Catastrophe

アタラクシア

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Execution of Justiceルート(山ノ井花音編)

4話「悪夢の音」

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……そうだ。お母さん。お母さんが心配だ。お母さんは無事なのかな。お母さんまでガタガタしてたら泣きそうだな。


燃えている車や震えている人を横目に、マンションに足を運んだ。マンションの電気も消えている。暗いところは怖いから嫌だ。





マンションの玄関は真っ暗だった。エレベーターの光だけが私を照らしている。外はうるさいが、中は静かだ。

唯一中で聞こえる音は、チェーンソーが鳴っているかのようなエレベーターのワイヤーが擦れている音だけだ。

もちろんエレベーターなんか使わない。こんな状況だから何があるか分からないし。というか怖いし。

というわけで階段に足を置いた。金属の鳴る甲高い音と気持ち悪い空気が蛇のように体にまとわりついてくる。

手すりに手を付ける。さっきの気持ち悪いドロドロしたやつの感覚がまだ手に染み付いている。




3階に着いた。私の家は3階の1番奥の所にある。最近までは特に気にしなかったが、今思うと超怖い。電気も消えてるから暗いし。

ただうじうじ言ってても仕方ないため、薄暗い廊下を仕方なく歩く。恐怖より母への心配が勝った。

おそらく今の私は涙目になってるだろう。他の人にこんな姿を見られるのは恥ずかしいな。見られてないと祈っておこう。




「……お母さ~ん」

扉をノックして声をかける。奥から音さえしてくれれば安心できる。心の底から安心できる。

「お母さん!お母さん!!」

何回も扉を叩く。強く叩く。力いっぱい叩く。何回も何回も何回も。

ほんの少しでも音が出てくれれば安心できる。ほんのちょっと。紙が地面に落ちる音でもあってくれれば安心できる。だから音を鳴らして……。鳴らして……。



……帰ってくるのは残酷な静寂だけ。声も音もしない。扉の前で涙が溢れ出てきた。

「……お母さん……」

お母さんは扉の奥でどうなってるのだろうか。震えているのだろうか。固まっているのだろうか。怖い。扉の先が怖い。


……ここで泣いててもしょうがない。なにが起こっているのか分からないけど、やばいことが起こっているのはなんとなく分かる。

涙を吹いて立ち上がる。とりあえずはどこかに引きこもりたい。

「……確か近くに小学校があったよね。そこに行こうかな……」

とにかく気分を変えないと。とりあえず落ち着いてからもう1回ここに来よう。











……か……のん……。

扉の奥から聞こえた。お母さんの声だ。聞いたことがある。ずっと聞いていた声だ。安心する声だ。

「お母さん……お母さ――」



アヒャアヒャあひゃアヒャアヒャアヒャアヒャアヒャアヒャアヒャアヒャアヒャアヒャあひゃアヒャアヒャアヒャ!!!!!


「え……」

瞬間、扉が破られた。中から何かがヌルッと出てきた。お母さんじゃない。お母さんじゃない。お母さんだけどお母さんじゃない。

顔は酷く歪んでいて変色している。頬はドロドロに溶けて歯がよく見える。

分からない。こんなの見たことない。体全体に恐怖がまとわりついた。

「お母さ――アヒャアヒャアヒャアヒャ!!!!

私との距離約2mを無視して、お母さんが飛びついてきた。お母さんに押し倒されるような状態になる。

ガチッガチッと歯を鳴らして私の顔に噛み付こうとしてきた。涎と血が混じった液体が顔に付いてくる。

「お母さん!やめて!しっかりして!」

私がそう呼びかけるが、お母さんはやめてくれない。

というか力が強すぎる。私だって陸上をサボってたわけじゃない。それに私は高校生だ。お母さんよりは力が強いはず。なのに押し返せない。

お母さんの顔を押し返すがそれでもなお噛み付こうとしてくる。まるで猟犬、もしくは狂犬だ。


なんとか足を母の胸元まで押し上げて、蹴り押すようにしてお母さんを跳ね除けた。母の体が仰向けに倒れる。

「ハァハァ……なんで……なんで……」

何もかも分からない。あまりにも突然すぎる。朝学校に行く時は普通だった。いつも通りの母だった。

……アヒャ

母の体が釣られた魚のように跳ねた。私の体もビクッとはねる。



このままだとまずい。そう悟った私はすぐさま体を持ち上げて、階段の方に向かって走った。

全力疾走だ。さっきよりも速く走った。もてる力を総動員した。

アヒャヒャ!!!!

後ろから地面を割る音が聞こえた。風を切るような音が耳につんざく。

「――あ」

足と足がぶつかり地面に転けてしまった。衝撃で息が一瞬止まる。



肋骨が痛い。心臓が止まったかと思った。脳が回らない。逃げることしか考えてなかったせいで、次の行動に移すことができなかった。

――殺される

その言葉が頭によぎった。さっきの力で覆いかぶさられたら、もう逃げられない。あんなのをもう一度耐えるのはきつい。

こういう時って走馬灯だったり時間が遅くなるのを感じたりすると思っていた。けどそんなことはなかった。ただの灰色と赤色の混ざったような色のコンクリートしか見えない。

思考は未だに止まったまま。ただ次の攻撃を受けるだけ。絶望感が頭を包み込む。

死ぬのは嫌だし痛いのも嫌だ。しかしどうすることもできない。狂った現実が私に襲いかかってきた――。












「……ん」

体を持ち上げる。いつまでたっても現実の痛みが襲いかかってこなかった。

「……どこ行ったんだろう」

さっきまでいたお母さんがいなかった。ここは一本道。隠れる場所はない。

ふと目の前を見る。そこには高いところから落ちないようにするための塀があった。

「まさか……」

考えたくなかった。どんなに狂ったとしても母親は母親だ。震える体を無理矢理抑えて下を覗き込む。







クッションはなかった。せめて車でもあれば生きていたかもしれない。

お母さんは頭から地面に落ちていた。頭はここからだと見えなかった。……多分近くで見ても頭は見えないだろう。


腰が抜けた。地面に腰がついた。お母さんが死んだことの悲しみだったら良かった。私は自分の命が助かったという事実に安心して腰が抜けてしまったのだ。

「あ……あぁ……」

もう分からない。何も分からない。何もかもが突然だ。私は知らず知らずのうちに泣いていたのだった。












続く
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