無職で何が悪い!

アタラクシア

文字の大きさ
上 下
47 / 117
2章「宝石が並ぶ村」

47話「我ら荒野のならず者!」

しおりを挟む
――その日の夜中。


「ふー」

眠っているヘキオンの隣に座るカエデ。疲れてぐっすり眠っているヘキオンに対して、カエデはまだまだ元気がありそうだ。

「ヘキオンの速度だったら明日にでも余裕で着くな。方角も合ってるし」

カエデは走ってベネッチアの場所を確認してきていた。ヘキオンを置いていくと仮定して、カエデが本気で走れば5秒もかからない。

「おんぶして連れてったら一瞬で着くんだけどなぁ……それだとトレーニングにもならないか」

ゴロンと寝転ぶカエデ。


空にはギュウギュウに詰められた星。流れ星がきらりと光る。薄黄色の満月はヘキオンとカエデを照らしていた。

ロマンチックな光景。美しき世界。しかしこの世界に住む人々にとってはなんてことない光景だ。それはカエデも例外ではない。

「……」

横。カエデの横。寝返りを打ったヘキオンがカエデの方に向く。


綺麗な顔。整った顔立ち。例えるなら桜や桃と言うべきか。とにかく綺麗な顔立ちをしている。

ほのかに赤くなった頬。頬よりも真っ赤に染まっている唇。起きている時は幼い顔つきだが、寝ている時は大人っぽい。美しい顔だ。

「――」

顔を真っ赤にするカエデ。師匠風を吹かせているが、どこまで言ってもやはりまだ17歳の子供。好きな人の隣で寝るのは心臓に悪いのだろう。

「……」

じっとヘキオンを見つめている。



「――っ」

乱れる呼吸。興奮している感じではない。過呼吸。なにかに動揺しているかのような呼吸だ。

「っっ――ハァハァハァハァ」

汗が流れる。冷や汗。顔がどんどんと青ざめていく。

「ヘキ、かフッ――ロー、ルトッ――イッ、ヨウッッ、ュウッッ」

流れる涙。カエデの脳内に走るノイズ。まるで壊れたテレビのように途切れ途切れに流れる画像。記憶の断片がカエデの頭の中に駆け巡る。少し見てみよう。





1人の少女。髪を後ろで結んだ少女。真っ黒の髪に優しそうな雰囲気を出している。

1人の少年。髪は短く、サラサラしている。スポーティな印象を抱かせる。

1人の少年。こちらも髪は短く、少しくせっ毛気味。身長が高く、筋肉質。

1人の少年。髪は少し長めのサラサラ。チビで悪そうな顔をしている。

1人の少年。髪は短く、顔が丸い。体格は大きく、縦にも横にも大きい。



5人が集まっている。こちらに向かって差し出される手。顔には真っ黒のペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたような、よく分からないものがかかっている。顔が視認できない。

――走るノイズ

5人が前を走っている。前に。前に。前に。みんな元気そうにはしゃいでいる。みんな楽しそうに走っている。歳は何歳だろうか。

――歪む記憶

5人が川で泳いでいる。全員下着姿。少年たちはふんどしみたいなのをつけている。少女はそれの女の子版。胸にはサラシみたいなのが巻かれてある。今なら児童ポルノでしょっぴかれそうだ。

――大きく鳴る心臓

5人が木登りをしている。1番上には少女。その下には必死になって登る少年たち。その顔からは疲れが見えているが、どこか楽しそうな雰囲気を出している。

――止まらない過呼吸

5人が並んで座っている。5人の目の前には老人。怒鳴っているようだ。察するに悪いことをして怒られている……といったところか。





「――――ガフッッッッッ!!!」

起き上がる体。瞳孔は開き、心臓は外にも聞こえるほど鳴っている。

「ハァハァハァハァハァハァハァハァ……」

過呼吸。いつものカエデでは考えられないほど弱々しい姿。


「ハァハァハァハァ……フゥフゥ……」

ほんのちょっと落ち着きを取り戻していた。なにが起きたのだろうか。

「フゥフゥ……フゥ……」

隣には寝ているヘキオン。まだ起きてはいない。幼児のような吐息を漏らすだけ。その姿に安心したのか、過呼吸も止まっていた。


「……」

思い詰めたような眼をしている。目線の先はヘキオン。

「……君は……」

呟く。

「……せめて……君だけは……」

優しい声。

「……大切な人は……」

ヘキオンの方に手を伸ばした。

「――守らないと」

カエデの手がヘキオンの頬を撫でた。優しく、優しく。子供をあやすかのように。



「――んぅ」

ピクリと動くヘキオン。反応して同じくピクリと動くカエデ。

「……んん」

微笑んだ。疲れ切っていたカエデの顔が明るくなる。







「――おい」

カエデの後ろ。音も出さずに居た。少女。オレンジ色のターバンをつけた少女。白い服にジーパンを着ている。

「なっっ――」
「気がつかないとでも思ったのか。市街ならまだしも、こんな広々した荒野で隠密なんてできるわけないだろ」


ナイフを取り出す少女。戦闘態勢。見た目だけで見るなら強くはなさそうだ。

「なんだやるのか?金目の物はないからやったって無駄だぞ」
「か、関係ない。それに欲しいのは金目の物じゃなくて食料と水!」
「……まぁやってやらなくもないけど」

軽く欠伸をする。自分が舐められているということに気がついた少女。眉を引き寄せて怒りの表情を作った。

「ふん!舐めていられるのも今のうちだよ!」
「なにか秘策でもあるかのような口ぶりだな」
「……気がついてないようだね。こんなに可愛らしい盗賊が1人で旅人を襲うとでも?」





カエデの後ろ。寝ているヘキオンに刃を向ける男。真っ黒の衣装に身を包んだ男がそこにいた。

「――なるほどね。暗殺者アサシンか」

振り向いたカエデの目に光はなかった。












続く
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

救国の巫女姫、誕生史

ぺきぺき
ファンタジー
霊や妖による事件が起こる国で、それらに立ち向かうため新設された部署・巫覡院(ふげきいん)。その立ち上げに抜擢されたのはまだ15歳の少女だった。 少女は期待以上の働きを見せ、どんどん怪奇事件を解決していくが、事件はなくなることなく起こり続ける。 さらにその少女自身にもなにやら秘密がいっぱいあるようで…。 新米巫覡がやがて救国の巫女姫と呼ばれるようになるまでの雑用係の少年との日常と事件録。 ーーーー 毎日更新・最終話まで執筆済み

役立たず王子のおいしい経営術~幸せレシピでもふもふ国家再建します!!~

延野 正行
ファンタジー
第七王子ルヴィンは王族で唯一7つのギフトを授かりながら、謙虚に過ごしていた。 ある時、国王の代わりに受けた呪いによって【料理】のギフトしか使えなくなる。 人心は離れ、国王からも見限られたルヴィンの前に現れたのは、獣人国の女王だった。 「君は今日から女王陛下《ボク》の料理番だ」 温かく迎えられるルヴィンだったが、獣人国は軍事力こそ最強でも、周辺国からは馬鹿にされるほど未開の国だった。 しかし【料理】のギフトを極めたルヴィンは、能力を使い『農業のレシピ』『牧畜のレシピ』『おもてなしのレシピ』を生み出し、獣人国を一流の国へと導いていく。 「僕には見えます。この国が大陸一の国になっていくレシピが!」 これは獣人国のちいさな料理番が、地元食材を使った料理をふるい、もふもふ女王を支え、大国へと成長させていく物語である。 旧タイトル 「役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~」

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

転校から始まる支援強化魔術師の成り上がり

椿紅颯
ファンタジー
どの世界でも不遇職はやはり不人気。モンスターからは格好の標的にもなりえり、それは人間の汚い部分の標的にもなりやすい。 だが、なりたい自分、譲れない信念を貫いていく―― そんな主人公が己が力と仲間で逆境を切り開いていくそんな物語。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...