無職で何が悪い!

アタラクシア

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3章「美しき水の世界」

87話「燃え盛る炎の中でも!」

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出てきたのは女性。黒いふわっとしたローブ。その中には白のワイシャツ。そしてしなっとしたスカートを履いている。

髪は黒のロングでウェーブがかかっている。身長は推定で160cmほど。ヘキオンよりかはふた周り大きい。


その女性が出てきた瞬間。観客の勢いがガラッと変わった。消化試合を終えた感覚だった人たちが一気に身を乗り出す。


「――ノノ様だ!あれノノ様じゃないか!?」
「こんなところで見れるなんて……感激!!」
「闘技大会に出場なさるのか!」

ザワザワと騒々しくなる。それもそのはず。ノノは有名人であった。



「――ノノってあの勇者パーティの魔法使いか!?」
「だよね!こんなところで見られるなんて!」

クリントンとロードがノノに釘付けになる。さっきまで持ち上げていたヘキオンには目もくれず。

ヤキモチを焼いたのか、顔を膨らませるヘキオン。2人の前をぴょこぴょこと動く。


「……どしたのヘキオン」
「……い、いや。別に」

突然襲われる羞恥心。真っ赤になったヘキオンが縮こまる。

「――もしかしてヤキモチ焼いてたのヘキオンちゃん!」
「……」
「わー!ヘキオンちゃんかわいー!」

ロードに抱きつかれる。悪い気はしてなさそうだ。むしろ嬉しそう。




「攻撃方法は……魔法ですよね」
「はい」

当たり前かのような問答。ここまでの有名人。戦闘方法などはわかっている。



的から少し離れた場所。手を前にかざし、魔力を放出し始める。

魔力は形を徐々に形成。メラメラと燃える炎がノノの片手に纏わりつく。炎は熱く。周りは熱量を感じ取った。


観客は静止。言葉を一切発さない。ノノの魔法を静かに見守る。


炎は塊に。球体へと変貌する。その球体は大きく、ヘキオンの時と同じぐらいの大きさだ。

熱量はさらに増す。空気中の水分が減り、眼球の水分が一瞬で乾く。他の選手は必然的に瞬きの回数が増えていった。

空気は熱く。呼吸するだけで体内が燃えそう。口の中の唾液が一瞬で蒸発する。頬を伝う汗すらも、ぬるま湯から熱湯へと熱さを増加させてゆく。


それを的にぶつける――ことは無い。まださらに1段階変わる。

球体は形を変える。大きく広がり口へ、ベコっと凹んで眼球に、鋭く伸びるは牙。球体の質量はどんどん増える。次に生成されたのは体。最後に尻尾。

完成されたその姿は四足歩行の猛獣。子供なら好きであろうあの猛獣。日本古来から描かれてきたあの猛獣。


「――炎虎えんこ


炎の虎。燃える猛獣。揺れる炎の体を手にした虎は、自分よりも何倍も小さい的に向かって突進して行った。


熱風が観客の方にまで。的に衝突した虎は透明な虚空へと消え去る。

熱を帯びていた空気が徐々に冷める。流れていた汗は普通の温度に。乾いていた体液が元に戻り始めた。


静まったままの観客。他の選手。補助員たち。まるで時間が止まったかのように的の方をじっと見ていた。

その理由は分かるだろう。ノノが放った魔法の威力。それがどれくらいかを確認したかったからだ。

もはや1番の数字を取るのは分かりきっている。だからこその気になる数字。ヘキオンをどれほど超えているか。重要なのはそこだ。







『――4801』

実にヘキオンの数字を1000以上も更新した。そんな所を見せられればどうなるか。そんなの1つ。観客が歓喜する。そういうことだ。




ヘキオンと同じくスタンディングオベーション。しかしその音はヘキオンよりも大きかった。拍手の音がベネッチアの街全体を覆うほどの大きさになる。

凄まじい拍手。それを一身に浴びる。それでも眉ひとつ動かさないノノ。それはまるでこうなることが予想できてたかのよう。自分が注目されるのがわかっているかのようだった。



「……」

ノノをじっと見つめるヘキオン。それは憧れの眼差しではない。敵意の眼差し。それと興味の眼差し。そしてもう1つ、幸甚の眼差しであった。




――目の目が合った2人。


サラリとたなびくノノの後ろ髪。フワリと揺れるヘキオンの前髪。

赤い瞳がヘキオンを見つめる。碧い瞳がノノを映す。


ノノは何も言わずにヘキオンから離れる。ヘキオンも反応することなく前を見据える。どちらがどう思ってるかは分からない。



これから自分の人生において、最強のライバルとなることを2人はまだどちらも知ることはなかった。











続く
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