Catastrophe

アタラクシア

文字の大きさ
上 下
24 / 82
Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

24話「堕ちた悪魔」

しおりを挟む
 金曜日の夜、大輝から連絡があった。
 時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。

「もしもし?」

『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』

「……酔ってるのね、今どこ?」

「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」

「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」

 電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。

 地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。

「大輝、くん?」

「お、涼香ちゃんだ」

 大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。

「こんなに酔ってどうしたの?」

「んーちょっとね」

「……ちょっと待ってて」

 涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。

「さて、聞かせてもらいましょうか?」

「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」

 絞り出すように話す大輝は痛々しかった。

「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然とからと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」

 涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。

「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」

 夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。

「希が……」

──大輝、幸せになって……。

 夢の中で聞いた希の声が聞こえる。

 涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。

 ヤバイ、泣きそうだ。

 必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。

「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」

「どう言う意味?」

「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとってってことでしょ。無理しなくていいんだって!」

 驚いた。
 忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。

 苦しかった。
 希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。


 大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。

「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」

「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」

 涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。

 大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。

 大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
 え。何?
 一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。

 ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。

 大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。

「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」

「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」

 涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。

 夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。

 大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。

鞠目
ホラー
さくら急便のある営業所に、奇妙な配達員にいたずらをされたという不可思議な問い合わせが届く。 最初はいたずら電話と思われていたこの案件だが、同じような問い合わせが複数人から発生し、どうやらいたずら電話ではないことがわかる。 迷惑行為をしているのは運送会社の人間なのか、それとも部外者か? 詳細がわからない状況の中、消息を断つ者が増えていく…… 3月24日完結予定 毎日16時ごろに更新します お越しをお待ちしております

特別。

月芝
ホラー
正義のヒーローに変身して悪と戦う。 一流のスポーツ選手となって活躍する。 ゲームのような異世界で勇者となって魔王と闘う。 すごい発明をして大金持ちになる。 歴史に名を刻むほどの偉人となる。 現実という物語の中で、主人公になる。 自分はみんなとはちがう。 この世に生まれたからには、何かを成し遂げたい。 自分が生きた証が欲しい。 特別な存在になりたい。 特別な存在でありたい。 特別な存在だったらいいな。 そんな願望、誰だって少しは持っているだろう? でも、もしも本当に自分が世界にとっての「特別」だとしたら…… 自宅の地下であるモノを見つけてしまったことを境にして、日常が変貌していく。まるでオセロのように白が黒に、黒が白へと裏返る。 次々と明らかになっていく真実。 特別なボクの心はいつまで耐えられるのだろうか…… 伝奇ホラー作品。

鎌倉呪具師の回収録~使霊の箱~

平本りこ
ホラー
――恐ろしきは怨霊か、それとも。 土蔵珠子はある日突然、婚約者と勤め先、住んでいた家を同時に失った。 六年前、母に先立たれた珠子にとって、二度目の大きな裏切りだった。 けれど、悲嘆にくれてばかりもいられない。珠子には頼れる親戚もいないのだ。 住む場所だけはどうにかしなければと思うが、職も保証人もないので物件探しは難航し、なんとか借りることのできたのは、鎌倉にあるおんぼろアパートだ。 いわくつき物件のご多分に漏れず、入居初日の晩、稲光が差し込む窓越しに、珠子は恐ろしいものを見てしまう。 それは、古風な小袖を纏い焼けただれた女性の姿であった。 時を同じくして、呪具師一族の末裔である大江間諭が珠子の部屋の隣に越して来る。 呪具とは、鎌倉時代から続く大江間という一族が神秘の力を織り合わせて作り出した、超常現象を引き起こす道具のことである。 諭は日本中に散らばってしまった危険な呪具を回収するため、怨霊の気配が漂うおんぼろアパートにやってきたのだった。 ひょんなことから、霊を成仏させるために強力することになった珠子と諭。やがて、珠子には、残留思念を読む異能があることがわかる。けれどそれは生まれつきのものではなく、どうやら珠子は後天的に、生身の「呪具」になってしまったようなのだ。 さらに、諭が追っている呪具には珠子の母親の死と関連があることがわかってきて……。 ※毎日17:40更新 最終章は3月29日に4エピソード同時更新です

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...