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4日目
美結
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――鴨島家の地下。拷問の小休止で蓮見は椅子に座っていた。凛を逃したことを根に持っているのか、休んでいる時も美結から目を離さない。一見すると見惚れているようにも見える。
会話はない。する時は拷問する時だけだ。そのため地下には重苦しい空気が漂っていた。美結はそんなのを気にする余裕などなかったが。
鋭い痛みの中。自分の夫の死を聞かされた美結は昔のことを思い出していた。遠い遠い昔のことを――。
――25年前のこと。
美結が五歳の時に母親は死んだ。病死だった。小さい頃から体が弱かったらしく、肺炎にかかってそのままポックリ。
葬式は質素に行われた。父親と美結、そして母方の祖父母と父方の祖父母。この時に見た棺桶に入っている母親の顔を、美結は生涯忘れることはない。
無慈悲なことかもしれないが、資産面では母親が死んでも別段問題はなかった。むしろ生命保険で多額の金が入ってきたくらいだ。なのでお金には困らなかった。
問題は精神的なものだ。美結はまだ子供だからいい。父親の方がダメだった。
父親の名前は白井悠介。職業は弁護士。悪徳でもない、正義感に満ち溢れた人だった。
仕事も家族も両方きちんとできた人間。運動も出来て顔もいいと高スペックと言うにふさわしい人間だ。父親としても完璧。少なくともこの頃は。
母親が死んだ日から、悠介は酒に溺れるようになっていた。仕事はちゃんとこなすのが厄介なところ。表向きはよかったのだ。裏だって悪いわけでもない。
育児放棄だってしている、とまではいかなかった。ちゃんと保育園には連れていくし、ご飯も食べさせる。暴力も最初の頃は振るわなかった。
ただ酒を飲む。美結の顔を見る度に「桜花……」と呟く。自分の妻の名前を。娘と重ね合わせているのだ。
責めることは誰もできない。祖父母も暴力を振るってないなら別にいい、と責めることはしなかった。
悠介と桜花は幼馴染であった。産まれた病院から一緒。家もお隣同士であり、親同士も交友があった。もはや兄妹同然。恋仲になっていくのは必然的であった。
21の時に結婚。その1年後に美結は産まれた。ドラマのような展開。だからこそ桜花が死んだ際、悠介は立ち直れないほどに精神を病むこととなってしまった。
それは美結が10歳の時であった。またいつものように悠介が酒を飲んでいた時だ。
その頃には美結も慣れてきていた頃。絡まれると面倒臭いので、自分の部屋で漫画を読んでいた。
美結の居た部屋は、過去に家族全員が寝室として使っていた部屋だ。現在は悠介がソファでいつも寝ているので美結が自室として使っている。
――突然、部屋の扉が開かれた。とても強い。美結もびっくりして思わず振り向いた。
「……パパ?」
立っていたのは悠介だ。酒瓶を握りしめたまま、虚ろな表情をして美結を見つめている。
何が何だか分からない。それもそうだ。悠介だって何をしているのか分からない。ただ一つだけ。悠介の脳内には――桜花がいた。
「――桜花」
美結の外見は幼き頃の桜花とそっくりだった。それはいいことでもある。だが美結にとっては最悪なこととなった。
悠介は美結に襲いかかった。性的な意味でだ。悠介の頭はまるで連想ゲームのように頭の中は回転していた。
視界に入る美結を幼き頃の桜花と重ね合わせる。駆け巡る桜花との思い出から最後の元気な姿へと変わった。つまり大人になった桜花。性行為ができる年の桜花である。
「桜花……桜花……!!」
「パ、パパ!私はママじゃない……いやっ!!」
もう止まることはない。死んだと思っていた最愛の妻が目の前にいる。悠介の目と頭はそう錯覚していた。
観客でも入れば異常性に気がつく。しかし観客はいない。異常性に気がつけるのは襲われている美結だけだ。
「やだ……やだ……なんでっ……!!??」
誰も助けてはくれない。目の前の父親が今は『男』となっていることに美結は耐えられなかった。それでも――耐えるしかない。
――終わったのは数時間後。全てが終わって我に返った悠介。自分のしでかした事の重大さにようやく気がついた。
「えっ……あ――」
すぐさま美結から離れる。自分が全裸になっていること。しでかした時の記憶が無いこと。そして倒れるようにして仰向けになっている美結の姿。
全てが今の自分を責めるように、包丁で突き刺すかのように、現実となって襲いかかってくる。
「な、な、な……あぁ……」
ガタガタと震えるしかできなかった。小さい声で「すまん」と連呼するしかできなかった。贖罪なんて出来るラインはとっくに超えていた。
運がいいのか悪いのか、美結は暴力は振るわれていない。目立った外傷はなかった。しかし――心の傷は美結を再起不能にさせるのに十分なほどだった。
悪夢は夢で見るから『悪夢』なのだ。現実じゃないから『悪夢』なのだ。ならばこの現状は『悪夢』では無いのか。
――否。悪夢である。まさしく地獄絵図。悪夢が現実に顕現していたのであった。
会話はない。する時は拷問する時だけだ。そのため地下には重苦しい空気が漂っていた。美結はそんなのを気にする余裕などなかったが。
鋭い痛みの中。自分の夫の死を聞かされた美結は昔のことを思い出していた。遠い遠い昔のことを――。
――25年前のこと。
美結が五歳の時に母親は死んだ。病死だった。小さい頃から体が弱かったらしく、肺炎にかかってそのままポックリ。
葬式は質素に行われた。父親と美結、そして母方の祖父母と父方の祖父母。この時に見た棺桶に入っている母親の顔を、美結は生涯忘れることはない。
無慈悲なことかもしれないが、資産面では母親が死んでも別段問題はなかった。むしろ生命保険で多額の金が入ってきたくらいだ。なのでお金には困らなかった。
問題は精神的なものだ。美結はまだ子供だからいい。父親の方がダメだった。
父親の名前は白井悠介。職業は弁護士。悪徳でもない、正義感に満ち溢れた人だった。
仕事も家族も両方きちんとできた人間。運動も出来て顔もいいと高スペックと言うにふさわしい人間だ。父親としても完璧。少なくともこの頃は。
母親が死んだ日から、悠介は酒に溺れるようになっていた。仕事はちゃんとこなすのが厄介なところ。表向きはよかったのだ。裏だって悪いわけでもない。
育児放棄だってしている、とまではいかなかった。ちゃんと保育園には連れていくし、ご飯も食べさせる。暴力も最初の頃は振るわなかった。
ただ酒を飲む。美結の顔を見る度に「桜花……」と呟く。自分の妻の名前を。娘と重ね合わせているのだ。
責めることは誰もできない。祖父母も暴力を振るってないなら別にいい、と責めることはしなかった。
悠介と桜花は幼馴染であった。産まれた病院から一緒。家もお隣同士であり、親同士も交友があった。もはや兄妹同然。恋仲になっていくのは必然的であった。
21の時に結婚。その1年後に美結は産まれた。ドラマのような展開。だからこそ桜花が死んだ際、悠介は立ち直れないほどに精神を病むこととなってしまった。
それは美結が10歳の時であった。またいつものように悠介が酒を飲んでいた時だ。
その頃には美結も慣れてきていた頃。絡まれると面倒臭いので、自分の部屋で漫画を読んでいた。
美結の居た部屋は、過去に家族全員が寝室として使っていた部屋だ。現在は悠介がソファでいつも寝ているので美結が自室として使っている。
――突然、部屋の扉が開かれた。とても強い。美結もびっくりして思わず振り向いた。
「……パパ?」
立っていたのは悠介だ。酒瓶を握りしめたまま、虚ろな表情をして美結を見つめている。
何が何だか分からない。それもそうだ。悠介だって何をしているのか分からない。ただ一つだけ。悠介の脳内には――桜花がいた。
「――桜花」
美結の外見は幼き頃の桜花とそっくりだった。それはいいことでもある。だが美結にとっては最悪なこととなった。
悠介は美結に襲いかかった。性的な意味でだ。悠介の頭はまるで連想ゲームのように頭の中は回転していた。
視界に入る美結を幼き頃の桜花と重ね合わせる。駆け巡る桜花との思い出から最後の元気な姿へと変わった。つまり大人になった桜花。性行為ができる年の桜花である。
「桜花……桜花……!!」
「パ、パパ!私はママじゃない……いやっ!!」
もう止まることはない。死んだと思っていた最愛の妻が目の前にいる。悠介の目と頭はそう錯覚していた。
観客でも入れば異常性に気がつく。しかし観客はいない。異常性に気がつけるのは襲われている美結だけだ。
「やだ……やだ……なんでっ……!!??」
誰も助けてはくれない。目の前の父親が今は『男』となっていることに美結は耐えられなかった。それでも――耐えるしかない。
――終わったのは数時間後。全てが終わって我に返った悠介。自分のしでかした事の重大さにようやく気がついた。
「えっ……あ――」
すぐさま美結から離れる。自分が全裸になっていること。しでかした時の記憶が無いこと。そして倒れるようにして仰向けになっている美結の姿。
全てが今の自分を責めるように、包丁で突き刺すかのように、現実となって襲いかかってくる。
「な、な、な……あぁ……」
ガタガタと震えるしかできなかった。小さい声で「すまん」と連呼するしかできなかった。贖罪なんて出来るラインはとっくに超えていた。
運がいいのか悪いのか、美結は暴力は振るわれていない。目立った外傷はなかった。しかし――心の傷は美結を再起不能にさせるのに十分なほどだった。
悪夢は夢で見るから『悪夢』なのだ。現実じゃないから『悪夢』なのだ。ならばこの現状は『悪夢』では無いのか。
――否。悪夢である。まさしく地獄絵図。悪夢が現実に顕現していたのであった。
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