Catastrophe

アタラクシア

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Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

35話「蟲の報せ」

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死体の海から桃が出てきた。

「ぁ……あぁぁ……も……桃?」

立ち上がった。地面の死体を踏みつけながら、桃に近づく。呼吸が乱れる。心臓の音が大きくなる。

「こ……来ないで……」

足が止まった。初めて桃に拒絶された。その事実を受け入れることはできなかった。色んな痛みを味わってきたが、今の桃の言葉が1番ダメージを受けた。

「……私を……見ないで……」

鈍った視界で桃の方を見る。拒絶されたわけではなかったのが嬉しいが桃の言ってることの意味が分からなかった。



桃の顔には左目がなかった。左腕は手首から切られて、右手も全本の指が黒く変色して折れ曲がっていた。

「……桃……」
「こんな姿……見ないで……」

顔に血管が浮かんだのが分かった。今はこれまでにないくらい怒っている。桃にこんなことをしたやつを俺はタダで済ませる訳にはいかない。

「……行こう……一緒に」
「……ダメだよ……こんな体じゃ生きていけない……」
「片目がないのは俺も同じだ……俺が君の左目になるから……」
「ダメ……」
「腕なら義手を作ればいい。指は折れてるだけならいずれ治る……だから行こう……」
「……ダメなの……」

なんでなんだ。桃のためなら俺はなんだってする。命もかける。桃を馬鹿にするやつがいれば殺す。だから……だから……。

「なんで――」
「私……犯されちゃったの……」
「……え」

……え……。頭がおかしくなったのか。自分の耳がおかしくなったのか。俺には分からない。ただ1つ分かるのは俺の頭と耳はおかしくなかったということだった。

桃がレイプをされた。そのことだけで俺の頭を壊すことは簡単にできた。誰にやられたとかそういうことは思いつかなかった。何かの言葉一つさえも浮かぶことはなかった。

「私……傷物にされたの……もう……処女じゃない……」

……俺は何を考えてるんだ。桃がレイプされたからなんだ。桃が処女じゃなくなったからなんだ。俺は桃の処女を愛していたわけじゃないだろ。

俺が好きなのは桃だ。桃にどんなことがあろうと、俺にどんなことが起ころうと、俺は桃が好きなんだろ。心の底から好きなんだろ。

なら言葉で話すよりも行動で示した方がいいだろう。自分の体がボロボロなのがどうした……桃の方が辛いだろ……っっ!


一歩踏み出した。方向はもちろん桃のいるところだ。桃がこっちを向いた。片目がなくても桃は桃だ。いつも可愛い顔をしている。

「ダメ!……こないで」

もう一歩踏み出す。あと5歩で桃の場所に着く。視界良好、体には力が宿っている。

「こ、こないで」

桃が靴を俺に投げた。わざわざ折れてる指を無理やり使ってきた。痛くなんてない。

「なんで……なんで来るの……」

なんで来るのか……そんなものは言うまでもない。

「……私……私は……」

ここまで来た意味はある。こんなに傷だらけになってまで来た意味はある。


俺はこの子のためならなんだってする。


桃の前にたった。桃は腕で顔を覆っている。腕の隙間からは真珠のような涙が流れ出ているのが見えた。

桃の前に膝をついた。桃の頬を撫でる。涙が手についた。桃が俺の顔を見る。片目だろうと関係ない。片腕しかなくても関係ない。処女じゃなくたって関係ない。俺は桃が好きだ。何があっても桃が好きだ。












俺は桃の唇にキスをした。俺の血が桃の口の中に入っていく。こういうのは唾液とかそういうのだと思うが、仕方ないだろう。

唇を話す。桃は驚いたように俺の顔を見ていた。

「これが俺の答えだ」

俺はそう言った。カッコつけてる感じに聞こえただろうか。別にいいか。俺と桃しかいないんだから。

「……あ……ぁぅ……わ……わたっ……私は……」

桃の目から涙がポロポロと流れている。こんだけ離れ離れになったんだ。もうこの子と離れる気はない。

「私は……私は……」

桃の声が震えている。俺も泣きたい。だけど先に泣くのは桃に譲ろうと思う。

桃を抱きしめた。暖かい。この子はちゃんと生きている。死んではない。化け物でもない。この子は桃だ。ちゃんと桃だ。俺が愛していた桃だ。

「何も言わなくていい」

キザなセリフでもいい。俺の本心を伝えたんだ。もう悔いはない。

「ぁぁぁ……ぁぁ……ぁぁ」
「泣いていいよ」
「ぁぁぁ……ぅぁ……」

抱きしめてるせいで桃の顔は見えない。だけど桃が大泣きしているのがわかる。こんなことを死体の海の上でやっているのは不謹慎だと思うが、桃がいいのなら俺もいい。
隣で泣いている桃を感じながら、俺はそう思った。









「もう大丈夫か?」
「……うん。泣いてばっかりいられない」

桃の頭を撫でる。桃が元気になってよかった。この世界が元に戻るかは分からないが、もし戻らなくても俺はこの子と一緒にいよう。

「ならいい。地上に戻ろう」
「待って……」
「どうしたんだ?」

立てないのだろうか。それなら肩を貸すが……でもそれだと敵に会った時にまずいことになりそうだな。

「……この世界を……元に戻せるかもしれないの……」
「……え?」

俺は耳を疑った。









続く
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