アザラシの華

Yonekoto8484

文字の大きさ
上 下
6 / 14

2つの救い

しおりを挟む
ヒカルは,どうしても,母親に会って,謝りたくて,ホタルに相談してみることにした。

「無理やり呼び出すと,関係がさらに拗れるだけだから,来てくれるのを待つしかないんじゃないの?」
ホタルが言った。

「僕が困っていたら,来てくれると思うの…。」
ヒカルは,自分が考えついたことを言ってみた。

「どう言うこと?」
ホタルが訊いた。

「僕が溺れそうになったら,きっと助けに来てくれる。」
ヒカルがはっきりと,ホタルに自分の考えていることが伝わるように言った。

「それはやめといた方がいい…万が一,来てくれなければ,本当に溺れちゃうよ。」
ホタルが注意した。

「絶対来てくれる!…僕のことをずっと見ている。そう言ったもん!」
ヒカルが自信満々に断言した。

「…本当に信頼できるの,お母さんのこと?」
ホタルには,ヒカルの母親に対する揺るぎない自信が痛々しく思えた。もう少し,警戒した方がいいと思った。

「信頼できるに決まっている!お母さんだもん!」
ホタルに疑問を投げかけられても,ヒカルの自信堂々とした態度は,少しも揺るがなかった。

「でも…いつも,自分でも言っていたでしょう,自由じゃないって?ヒカルを助けたくても,助けに来れないかもしれないよ…。やめといて。」
ホタルは,もう一度釘を刺しといてから,帰ろうと立ち上がった。

「行こう。」
ホタルがヒカルに手を差し出した。

ヒカルは,首を横に振った。母親を信頼しない方がいいと忠告したホタルと一緒に帰るのは,嫌だった。

ヒカルは,母親を信じたくてたまらなかった。母親が自分を愛しているとも,困ったらすぐに助けに来てくれるとも,信じたかった。そう信じることが,母親に会えなくなって心細い心境のヒカルにとって,希望の一筋,心の拠り所そのものだった。ホタルの忠告に従ってしまえば,希望を完全に捨てることになる。ヒカルは,断じて,またいつか母親に会えると言う希望を捨てるのは,嫌だった。

「何?怒っている?」
ホタルがヒカルの渋い顔が気になって,訊いた。

ヒカルは,小さく頷いた。

「今日は,一人で帰る?」
ホタルがさらに訊いた。

ヒカルがまた無言で,頷いた。ホタルと目を合わせようともせずに,うつむいたままだった。

ホタルが帰ると,ヒカルは,頭を激しく横に振った。

「お母さんは,違う。お母さんは,僕を愛している。ホタルは,知らないんだ。会ったことがないし,知らないだけだ。」
ヒカルは,自分にそう言い聞かせながら,作戦を考え始めた。

ヒカルは,わざと潮の流れの速いところを目指して,泳ぎ始めた。ヒカルは,幼い頃から水泳を習っていたので,潮の速いところではないと,溺れそうになることはないはずだ。

ヒカルは,計算通り,すぐに潮に流された。ところが,頭の中で作戦として計画している時は,恐怖を一切感じなかったものの、潮に流され、自然の威力に実際晒されてみると,とても怖くなった。ホタルが警告した通り、これで,母親が来てくれなければ、自分は本当に溺れ死んでしまう。そう思うと、ますます怖くなった。

潮に流されたヒカルは,荒い波の中を,まるで風になびく旗のように,激しく振り回され続けた。全力で足掻いて,一瞬水面から顔が出せたと思いきや,またもや高い波に襲われ,飲み込まれて行く。これを繰り返していると,何か硬いものに頭が当たり,意識を失ってしまった。

気がついたら,砂浜に寝かされ,頭から血を流していた。目をとろんと開けてみると,母親がヒカルの頭の傷を押さえ,出血を止めようとしているところだった。

ヒカルが目を開けたのをみると、頭を押さえたまま,呼びかけた。
「ヒカル!大丈夫!?」

ヒカルは,少し奮闘しながら,起き上がった。

「寝ていた方がいいんじゃない?」
母親が止めようとしたが,ヒカルは,無視した。気まずい沈黙が続いた。

「…わざとだね?」
ヒカルの母親がようやく沈黙を破った。

ヒカルは,すぐに頷いた。

「なんで,そんなバカなことをするの!?死ぬところだったよ!」
母親が涙目で息子を叱った。

「…来てくれないから。」
ヒカルが単純に答えた。

「バカ…!私は,深く反省している。あなたが今辛いのは,私のせいなのは,わかっている。私が我慢してあなたに会わなかったら,あなたは寂しい思いをせずに済んだ。私は,我儘だった。ごめんなさい。」
母親は申し訳なさそうにうなだれて,謝った。

「ち、ちがう!僕が悪い…お母さんに,無理やりそばに居させようとして,悪かった…謝りたかったけど,来てくれないから…。」
ヒカルが必死で謝った。

母親は,首を横に振った。
「子供が親と一緒にいたいと思うのは,当たり前のこと。あなたは,何も悪くない…親として,申し訳ない…人間になれたらいいのに,なれないから辛い思いばかりさせて,本当に申し訳ない。」

「違う!…人間になって欲しくない!お母さんは,人間じゃないから,お母さんなんだ。人間になってしまったら,お母さんじゃなくなる。お母さんは,このままでいい!人間にならなくていい!…ただ,居て欲しいだけ。」
ヒカルが心を込めて、自分の気持ちを伝えた。

「…ありがとう…わ,わかったよ。」
ヒカルの母親が涙ぐんで言った。

「居てくれる?」
ヒカルが訊いた。

「…とりあえず,今日は,一緒にいるよ。そして…どうしたら,もっと一緒に居られるか…明日から考えるね。」
母親が慎重に言った。

「そんなに難しいことなのかな?」

「…決して,簡単なことではないよ。住む世界が違うからね…。」

「…前も言ったけど,僕は,お母さんのところに喜んで行くよ。」

「それは,無理だ…ちゃんと考えるから,今は大人しくしていて。」
母親はヒカルが横になるように促した。

「でも,やっぱり,来てくれたね!」
ヒカルが嬉しそうに言った。

「来るに決まっているでしょう?二度とバカな真似はするな!」
母親がまた厳しい口調で,念を押した。

「しないけど…ホタルは,来ないかもしれないって。信じない方がいいって言ったよ。そう言われて…初めてホタルのことが少し嫌いになった。」
ヒカルが話した。

「まあ…あの子は,人を信じるのは難しいだろうね…お母さんが旦那さんを裏切り,兄と関係を持ったし,兄も,父親なのに,少しも構ってくれないし…。でも,ヒカルのことを大切に思ってくれていると思うよ。だから,そのことを言ってくれたんじゃない?自分みたいに傷ついて欲しくないから。」
母親が考え深く言った。

ヒカルは,母親の説明に納得し,ホタルが少し可哀想に見えてきた。

「助けてくれてありがとう。」
ヒカルがまた起き上がり,母親に抱きついて言った。

母親がヒカルを抱きしめ返そうと腕を伸ばしかけたが、すぐに手を止めた。

「これがいつも邪魔だ…。」
そう言うと,片手に持っていた皮を膝の下に敷いて,両手をフリーにして,ヒカルを思いっきり抱きしめ返した。

「二度とあんな危ないこと,するな!」
もう一度,強く念を押した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

〈完結〉友人の義母の遺した手紙が怖かった。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アイダの元に、学校時代の友人、子爵夫人リーシャがやってきた。怯える彼女が持ってきたのは数年前に亡くなった義母の遺した手紙の束だった。黒リボンで括られたそれは果たして。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...