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後章 終わらぬ雨なら止めてやる

第57話 これ以上なく馬鹿な答え

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――村雨の声は消えた。引っく音も。壁を叩く音も。残ったのは雨の降る音だけ。

「はぁ……はぁ……!!」

緊張の糸が解けたのか。光は腰から地面に崩れる。

「光!」
「なんてことないよ……時雨のそばに居てあげて」

息を切らしながら光は時雨の元へと歩み寄る。

「時雨。何度でも言ってあげる。――時雨は何も悪くない。悪いのは全部雨宮アイツだ」
「…………」

――額をくっつける。

「だけど……自分を責めたくなった時は私たちに言って。自分を責める言葉以上に私たちが幸せになっていい理由を言うから」

暖かくて。優しくて。――時雨は村雨を思い出した。

「…………ありがとう」

震えは止まっていた。涙も止まっていた。不安定な精神は収まりを見せ。心は穏やかになっていた。


「……ごめん。何も言えなかった」
「いいよ」

動けなかった。自分が真っ先に言うべきことを言われてしまった。それが悔しくて。悲しい。

「それよりもポジティブに考えよう。相手はここにいる。つまり2人を追いかけてはいない。だったら作戦はスムーズにできるでしょ?」
「……そうだな」

今度こそ願うだけだ。祈るだけだ。弦之介と石蕗がしっかりやってくれることを――。





――土下座していた。八重たちが雨宮と対峙たいじしている時。弦之介は土下座していた。

まさしく黄金比とも言える立派な土下座。この現代において、これほど綺麗な土下座をできる人間は何人いるか。そう表現できるほどに綺麗な土下座であった。

「――――お願いします!!」

土下座の相手は――ライブハウス『ファイティングポーズ』の店長だ。

何度もライブでお世話になっている人。よく弦之介にもお金を貸してくれている。だが今回貸してほしいのはお金ではない。

「……正気で言ってんの?」

店長は冷たい声で言い放つ。

「確かにアンタにお金を貸すのは1周まわって信頼してる、とは言った。でもとは一言も言ってないからね」

とてつもない冷たい言葉。だが自業自得。因果応報ともいえる。

「そりゃ、信頼はされてないとは思いますが……」
「アンタの言うを貸して壊しでもされたら私は終わり。このライブハウスを畳まなくちゃいけなくなる。その責任は取れんの」
「ぜ、絶対に壊しませ――」
「――その言葉には何一つ信頼がこもってないのよ」

ため息。頬杖ほおづえをしながらひどく冷めた目で見つめる。

「お金はいいわ。別にいくらでも手に入るからね。ここまで言っておいてなんだけど、私はアンタのこと嫌いじゃないし――だけどそれとこれとは話が違う。私はアンタと一緒に堕ちる気はない」

そりゃそうだ。お金を借りて。そのお金は友人に返させる。むしろそれでよく友好関係を築けたものだ。

「うぐ……」
「私は何も貸さない。諦めて帰って」

だからと言って諦めるわけにはいかない。だって――――。





「なんで?」

――目の前には幼少期の時雨が立っていた。

「なんで助けようとするの?逃げればいいじゃん」

弦之介は――土下座したまま。動かない。前も見ない。だから誰が言っているのかは分からない。

「貴方と関係ないでしょ。友達の奥さんなんて。ほとんど他人じゃん。わざわざ命を賭ける必要なんてないでしょ」
「……」
「このまま逃げなよ。逃げれば何もかも考えなくてもいいよ。お金なんて稼ごうと思えば稼げる。命は……稼げないよ?」
「……」

小さい時雨は弦之介の周りをスキップするかのように回る。

「逃げちゃいなよ。誰も恨みはしない。あの男が死ねばお金もチャラになるしね。あとは時間が過ぎて忘れるのを待つだけ。君には得しかない」

耳元でささやく。

「土下座なんてする必要はない。貴方が傷つく必要はない」

肩に触れる。

「貴方が協力する必要なんてない」



甘美で。いい匂いで。よだれが出るほど甘い言葉。食らいつけば簡単だ。逃げてしまえば楽になる。死ぬことなんて無くなる。

だから弦之介は選んだ。選んだ答えを言うために。ゆっくりと顔を上げる――。

「俺は――――」
「逃げちゃえ。逃げてしま――――」
「――――その前にひとつ。勘違いしてるぞ」

弦之介はニヤリと笑う。

「お前は『俺が逃げても得しかない』と言ったな」
「……」
「残念ながら俺が逃げた場合、俺にとってのがあるんだ」

見つめて。幼い時雨を見つめて。弦之介は言い放つ。

「――八重が死んだら、八重からこれ以上お金を借りれなくなるだろ?」
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