38 / 42
本戦
第37話 少女の愛した相撲
しおりを挟む
――固められながらも、首を絞められながらも。鳳凰はアルショムの前腕を掴んだ。
(まだ余力が……!?)
しかし呼吸していない人間の力などたかが知れてる。あと少しでダウンするはず。アルショムが力を抜くことは無い。
――もう片方の腕を地面に叩きつける。ピキピキと血管が浮き出てゆく。
(こいつまさか――!?)
――なんと腕の力のみで体を持ち上げた。
「まじかよ!?」
体重95キロの大男を乗せてもなお持ち上がる筋力。想定などできようか。できるはずがない。
だが持ち上がってしまえば時間の問題。ぐるりと回転して背中のアルショムを地面に押し付ける。
――今度は体重が160キロの肉塊がアルショムの体にのしかかった。
「ぐぶ――――!?」
一瞬だけ緩んでしまった絞め。その隙に腕から脱出。そして元々緩かった脚関節も即座に外した。
互いに立ち上がって睨みつける。もう何回目の睨み合いだろうか。仕切り直しだろうか。
「まさか……力技で返されるとは……」
「だがもう1回喰らえば流石に倒れる」
――どれだけ仕切り直そうとも構えは変わらない。手は両手に。腰を深々と下ろして。
アルショムも構えは変わらず。自分が最も信頼した構えをとる。
「これが最後だ」
「そう願いたいな」
さぁ最後のぶつかり合い。身体能力が勝っているのは鳳凰。だがすでに3回も突進はいなされている。
馬鹿正直に行っても負けるのは分かりきった事実。――それがどうした。策を弄するのは性にあわない。ならば信じるのみ。己が捧げた相撲を――――。
――本日4度目のぶつかり合い。なおかつ本日最後のぶつかり合い。爆発のような音を立てて鳳凰が始発した。
地面を叩き壊すスピード。今日1番の初速。比肩しうる者のない無敗の弾丸はアルショムへと収束する。
引きずられるのも慣れた。足の裏は使い古された靴よりもすり減っている。――その程度で鳳凰を止められるのなら本望。魂を賭けたって安くない。
自分が魂を賭けたのは『ロシア』と『レスリング』だ。人生を賭けたのも『ロシア』と『レスリング』だ。
祖国へ胸を張って帰れるように。最後の技はレスリングと決めていた――。
掴んでいた廻しを離して鳳凰の背中でクラッチを組む。相手が逃げないように――逃げるはずがないが、がっちりとホールドする。相手の股に脚を入れ、突進の力を後ろへと受け流すように体を逸らす――。
レスリングの『反り投げ』だ。下半身の力を総動員させて持ち上げ――。
――るよりも速く。アルショムを軸として鳳凰はぐるりと体を回した。
(なッッ――――!?)
腰の部分を掴み――勢いを殺すことなく――顔面から地面に叩きつけた――。
――相撲の決まり手『上手投げ』。鳳凰の得意技にして相撲において最もポピュラーな技。そして――勇渚が最も愛した技であった。
『ダウン!!1.2.3――8.9.10!!アルショム・スミルノフ選手が脱落しました!!鳳凰選手に1ポイントが付与されます!!』
「――っ」
――3分後。アルショムは目を覚ました。まるで純白のワンピースのように綺麗な電灯が目に反射する。
「起きたか」
「……俺は負けたのか」
アルショムが目を覚ますまで近くに座っていた鳳凰。それほど戦いは過酷だったということだ。
「勝てるかと……思ったんだがな」
「だいぶキツかったよ」
「はぁ……どういう顔して帰ればいいんだ。我が祖国の看板を背負っておきながら1戦目にして敗北なんて……」
「安心しろ。国っていうのは1人で背負えるほど軽いもんじゃない。お前が背負っていたのは看板の屑だけさ」
「……はは。面白いやつだな。やっぱり」
戦いが終わった後は爽やかに。固まっていた緊張感は綻んだ。
「――嘘をついていた」
「奇遇だな俺もだ」
「先にいいか?」
「おう」
「最初に『昔は貧乏で本も読めなかった』って言ってたが……ありゃ嘘だ。本くらいは買ってくれたし読んでたよ」
「は?じゃあなんでここ来たんだ?」
「……笑わないか?」
「笑わねぇよ」
――ワンテンポ。静かな時間をひとつ置いて話した。
「その……日本のエロい本を読んでみたくて。アジアの女の人に興味あったし……」
「――くっだらね!!」
約束を無視して鳳凰は大笑いする。
「おい!笑わないって言ったろ!?」
「いやすまんすまん。――理由がしょうもなさすぎて」
「ったく。……それで?お前の嘘は?」
「あぁ俺?」
鳳凰は立ち上がる。体力は完全とまではいかないまでも回復したようだ。残っている痛みも気になるほどじゃない。
「実は俺、日本人じゃない。モンゴル人だ」
「――へ?」
意外な事実に思わず起き上がってしまう。
「……これだからアジア人は。見分けが全然つかねぇんだよなぁ。『100年前のリベンジ』なんて言ってた俺が馬鹿みたいじゃん」
「それ差別だぞ」
「見逃してくれよー。俺らの仲だろ?」
「――しゃーねぇな」
立ち去ろうとする鳳凰を――アルショムが呼び止める。
「おい――優勝しろよ」
「――任せろ」
鳳凰は大仏のような優しい笑みを浮かべながらアルショムにピースを向けた。
(まだ余力が……!?)
しかし呼吸していない人間の力などたかが知れてる。あと少しでダウンするはず。アルショムが力を抜くことは無い。
――もう片方の腕を地面に叩きつける。ピキピキと血管が浮き出てゆく。
(こいつまさか――!?)
――なんと腕の力のみで体を持ち上げた。
「まじかよ!?」
体重95キロの大男を乗せてもなお持ち上がる筋力。想定などできようか。できるはずがない。
だが持ち上がってしまえば時間の問題。ぐるりと回転して背中のアルショムを地面に押し付ける。
――今度は体重が160キロの肉塊がアルショムの体にのしかかった。
「ぐぶ――――!?」
一瞬だけ緩んでしまった絞め。その隙に腕から脱出。そして元々緩かった脚関節も即座に外した。
互いに立ち上がって睨みつける。もう何回目の睨み合いだろうか。仕切り直しだろうか。
「まさか……力技で返されるとは……」
「だがもう1回喰らえば流石に倒れる」
――どれだけ仕切り直そうとも構えは変わらない。手は両手に。腰を深々と下ろして。
アルショムも構えは変わらず。自分が最も信頼した構えをとる。
「これが最後だ」
「そう願いたいな」
さぁ最後のぶつかり合い。身体能力が勝っているのは鳳凰。だがすでに3回も突進はいなされている。
馬鹿正直に行っても負けるのは分かりきった事実。――それがどうした。策を弄するのは性にあわない。ならば信じるのみ。己が捧げた相撲を――――。
――本日4度目のぶつかり合い。なおかつ本日最後のぶつかり合い。爆発のような音を立てて鳳凰が始発した。
地面を叩き壊すスピード。今日1番の初速。比肩しうる者のない無敗の弾丸はアルショムへと収束する。
引きずられるのも慣れた。足の裏は使い古された靴よりもすり減っている。――その程度で鳳凰を止められるのなら本望。魂を賭けたって安くない。
自分が魂を賭けたのは『ロシア』と『レスリング』だ。人生を賭けたのも『ロシア』と『レスリング』だ。
祖国へ胸を張って帰れるように。最後の技はレスリングと決めていた――。
掴んでいた廻しを離して鳳凰の背中でクラッチを組む。相手が逃げないように――逃げるはずがないが、がっちりとホールドする。相手の股に脚を入れ、突進の力を後ろへと受け流すように体を逸らす――。
レスリングの『反り投げ』だ。下半身の力を総動員させて持ち上げ――。
――るよりも速く。アルショムを軸として鳳凰はぐるりと体を回した。
(なッッ――――!?)
腰の部分を掴み――勢いを殺すことなく――顔面から地面に叩きつけた――。
――相撲の決まり手『上手投げ』。鳳凰の得意技にして相撲において最もポピュラーな技。そして――勇渚が最も愛した技であった。
『ダウン!!1.2.3――8.9.10!!アルショム・スミルノフ選手が脱落しました!!鳳凰選手に1ポイントが付与されます!!』
「――っ」
――3分後。アルショムは目を覚ました。まるで純白のワンピースのように綺麗な電灯が目に反射する。
「起きたか」
「……俺は負けたのか」
アルショムが目を覚ますまで近くに座っていた鳳凰。それほど戦いは過酷だったということだ。
「勝てるかと……思ったんだがな」
「だいぶキツかったよ」
「はぁ……どういう顔して帰ればいいんだ。我が祖国の看板を背負っておきながら1戦目にして敗北なんて……」
「安心しろ。国っていうのは1人で背負えるほど軽いもんじゃない。お前が背負っていたのは看板の屑だけさ」
「……はは。面白いやつだな。やっぱり」
戦いが終わった後は爽やかに。固まっていた緊張感は綻んだ。
「――嘘をついていた」
「奇遇だな俺もだ」
「先にいいか?」
「おう」
「最初に『昔は貧乏で本も読めなかった』って言ってたが……ありゃ嘘だ。本くらいは買ってくれたし読んでたよ」
「は?じゃあなんでここ来たんだ?」
「……笑わないか?」
「笑わねぇよ」
――ワンテンポ。静かな時間をひとつ置いて話した。
「その……日本のエロい本を読んでみたくて。アジアの女の人に興味あったし……」
「――くっだらね!!」
約束を無視して鳳凰は大笑いする。
「おい!笑わないって言ったろ!?」
「いやすまんすまん。――理由がしょうもなさすぎて」
「ったく。……それで?お前の嘘は?」
「あぁ俺?」
鳳凰は立ち上がる。体力は完全とまではいかないまでも回復したようだ。残っている痛みも気になるほどじゃない。
「実は俺、日本人じゃない。モンゴル人だ」
「――へ?」
意外な事実に思わず起き上がってしまう。
「……これだからアジア人は。見分けが全然つかねぇんだよなぁ。『100年前のリベンジ』なんて言ってた俺が馬鹿みたいじゃん」
「それ差別だぞ」
「見逃してくれよー。俺らの仲だろ?」
「――しゃーねぇな」
立ち去ろうとする鳳凰を――アルショムが呼び止める。
「おい――優勝しろよ」
「――任せろ」
鳳凰は大仏のような優しい笑みを浮かべながらアルショムにピースを向けた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-
ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代――
後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。
ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。
誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。
拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生!
・検索キーワード
空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる