無職で何が悪い!

アタラクシア

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序章

12話 もっともっとぶちのめせ!

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「クゥゥ――ああ!!」

なんとか立ち上がる。しかしダメージが蓄積しているのか、既に満身創痍だ。

ヘキオン自身そのことをわかっている。だからさっきので終わらせたかった。しかし中途半端なダメージはクレインを強くしてしまった。

「来い!!来いよ!!もっとだ!!もっと来い!!」

真紅のような眼を見開き、真っ白な毛を大きく逆立て、吐かれる吐息は気持ち悪い音を出している。

月の灯りはまるでクレインの狂気ぶりを後押ししているかのよう。周りの暗闇はヘキオンを追い詰めてるかのようだ。

「……はぁ……ッッああ!」

さっきよりも薄い水を拳に纏わせ、同じように構える。







アクア――」

ヘキオンが動くよりも先。さっきとは逆にヘキオンよりも速く動いた。

ヘキオンの頭を大きな手で掴む。ヘキオンから見たら一瞬で視力がなくなったかのような感覚だ。そんなことが起きたならば思考が止まるのも仕方ない。


掴んだヘキオンを持ち上げ、地面に叩きつける。まるで津波のように地面が波立ち、同時にヒビが大きく広がる。

「――」

顔を掴まれてるので声すら出せない。思考が追いついてないので抵抗すらできていない様子。


バレーボールのようにヘキオンを宙に上げる。

「フンンンッッッ!!!!!」

落ちてきたヘキオンの腹部に溜め込んだ右ストレートを決めた。

「――――」

ヘキオンのお腹よりも大きい拳がヘキオンのお腹を貫く。息が詰まるどころの話ではない。内蔵が潰れてもおかしくないはずだ。



家の壁を壊し、砂煙を巻きながら吹き飛ばされる。家の中にいた住人は、逃げるように家から離れたり、怒ろうとしたりしていた。

しかし怒ろうとした住人もクレインの姿を見た瞬間、ライオンを見たインパラのようにどこかへ走り去っていった。




大きな家の壁にめり込んでいるヘキオン。目は虚ろで生気が感じられない。口から血がダラーっと流れている。

そんなヘキオンにまっすぐ歩いていくクレイン。眼は赤光りし、真っ暗闇を紅い線のように照らしている。

「――どぉぉした!?まだだろ!?まだ手はあるだろ!?もっと痛みをくれよヘキオン!!」

ボクシングならタオルが投げ込まれている状況だ。しかしこれはボクシングでは無い。殺し合いだ。

戦闘本能に支配されたクレインに『試合終了』の文字はないのだ。もっとも。ヘキオンはクレインを殺すつもりはなかったが。


ヘキオンの前に立つクレイン。反応もしていない。だがクレインはそんなことも意に返していない。

大きく拳を振り上げる。

「フハハハハハ!!!もっと――もっとぉぉぉぉぉ!!!」

その振り上げられた拳はヘキオンに向かって振り下ろされた――。








ドッジャァァァン。

石が壊れ、砂が巻き上がる音がする。しかしそこに生物が潰れたような音は聞こえない。全て無機物が壊れるような音だ。



クレインの後ろ。人を潰す感覚がなかったクレインが不思議そうに自分の手を眺めている後ろ。

「――無理をするからこうなるんだ。馬鹿野郎」

黒髪の刈り上げに無精髭。カエデだ。

なんでここにいるのかは分からない。しかし最高のタイミングで助けに来た。これは事実である。

「――――なぁぁぁんだ。貴様ァァァ!!」

カエデに気がついたクレインが、カエデに向かって叫んだ。クレインからしたら、食べようとした獲物を横取りされたような気分なのだろう。

カエデはそんなクレインを蔑んだ目で見た。

「――その目ェ。気に食わねぇなぁ!!さっさとヘキオンを返せぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ヘキオンはお前の物じゃないぞ。……まったく。人格が変わってるとはいえ、力量差も分からない愚か者だったとはな――」

カエデが話終わるよりも速く。ヘキオンに攻撃を仕掛けた時よりも速く。カエデの脳天に大きな両拳を叩き込んだ――。








「――だから言っただろう。お前とはが違うと」

確かにカエデの脳天にクレインの拳は命中していた。命中はしていた。

傷どころかホコリすら付いていない。カエデが立っている地面には大きなヒビが入っている。ということはちゃんと威力は出ていたのだ。


狂気的だったクレインの顔が段々と青くなっていく。堂々としていた体は身を震わせ始めた。

「……言っても分からん駄犬には、一つ教育をしてやろう。生物の本能を出さしてやる」

クレインの右手を掴んだ。メキメキという音を出してカエデの指がめり込んでいく。

「ガァッ――!!」
「こっちを見ろ」

クレインの顎をそっと掴む。蔑むように、見下すように、自分が王であるのが常識であるかのように。カエデはポツリと言った。











消えろ失せろ。二度と常世に現れるな」











その瞬間。大きかった体はどんどんと縮こまっていき、厚く綺麗だった白の毛は全て抜け落ち、真っ赤な眼はスっと普通に戻った。

そこに座っていたのはただの少年。見た目はごく普通の少年だ。

「――もう大丈夫だよ。狼はいなくなった」

さっきとは信じられないほど優しい声で少年に話しかける。

「……本当?」
「本当さ。そこに寝てるお姉ちゃんが助けてくれたんだよ。今は疲れてるから眠ってるけど、起きたらちゃんとお礼を言ってあげてね」
「――うん!」

少年の元気な答えにカエデは優しい笑顔で返していた。


カエデがヘキオンを抱える。眠っているヘキオンの頬をスっと撫でた。

「――良かった。生きてて」

カエデは静かに微笑んでいた。












続く
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