Catastrophe

アタラクシア

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Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

エピローグ

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太陽の光に照らされて目が覚めた。暖かく、気持ちのよい朝日だ。

体を起こして上半身を上に伸ばす。ボサボサの髪を軽く整えて、布団から体を出した。

「ん~。いい朝だな~」

私は神々しいまでの青空に向かって、そう呟いた。




私の名前は如月 芽衣きさらぎめい。ごく普通の女子高生だ。今は2年生で陸上部に入ってる。そんなに速くはないんだけどね。

「おはよぉ」
「おはよう。朝ごはんはできてるわよ」

母に挨拶をして、椅子に座る。向かいの席では弟が本を読んでいた。父はテレビの前のソファーで猫を特集している雑誌を見ていた。

「ねぇ、優希。何読んでんの?」
「最近出たミステリー小説だよ。姉ちゃんも読む?」
「私はいいや。頭使うのは勉強だけでいいよ」
「頭良かったらもっと男にモテるぞ」
「残念。もうモテてまーす」
「可哀想に。夢と現実の判断がつかなくなってる」
「その本の表紙に落書きするよ?」
「すいませんでした」

弟と会話を交わす。ミステリーの小説が好きで、誕生日にシャーロック・ホームズの本を買ってもらっていた。どっかの小学生探偵にでもなるつもりなんだろうか。中学生だけど。

「はいはい、弟をいじめたらダメよ。ほら、朝ごはん」

私の前に皿に乗った食パンを置かれる。上に目玉焼きが乗っているオーソドックスなやつだ。

「はーい。いただきます」
「いただきます」
「晴香、俺にもコーヒーくれないか?」
「いいですよ。ちょっと待ってくださいね」

これが私のいつもの朝だ。いつまで経っても変わらないだろうな。この感じは。












「おはよう!」

後ろから声をかけられた。この子は巻白日菜まきしろひな。同じクラスの友達だ。毎朝とても元気な声で挨拶をしてくれる。

「おはよう、朝から元気だね~」
「元気が1番だからね。朝補習なんて元気がなかったらやってられないよ」
「それもそうだね。それより宿題やってきた?」
「ハッハッハ~。私がやってきてると思うのかい?お嬢ちゃん」
「うん。思うよ」
「まだまだ修行が足らんな。私がやってきてるわけないじゃろう」

吹き出して笑った。この子の元気のおかげで、朝補習というダルいやつに対してやる気が出てきた。この子には感謝しないとな。








「ねぇ芽衣ちゃん。今日暇ならカラオケ行こうよ」

学校が終わり、今帰ろうとした時、同じ陸上部の浅井 冬海あさいふゆみから遊びの誘いを受けた。身長がちっちゃくて可愛い子だ。

「ごめんね。今日ちょっと用事あって」
「何かあるの?」
「明日ね、ひいおじいちゃんの誕生日なんだ。だから、家族みんなでおじいちゃんの家に行って用意するんだ~」
「へ~。たしか芽衣ちゃんのひいおじいちゃんって、ゾンビ化しなかった人だよね。講演会もちょくちょくしてた」
「うん。最近はもう歳でやってないけどね」

約90年前。世界がゾンビにまみれた事件があったそうだ。それはそれは大惨事になったようで、今でもその名残りが所々にある。

小さい頃におばあちゃんから話は聞いただけなんだけど、どうやらおじいちゃんはそんな世界を生き抜いそうだ。そのせいかは知らないが、私の体も頑丈にできている。

「残念だけど……仕方ないね。それじゃあ楽しんで」
「ごめんね。また今度遊ぼ」
「いいって。私も1回は芽衣ちゃんのひいおじいちゃんと話してみたいな」
「ひいおじいちゃんが元気な時にね」

手を振って冬海ちゃんと別れる。毎年ひいおじいちゃんの誕生日会はやっているが、最近はもうベットに寝たきりで、あんまり誕生日会には参加していない。

だけどそれでも誕生日会はやっている。理由は「毎年やってるから」だ。もう毎年恒例だから、やらないとなんか不安になるらしい。お母さんが言ってた。












「それじゃあ行くぞ!」
「「「はーい」」」

父の車に乗って、ひいおじいちゃんの家に向かった。今日は金曜日だから、日帰りじゃなくて泊まりで行く。最近はめんどくさいと思い始めたが、いざ行くとなると楽しみだ。

「今日はひいじいちゃんもご飯食べるの?」
「ん~。今年も厳しそう。まぁあの人は『皆の笑い声さえ聞ければそれでいい』って言うタイプの人だからね」
「今年も楽しめば、あの人も喜んでくれるさ」

窓から外を見ながら、スマホを指でいじる。LINEで友達と会話をしていた。そういえばひいおじいちゃんが生きてた時もLINEはあったって言ってたな。すごいなLINE。












「久しぶり~!元気にしてた?」
「うん、お母さんこそ元気にしてたの?」
「元気も元気、大元気よ!」

ひいおじいちゃんの家に着いた時、おばあちゃんが出迎えてくれた。着いた時には、すでに夜になっていた。

ひいおじいちゃんの家はドがつくほどの田舎で周りの灯りもほとんどない。だから、夜空がとても綺麗に見える。数え切れないほどの星が空の上に浮かんでいた。

「芽衣ちゃんと優希くんも久しぶり。はーいお小遣い」
「もう、おばあちゃん。優希はともかく私はもう高校生だよ?お小遣いなんて渡さなくてもいいのに」
「なら頂戴」
「ダメ」

おばあちゃんは優しい。会った時はいつもお小遣いをくれる。もう年金を貰ってる歳だから、正直に言うと貰うのが気まずい。まぁ貰うんだけどね。

「じゃあ、家に上がる前にあそこ行きましょうか」
「そうね。虫除けスプレーいる?」
「うん」

母から虫除けスプレーをもらう。

ここに来たらまずすることがある。それは小さい頃から変わらない。












「ワン!!」
「おぉ~ミークちゃん!久しぶり~」

目的の所に行くために家の周りを歩いていた時、ちょうど庭で遊んでいたミークと出会った。

ミークはこの家で代々育てられてきた狼で、どうやらひいおじいちゃんが若い頃に拾ってきたらしい。その時の狼が子孫を残していって、今のミークがいる。

ミークの毛並みは黒くて、白い斑点の模様が背中辺りについている。

「元気にしてたか~?」
「もうここのところは落ち着きがなくてね。みんながそろそろ来ることを予想でもしてたのかしらね」

ミークの頭を撫でる。基本、この家の狼は頭を撫でられるのが好きらしい。

そして、この家の狼は庭の大きな木も大好きだ。基本はここでずっと遊んでいる。春になると、綺麗な花が咲くから気に入ってるんだろう。

「そろそろ行くわよ」
「うん。ミークも行こっか」
「ワン!」

私は撫でるのをやめて、目的地まで歩いていった。












静かに手を合わせて目をつむる。辺りには風が草をかき分ける音のみが響いている。

ここはひいおばあちゃんの墓の前だ。その隣には何個も墓がある。名前は古くなっててよく見えないが、どんな人だったのかは知らない。

ひいおばあちゃんの墓には「如月桃」という名前が掘られている。如月桃……可愛い名前だ。写真はあるが、実際には見たことがない。写真の顔はすごく可愛かったな。

「もう母さんが死んで結構経ってしまったな」

後ろからおじいちゃんの声が聞こえてきた。サンダルを履いて、アロハシャツの半袖半ズボンでいる。

……いつ見ても若い服装だ。たしか65歳くらいだったはず。見た目だけ見れば信じられない人の方が多いだろう。

「そうね。もう何年かしらね」
「おばあちゃんってなんで死んだの?」
「事故だよ。俺を庇って死んでしまったんだ」
「……そうなんだ」
「その時の親父はすごかったぞ。今の元気さが嘘のようだったさ。物を壊して、泣きながら自分の体を傷つけてたよ」
「おじいちゃん……そんなになってたんだ」

ひいおじいちゃんはとてもひいおばあちゃんを愛してたってよく聞く。だから、そんなになってたんだ。

「でもな、親父はとんでもなく頑丈なんだぜ。体もメンタルも。だから立ち直って俺のことを必死に育ててくれたんだ。親父のメンタルに感謝しろよ、お前ら」

……やっぱり、ひいおじいちゃんはすごいな。












「お母さん~。食器とってくれない?」
「――ほい」

お母さんとおばあちゃんが台所で忙しく動いている。今日のうちに親戚も全員来るから、そのための料理を作っているようだ。

手伝いをしたいが……お恥ずかしながら、私は料理が苦手なのでね。ちょっと前に弟に料理を食べさせたら「じゃがいもの芽の方が美味しい」って言われた。あれ確か毒だよね。


そんなことを言った本人は、今おじいちゃんとミステリー小説の話で盛り上がってるようだった。

「氷を使うトリックって珍しいよね。じいちゃんの時代にもあったの?」
「結構あったぞ。でも、それって割と証拠が残りそうなんだけどな」
「水の中に細胞とかが入ってそうだけど……やっぱり調べないもんなんだね」
「トリックじゃなくて凶器にもなってたんだぞ。例えば――」

おじいちゃんも弟と同じく、推理マニアだ。だから、毎年おじいちゃんとこうやってミステリー談義をしている。私は全く分からないので1人でぼーっとテレビを見ている。



「芽衣ちゃん!」
「――んうぇ!?」

暇で暇で仕方なかったから少し寝ていたらしい。おばあちゃんに肩を揺すられて起きた。

「暇でしょ?ひいおじいちゃんにご飯持っていってくれない?」
「うん。いいよ」

のそっと立ち上がる。弟とおじいちゃんはまだミステリー談義をしていた。

そういえばここ最近はひいおじいちゃんと話す機会が全く無くなってしまったな。この機会に話しちゃおっと。

「寝てたら起こしちゃダメよ。隣に置いておくだけでいいからね」
「分かった~」

おばあちゃんからお盆を受け取る。上にはお粥や味噌汁、柔らかい卵焼きが乗っていた。

どれだけ顎が弱くなったとしても、卵焼きだけは絶対に食べるってひいおじいちゃんは言ってたらしい。おじいちゃんどんだけ卵焼き好きなんだよ。












襖の前まで来た。その襖を開けるとおじいちゃんが居る。毎回ここを開ける時はなんだかドキドキしてしまう。

手が塞がっていたので、頭でノックをした。

「……入るよ」

足で襖を開ける。紫色の部屋。カーテンを閉めており、薄い月の光が部屋に差し込んでいた。

部屋の真ん中にひいおじいちゃんがいる。布団を肩まで被り、ぐっすりと寝ていた。

「……寝てる、か」

ひいおじいちゃんと話をしたかったが、仕方ない。眠りを邪魔する訳にはいかないからね。


布団の隣にご飯を置く。最近は食事も卵焼き以外はあまり食べないらしい。もう100歳を超えてるからしょうがないか。むしろそんだけ歳をとってるのになんで卵焼きは普通に食べられるのかが不思議だ。

ひいおじいちゃんの顔を軽く見てみる。シワはあるが、やっぱりおじいちゃんと似てる。

顔もなかなか悪くない。若い頃の写真を見たけど、結構イケメンだった。でも正直、ひいおばあちゃんがなんでひいおじいちゃんと結婚したのかは分からない。


確かにかっこよくはあったけど、ひいおばあちゃんはとんでもなく可愛かった。90年も経ってるのにそれでも可愛いと思えた。

そんな人がなんでひいおじいちゃんを選んだんだろう。顔は中の上くらいのひいおじいちゃんを……。






「――おい。口にでとるぞ」
「うわぁ!?」

声を出してびっくりした。腰が抜けてしまった。全身から一瞬で冷や汗が出る。

「まったく……そういうのは口に出さないもんじゃよ」

ひいおじいちゃんがゆっくりと布団から起き上がった。

手は肉があるのかないのかも分からないほど細く、痛々しい傷跡が白く残っていた。

「ご、ごめんね」
「……上の下くらいはあると思っとったんだけどな」
「じゅうぶんかっこいいと思うよ!……ちょっと今の価値観と合わないだけで」
「まぁだいぶ経っとるからの。変わっても仕方ないか」

抜けた腰を持ち上げて、ひいおじいちゃんの隣に座る。

「……大きくなったな」
「まぁね」
「その目も……その髪も……桃に似とるな」
「私、ひいおばあちゃんに似てるの?」
「うん」

嬉しい。私、ものすごく可愛いって言われてるのと一緒だ。

「……ひいおばあちゃんってどんな人だったの?」
「そりゃあもう優しくて、可愛くて、美しくて……もう最高の女じゃったよ。あれより美しい女は見たことないわい」
「なんとなくわかるな。写真見た時もむっちゃ可愛いって思った」
「テレビで『最可愛の美少女!』とか『天使よのうな女の子!』とか紹介されとったが、わしからしたら桃の方が可愛かったよ」

ひいおじいちゃんそんなに好きだったんだな。死んだ後でもずっと愛してるって……なんかいいな。

「まぁ、わしだけのフィルターがかかっとったんかもしれんが……ともかく最高の子だったよ」
「……そんなひいおじいちゃんの言葉が聞けて嬉しいよ」
「そうか。それはありがたいな。……でももうわしも長くはなさそうじゃ」
「またまた~。卵焼きをバクバク食べる人が長くないわけないでしょ」
「……そうじゃな。わしもあと100年は生きるぞ!」
「先に私が死んじゃいそうだな。それ」
「お前は死なないでくれよ……」

やっぱりひいおじいちゃんは元気そうだ。ほんとに100年生きてても、特に違和感なく過ごせそう。




その後も色々話した。昔の流行りとか、昔の音楽とか。例えば昔はサンシャイン池崎?とかいう芸人さんが流行ってたらしい。聞いたこともなかった。


ついでに今の流行りとかもひいおじいちゃんに教えてあげた。例えばYouTuberのHIKAKINさん。最近は1000°鉄球というのをやってたりする。

「え!?HIKAKINさんまだいるの!?」
「え?うん」
「え~。すっごいのぉ。あの人もかなり長生きしてるんじゃな」
「ひいおじいちゃんの時代でもHIKAKINさんって人気だったの?」
「そりゃそうじゃ。YouTuberと言われてまっさきに思いつくのがHIKAKINさんってくらいには有名じゃったぞ」

HIKAKINさんすごいな。昔から第一線でYouTube業界を支え続けてきただけはあるな。












「……なぁ、芽衣」

ひいおじいちゃんの声が少し弱くなった気がする。さっきまでは叫んだりしてたから疲れちゃったのかな。

「ん?なぁに?」
「……今、幸せか?」

……なんて答えたら正解なんだろ。こんなこと聞かれるって思ってなかったからびっくりしちゃった。

――考えなくてもいいか。私の率直な意見を言えばいいだけだ。

「うん。幸せだよ」
「……そうか。そうか」

ひいおじいちゃんが満足そうに頷いた。その顔は笑顔ではあったが、さっきまでの元気がなくなっているようにも見えた。

「わしも幸せじゃよ。しなくてもいいって言ってるのに、わざわざわしのことを介護しに来てくれる優しい息子夫婦に、わしのことを大事にしてくれる孫たち。……そして、可愛いひ孫たち」

ひいおじいちゃんの細い手が私の頭を撫でた。枝のように細くて、カサカサとしている手だった。それでも力強かった。

「こんないい子たちに囲まれて余生を過ごせるなんてな。わしは幸せもんじゃ」
「……私もおじいちゃんみたいな生活をしてみたいよ」
「頑張ってするがいいさ。……そして、眠れば夢の中で桃に会えるんだ。もう欲しいものなんてないさ」

こんなに自分の妻のことを思っているのに……神様は本当に残酷なことをするんだな。神様不信になりそうだ。

「……わしは幸せじゃ。だけど、皆が幸せじゃなかったら意味がない。……けど、皆が幸せそうでよかったよ」
「……」

やっぱり私の自慢のひいおじいちゃんだ。ここまで優しい人の血を受け継いでいるのを誇りに思う。

「それじゃあわしは寝るよ。桃に会ってくる」
「え?ひいおじいちゃんご飯は――いや、なんでもないよ。……おやすみ」
「――おやすみ」

ひいおじいちゃんは笑顔でそう言った。ゆっくりと横になり、静かに目をつむった。























辺りに静寂が漂っている。何も聞こえない。目の前でひいおじいちゃんは静かに、そして笑顔で眠っていた。

立ち上がって襖を開ける。

「……安らかに、ひいおじいちゃん」

私は襖をゆっくりと閉じた。
























私は縁側に座って外を眺めていた。


目の前の庭では、弟とミークが元気にじゃれあっている。

用水路の水は音を立てながら、流れに沿って進んでいる。

道路の端の方には最近親戚の人が買った新車が置いてある。

静かな日常の風景。この言葉がここまで似合うのには驚く。


手に持っていた写真を見る。その写真は黄ばんでいて、かなり古い。その写真には、若い男の人と女の人が笑いあっている姿が写っていた。

その男の人と女の人の笑い声が聞こえてきたかに思えるほど温かい写真だった。この2人はさぞかし幸せだったんだろう。

「芽衣~!優希~!ご飯よ~!」

母に後ろから呼ばれた。そろそろ行かないとね。私は写真をその場において立ち上がった。


写真の上には綺麗な桃の花が置かれてあった。












Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)
[完]
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