迦神杯バトルロイヤル

アタラクシア

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本戦

第37話 少女の愛した相撲

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――固められながらも、首を絞められながらも。鳳凰はアルショムの前腕を掴んだ。

(まだ余力が……!?)

しかし呼吸していない人間の力などたかが知れてる。あと少しでダウンするはず。アルショムが力を抜くことは無い。

――もう片方の腕を地面に叩きつける。ピキピキと血管が浮き出てゆく。

(こいつまさか――!?)


――なんと腕の力のみで体を持ち上げた。

「まじかよ!?」

体重95キロの大男を乗せてもなお持ち上がる筋力。想定などできようか。できるはずがない。

だが持ち上がってしまえば時間の問題。ぐるりと回転して背中のアルショムを地面に押し付ける。

――今度は体重が160キロの肉塊がアルショムの体にのしかかった。

「ぐぶ――――!?」

一瞬だけ緩んでしまった絞め。その隙に腕から脱出。そして元々緩かった脚関節も即座に外した。



互いに立ち上がって睨みつける。もう何回目の睨み合いだろうか。仕切り直しだろうか。

「まさか……力技で返されるとは……」
「だがもう1回喰らえば流石に倒れる」

――どれだけ仕切り直そうとも構えは変わらない。手は両手に。腰を深々と下ろして。

アルショムも構えは変わらず。自分が最も信頼した構えをとる。

「これが最後だ」
「そう願いたいな」

さぁ最後のぶつかり合い。身体能力が勝っているのは鳳凰。だがすでに3回も突進はいなされている。

馬鹿正直に行っても負けるのは分かりきった事実。――それがどうした。策を弄するのは性にあわない。ならば信じるのみ。己が捧げた相撲を――――。



――本日4度目のぶつかり合い。なおかつ本日のぶつかり合い。爆発のような音を立てて鳳凰が始発した。

地面を叩き壊すスピード。今日1番の初速。比肩しうる者のない無敗の弾丸はアルショムへと収束する。

引きずられるのも慣れた。足の裏は使い古された靴よりもすり減っている。――その程度で鳳凰を止められるのなら本望。魂を賭けたって安くない。

自分が魂を賭けたのは『ロシア』と『レスリング』だ。人生を賭けたのも『ロシア』と『レスリング』だ。

祖国へ胸を張って帰れるように。最後の技はレスリングと決めていた――。


掴んでいた廻しを離して鳳凰の背中でクラッチを組む。相手が逃げないように――逃げるはずがないが、がっちりとホールドする。相手の股に脚を入れ、突進の力を後ろへと受け流すように体を逸らす――。

レスリングの『反り投げ』だ。下半身の力を総動員させて持ち上げ――。


――るよりも速く。アルショムを軸として鳳凰はぐるりと体を回した。

(なッッ――――!?)

腰の部分を掴み――勢いを殺すことなく――顔面から地面に叩きつけた――。

――相撲の決まり手『上手投げ』。鳳凰の得意技にして相撲において最もポピュラーな技。そして――勇渚が最も愛した技であった。



『ダウン!!1.2.3――8.9.10!!アルショム・スミルノフ選手が脱落しました!!鳳凰選手に1ポイントが付与されます!!』



「――っ」

――3分後。アルショムは目を覚ました。まるで純白のワンピースのように綺麗な電灯が目に反射する。

「起きたか」
「……俺は負けたのか」

アルショムが目を覚ますまで近くに座っていた鳳凰。それほど戦いは過酷だったということだ。

「勝てるかと……思ったんだがな」
「だいぶキツかったよ」
「はぁ……どういう顔して帰ればいいんだ。我が祖国の看板を背負っておきながら1戦目にして敗北なんて……」
「安心しろ。国っていうのは1人で背負えるほど軽いもんじゃない。お前が背負っていたのは看板の屑だけさ」
「……はは。面白いやつだな。やっぱり」

戦いが終わった後は爽やかに。固まっていた緊張感は綻んだ。

「――嘘をついていた」
「奇遇だな俺もだ」
「先にいいか?」
「おう」
「最初に『昔は貧乏で本も読めなかった』って言ってたが……ありゃ嘘だ。本くらいは買ってくれたし読んでたよ」
「は?じゃあなんでここ来たんだ?」
「……笑わないか?」
「笑わねぇよ」

――ワンテンポ。静かな時間をひとつ置いて話した。

「その……日本のを読んでみたくて。アジアの女の人に興味あったし……」
「――くっだらね!!」

約束を無視して鳳凰は大笑いする。

「おい!笑わないって言ったろ!?」
「いやすまんすまん。――理由がしょうもなさすぎて」
「ったく。……それで?お前の嘘は?」
「あぁ俺?」

鳳凰は立ち上がる。体力は完全とまではいかないまでも回復したようだ。残っている痛みも気になるほどじゃない。

「実は俺、日本人じゃない。モンゴル人だ」
「――へ?」

意外な事実に思わず起き上がってしまう。

「……これだからアジア人は。見分けが全然つかねぇんだよなぁ。『100年前のリベンジ』なんて言ってた俺が馬鹿みたいじゃん」
「それ差別だぞ」
「見逃してくれよー。俺らの仲だろ?」
「――しゃーねぇな」


立ち去ろうとする鳳凰を――アルショムが呼び止める。

「おい――優勝しろよ」
「――任せろ」

鳳凰は大仏のような優しい笑みを浮かべながらアルショムにピースを向けた。
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