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Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)
19話「領域の先へ」
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息を大きく吐いた。これにて呼吸は停止する。
目を見開く。まばたきはもうしない。
弦を引くことによって震えていた腕は完全に静止して化け物の頭を一点に狙っている。
足は石のように動かない。もう、感覚もない。
体の感覚が消えた。何をされても痛くも痒くもなくなる。
心臓の音が段々と小さく、遅くなっていった。もはや動いているのかどうかさえ、分からない。
「ど、どうかしたの――」
聴覚が消えた。辺りが静寂の空間に包まれる。
体内の臓器の機能が停止していった。
口の中の味がわからなくなった。
波打つ鼓動が小さくなっていった。
体温が低くなっていった。
視界が暗くなった。
生きていた体が徐々に死体になってゆく。血流は止まり、神経も止まり、筋肉も止まった。脳みそは、「弓で狙って撃つ」という行動パターンのみを残して全て機能を停止させた。視界に残っているのは自分の弓と化け物だけ。化け物は全く動かない。動体視力が異常に高くなっているのだ。世界が自分を残して止まっているように。
俺には一つだけ消せなかったものがある。自分の生命機能を全てを消せるのにも関わらずだ。それは「桃を助ける」という意思だ。そのおかげか前回と違ってまだ意識はある。これから自分のする行動を最後まで見ようと思う。
標準を化け物の頭に合わせる。風はない。無風だ。風にのって矢がズレることはない。狙って放てば当たる。しかし相手は化け物だ。一撃では倒せない可能性がある。
ならば一撃で殺すにはどうすればいいのか。ヤツは少なくとも動いている。ならばその司令を出している脳があるはずだ。
「小脳」
小脳の主な役割は知覚と運動神経の統合だ。小脳に異常が起きたら、精密な運動が出来なくなる。ヤツは一応人間に近い容姿をしている。ならば小脳を壊せば、行動をさせなくなると同時に殺すことだってできるはずだ。
化け物は正面を向いている。なので直では小脳を撃つことはできない。しかし弓の貫通力を持ってすれば正面からでも小脳を撃ち抜くことができるだろう。小脳の位置は後頭葉の下あたりだ。今の状態の俺なら100mだろうと狙える。
――時が止まった。
その時間は一瞬だったかもしれない。それこそ瞬きするよりも短い時間かも。だけど時間は本当に止まった。
指から力が抜け、弦が元に戻ろうとする力によって矢が放たれた。矢は円のような起動を描いた。レーザービームのように真っ直ぐに飛ばず、山なりのように飛んでいった。矢の速度は約200キロ。そんなとんでもない速度の物体が化け物の頭に目がけて飛んでいったのだ。
矢は化け物の頭を通り抜けた。ちょうど俺が狙っていた小脳に穴を空けながら矢は更に奥へと突き進んでいったのだった。
当たった。その事実だけでよかった。当たったのなら化け物は死ぬはずだ。死にはしなくとまともには動けなくなる。これなら桃は死なない。桃は助かったんだ。それだけ、それだけのことで俺は救われるんだ。
ほとんど無かった俺の視界が暗闇に染まっていく。唯一残っていた意識は線香花火のように静かに消えてゆく。もう体のことは分からない。自分が倒れているかどうかも分からない。だけどここで死んでも後悔はしない。だって桃を救えたんだから。
目を開けると、そこは知らない天井だった。明るい灰色のコンクリート。外からは雀の鳴く男が聞こえていた。
「……俺、生きてるのか?」
そう呟いた。
ふと横を見てみる。そこには桃の姿があった。俺の隣で添い寝してくれていた。俺の手を握りしめたままぐっすりと眠っている。寝顔はまるで天使のようだった。俺は桃の頬を優しく撫でた。変わっていない。所々に傷がついているが俺の好きだった桃は変わっていなかった。
「起きたか、お兄さん」
声が聞こえた。低い女の人の声だ。体を起こして声のした方に顔を向けた。
「寝てていいよ。彼女の顔もまだ見ていたいだろ?」
そこには黒いロングコートを着た、水色髪の女の人がいた。体は大きく、175はある俺よりもでかそうだ。
「あんたは?」
「あたしはログ。一応、ここではリーダーみたいなものさ」
ログが答えてくれた。見た目は結構怖そうな感じだが話し方は優しかった。
「あんたが俺を救ってくれたのか。感謝するよ」
「感謝なんかやめてくれ。そんなタチじゃない。それに、感謝するのはそこで寝ているお前の彼女の方にしたほうがいいぞ。心臓が止まっていたお前を必死に蘇生させようとしてくれてたんだからな。お前の体の傷も手当してくれてたし」
桃の方を見る。顔には疲れが溜まっていた。桃の頭を撫でた。
「ありがとう、桃……」
俺は桃にお礼を言った。起きたらまた言わないとな。
「それよりも俺が感謝したいぐらいさ。化け物を倒してくれたのはお前だ。お前がいなかったら死者が出てたかもしれない。ありがとう」
「いいよ。今まで桃を守っててくれたんだろ?ならこれでおあいこだ」
「はは、面白いやつだなお前。自分を守ってくれてのおあいこなら分かるが、他人を守ってくれておあいこだなんて。よっぽどその子のことが大事なんだな」
「そりゃそうだよ。俺の命より大切な子だ」
本心だ。俺の命よりもこの子の方が大切さ。この子が生きていたら俺は未練がない。まぁ幸せなのが前提条件だがな。
「気に入った。お前の名前を教えてくれ」
「如月楓夜だ」
「楓夜か。いい名前だ」
ログが俺の方に近寄ってきた。手を目の前に差し出してくる。俺はログと力強く握手をした。
続く
目を見開く。まばたきはもうしない。
弦を引くことによって震えていた腕は完全に静止して化け物の頭を一点に狙っている。
足は石のように動かない。もう、感覚もない。
体の感覚が消えた。何をされても痛くも痒くもなくなる。
心臓の音が段々と小さく、遅くなっていった。もはや動いているのかどうかさえ、分からない。
「ど、どうかしたの――」
聴覚が消えた。辺りが静寂の空間に包まれる。
体内の臓器の機能が停止していった。
口の中の味がわからなくなった。
波打つ鼓動が小さくなっていった。
体温が低くなっていった。
視界が暗くなった。
生きていた体が徐々に死体になってゆく。血流は止まり、神経も止まり、筋肉も止まった。脳みそは、「弓で狙って撃つ」という行動パターンのみを残して全て機能を停止させた。視界に残っているのは自分の弓と化け物だけ。化け物は全く動かない。動体視力が異常に高くなっているのだ。世界が自分を残して止まっているように。
俺には一つだけ消せなかったものがある。自分の生命機能を全てを消せるのにも関わらずだ。それは「桃を助ける」という意思だ。そのおかげか前回と違ってまだ意識はある。これから自分のする行動を最後まで見ようと思う。
標準を化け物の頭に合わせる。風はない。無風だ。風にのって矢がズレることはない。狙って放てば当たる。しかし相手は化け物だ。一撃では倒せない可能性がある。
ならば一撃で殺すにはどうすればいいのか。ヤツは少なくとも動いている。ならばその司令を出している脳があるはずだ。
「小脳」
小脳の主な役割は知覚と運動神経の統合だ。小脳に異常が起きたら、精密な運動が出来なくなる。ヤツは一応人間に近い容姿をしている。ならば小脳を壊せば、行動をさせなくなると同時に殺すことだってできるはずだ。
化け物は正面を向いている。なので直では小脳を撃つことはできない。しかし弓の貫通力を持ってすれば正面からでも小脳を撃ち抜くことができるだろう。小脳の位置は後頭葉の下あたりだ。今の状態の俺なら100mだろうと狙える。
――時が止まった。
その時間は一瞬だったかもしれない。それこそ瞬きするよりも短い時間かも。だけど時間は本当に止まった。
指から力が抜け、弦が元に戻ろうとする力によって矢が放たれた。矢は円のような起動を描いた。レーザービームのように真っ直ぐに飛ばず、山なりのように飛んでいった。矢の速度は約200キロ。そんなとんでもない速度の物体が化け物の頭に目がけて飛んでいったのだ。
矢は化け物の頭を通り抜けた。ちょうど俺が狙っていた小脳に穴を空けながら矢は更に奥へと突き進んでいったのだった。
当たった。その事実だけでよかった。当たったのなら化け物は死ぬはずだ。死にはしなくとまともには動けなくなる。これなら桃は死なない。桃は助かったんだ。それだけ、それだけのことで俺は救われるんだ。
ほとんど無かった俺の視界が暗闇に染まっていく。唯一残っていた意識は線香花火のように静かに消えてゆく。もう体のことは分からない。自分が倒れているかどうかも分からない。だけどここで死んでも後悔はしない。だって桃を救えたんだから。
目を開けると、そこは知らない天井だった。明るい灰色のコンクリート。外からは雀の鳴く男が聞こえていた。
「……俺、生きてるのか?」
そう呟いた。
ふと横を見てみる。そこには桃の姿があった。俺の隣で添い寝してくれていた。俺の手を握りしめたままぐっすりと眠っている。寝顔はまるで天使のようだった。俺は桃の頬を優しく撫でた。変わっていない。所々に傷がついているが俺の好きだった桃は変わっていなかった。
「起きたか、お兄さん」
声が聞こえた。低い女の人の声だ。体を起こして声のした方に顔を向けた。
「寝てていいよ。彼女の顔もまだ見ていたいだろ?」
そこには黒いロングコートを着た、水色髪の女の人がいた。体は大きく、175はある俺よりもでかそうだ。
「あんたは?」
「あたしはログ。一応、ここではリーダーみたいなものさ」
ログが答えてくれた。見た目は結構怖そうな感じだが話し方は優しかった。
「あんたが俺を救ってくれたのか。感謝するよ」
「感謝なんかやめてくれ。そんなタチじゃない。それに、感謝するのはそこで寝ているお前の彼女の方にしたほうがいいぞ。心臓が止まっていたお前を必死に蘇生させようとしてくれてたんだからな。お前の体の傷も手当してくれてたし」
桃の方を見る。顔には疲れが溜まっていた。桃の頭を撫でた。
「ありがとう、桃……」
俺は桃にお礼を言った。起きたらまた言わないとな。
「それよりも俺が感謝したいぐらいさ。化け物を倒してくれたのはお前だ。お前がいなかったら死者が出てたかもしれない。ありがとう」
「いいよ。今まで桃を守っててくれたんだろ?ならこれでおあいこだ」
「はは、面白いやつだなお前。自分を守ってくれてのおあいこなら分かるが、他人を守ってくれておあいこだなんて。よっぽどその子のことが大事なんだな」
「そりゃそうだよ。俺の命より大切な子だ」
本心だ。俺の命よりもこの子の方が大切さ。この子が生きていたら俺は未練がない。まぁ幸せなのが前提条件だがな。
「気に入った。お前の名前を教えてくれ」
「如月楓夜だ」
「楓夜か。いい名前だ」
ログが俺の方に近寄ってきた。手を目の前に差し出してくる。俺はログと力強く握手をした。
続く
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