無職で何が悪い!!―Those days are like dreams―

アタラクシア

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1章 血塗れになったエルフ

第33話 刻むぜ電撃のビート!

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ギリギリで回避することができた。地面に倒れたヘキオンは麻痺の影響を残している。

「く――あ――ぐっ――」

髪に付いた土を顔を振って払い落とす。


「……?」

麻痺が溶けてきた頃。ふと気がついた。周りから重低音が聞こえてくる。

エレキギターのような。クラブでDJが鳴らしている音楽のような。リズミカルとも言える音が耳に入ってきた。


目が眩むほどの光を放ちながらが動いていた。右へ行ったり、後ろから来たり、左から来たり、正面から来たり。

目で終えるのは通った後の残光だけだ。肝心の本体は視界に映らない。すばしっこい。麒麟こそゴキブリのようだ。

だが不幸中の幸いなのは周りが開けていること。森の木々の中だったら見ることはさらに困難となっていたはず。


「だから避けられる」なんて話ではない。かろうじて反応はするも、避けきれずに頭が衝突する。

「ぐ――ぅ」

回避行動を取っていたので威力は半減。しかし脳を揺さぶるのには十分な強さだ。

もう一撃。こちらも回避しきれず衝突。片脚から鈍い音が聞こえた。

さらにもう一撃。胴体を滑るように衝突。なんとか受け流せたが、響くような痛みがヘキオンを襲い続ける。

もう一撃。
もう一撃。
もう一撃。

絶え間なくやってくる攻撃にヘキオンは反撃できずにいた。

「あ――く――」

重低音は続いている。リズムは止まっていない。

「あーこの音楽嫌い……」

脚は折れていない。痛いが使える。運良く骨はどこも折れていなかった。


(動きは直線。方向転換も急にはできないはず。だったら――)

前方に水を集める。作戦は至極簡単。それゆえ至難。単純明快。だ。

攻撃場所を予測して置き攻撃をすれば――。誰でも思いつくことのできる作戦。だからこそ難しい作戦。

確率が低いなら上げるのみ。その手段をヘキオンは持ち合わせていた。


ウォーターサーチ水特定

圧縮した水分を空中で解放。小雨よりも細かくなった水分が辺りに降り注ぐ。目に見えない水はすぐに広い範囲を埋めつくした。

この水分はしばらく空中に漂う。水分がどこかに引っ付くのを使用者は感じ取れる。そのようにして付着した水分を元に頭の中にマップを広げるのがウォーターサーチ水特定という技だ。


今回の場合はマップを調べるのが目的じゃない。麒麟は雷を纏っている。そして雷は熱と密接な関係を持っている。

つまり麒麟が通れば水分は蒸発。その情報もヘキオンの元へ届く。目に見えないのなら頭脳戦で勝負だ。

(――――)

マップは麒麟の動きを示している。意識を集中。右手には迎撃のために水を既に圧縮していた。

あとは攻撃するのみ。そのタイミングは一瞬。ミスは命取り。下手したら成功しても自分がタダじゃ済まないかも。

だが何もせずに負けるより、何かして負けた方がいい。絶対にいい。あの偉そうな面に拳をぶちかます――。



――来た。その時が来た。向かってくる。麒麟の体が迫ってくる。

角を前面に出しているので頭は低い。普通ならジャンプしないと届かない位置だが、今なら当てられる。

腕がへし折れてもいい。どうせ後で治せる。いるのは痛みに耐える覚悟だけ。歯を食いしばり、涙を流すだけ。

――拳を振るう。振るった。角はおでこの位置だ。角とかち合うのは流石に無理。その下。何も無い場所をぶん殴る。

迫る。水は今できる最大量を圧縮した。自分でも反動は想像できない。……想像なんてしない。行動した以上、何もかも後の祭りだ。

今はただ。拳を当てるのみ。雷は迫った。麒麟は反応できない。完璧なカウンター。確実に当てられる――。





――ありえないことが起こった。麒麟が。原理が分かったのは数コンマ後だ。

なんと――麒麟はジャンプしたのだ。普通に。障害物を乗り越えるように。

(へ――)

ここでヘキオンは理解した。今までのは『突進』ではなく、『高速移動』であったと。つまりただ走っているだけなのだ。

だから避けられた。苦もなく避けられた。驚く時間すらない。それよりも先に来たのは――最大威力の反動であった。


「――――あ」

目の前が水で埋まっていく。そんな情報よりも先に来たのは――『折れた』という確実な確信であった。


麒麟はヘキオンを通り過ぎてすぐに急転換。動けないヘキオンに角を突き立てる。

――今度ばかりは避けられない。角は腹部を貫通。さらに突進の衝撃で数十メートル飛ばされる。

運が良かった点は助走がほとんどなかったこと。そのため単純なパワーはそこまでだ。しかしダメージは決して低くなかった。

肋骨は2本折れ、腹部は貫通だけじゃなく火傷も負っている。むしろこれだけで済んだのは運がいいのかもしれない。


――やっぱり運は悪かった。対峙した相手がとにかく悪かった。

麒麟がしていたのは高速移動。がむしゃらに突進するんじゃない。はね飛ばされたヘキオンに追いつくのも簡単な事だ。

力が1番強いのは後ろ脚だ。器用にブレーキをかけつつ後ろを向き、彫刻のようなその後ろ脚でヘキオンを――。



馬の脚力が凄いのは知っているだろう。脚の細い競走馬でも木材程度なら簡単に壊せる。ばんえい馬ならば1000kgのソリを引きずることも可能だ。

そんな馬を元にしている麒麟の脚力が強いのは当然だ。さらに雷を使うことによってパワーを上げることができる。

それほどの力を持つ麒麟に後脚で蹴られる。どうなるかは……むしろ予想がつかないか。
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