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4日目
美麗
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ハンマーを振り上げていた。トンカチかもしれない。狙いは美結の頭部。この距離なら逃げることは確実に不可能だ。外れたとしても頭以外に当たる。十分怯む。
(――はは)
思わず笑ってしまった。裏切られて絶望した。それも少しはある。だが一番の理由は――ようやく死ねるからだ。
自殺はできなかった。怖かったから。誰かに殺されたかった。それならこんな地獄からも逃げられる。
ずっと願っていたことが現実になる。これでようやく死ねる。人生で初めて自分の願いを叶えられる。
自分を殺すのが――桃也でよかった。父親に殺されるのは嫌だ。せめて――せめて――自分の好きな人に――。
――いつまでたっても痛みが来ない。もしかしたらもう死んだのかも……なんて思って目を開いた。
「……」
桃也はハンマーを振らなかった。至極つまらなそうな顔をしている。
「……なんで笑ってんの?」
「……だって殺してくれるんでしょ?」
「は?」
「早く殺してよ」
笑みが止まらない。顔が火照ってくる。願いは目の前にあるのだ。なのに――。
「えぇ……」
「何してるの?早く殺してよ」
――早く。早く殺して欲しい。桃也の手で殺して欲しい。これ以上は生きる意味がないのだから。生きてても辛いのだから。
なのに桃也はため息をついてハンマーを捨てた。重苦しい音が部屋に響く。
「なんか萎えた」
「……へ?」
「つまらん。もう帰って」
「ちょ、ちょっと――」
桃也の脚にしがみつく。さっき止めようとしていた涙が今頃になって止まらなくなった。
「こ、殺してよ!」
「ヤダよ。後処理めんどいんだよ」
「なんで……殺してよ!」
「だから後処理めんどいんだって」
「なっ、いやっ、ヤダヤダ!!殺してよ!!」
子供のように駄々を捏ねている。泣きじゃくりながらポコスカと桃也を殴る姿はまさに子供だ。
桃也も初めての経験らしい。完全に予想外の反応でオドオドしている。数秒前に人を殺そうとしていたとは思えない。
「やめろわかったから、とりあえず離せ!」
「離したら殺してくれる……?」
「それは……まぁ……」
「やだ!!離さない!!」
「分かった!分かった!殺す、殺してやるから!」
ようやく離してくれた美結をじっと見つめている桃也。今までとは違う相手にどうしようかと頭を悩ませていた。
「……いつ殺してくれるの?」
「待て。考えてんだ」
と言いつつもだ。特に桃也は殺す気がない。ただ捕まえて拷問しようと思っていた。
「早くー早くー」
「黙らないと殺さないぞ」
「……」
「素直に黙らないでくれよ……」
殺す気がないのに殺すのは避けたい。そもそも桃也は殺すのが好きではない。
「……なぁ。なんで死にたいの?」
「殺してくれたら教えてあげる」
「言う気はないんだな」
「そっちも同じことしたでしょ?」
怒りで殺意が収まっていく。なんだかとんでもなく珍しい感情に桃也は陥っていた。
「教えないなら殺さない」
「……じゃあ警察に行く」
「待て待て待て待て」
流石にやばい。禁句ワードを出してきた。警察に行かれたら普通に捕まる。捕まらないにしても面倒なことになってしまう。
やはり口封じに殺してしまうべきか。でもそっちも面倒だ。それに桃也からしたら――。
「……こうしよう。今は俺の気分が乗ってない。乗ってきたら殺してやる」
「え?じゃあセックスする?何でもするよ?」
「それには興味無い。とりあえず今日は出直せ」
「あ……ちょ、待ってよ……」
無理やり立たせられて玄関まで運ばれるように歩かされる。抵抗しようとする美結だったが、やはり体格差があるので意味がない。
「もう嫌なの!!殺してよ!!今ここで殺してよ!!」
「――だからダメなんだよ」
桃也の言葉に動きが止まる。
「俺は生きてる人間を痛めつける。死ぬまで痛ぶり続ける。そうやって殺すから俺は生きてる実感が湧くんだ」
「……私も痛がるよ。包丁貸してくれたらどこでも刺されてあげる。拷問だって受けるよ?」
「そこだよ」
「え……?」
「死んでる人間を痛めつけても俺は生を実感できない」
言葉の意味が美結には分からなかった。自分は生きている。だからこんな地獄なのだ。だから解放されたいのだ。
「わたっ、私は……!」
「明日。俺に生きてるって証明をしろ。頭はいいんだろ」
「うぁ……」
「俺が生きてると確信したら――願い通りに殺してやる」
アパートの外に放り出された。言葉の意味が分からない美結を無視して、桃也は無慈悲に扉を閉める。
「死んでる……私が……死んでる……」
手すりにもたれかかり座り込んだ。外は雨が降っている。マシンガンのように絶え間なく撃ち続ける雨粒の音が耳に入ってきた。
考えることは桃也の言葉。その真意。期限は明日までだ。考えないと殺してはくれない。
目の前にまで来てくれた希望。それが遠のいた絶望感。今は時間がない。時間がない。すぐに帰らないと8時になってしまう。
美結は立ち上がった。傘はない。雨の中に身を委ね、水溜まりを踏みつけながら、自分の家へと足を運ぶのだった。
(――はは)
思わず笑ってしまった。裏切られて絶望した。それも少しはある。だが一番の理由は――ようやく死ねるからだ。
自殺はできなかった。怖かったから。誰かに殺されたかった。それならこんな地獄からも逃げられる。
ずっと願っていたことが現実になる。これでようやく死ねる。人生で初めて自分の願いを叶えられる。
自分を殺すのが――桃也でよかった。父親に殺されるのは嫌だ。せめて――せめて――自分の好きな人に――。
――いつまでたっても痛みが来ない。もしかしたらもう死んだのかも……なんて思って目を開いた。
「……」
桃也はハンマーを振らなかった。至極つまらなそうな顔をしている。
「……なんで笑ってんの?」
「……だって殺してくれるんでしょ?」
「は?」
「早く殺してよ」
笑みが止まらない。顔が火照ってくる。願いは目の前にあるのだ。なのに――。
「えぇ……」
「何してるの?早く殺してよ」
――早く。早く殺して欲しい。桃也の手で殺して欲しい。これ以上は生きる意味がないのだから。生きてても辛いのだから。
なのに桃也はため息をついてハンマーを捨てた。重苦しい音が部屋に響く。
「なんか萎えた」
「……へ?」
「つまらん。もう帰って」
「ちょ、ちょっと――」
桃也の脚にしがみつく。さっき止めようとしていた涙が今頃になって止まらなくなった。
「こ、殺してよ!」
「ヤダよ。後処理めんどいんだよ」
「なんで……殺してよ!」
「だから後処理めんどいんだって」
「なっ、いやっ、ヤダヤダ!!殺してよ!!」
子供のように駄々を捏ねている。泣きじゃくりながらポコスカと桃也を殴る姿はまさに子供だ。
桃也も初めての経験らしい。完全に予想外の反応でオドオドしている。数秒前に人を殺そうとしていたとは思えない。
「やめろわかったから、とりあえず離せ!」
「離したら殺してくれる……?」
「それは……まぁ……」
「やだ!!離さない!!」
「分かった!分かった!殺す、殺してやるから!」
ようやく離してくれた美結をじっと見つめている桃也。今までとは違う相手にどうしようかと頭を悩ませていた。
「……いつ殺してくれるの?」
「待て。考えてんだ」
と言いつつもだ。特に桃也は殺す気がない。ただ捕まえて拷問しようと思っていた。
「早くー早くー」
「黙らないと殺さないぞ」
「……」
「素直に黙らないでくれよ……」
殺す気がないのに殺すのは避けたい。そもそも桃也は殺すのが好きではない。
「……なぁ。なんで死にたいの?」
「殺してくれたら教えてあげる」
「言う気はないんだな」
「そっちも同じことしたでしょ?」
怒りで殺意が収まっていく。なんだかとんでもなく珍しい感情に桃也は陥っていた。
「教えないなら殺さない」
「……じゃあ警察に行く」
「待て待て待て待て」
流石にやばい。禁句ワードを出してきた。警察に行かれたら普通に捕まる。捕まらないにしても面倒なことになってしまう。
やはり口封じに殺してしまうべきか。でもそっちも面倒だ。それに桃也からしたら――。
「……こうしよう。今は俺の気分が乗ってない。乗ってきたら殺してやる」
「え?じゃあセックスする?何でもするよ?」
「それには興味無い。とりあえず今日は出直せ」
「あ……ちょ、待ってよ……」
無理やり立たせられて玄関まで運ばれるように歩かされる。抵抗しようとする美結だったが、やはり体格差があるので意味がない。
「もう嫌なの!!殺してよ!!今ここで殺してよ!!」
「――だからダメなんだよ」
桃也の言葉に動きが止まる。
「俺は生きてる人間を痛めつける。死ぬまで痛ぶり続ける。そうやって殺すから俺は生きてる実感が湧くんだ」
「……私も痛がるよ。包丁貸してくれたらどこでも刺されてあげる。拷問だって受けるよ?」
「そこだよ」
「え……?」
「死んでる人間を痛めつけても俺は生を実感できない」
言葉の意味が美結には分からなかった。自分は生きている。だからこんな地獄なのだ。だから解放されたいのだ。
「わたっ、私は……!」
「明日。俺に生きてるって証明をしろ。頭はいいんだろ」
「うぁ……」
「俺が生きてると確信したら――願い通りに殺してやる」
アパートの外に放り出された。言葉の意味が分からない美結を無視して、桃也は無慈悲に扉を閉める。
「死んでる……私が……死んでる……」
手すりにもたれかかり座り込んだ。外は雨が降っている。マシンガンのように絶え間なく撃ち続ける雨粒の音が耳に入ってきた。
考えることは桃也の言葉。その真意。期限は明日までだ。考えないと殺してはくれない。
目の前にまで来てくれた希望。それが遠のいた絶望感。今は時間がない。時間がない。すぐに帰らないと8時になってしまう。
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