Catastrophe

アタラクシア

文字の大きさ
上 下
28 / 82
Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

28話「守るべきだったもの」

しおりを挟む
拳を握りしめる。ハーデストの腕は元の長さに戻っていった。訳の分からない体質をしやがって。

横を軽く見る。さっきまで元気だったマヤの体が地面に横たわっている。……言いたくないがマヤのおかげで初見殺しの技はわかった。この子の死は無駄ではない。

「楓夜!」

マギーの声だ。フラフラしながらこっちに歩いてきた。

「……笠松とマヤは……」

軽く辺りを見た。顔が徐々に歪んでいくのがわかる。

「……すまない。守れなかった」
「いや……俺も戦えなかったのが悪いんだ。……ここからだ。ここからこいつを殺すぞ……」
「分かってる」

ハーデストは必ず倒す。ここまでやられて黙って逃げる訳にはいかないんだ。

「それで……どうやるの?」

ワイトも来た。無い方の腕に布を巻いている。布には血が着いており、なかなかに痛々しい。

「……あっそうだ。わざわざ回りくどいことをしなくてもいいじゃねぇか」
「どういうことだ?」
「こいつは一応カニだよな?」
「まぁそう見えるけど……」
「カニは口になにか鋭いものを刺して回転させて締めるというのがあるんだ」

2人がジト目でこちらを見てくる。

「……まじでそれやるのか?」
「これが確実だろ」
「……仕方ないね。やるしかない」

ハーデストが蟹かどうかは正直怪しいがやるしかない。だが問題は――。

「誰が近づくか……か」
「俺が行くよ。言い出しっぺの法則って言うだろ?」

俺はどうせ死なないからな。こういう特攻みたいなのがお似合いだ。

「なら俺も行く。お前が刺して、俺がハーデストの動きを止める。ワイトは援護を頼むぞ」
「いいのか?」
「問題は無い」
「片腕だから足でまといにはなるけどごめんね」
「いつも通りだろ」
「うるせ」

大きく息を吸う。ハーデストは俺の事を睨みつけている。俺もハーデストのことをめいいっぱいの敵意を向けて睨みつけた。












ハーデストに向かって走る。ワイトは柱を盾にしながら回りこんだ。
ハーデストが腕を振り上げた。鋭く光るハサミが高速で回転し始める。まるで丸鋸のようだ。

ウィィィィィィィィン!!!!

高速回転するハサミを俺に向かって叩きつけてきた。

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

マギーが俺の前に立ってハーデストの腕を受け止めた。目の前がマギーの血で染まった。

「マギ……」

声を出したかった。助けたかった。だが今は最大級のチャンス。それもマギーが作ってくれたものだ。それを無に返すことはできない。

俺はマギーを避けて走った。クイーバーから矢を取り出す。狙うはハーデストの口の奥。

――矢を握りしめる。
――腰を捻って力を溜める。
――息を大きく吐いて脱力する。
――手の力を抜いてムチのようにしならせる。
――足は固定してうごかさないようにする。

溜めた力を解放させてハーデストの口の中に矢を差し込んだ。ゴリッという音を立てながら奥に奥にねじ込む。

「カカカカカ」

ハーデストの口から紫色の唾液にも似た血がドバドバと出てくる。ハーデストがブルブルと震えている。


「がぁ!!ぁぁぁ……」

後ろで肉が落ちるような音が聞こえた。何の音かは考えたくない。今はとにかくこいつを殺すことだけに集中する。

ブゥゥゥゥゥン!!!

後ろから音が近づいてきた。まだハーデストは生きている。せめてあと少しだけ……あとほんの少しだけ……。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ガルルルルルゥゥゥ!!!!!!」

ワイトとヒルの声が聞こえた。それと同時に肉が裂ける音も聞こえる。……せめてこいつを、こいつを殺さないと……。

「……これで、終わりだァァァ!!!」

矢をさらに奥へと差し込んだ。

「ガ……ガブッ……」

後ろからの音が消えた。地面に金属が落ちるような音がする。ハーデストの膝がついた。

「ハァハァ……クソッタレめ……」

俺の膝もついた。疲れからか頭がぼーっとする。
肩から地面に倒れた。せめて気絶する前にちゃんとハーデストが死んだかを確認しないと……。

ハーデストに目をやる。ハーデストの頭は白く風化していった。そして、いつものように。いつも見ていたように白い灰となって消えていった。


よかった。倒せたんだ。みんなで力を合わせて倒せたんだ。これで終わった。少しだけ疲れたな。だけどまだ休んでられない。

桃を助けないと。桃だ。皆が桃を助けるために俺を生かしたんだ。俺はせめて役目を果たさないと。……でもちょっとだけ。ちょっとだけ――寝ようかな――。































「クゥゥゥン……」

目が覚めた。何とか体を起こした。近くにはヒルがいた。

「あぁ……ヒルか……よーしよしよし」

ヒルの頭を撫でる。ヒルにもかなり助けられた。この子の功績はなかなかでかいぞ。後でお肉やろう。

そうだ。みんなと一緒に食べよう。やっぱりタンパク質を取らないと人間は生きてられないや。

「なぁ、皆で肉を食べようぜ。確か缶ずめであったよな――」

俺の見えてる景色に生きている人はいなかった。地面は洪水でも起きたかのように血で満たされている。辺り一体には鉄の香りが漂っている。いつも嗅いでいたはずだ。なのに……なぜか今日のは……いつもより嫌な感じだ。

笠松の上半身だけが近くで倒れている。
マギーの切れた体から血が出ている。
ワイトの半分に割れた体が血溜まりに浮かんでいる。

マヤの頭が近くに寄ってきた。顔からは涙が流れていた。

「ハハ……結構、こうなるのかよ……」

俺は死体から目を逸らすように天井を見上げながらそう呟いたのだった。









続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

怨念がおんねん〜祓い屋アベの記録〜

君影 ルナ
ホラー
・事例 壱 『自分』は真冬に似合わない服装で、見知らぬ集落に向かって歩いているらしい。 何故『自分』はあの集落に向かっている? 何故『自分』のことが分からない? 何故…… ・事例 弍 ?? ────────── ・ホラー編と解決編とに分かれております。 ・純粋にホラーを楽しみたい方は漢数字の話だけを、解決編も楽しみたい方は数字を気にせず読んでいただけたらと思います。 ・フィクションです。

彷徨う屍

半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

特別。

月芝
ホラー
正義のヒーローに変身して悪と戦う。 一流のスポーツ選手となって活躍する。 ゲームのような異世界で勇者となって魔王と闘う。 すごい発明をして大金持ちになる。 歴史に名を刻むほどの偉人となる。 現実という物語の中で、主人公になる。 自分はみんなとはちがう。 この世に生まれたからには、何かを成し遂げたい。 自分が生きた証が欲しい。 特別な存在になりたい。 特別な存在でありたい。 特別な存在だったらいいな。 そんな願望、誰だって少しは持っているだろう? でも、もしも本当に自分が世界にとっての「特別」だとしたら…… 自宅の地下であるモノを見つけてしまったことを境にして、日常が変貌していく。まるでオセロのように白が黒に、黒が白へと裏返る。 次々と明らかになっていく真実。 特別なボクの心はいつまで耐えられるのだろうか…… 伝奇ホラー作品。

処理中です...