Catastrophe

アタラクシア

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Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

14話「白と黒」

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暗い用水路を滑り続ける。噛まれている肩からは血が流れ始めた。体を捻って壁に狼を擦りつけた。大根をすりおろす時のような音を出しながら滑り続ける。狼の噛む力は徐々に弱くなり、俺の肩から離れていった。


用水路を抜けて、下の水溜まりのような所に滑り落ちた。辺りに水が飛び散る。水溜まりはかなり深く、もがいたが足が地面につかなかった。
なんとか水面に上がって、地面に登った。顔を拭って体を確認する。肩から血は出ているが、腕ほどではない。弓と矢は無事だ。これはよかった。

「……ここ、どこだ?」

辺りを見渡しながらそう呟いた。



暗い排水路を歩く。排水路は入り組んでいて何か目印でも置かないとすぐに迷ってしまう。目印になるようなものを持っていないから、結局迷いながら進む。狼に襲われて死ぬよりかはマシだがきつい。排水路だから臭いし生暖かい。腕と頭の傷が痛いし足も疲れた。


辛い。ただただ辛い。喉も乾いたしお腹も空いた。頭はまだ痛いし足もおぼつかない。

「……あぁ、桃に会いたいな」

桃に慰められたい。桃に膝枕してほしい。俺もうかなり頑張ったはずだよな。なんか変なやつに何度も襲われて殺されかけて、それでも戦ったんだもん。もう十分じゃないのか。何度も地獄は乗り越えたんだ。もう立ち止まってもいいよな。もう動かなくてもいいよな。

膝が地面に着いた。一気に疲労が押し寄せてきた。壁にもたれかかって座る。もう手に力が入らない。足も動かない。疲れた。疲れたんだ。俺は別にヒーローでも英雄でもないんだよ。ただの高校生。ただの人間。ただの17歳なんだよ。物語の主人公には慣れない。
瞼が重くなってきた。体が10倍くらいに重くなった。弓が地面に倒れている。もう無理だ。できるなら地獄かどこかでまた桃と会えたらいいな。俺は瞼を閉じた。








クゥゥン……。

目が覚めた。なんだろう。なんの声だ。子犬が飼い主に甘えるような弱々しい声だ。フラフラしながら立ち上がった。少し先の曲がり角から音が聞こえた。足元がおぼつかないまま歩く。視界はぼんやりしている。残っている力を振り絞って曲がり角にたどり着いた。

曲がった先には弱々しく地面に倒れている狼の姿が見えた。体は黒いのでさっきの狼と同種だ。体はさっきの狼達よりも小柄で俺の半分くらいの大きさしかない。
可愛い犬かと思ったがただの敵だ。殺しておくべきだろう。シケが来ている時のように体をぐらつかせながら狼に近づいた。

狼の体に何かがついているのが見えた。白いブヨブヨした何かだ。気になる。なんだろうか。しゃがんで見てみる。そのブヨブヨしたものはよく見たら狼に噛み付いているようだった。
つまんで取ろうとするが全然取れない。狼の肉にくい込んでいるようだ。ちょっと腹がたった。この狼を殺そうとしたがそれよりこのブヨブヨした何かが気になったのだ。
ポケットナイフはクイーバーに入れていたから、これで切り落とそうと考えた。刃を出して狼の肉に入れこんだ。狼の顔が歪む。ナイフを回してブヨブヨした何かの周りを肉ごと切り取った。できるだけ傷を最小限に抑えたので意外と出血はしなかった。
血が固まってない左の脇腹の服を切り取って狼に巻き付けた。一応止血は出来ているな。……なんで俺はこの狼を助けてるんだろう。馬鹿だな俺。

狼が俺を見つめてくる。感謝していそうな顔をしている。感謝されても困るが。……何となく頭を撫でてみた。狼が気持ちよさそうに頭を振る。結構柔らかくていい気持ちになった。さっきまでどんよりとしていた心が癒されてしまった。俺を殺しにきた化け物と同じ種族のやつに。

「すまんな。俺も怪我人だから連れてはいけないぞ。悪いな」

もう一度頭を撫でて立ち上がった。狼は寂しそうな顔をしている。罪悪感が湧いてきたがそれを振り払って俺は足を動かし始めた。





しばらくフラフラと進んでいると大きな広い所に着いた。十字路のようになっていて空間内は円形になっていた。

「……はぁ。嫌な予感がする」

こういう広い所は基本ボスが来る。絶対に来る。
両頬を平手で叩いて喝を入れる。地面を踏む足に力を入れた。



――ガルルルゥゥ……。

ほら見ろ、やっぱり来た。声は前の道から聞こえてきた。声の大きさからして普通のやつとは違う。おそらくあのどデカい狼方の狼だ。あいつ、こんな所まで追いかけてきやがったのか。

奥の暗い通路から音も出さずにあの狼は出てきた。真っ黒の体色に銀色の牙。唸り声は悪魔のようにどす黒い。体長は約4m、体高は3m程もある。目は鋭く、殺意の籠った目線でこちらを見てくる。
弓に矢をつがえた。腕は痛いがまだまだ動きはする。俺は狼と同じ、殺意の篭った目で目の前の怪物を見つめた。

「飼い主のところに戻ってもらうぞ。閻魔大王様っていう名前のやつの所にな……」









狼が俺に飛びついてきた。血が大量に出てたおかげで逆に頭が冴えている。横にステップをするように飛んで、狼の飛びつきを避ける。弦を引いて狼に矢を向けた。狼はまだ攻撃の体制になっていない。指の力を抜いて矢を放った。
矢は狼の左横腹に刺さったが、貫通はしなかった。矢の半分くらいしか刺さっていない。かなり分厚くて硬い筋肉をしているようだ。

狼が一気にこちらに方向を合わせて、噛み付いてきた。後ろにバックステップをして噛みつきを間一髪で避ける。狼の唾液が少し顔にかかった。
弓に矢をつがえる。狼はこちらに攻撃しようと体を縮こませている。矢を放ってる暇はない。
足の力を抜いて、体を低くする。その瞬間、狼が俺の顔に噛み付いてきた。しかし、しゃがんでたおかげで噛みつきは避けられた。狼の体が真上を通り過ぎる。体がゾワっとした。

立ち上がって弦を引く。狼はこちらと逆方向に向いている。隙が出来た。指の力を抜いて矢を狼の腹に放った。その刹那、みぞおちに衝撃が走った。体が衝撃で後ろに飛ばされる。そのまま壁に背中から激突した。
口から血が溢れ出てきた。地面に一瞬で血の水溜まりができた。呼吸が途切れ途切れになる。何が起こったのかすぐには分からなかった。狼の方に目をやる。狼の後ろ足が跳ね上げられている。どうやらあの後ろ足に蹴られたらしい。狼はこちらのか方向に顔を向けてきた。

体を無理矢理ずらして狼の攻撃軌道から逃げる。狼は大きく口を開けて俺がいた壁に噛み付いてきた。コンクリートに歯が刺さっている。なんという強度だ。まさに鉄の牙ということか。もう一度矢をつがえる。腹に刺さった矢もそれほど深くない。ダメージを与えるならやはり首。首以外だとそのゴムのように固く、柔軟な筋肉によって矢が通らない。
弦を引いた。狙いは首。指から弦が抜けたその瞬刻。狼の体が一気に低くなった。俺が放った矢が狼の首に当たらず奥の壁に音を立てて当たった。狼は波のように上下に揺れながら俺の左肩にその牙を突き立ててきた。
辺りに鮮血が舞う。さっきの左腕を噛まれた時よりも力が強い。痛みで意識が飛びかけた。これはやばい。弓を持つ手が緩まった。狼は俺の肩部分を食いちぎろうとする勢いで噛み付いている。このままだとまじで食いちぎられそうだ。しかしさっきと違って今は多少冷静だ。クイーバーから矢を取り出した。そして狼の首元に矢を突き刺した。
硬い。しかし他よりもマシだ。狼の黒い体毛が徐々に赤く染まっていく。狼の噛む力も強くなった。痛い。だけど今が1番のチャンスだ。何度も何度も狼の首元に矢を突き刺す。狼の首元は既に真っ赤に染まっていた。俺の肩部分も真っ赤に染まっており、血は俺の腰あたりにまで垂れていた。


何分経っただろうか。狼の噛む力が弱まった。俺はチャンスと思い、最後に思い切り矢を突き刺した。狼の口が肩から離れた。俺は腰が抜けたように地面に崩れ落ちた。狼も後ずさりして地面に倒れる。
俺の肩はまだ一応あったがとんでもない量の血が流れ出ていた。さっさと止血しないとやばいかもしれない。狼の方も出血がかなり凄い。

狼がグテっとしている。勝ったのだろうか。まだ一応息はしているようだが死ぬのは時間の問題だな。フラフラの体を持ち上げた。
ここから出ないと。外で休もう。ここはなんか気持ち悪い感じがするから休めねぇ。俺は足を動かそうと力を入れた。













何かが肩に付いているのが見えた。白くて小さいブヨブヨしたもの。これは確かさっき寝転がっていた狼と同じやつだ。

ふと、狼の方を見てみた。そこには俺が倒した狼の首元に噛み付いている白い何かがいた。












続く
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