Catastrophe

アタラクシア

文字の大きさ
上 下
29 / 82
Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

29話「最果ての摩天楼」

しおりを挟む

「納得いかないんだけど」

 昼休みになると、ハルが爆発しそうになっていたので空き教室へと連れ出した。
 ここならハルが変な事を口走っても問題ないからだ。
 連れてきて開口一番に飛び出したのが、この発言だ。

「ハル、落ち着いて」

「なんであたしが白雪姫なんだよ、どう考えてもおかしいだろっ」

 アウトローなハルが大勢で作り上げる“演劇”の“主役”を演じるというのは確かにキャラクターではないように思う。
 しかもそれを他人に決められたとなれば、ハルの気持ちも穏やかではないだろう。

「それでも、黙って受け入れてくれたのね」

 佐野さのさんに推薦された瞬間のハルは立ち上がって今にも掴みかかりそうな勢いだった。
 でも、それをせずにこらえてくれた。
 それは彼女の変化だ。

みおが“大人しくしろ”って目で訴えてきたからな、我慢したよ」

 分かってはいたつもりだが、改めて私による変化だと本人の口から言われると心の奥がどこかムズムズとする感覚があった。

「ありがとう、ハルのおかげで無事に事は進んだわ」

 あの後、私が王子役を引き受けるという展開は佐野さんにとっても予想外だったはずだ。
 主役級さえ決まってしまえば後は自ずと決まっていくため、特に波乱も起きる事なく進行する事が出来た。

「ふん、本当だったら佐野に白雪姫やらせるか、当日サボるかの二択だったからな」

「……うん、どちらも選ばないでくれて良かったわ」

 そんな無理矢理な事をしたらクラスの空気がどんな事になるか、想像するだけで恐ろしい。
 今の流れも決して褒められたものではないが、それでも見返す事は出来ると思う。

「ていうか、王子役を澪が引き受けんのもけっこービックリしたけど……」

 話を聞いている内にハルの怒りの留飲も下がって来たのか、話題は私に移った。

「そうね、あの流れで田中さんに任せるのは可哀想だったし。私がなればそれ以上は嫌がらせも出来ないでしょ」

 私には良くも悪くも“生徒会”という看板がある。
 その砦には“青崎梨乃あおざきりの”というカリスマも控えており、自分で言うのも何だが生徒会を敵に回したいと思う人はそう多くはない。
 まるで虎の威を借りる狐のようなので、好ましくは思っていないのだけれど。
 他人にはそう映っているのは自覚しているので、仕方がない事でもあった。
 とにかく今回はその立場を使って、佐野さんの独壇場を止めたような形になる。

「じゃあ、白雪姫の時点で澪がやってくれたら良かったのに」

 唇をとがらせて不満げなハル。

「……その発想はなかったわね」

「なんでだよ、あたしより田中優先かよ」

「いえ、そういうわけじゃなくて……」

 佐野さんを始め、皆はハルが白雪姫を演じることにギャップを感じた事だろう。
 だが、私はハルの白雪姫を想像して思ったのだ。

「似合いそうって思ったのよ」

「なにが?」

「ハルの白雪姫」

 ハルの目が点になって、一瞬時が止まる。

「……マジで言ってんの?」

「ええ、マジね」

「あたしのどこに姫要素があるんだよっ」

「肌の白さとか?」

「漠然としすぎだろっ」

 とにかく、私はハルの白雪姫がそう悪いものではないと思ってしまったのだ。
 主役になれば周りとコミュニケーションをとる機会も増えるだろうし。
 いいきっかけにもなるのではないかと思ったのだ。

「それより王子様役の方が気が重いわね……」

 裏方でサポートが私の得意分野なのに。
 成り行きで仕方ないとは言え、まさかの演者側に回るだなんて。
 キャラじゃないにも程がある。
 落ち着いてくると、その重圧に心が耐えかねている。

「いや、あたしも姫とか気分わりぃし……」

 “はぁ……”と、お互いに重い溜め息を吐く。
 こんな消極的なお姫様と王子様がいるだろうか。
 心配だ、この演劇。

「でも、やるからには全力でやりきるわよ」

 それでも、嘆いてばかりでも仕方ない。
 私は気持ちを入れ替える。

「うお、真面目モード」

「良い演劇にして見返してやりたいもの」

「見返す?」

「ええ、佐野さんは遊び半分でキャスティングしたんでしょうけど。私達が本気を出して最高の物を見せつけるのよ」

 きっと佐野さんは普段やる気のないハルを主役に押し出すことで、恥をかかせるつもりだったのだろう。
 そこで上下関係なるものを付けようとも考えていたのかもしれない。
 だけど、そうはいかない。
 私がいる限りそんな中途半端なものを見せたりはしない。
 むしろハルの魅力を引き出し、観客すらも驚かせてみせる。

「なんか珍しいな、澪がそこまで対抗心を燃やすなんて」

「……そう、かも」

 言われてみれば確かに、ハルの白雪姫に関しては対抗心なるものが芽生えている。
 これ以上ない正攻法だから問題はないのだけれど、根底にある感情が私には珍しいものだった。

「ハルを馬鹿にした扱いが気に入らなかったのね」

 そして、そうさせてしまった私自身にも責任を感じている。
 だから、ハルの魅力を私は知らしめたいのだと思う。

「な、なんだよ、そうなら最初からそう言えよなっ」

 ハルは急に体をもじもじとさせて視線が彷徨さまよっていた。
 そのまま落ち着かない様子で、ハルの体が私の肩を押した。

「じゃあ、頼んだぜっ。あたしの王子様っ!」

 ハルが満面の笑みを咲かせる。
 その輝くような華を見れば彼女こそ白雪姫だと、疑う者はいないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

鎌倉呪具師の回収録~使霊の箱~

平本りこ
ホラー
――恐ろしきは怨霊か、それとも。 土蔵珠子はある日突然、婚約者と勤め先、住んでいた家を同時に失った。 六年前、母に先立たれた珠子にとって、二度目の大きな裏切りだった。 けれど、悲嘆にくれてばかりもいられない。珠子には頼れる親戚もいないのだ。 住む場所だけはどうにかしなければと思うが、職も保証人もないので物件探しは難航し、なんとか借りることのできたのは、鎌倉にあるおんぼろアパートだ。 いわくつき物件のご多分に漏れず、入居初日の晩、稲光が差し込む窓越しに、珠子は恐ろしいものを見てしまう。 それは、古風な小袖を纏い焼けただれた女性の姿であった。 時を同じくして、呪具師一族の末裔である大江間諭が珠子の部屋の隣に越して来る。 呪具とは、鎌倉時代から続く大江間という一族が神秘の力を織り合わせて作り出した、超常現象を引き起こす道具のことである。 諭は日本中に散らばってしまった危険な呪具を回収するため、怨霊の気配が漂うおんぼろアパートにやってきたのだった。 ひょんなことから、霊を成仏させるために強力することになった珠子と諭。やがて、珠子には、残留思念を読む異能があることがわかる。けれどそれは生まれつきのものではなく、どうやら珠子は後天的に、生身の「呪具」になってしまったようなのだ。 さらに、諭が追っている呪具には珠子の母親の死と関連があることがわかってきて……。 ※毎日17:40更新 最終章は3月29日に4エピソード同時更新です

怨念がおんねん〜祓い屋アベの記録〜

君影 ルナ
ホラー
・事例 壱 『自分』は真冬に似合わない服装で、見知らぬ集落に向かって歩いているらしい。 何故『自分』はあの集落に向かっている? 何故『自分』のことが分からない? 何故…… ・事例 弍 ?? ────────── ・ホラー編と解決編とに分かれております。 ・純粋にホラーを楽しみたい方は漢数字の話だけを、解決編も楽しみたい方は数字を気にせず読んでいただけたらと思います。 ・フィクションです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...