無職で何が悪い!

アタラクシア

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2章「宝石が並ぶ村」

63話「決めた覚悟!」

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「場所は」

カエデ。カエデの冷たい声が洞窟を反響する。

「……こ、この石版の中央――」

出した石版をすぐにぶんどる。


「……」

じっと見つめる。目に光はない。顔に光はない。呼吸は冷静。

「――分かった」

確認したようだ。石版をスプリングの前に捨てる。


「さっさと出ていろ。――巻き添えで死んでも俺は知らないからな」

取り出す木の棒。明らかにいつもとは違う雰囲気。禍々しいものがカエデを覆っている。実際に覆っているわけではない。しかし近くにいた二人はカエデの周りに黒いオーラが出ていると錯覚していた。

拳が握り締められる。目元は見えない。見てしまったら恐怖で我を忘れる。なので二人は下を向く。カエデに目を合わせない。

浮かび上がる血管。青筋が立っている。怒り。激怒。憤怒。表現するならばこの辺りだ。

逆立つ毛。例えるならば獅子。燃え盛る炎のように逆立った髪の毛が揺れる。



「――!?」

巻き上がる砂煙。轟く轟音。向かってくる風圧。

反応する暇もなく消えてゆく灰色の霧。晴れた頃にはカエデの姿は消えていた。

「……」

生物の域を超えたスピード。そんなものを目の前にして普通にいられるわけない。声すら出ないのは当たり前のことだ。



「カエデ……」

呟くウォーカー。心配。それはカエデに対するものだ。ただ死ぬかもしれないという心配ではない。

尋常じゃないほどの怒り。それに対する心配だ。優しかったカエデがあんなにも変わってしまった。普通じゃない。誰が見ても分かる。


「……っ」

噛み締める歯。悔しさが心を燃やし尽くす。妹の前で出してしまった自分の弱み。妹の前だけでは強い兄でいなければならなかった。そうせざるおえなかった。

今はどうだ。命欲しさに人を売り、命欲しさに土下座までした。妹は自分をどう見ているのか。蔑むか。軽蔑するか。そんなことになっても文句は言えない。それほどのことをした。

今ヘキオンはどうなっているのか。スプリングは知らない。だがウォーカーはなんとなく察していた。自分が下で見たものと同じことをされるのだろう。そう察していた。


「――助けに行こう!」

ウォーカー。力を失っているスプリングの肩を揺らした。

「……え?」
「お兄ちゃんが殺さなかったってことは、ヘキオンさんはいい人だったんでしょ?少なくとも生かせる価値はあったはず!だったら助けに行かないと!」
「……どんな顔をして……助けに行けばいいんだよ」
「そんなのなんでもいいよ!今のカエデは多分暴走してる。ヘキオンさんを助けるのには時間がかかってしまうでしょ!その間に逃げられるかも……その前に私たちが助けるの!」
「で、でも……俺は……」
「あーもう!!」

へたり込むスプリングを無理やり立たせる。

「シャキッとして!……ここで行動しないと、お兄ちゃんのこと嫌いになるから!!!」




「――それは……嫌だ……!」

光。黒い衣装に光が灯る。力。腕に宿るは覚悟の力。愛。心に再度産まれる妹への愛。

「お前に嫌われるのは困る!!」
「――それでこそお兄ちゃん!!」

立ち直ったスプリングに飛びついた。飛びつかれた程度で倒れるほどやわな体幹はしていない。


「早くしないとヘキオンさんがヤバい!」
「そうだな……ヘキオンが何されてるのか分かるのか?」
「……まぁ……」

まだスプリングはクリスタリアンがしていたことを知らない。

「……目的は分からない。けど多分恨みを晴らしてるのだと思う。……私たちも人を恨んでたから」
「俺たちと同じか……」

同情。同じ状況だったから二人は分かる。それでも行かなくては。

「――行くぞ。着いてこい!!」
「うん!」

覚悟を決めた者の声。二人はクリスタリアンの村へと走っていった。












続く
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