Catastrophe

アタラクシア

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Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

41話「紅の月」

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エレベーターの扉が開いた。中は白く、正方形だ。さっきまではとても嫌だったこの白い空間は、今は凄く嬉しい。

桃と共にエレベーターの中に入った。

「……あれ?」

通常エレベーターには違う階に行くためのボタンがあるのだが、ここにはなかった。代わり逆三角形のボタンが1つ、寂しそうに置いてあった。

「下にしか行けないのか……」

まぁ、下に降りたとしても進んでればいつかは上に上がれるだろう。ここまで来て死ぬのは嫌だからな。

下のボタンを押した。少し機械音が鳴った後、下へと降りていった。












扉が開く。同じような白い空間が当たり前のように広がっていた。道は左右に分かれており、どちらも端が見えないほどに長い。白いから端が分からない可能性もあるが。

「……頭おかしくなりそ」
「もうおかしくなってるかもな」
「楓夜はもうおかしくなってるでしょ?」
「バカ言いなさんな」

とりあえず左の道に行くことにした。


白い道をゆっくりと歩く。桃は辺りを警戒しながら俺に着いてくるように歩いてきている。

ワクチンはポケットに入れてある。万が一、落としでもしたらもう大惨事だ。できるだけ刺激を与えないように進むしかない。

静かだ。何の音もしない。聞こえてくるのは心臓の音と、俺と桃の2人の足音だけだ。……2人?

「そういえばヒルは?」
「……そういえばどこだろう。溶岩の所のエレベーターに入った辺りから見てないや」

ヒルはどこ行ったんだろう。ヒルは結構強いから生き残れるとは思うが、それでも心配だ。

「探しに行く?」
「……探しに行きたいが……ダメだ。ワクチンを外に出すのが先だ。それにヒルは俺の相棒だ。多分死なない」
「なら、これ届けてから探しに行こうね」
「そのつもりだ」

ヒルのことが心配だ。心配だが今は先にやることがある。ヒルなら生きてくれている、そう信じないと心に隙ができてしまう。

「……生きててくれよ。ヒル」

俺はボソッと呟いた。

「まぁ楓夜の相棒だったら何があっても死なないね」
「ハハ、そうだな」

桃の方を向いて笑う。桃にも心配はかけられない。なにかに気を取られた状態だったら急に何かが起きても対処することができない。

ヒルなら生きている。俺はそう心に刻み込んで前を向いた――









突然、顔に鈍い痛みを感じた。同時に体が後ろに反れるのもわかった。これはなんだろうか。まるで顔をバットで殴られた感じ――。

意識が戻った。視界はグラグラしているが生きていることがわかっただけでも充分だ。

体をユラユラとさせながら立ち上がる。耳も聞こえにくい。

「―――!」
「―――」

なんだ。何を言っている。桃。桃は無事なのか。何をされたんだ。何が起こったんだ。俺は今どうなっているんだ。

突然顔を何かで挟まれる感覚がした。左右からかなりの圧迫感を感じる。しかし鉄とか石とかそういう固いものでは無い。

人肌というかなんというか……例えるなら太ももで挟まれてるような――


体が宙に浮く感覚がした。短時間の間に色んな感覚を味わったせいか、体が反応に追いつかない。頭がかろうじて何が起こっているかがわかった程度だ。

とりあえず俺は太ももで挟まれて投げ飛ばされたんだろう。つまり敵の襲撃だ。

体が地面に落ちた。衝撃が骨にまで響いた。体が重い。立ち上がれない。痛い。匂いは相変わらずしない。


地面に手をついて、立ち上がろうと力を込める。頭が回らない。視界も鈍ったままだ。手に何か持っている感触がない。弓を落とした。これじゃあ戦えない。せめて矢を――

側頭部に衝撃が走った。この感じは多分蹴られたんだろう。意識が一気になくなりかける。体が重力に反抗して、横の壁に叩きつけられた。

壁によってさらに頭をぶつけてしまい、意識が闇に消えかけた。


顔の中心にまた衝撃が入った。多分これも蹴られたんだろう。もう痛覚も鈍り始めた。匂いもしない。

体に力が入らない。今の俺の顔をレントゲンでとったら壁に書かれたアーティストの絵みたいになってそうだな。

顔の中心に衝撃が来た。今度は多分殴られたんだろう。後頭部が壁に叩きつけられる感覚がした。


腹を殴られた。背中を肘でやられた。顎を掌底でやられた。膝を蹴られた。脛を蹴られた。股間を蹴りあげられた。顔のど真ん中に頭突きをされた。

まるで俺をスクラップにでもするかのように攻撃し続ける。誰かわからない。既にボロボロだった体が後戻りできない所にまで壊れたのを感じた。


意識が消えていく。何発殴られたんだろうか。骨は何本折れただろうか。内蔵は幾つ動いているだろうか。もう分からない。

俺を殴っているヤツは変わらず俺を殴っている。殴るだけじゃなくて、色々な技みたいなのも入れている。多分格闘技とか何かを習っているんだろう。

耳も聞こえない。呼吸ができない。する暇がない。死ぬ。死ぬんだ。桃だけでも生きててほしい。せめて……せめて桃だけでも……。











崩れゆく意識の中で俺は、少しだけ視界を取り戻した。ほんの少しだけだ。それに一部分しか見えなかった。

俺は一瞬だけ、たった一瞬だけだったが、桃の顔を見ることが出来た。その顔は辛そうで、苦しそうな顔をしていた。



そうだ。何死のうとしてんだ俺。死ねるかこんなに所で。誓ったはずだろ。桃を必ず守ると。

桃を1人置いて死ねるか。死ねるわけが無い。ふざけるな。散々な目にあったんだ。これは俺のためでもある。俺のために桃を助けたんだ。

こんな所で死ねるか……。





意識が戻った。ここに医者がいたなら『奇跡だ!!』とか言って騒いでいただろう。

視界が戻った。ほかの五感はまだ戻ってないが、戦うなら視覚さえあればいい。


俺を殴っているやつは小柄な女の子だった。中学生くらいの身長で後ろで髪を巻いている。筋肉があるように見えないが、パワーがあって一撃一撃が重い。

少女は俺の息が止まるまで攻撃を続けるつもりだろう。確かにそれは正解だ。むしろそれ以外は馬鹿のすることに違いない。

だがこの少女は馬鹿だ。理由は簡単。当たり前の理由。至極当然の理由だ。









少女の細い首を掴んだ。今の自分でも驚くほどの力で締め上げた。少女は驚き半分、恐怖半分の表情で俺を見ている。

「っってぇな……」

少女が俺の顔を蹴った。だが、空中での蹴りはそこまで威力はない。腰も入ってないからな。


俺はそのまま少女を地面に叩きつけた。少女の後頭部が地面にヒビを入れた。少女の体の動きが鈍くなった。だけどまだ意識はあるようだ。

少女の体を持ち上げた。そして、少女の腹めがけて、思いっきりアッパーを撃ち込んだ。学校での糞爺との戦いで、殴り方はわかっている。

少女は口から吐瀉物を吐き出した。そして上へ滞空した後、下の地面へと叩きつけられた。


下に落ちていた矢を拾う。口に溜まっていた血を、地面に唾を吐くかのように吐いた。聴覚が戻ってきた。少女の咳き込む音が耳に入ってきた。結構効いたようだ。

少女の髪を掴んだ。体を持ち上げる。ここまでしてくれたんだ。どう痛め付けてやろうか。そう考えていた時だった。




「動かないで」

後ろからまた少女の声が聞こえた。俺を殴っていた少女とは違う声。こっちの方が若干低い。

後ろを振り向く。そこには桃に銃を突きつけている少女の姿があった。









続く
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