19 / 82
Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)
19話「領域の先へ」
しおりを挟む
息を大きく吐いた。これにて呼吸は停止する。
目を見開く。まばたきはもうしない。
弦を引くことによって震えていた腕は完全に静止して化け物の頭を一点に狙っている。
足は石のように動かない。もう、感覚もない。
体の感覚が消えた。何をされても痛くも痒くもなくなる。
心臓の音が段々と小さく、遅くなっていった。もはや動いているのかどうかさえ、分からない。
「ど、どうかしたの――」
聴覚が消えた。辺りが静寂の空間に包まれる。
体内の臓器の機能が停止していった。
口の中の味がわからなくなった。
波打つ鼓動が小さくなっていった。
体温が低くなっていった。
視界が暗くなった。
生きていた体が徐々に死体になってゆく。血流は止まり、神経も止まり、筋肉も止まった。脳みそは、「弓で狙って撃つ」という行動パターンのみを残して全て機能を停止させた。視界に残っているのは自分の弓と化け物だけ。化け物は全く動かない。動体視力が異常に高くなっているのだ。世界が自分を残して止まっているように。
俺には一つだけ消せなかったものがある。自分の生命機能を全てを消せるのにも関わらずだ。それは「桃を助ける」という意思だ。そのおかげか前回と違ってまだ意識はある。これから自分のする行動を最後まで見ようと思う。
標準を化け物の頭に合わせる。風はない。無風だ。風にのって矢がズレることはない。狙って放てば当たる。しかし相手は化け物だ。一撃では倒せない可能性がある。
ならば一撃で殺すにはどうすればいいのか。ヤツは少なくとも動いている。ならばその司令を出している脳があるはずだ。
「小脳」
小脳の主な役割は知覚と運動神経の統合だ。小脳に異常が起きたら、精密な運動が出来なくなる。ヤツは一応人間に近い容姿をしている。ならば小脳を壊せば、行動をさせなくなると同時に殺すことだってできるはずだ。
化け物は正面を向いている。なので直では小脳を撃つことはできない。しかし弓の貫通力を持ってすれば正面からでも小脳を撃ち抜くことができるだろう。小脳の位置は後頭葉の下あたりだ。今の状態の俺なら100mだろうと狙える。
――時が止まった。
その時間は一瞬だったかもしれない。それこそ瞬きするよりも短い時間かも。だけど時間は本当に止まった。
指から力が抜け、弦が元に戻ろうとする力によって矢が放たれた。矢は円のような起動を描いた。レーザービームのように真っ直ぐに飛ばず、山なりのように飛んでいった。矢の速度は約200キロ。そんなとんでもない速度の物体が化け物の頭に目がけて飛んでいったのだ。
矢は化け物の頭を通り抜けた。ちょうど俺が狙っていた小脳に穴を空けながら矢は更に奥へと突き進んでいったのだった。
当たった。その事実だけでよかった。当たったのなら化け物は死ぬはずだ。死にはしなくとまともには動けなくなる。これなら桃は死なない。桃は助かったんだ。それだけ、それだけのことで俺は救われるんだ。
ほとんど無かった俺の視界が暗闇に染まっていく。唯一残っていた意識は線香花火のように静かに消えてゆく。もう体のことは分からない。自分が倒れているかどうかも分からない。だけどここで死んでも後悔はしない。だって桃を救えたんだから。
目を開けると、そこは知らない天井だった。明るい灰色のコンクリート。外からは雀の鳴く男が聞こえていた。
「……俺、生きてるのか?」
そう呟いた。
ふと横を見てみる。そこには桃の姿があった。俺の隣で添い寝してくれていた。俺の手を握りしめたままぐっすりと眠っている。寝顔はまるで天使のようだった。俺は桃の頬を優しく撫でた。変わっていない。所々に傷がついているが俺の好きだった桃は変わっていなかった。
「起きたか、お兄さん」
声が聞こえた。低い女の人の声だ。体を起こして声のした方に顔を向けた。
「寝てていいよ。彼女の顔もまだ見ていたいだろ?」
そこには黒いロングコートを着た、水色髪の女の人がいた。体は大きく、175はある俺よりもでかそうだ。
「あんたは?」
「あたしはログ。一応、ここではリーダーみたいなものさ」
ログが答えてくれた。見た目は結構怖そうな感じだが話し方は優しかった。
「あんたが俺を救ってくれたのか。感謝するよ」
「感謝なんかやめてくれ。そんなタチじゃない。それに、感謝するのはそこで寝ているお前の彼女の方にしたほうがいいぞ。心臓が止まっていたお前を必死に蘇生させようとしてくれてたんだからな。お前の体の傷も手当してくれてたし」
桃の方を見る。顔には疲れが溜まっていた。桃の頭を撫でた。
「ありがとう、桃……」
俺は桃にお礼を言った。起きたらまた言わないとな。
「それよりも俺が感謝したいぐらいさ。化け物を倒してくれたのはお前だ。お前がいなかったら死者が出てたかもしれない。ありがとう」
「いいよ。今まで桃を守っててくれたんだろ?ならこれでおあいこだ」
「はは、面白いやつだなお前。自分を守ってくれてのおあいこなら分かるが、他人を守ってくれておあいこだなんて。よっぽどその子のことが大事なんだな」
「そりゃそうだよ。俺の命より大切な子だ」
本心だ。俺の命よりもこの子の方が大切さ。この子が生きていたら俺は未練がない。まぁ幸せなのが前提条件だがな。
「気に入った。お前の名前を教えてくれ」
「如月楓夜だ」
「楓夜か。いい名前だ」
ログが俺の方に近寄ってきた。手を目の前に差し出してくる。俺はログと力強く握手をした。
続く
目を見開く。まばたきはもうしない。
弦を引くことによって震えていた腕は完全に静止して化け物の頭を一点に狙っている。
足は石のように動かない。もう、感覚もない。
体の感覚が消えた。何をされても痛くも痒くもなくなる。
心臓の音が段々と小さく、遅くなっていった。もはや動いているのかどうかさえ、分からない。
「ど、どうかしたの――」
聴覚が消えた。辺りが静寂の空間に包まれる。
体内の臓器の機能が停止していった。
口の中の味がわからなくなった。
波打つ鼓動が小さくなっていった。
体温が低くなっていった。
視界が暗くなった。
生きていた体が徐々に死体になってゆく。血流は止まり、神経も止まり、筋肉も止まった。脳みそは、「弓で狙って撃つ」という行動パターンのみを残して全て機能を停止させた。視界に残っているのは自分の弓と化け物だけ。化け物は全く動かない。動体視力が異常に高くなっているのだ。世界が自分を残して止まっているように。
俺には一つだけ消せなかったものがある。自分の生命機能を全てを消せるのにも関わらずだ。それは「桃を助ける」という意思だ。そのおかげか前回と違ってまだ意識はある。これから自分のする行動を最後まで見ようと思う。
標準を化け物の頭に合わせる。風はない。無風だ。風にのって矢がズレることはない。狙って放てば当たる。しかし相手は化け物だ。一撃では倒せない可能性がある。
ならば一撃で殺すにはどうすればいいのか。ヤツは少なくとも動いている。ならばその司令を出している脳があるはずだ。
「小脳」
小脳の主な役割は知覚と運動神経の統合だ。小脳に異常が起きたら、精密な運動が出来なくなる。ヤツは一応人間に近い容姿をしている。ならば小脳を壊せば、行動をさせなくなると同時に殺すことだってできるはずだ。
化け物は正面を向いている。なので直では小脳を撃つことはできない。しかし弓の貫通力を持ってすれば正面からでも小脳を撃ち抜くことができるだろう。小脳の位置は後頭葉の下あたりだ。今の状態の俺なら100mだろうと狙える。
――時が止まった。
その時間は一瞬だったかもしれない。それこそ瞬きするよりも短い時間かも。だけど時間は本当に止まった。
指から力が抜け、弦が元に戻ろうとする力によって矢が放たれた。矢は円のような起動を描いた。レーザービームのように真っ直ぐに飛ばず、山なりのように飛んでいった。矢の速度は約200キロ。そんなとんでもない速度の物体が化け物の頭に目がけて飛んでいったのだ。
矢は化け物の頭を通り抜けた。ちょうど俺が狙っていた小脳に穴を空けながら矢は更に奥へと突き進んでいったのだった。
当たった。その事実だけでよかった。当たったのなら化け物は死ぬはずだ。死にはしなくとまともには動けなくなる。これなら桃は死なない。桃は助かったんだ。それだけ、それだけのことで俺は救われるんだ。
ほとんど無かった俺の視界が暗闇に染まっていく。唯一残っていた意識は線香花火のように静かに消えてゆく。もう体のことは分からない。自分が倒れているかどうかも分からない。だけどここで死んでも後悔はしない。だって桃を救えたんだから。
目を開けると、そこは知らない天井だった。明るい灰色のコンクリート。外からは雀の鳴く男が聞こえていた。
「……俺、生きてるのか?」
そう呟いた。
ふと横を見てみる。そこには桃の姿があった。俺の隣で添い寝してくれていた。俺の手を握りしめたままぐっすりと眠っている。寝顔はまるで天使のようだった。俺は桃の頬を優しく撫でた。変わっていない。所々に傷がついているが俺の好きだった桃は変わっていなかった。
「起きたか、お兄さん」
声が聞こえた。低い女の人の声だ。体を起こして声のした方に顔を向けた。
「寝てていいよ。彼女の顔もまだ見ていたいだろ?」
そこには黒いロングコートを着た、水色髪の女の人がいた。体は大きく、175はある俺よりもでかそうだ。
「あんたは?」
「あたしはログ。一応、ここではリーダーみたいなものさ」
ログが答えてくれた。見た目は結構怖そうな感じだが話し方は優しかった。
「あんたが俺を救ってくれたのか。感謝するよ」
「感謝なんかやめてくれ。そんなタチじゃない。それに、感謝するのはそこで寝ているお前の彼女の方にしたほうがいいぞ。心臓が止まっていたお前を必死に蘇生させようとしてくれてたんだからな。お前の体の傷も手当してくれてたし」
桃の方を見る。顔には疲れが溜まっていた。桃の頭を撫でた。
「ありがとう、桃……」
俺は桃にお礼を言った。起きたらまた言わないとな。
「それよりも俺が感謝したいぐらいさ。化け物を倒してくれたのはお前だ。お前がいなかったら死者が出てたかもしれない。ありがとう」
「いいよ。今まで桃を守っててくれたんだろ?ならこれでおあいこだ」
「はは、面白いやつだなお前。自分を守ってくれてのおあいこなら分かるが、他人を守ってくれておあいこだなんて。よっぽどその子のことが大事なんだな」
「そりゃそうだよ。俺の命より大切な子だ」
本心だ。俺の命よりもこの子の方が大切さ。この子が生きていたら俺は未練がない。まぁ幸せなのが前提条件だがな。
「気に入った。お前の名前を教えてくれ」
「如月楓夜だ」
「楓夜か。いい名前だ」
ログが俺の方に近寄ってきた。手を目の前に差し出してくる。俺はログと力強く握手をした。
続く
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
ill〜怪異特務課事件簿〜
錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。
ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。
とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

怨念がおんねん〜祓い屋アベの記録〜
君影 ルナ
ホラー
・事例 壱
『自分』は真冬に似合わない服装で、見知らぬ集落に向かって歩いているらしい。
何故『自分』はあの集落に向かっている?
何故『自分』のことが分からない?
何故……
・事例 弍
??
──────────
・ホラー編と解決編とに分かれております。
・純粋にホラーを楽しみたい方は漢数字の話だけを、解決編も楽しみたい方は数字を気にせず読んでいただけたらと思います。
・フィクションです。
彷徨う屍
半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

特別。
月芝
ホラー
正義のヒーローに変身して悪と戦う。
一流のスポーツ選手となって活躍する。
ゲームのような異世界で勇者となって魔王と闘う。
すごい発明をして大金持ちになる。
歴史に名を刻むほどの偉人となる。
現実という物語の中で、主人公になる。
自分はみんなとはちがう。
この世に生まれたからには、何かを成し遂げたい。
自分が生きた証が欲しい。
特別な存在になりたい。
特別な存在でありたい。
特別な存在だったらいいな。
そんな願望、誰だって少しは持っているだろう?
でも、もしも本当に自分が世界にとっての「特別」だとしたら……
自宅の地下であるモノを見つけてしまったことを境にして、日常が変貌していく。まるでオセロのように白が黒に、黒が白へと裏返る。
次々と明らかになっていく真実。
特別なボクの心はいつまで耐えられるのだろうか……
伝奇ホラー作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる