Catastrophe

アタラクシア

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Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

9話「盲信」

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暗い、暗い夜だった。
頭にあの部屋がへばりついている。鼻にはあの臭いがこびりついている。精神がボロボロに削られる。簡単に人の頼みを受け入れるべきではなかった。体がだるい。暗闇の廊下をゆっくりと歩く。この校舎には二度と来たくない。興味本位で来たことにとても後悔する。よく考えて見ればまともな人間を殺したのは初めてだ。これが初めては最悪だ。
歩いているとふと前から足音を感じた。足音の方向に顔を向ける。そこには1人の老人がいた。薄暗かったがシルエット像から近づくほどに色や見た目が見えてきた。小柄だが筋骨隆々でタンクトップを着ているおり、手には銀色のリボルバーを持っている。不思議なことに眼が白かった。瞬きもしておらずどこかを見つめているように見えた。歩き方もどこかおぼつかない。

「おじいさん、もしかして眼がみえないのかい?」

なんとなくだがそう思った。ここまで変だとそう思うしかない。目の前のおじいさんにカチッと舌打ちをされた。

「……ごめんなさい。聞いてはダメなこともありますよね」

頭を下げた。見えないのなら意味はないが。……いや待ておじいさん?確か透くんは攫ったのはおじいさんと言っていた。そしてさっきの真っ暗闇の職員室。目の前のおじいさんはおそらく盲目。手には銃……。もしかしてこのおじいさんがあれを……。しかし盲目の人にあんなことができるのだろうか。だが盲目だからこそあんなことができるとも考えられる。でも勘違いという可能性も……。
そんなことを考えていると。おじいさんが話しかけてきた。

「お前……見たか?」

体全体に一気に鳥肌がたつ。声が出かけるが喉で食い止めて飲み込む。見たか、という曖昧な発言だが俺には全てのことがわかった。そしてこいつがあの部屋を作り出した。そのことも理解してしまった。

「……何をです?」

嘘をついた。今はこちらの方が優勢だ。相手は盲目で銃もこちらの方が強い。負ける要素がない。だけど怖かった。強さではなく狂気さに恐怖した。だから戦闘はしない。今までの化け物よりも化け物に感じた。こいつとだけは戦いたくない。そう思った。

「そうか」

一言だけ言って歩き出した。少しホッとする。体から力が抜けた。こちらに歩いてくる。横に寄って避ける。こちらを通り過ぎて歩いていった。今のうちに体育館に戻ろう。ここにはいられない。

「ところでよ」

後ろから話しかけられた。心臓が鳴る。何を話しかけられるのか。その話になんて答えるのか。頭の中で意見を交差させる。

「お前はってわかるか?」

全く予想しなかった質問がきた。頭の中が?でいっぱいになる。てんぱってどう答えたらいいのか分からなくなる。

「お前の言うとおり俺は目が見えない。生まれつきというわけではなく、戦争でやっちまったんだがな。目が見えないと他の感覚が強くなるんだ。それで視覚が消えて長くなるんだが生きているうちに嘘の匂いというのがわかってきたんだ……。言いたいことは分かるな」

空気が凍る。沈黙が辺りを包む。薄暗い廊下が更に暗くなる。気づかれている。目の前の爺がこちらにゆっくりと向いてきた。リボルバーをなぜか自分のズボンに入れる。目に魂は宿っていないが力強くこちらを向いてきた。視力はないはずなのになぜこちらを向けるのだろう。分からない。だがここから逃げられないというのは分かった。銃を持つ手に力を込める。相手は現在素手。なぜか銃をしまった。ただでさえこちらの方が優勢なのに更に優勢となった。息を整える。
勢いよく銃を構える。その瞬間、爺が目の前まで一瞬でこちらに移動してくる。こちらがどのような動きをしているかが分かるように。銃を掴まれて腹を蹴られた。後ろに飛ばされて、その際に銃を手放してしまう。撃たれた所をピンポイントで蹴られて痛みで怯む。爺が俺の銃をその場に捨てた。一瞬で素手同士の戦いになる。ゆっくりとこちらに歩いてくる。痛みに耐えて次の攻撃をしようと拳を構える。爺が指を鳴らす。その瞬間、俺の拳を爺の顔面に向かって勢いよく殴りつけた。しかし攻撃を軽く避けられる。避けられた瞬間腹に激痛が走る。また腹を殴られた。後ろに押される。なんとか持ちこたえて立ち続けるが痛みでもう一度攻撃ができない。爺の左フックが顔面にぶち当たる。頬を完全にクリティカルヒットして右に飛ばされて窓にぶつかる。左フックのせいで口の中を切ってしまった。口の中が血の味がする。反撃をしようと爺の方向に向いた瞬間、相手の右ストレートが顔面に決まった。攻撃の威力で後ろのガラスが壊れる。外には出なかったが、ダメージが大きすぎて壁にもたれかかってしまった。鼻血が滝のように流れ出る。鼻の骨が折れただろうか。爺に髪を持たれて持ち上げられる。抵抗しようと爺を殴るが全く聞いている様子がない。髪を持ち上げられて、割れたガラスの隣のガラスに顔面を叩きつけられる。ガラスが割れて顔が外に飛び出す。意識を失いそうになる。持ちこたえるが攻撃ができない。更に引きずられて隣のガラスに移動する。髪から手を離されて首を掴まれる。上に持ち上げられてだんだんと呼吸が出来なくなる。息がつまり呼吸音が変なことになる。爺の拳が大きく振りかぶっている。そして大砲のような威力の拳が俺の顔面に直撃した。とんでもない威力でガラスが破れて外に飛び出す。ここは4階だ。普通なら下はコンクリートで落ちて死ぬ。しかしこの学校は定時制の学科も存在しており下には定時制の校舎の屋根がある。なので落ちるのは3、4m程の高さだ。血を飛び散らしながら屋根の上に落ちていく。地面に背中が激突した。バックがクッションになってくれるかと思ったが、クッションどころか鍵をたくさん入れているせいで背中に何個か突き刺さった。まじで懐中電灯を持ってくるべきだった。屋根は瓦ではなくコンクリート。それでもやっぱり痛い。飛び散った血が上から雨のように落ちてくる。体全体に血が着く。痛みで動けない。顔面の骨が全部壊れてそうだ。顔がぐちゃぐちゃになってるのかもしれない。とりあえず腕を使って無理矢理起き上がり、折れた鼻を元の方向に戻す。鼻の左側を抑えて思い切り右側の鼻から血を出す。これをすると逆に血が止まる。多分。体を起こして立ち上がった。

「はぁはぁ……あの糞爺クソジジイ今何歳だよ…」

今は武器がない。上に行って銃を取りに行かなくてはならない。動きにくいのでバックをその場に置いた。後で取りにくればいい。まだ体は動きはする。今の戦闘で分かったが近距離戦闘はこちらが完全に不利だ。視力がないからといって油断をしたら、素手で殴り殺されるだろう。
外側から窓ガラスを叩き割って校舎の中に入る。左側に階段がある。現在は3階。あの糞爺は多分4階にいる。どうするか。あいつはどうやって俺を感知しているのだろう。視力がないということは聴覚や嗅覚だろうか。対策を考えないとやられっぱなしになる。その時どこかからカチッと音が鳴った。どこか分からない。階段の方を見る。コツコツと階段を降りてくる音が聞こえた。来ている。こちらに来ている。糞爺は銃を持っている。有利だった状況が一気に絶望的状況まで追い込まれた。あの糞爺の銃の腕前はかなりやばい。視力がないはずなのに正確に俺に当ててくるだろう。ただでさえ不利な状況だ。銃を手放させなければならない。とりあえず壁に隠れた。ゆっくりと階段を降りてくる。やつがどうやって索敵しているかは分からないが一気に不意打ちで銃を奪い取る。できるか分からないがやるしかない。そうじゃないとこちらに勝機が無さすぎる。息を止めてこちらに来るのを待つ。ゆっくりとゆっくりとこちらに来る。銃を構えて歩いてくる。横目で顔を観察してみた。口を開けて何かを鳴らしている。暗くてよく見えない。何か機械でも入れているのかもしれない。真横まで来た。こちらにまだ気がついていない。
一気に銃を奪い取ろうと銃の持ち手とシリンダーを掴む。銃を引き剥がそうと手を無理矢理取ろうとするが全く離れない。銃が発砲される。銃口がこちらに向いていて危なかったが、ギリギリ避けれた。凄まじい力でリボルバーを持っている。引き剥がそうと頭を後ろに下げて反動をつけながら爺の頭に頭突きをした。しかし怯まない。なんなら硬すぎてこちらにダメージが来た。また発砲された。今度は完全に直撃して、左肩を銃弾が貫通した。だがこの程度の痛みにはもう慣れた。銃を掴んだまま離さない。こいつから銃を引き剥がせばこちらにある程度勝機が出てくる。銃を掴んだまま爺の腹を思い切り蹴り飛ばす。それでも離さない。とゆうかこいつ硬すぎる。一瞬片手が離された。頭の中でチャンスという言葉が出てくる。だがそれも束の間。離した片手で頭を思い切り掴まれた。超人的な握力で頭を握り潰そうとしてくる。痛い。頭蓋骨が粉砕されそうだ。銃から手をのけて掴んでいる手に両手を使って離させようとする。全く離れない。もう一度腹を蹴って何とかしようともがく。頭から血が垂れてきた。やばい。体全体を使って捻り腕から逃げようとするが出来ない。やばい、やばい。何度も蹴るが全く離れない。やばい、やばい、やばい。頭の中からピキピキという効果音が響いてくる。やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。
頭の中がだんだんと白くなってきた。目が見えなくなってきた。耳が聞こえなくなってきた。このままこいつに殺されてしまうのだろうか。ダメだ。まだ死ぬ訳にはいかない。殺される訳にはいかない。あの子の復讐をはたさなくてはならない。しかしどう足掻いてもこの状況を変えられる術が思いつかない。だんだんと考えられなくなってくる。頭がボーッとしてくる。両手から力が抜けて下に落ちる。やがて両手だけでなく体からも力が抜けた。だんだんと視界が黒に染まっていく。もう何も考えられなくなってきて――――。










瞬間、体に激痛が走った。頭が一気に冴える。爺は完全に俺を殺したかったのか余っていた弾数全てを俺の腹や胸に撃ち込んだ。運のいいことに心臓に弾丸は通らなかった。痛みのおかげで頭が戻ってきた。爺の股間を思い切り蹴り飛ばす。爺は怯み、ようやく手が離れる。足の力が抜けていたので、地面に倒れてしまう。体の損傷を確認する。腹部に3発。左胸の下部に1発銃弾が貫通していた。臓器がどうなっているのかが心配だが体が動くので問題はない。頭もまだかなり痛いが動けないレベルではない。どうやら痛みが落ち着いたようでこちらの方向に顔を向けてくる。銃口を向けて引き金を引いてくるが弾切れなことに気がついていない。その隙に顔面の中心に向かって全体重を乗せて思い切り肘打ちをする。さすがに大ダメージのようでフラフラしながら後ろの方の壁に背中をつけた。鼻がへし折れて血が吹き出ている。

「さっきのお返しだ糞爺」

中指を立てて目の見えない爺を煽る。ようやくまともな攻撃を与えることができた。爺が折れた鼻を真っ直ぐにして鼻血を思い切り出した。俺と同じやり方だ。爺は銃をその場に捨てて立ち上がった。完全に素手で俺とやる気のようだ。流れ出る血を腕で拭き取って構える。爺はカチッと口で音を鳴らしてこちらに歩いてきた。
俺から見て半径1mに入った瞬間、俺の右の拳を爺の顔面にフック気味に入れた。それと同時に爺がアッパー気味の左拳を俺のボディに入れる。互いの血が辺りに飛び散った。体制をすぐに戻して、すかさず左の拳をストレートで顔面に放った。左のストレートをギリギリで躱され、腹の方に突進される。近距離なのであまり威力は出なかったはずなのだが、まるでバイクに跳ねられたかのように思えた。2m程後ろに吹き飛ぶ。かなり痛いが怯んでいる暇はない。急いで起き上がり次の攻撃に備える。爺はまたカチッと音を鳴らしてこちらに向かってくる。この音。ずっと違和感があったが、この糞爺がこちらを認識できている理由がようやく分かった。

エコーロケーション。日本語で反響定位はんきょうていいと言われているこの行動は舌打ちでクリック音を鳴らして周囲からの反響によって外界を知覚することができる。本来はイルカや鯨などが超音波を放って物体を知覚することを言う。

つまり目が見えているのとさほど変わらないということ。こちらの攻撃を避けられるのは長年の勘か、空気の流れでもよんでいるのだろう。戦争の時に怪我をしたということは軍にいたということ。もし軍にいた事が本当なら単純な近接戦闘で俺に勝ち目はない。息を吐く。ジリジリと後ろに下がる。爺はこちらに歩いてくる。
爺の右ストレートが顔面に飛んでくる。ここまで戦えば多少は目が慣れる。右ストレートを躱してアッパー気味にボディを撃ち込んだ。硬い。腹筋が鍛え上げられているようだ。爺はダメージを受けた様子もなくすぐに拳を引き戻して左フックを顔面に放った。かろうじて避ける。チャンスだ。体勢を低くして拳に力を込める。体を思い切り引き伸ばすと同時に拳を顎に向けて思い切り引き上げた。しかしこれも避けられる。爺が腕を後ろにして力を溜めている。そしてその力を俺のみぞおちに向かって放ってきた。体を捻って攻撃を避ける。爺の横に着地した。今度こそチャンスだ。右拳に力を込める。地面に足をつけた状態で体を捻る。爺は既にこちらを向いている。もう遅い。渾身の右ストレートを爺の顔面に向かって放った。爺は顔をずらして攻撃を避ける。そして俺が放った右腕を両手で握ってきた。体を回転させて肩を思い切り引き抜かれる。一本背負いだ。足が空中に浮いて、一回転しながら前にあった扉をぶち破り地面に叩きつけられた。背中に激痛が走る。一瞬だが息がとまった。体を転がして爺との距離を離す。
ここは確かマリンリサーチ部の部屋だ。海洋生物の飼育や観察をしている所でたまに授業でもここを使うことがある。うなぎやウーパールーパー、ナマズなどが見られる。カチッと音がなる。またこちらを探知し始めた。ゆっくりとこちらに向かってくる。ふと横を見てみた。ゴミ箱が2つ並んでいた。銀色の蓋が着いている昔ながらのゴミ箱。……もしかしたらこれでエコーロケーションを封じ込められるかもしれない。爺はこちらに向かってきている。やるしかない。ゴミ箱の蓋を2つ、勢いよく取った。そして思い切りゴミ箱の蓋をシンバルのように2つを叩きつけた。大きな音が鳴る。こちらの耳が痛くなる程の爆音。視力がないのなら聴覚が発達しているはずだ。自分が撃った銃声ならまだしも不意打ちで鳴らした爆音なら耳に大きな負担がかかるはず。
案の定耳を抑えて悶えている。しばらくは何も聞こえないはずだ。悶えている爺に渾身の右ストレートを顔面にぶち込んだ。耳が聞こえていない以上俺の全ての攻撃が不意打ちみたいなものになる。さっきは俺の場所を特定して、そこから攻撃を予測していたに過ぎない。完全に外界からの情報が絶たれた今、俺の場所を知る事はない。このチャンスを逃すわけにはいかない。
左ジャブ、右ジャブ、右ジャブ、左フック、右ジャブ、左ジャブ、右アッパー、左ジャブ、左ジャブ、右ストレート。
顔面に連撃を放つ。攻撃する位置を少しずつ変えながら隙がないように攻撃をする。爺が攻撃してくるが見当違いな場所に攻撃している。無駄だ。さらに連続で攻撃する。休む暇は与えない。ここで確実に倒す。
左ジャブ、左ジャブ、右ストレート、左フック、右ジャブ、左ジャブ、右ジャブ、左アッパー……

爺がこちらの腹に向かってアッパーを放ってきた。攻撃の手が止まり後ろに押される。口から唾液が出てくる。なぜこちらの位置を特定できたのだ。爺の顔を観察する。聴覚はまだ治っているはずがない。かなり近距離で鳴らしたのだ。まだ大丈夫のはず。……そうか、か。そら俺は何発も撃たれてるんだ。血の匂いがプンプンしているだろう。それにあの部屋に少し入ったのだ。残り香が多少はするだろう。ならば対策はすぐにできる。横にあった水槽の水を頭から被る。体全体が水浸しになる。これで少しは匂いを和らげることが出来るはず。爺がこちらに向かって左ストレートを放ってきた。しかし俺には当たらない。匂いを和らげられた。爺は水槽の水に向かって拳を叩きつけた。俺を水槽とでも勘違いしているようだ。右アッパーを顎に向けて思い切り放った。爺は少し空中に浮いて地面に腰から落ちた。顔がいい位置にある。腰を捻る。今度は脚に力を込めた。息を大きく、そして思い切り吐いた。それと同時に爺の頭を思い切り蹴り飛ばした。頭が横の机にぶち当たり上に置いてあった水槽の水が地面に落ちてくる。連鎖的に隣の水槽も、その隣の水槽も地面に落ちてきた。部屋が水浸しになる。爺は動かない。ようやく終わったようだ。
腰から地面に落ちる。水の波紋が辺りに広がっていく。大きく呼吸をする。当たり前だが人と殴り合うのは初めてだった。友達と喧嘩しても殴り合うまでには至らなかった。とにかく疲れた。ただある意味では精神が回復した。あの部屋のことを一時的に忘れることができた。それはいい事だと思う。しかし本当にこの爺があんなことをしたのだろうか。聴覚だけでなく嗅覚も発達しているこの爺があの臭いに耐えることができるのか。謎だ。……狂っているからで説明が着くのが面白いな。まぁいい。とりあえず銃と鞄を取りに行こう。重い体を持ち上げた。

部屋から出ていこうとした時に足に変な感覚がした。下を向く。後ろから波紋が出てきた。何か物体が落ちでもしない限り波紋なんてものは出ない。それに気がついた瞬間何かからとんでもない力で後ろに飛ばされた。水浸しの地面に倒れる。まだ爺が生きていた。

「あぁクソッ、しつけぇな糞爺!!」

爺がこちらに向かって歩いてくる。目も耳も鼻も効かないはずなのになぜこちらを探知できるのだ。地面を見てみる。……波紋か。あぁちくしょう、調子に乗って蹴らなければよかった。また戦うことになるとは。体を引き起こす。しつこいやつだ。

「ここで決着をつけてやるよ……」

拳を構える。これで終わらせる。ここで寿命を尽きさせてやる。波紋の感覚がだんだんと狭くなってくる。息を大きく吸う。
爺と俺の左ストレートが同時に顔面に決まった。辺りに血が飛び散った。すかさず体を捻って右フックを顔面に放つ。しかし爺の右ジャブの方が速かった。顔面に当てられて怯んでしまった。その隙にボディブローを入れられる。息が一瞬止まった。さらに左フックを入れられる。そして超パワーの右ストレートが顔面に入った。しかしここまで様々な痛みに耐えてきたのだ。ただの顔面パンチなど効かない。足に力を入れて持ちこたえる。攻撃の反動をつけて今度はこちらが右ストレートを放つ。少し怯んだ様子。一瞬で足を組み替えて左ストレートを放つ。鼻血が大量に流れ出ている。爺が少し後ろに後ずさりした。口から血が大量に混じった唾を吐いてこちらにまた向かってくる。右フックが顔面に飛んできた。横の壁に俺の血が飛び散る。お返しとばかりに俺の右フックが爺の顔面を捕らえる。爺の血が下の水に降り注ぐ。

右アッパー
左ストレート
左フック
左ボディ
右ジャブ……

交互に全力の攻撃をぶつけ合う。アドレナリンが大量に出ているおかげで痛みを感じない。互いの体力が無くなるまでの命の削り合い。自分の全てを全力でぶつける。何度も拳を叩きつける。何度も拳を叩きつけられる。骨が折れようとも。体が悲鳴をあげようとも。目の前の爺を倒すまでは倒れない。
体を思い切り捻る。この攻撃がおそらく限界。残っている全ての力を右拳に集める。爺も限界のようで、俺と同じ構えをしている。ここで終わり。これで終わり。最後の攻撃。溜めた全ての力を爺の顔面に向かって放出する。爺も同時に攻撃してきた。互いの拳が顔面の前までくる。しかしここで攻撃を喰らうほどお人好しではない――。
顔をずらして攻撃を避ける。威力と速度はそのままに爺の顔面に拳を叩き込んだ。そしてそのまま顔面に拳をつけたまま地面に向かって思い切り叩きつけた。辺りに水しぶきと血が飛び散った――。






























折れている鼻を元に戻して立ち上がる。爺は水面に浮きながら動かなくなっている。ようやく終わったようだ。フラフラと足取りがおぼつかないが部屋を後にする。
身体中が痛い。ずっと殴りあっていたせいかまだ体に熱を帯びている。まだ動けばするが思考がぼやけてきている。早く手当をしないとな。フラフラと歩いていき、定時制の校舎の屋根に置いてある鞄を拾う。そのまま階段を登って捨てられていた銃を拾う。確認するがどこも壊れてはいない。よかった。これで全部回収した。どうせならこのまま食料とかを回収して行こう。今はあれを忘れられている。
手すりにもたれ掛かりながら階段をゆっくりと降りる。ちょっと疲れすぎた。早く治療して寝たい。体をふらつかせながら3階に降り立った。








「……楓夜………逃げろ…」

どこからか金地の声が聞こえた。どうかしたのだろうか。あの女が暴れでもしたのだろうか。

「ん?金地か?どこにいる?」

辺りを見渡す。声はこの3階にいるようだ。教室側の廊下を見てみる。さっきの爺と戦った場所の逆の所だ。まだ暗い廊下の先。そこに這いずりながらこちらにきている金地の姿が見えた。その体はボロボロで両足がなく身体中が血だらけだった。

「金地!?何があった!?」

金地に近づこうとした時、金地が叫んできた。

「こっちに近寄るんじゃねぇ!!逃げろ!!やつが来――」

その瞬間何者かが一瞬で現れて金地の頭を踏み潰した。パチュという音が廊下に響き渡る。なんなんだアイツ。さっきの爺じゃない。

「金地!!」

そう叫ぶがもう遅かった。謎の男がこちらを向いてきた。

「……てめぇ誰だ」

男はゆっくりとこちらに近づいてくる。
咄嗟に銃を構えて引き金を引く。銃弾は男に当たったはずだ。しかし怯みすらしない。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。レバーを引いて、もう一度撃つ。全く怯まない。残っている2発も撃つが効いていない。後ずさりしてしまう。今まで戦ってきた化け物とは何かが違う。本能でそう感じとった。逃げようと横を向いた。


その瞬間何かに首を掴まれた。目の前を見てみると、白いスーツを着た白人の男が立っていた。首を持つ力が強くなる。

「まだ生き残りがいたとはな。なかなかに強者らしいな」

何かを話している。苦しい。息ができない。銃で撃とうにも今は弾切れでリロードしなければならない。顔面に蹴りを入れるが逆にこちらの足がダメージを受けた。男は首を持ったまま自分の方に近づけていく。なんだか嫌な予感がした。

男は俺を思い切り投げ飛ばした。嫌な予感が的中してしまった。階段側のガラスを突き破って空中に放り出される。ここは3階。しかも下はコンクリート。やばい。どんどんと下に落下していく。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。体を捻って何とかしようとするが捻ってどうにかなるようなことではない。背中から落ちたら死。頭から落ちたら死。足から落ちたら死にはしないが足が折れる。そしたらあの男が追いかけてきて殺されるかもしれない。何とか頭を回転させて生存方法を模索する。地面が近づいてくる。だんだんと速度が速くなっていく。頭が真っ白になっていく。地面が目の前まで来た―――。
























目を開く。腕で頭を覆って即死は防ぐことができた。体を横向きにして体を丸めた。できるだけダメージを抑えるためだ。腕がかなり痛い。ズキズキと痛む。血がダラダラと出ているが、折れてはいないのが不幸中の幸いだろうか。痛みに耐えながら立ち上がる。体がふらつく。頭が回らない。呼吸はかろうじてできる。内蔵には異常がないようだ。銃はずっと抱えていたので傷1つなかった。よかった。しかしなんなんだあいつは。とてつもないパワーでぶん投げてきやがった。人間じゃない。しかし普通に話はしていた。あのチェーンソーゴリラと桃は話が出来なかったのだが。もしかしたら今までとは違うタイプの化け物なのかもしれない。とにかく今は逃げよう。さっきまで爺と殴りあっていたのだ。連戦はさすがに体力が持たない。フラフラとしながら体育館に向かう。
上から何かが降ってきた。コンクリートが割れる音がした。音の方向に目をやる。さっきの男がそこには立っていた。3階から落ちたというのに怪我をしている様子もなかった。男がこちらを向いた。

「なかなかしぶといガキだな。3階から落ちたというのにその程度の怪我とは」
「そういうお前は3階から落ちたのに無傷だな」

男がハッハッハと笑う。

「喋れる余裕もあるとはな。面白い。お前は私が追いかけていた強者なのかもしれん」
「なんだ強者って。厨二病か?」
「まぁまだ確定したわけではないからな。力試しだ。かかってこい」
「元々こんなことをしている暇はないんだよ」
「それはあそこの中にいる親子の所に行かなくてはならない、ということか?」

知っていたのか。何者なんだこいつは。とにかく戦いはまずい。さっきのパワーを考えると今の体力では戦えない。








「残念だったな。もう既に中の親子は殺しておいた」

………嘘だろ。こいつは今なんて言った。あの親子?つまり透くんも殺したのか。

「いやぁ、滑稽だったよ。中にいたガキ、なんと弾が入ってない銃をこっちに向けてきたんだぜ?笑えるよなぁ」
「……てめぇ……」
「ほぅ?やる気になったか……ならばさっさと始めよう」

こいつ。こいつは殺してやる。日向ちゃんの分も生きてもらわなくてはいけなかったのに。あの女はともかく透くんまで殺すとは。人の心はないようだ。ならば化け物確定だ。殺してやる。あの子に思い入れはないがこちらにも同情という感情はあるんだ。こんなクソ野郎殺してやる。






「それじゃあ始めようか。くだらない英雄ヒーローごっこもこれまでだ」









続く
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