰りに地元のバーに寄った。 隣に座っていたのは・・・

処理中です...