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4日目
救出
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「――蓮見!」
部屋の扉が勢いよく開けられる。入ってきたのは村人の一人。蓮見と同い年くらいだろうか。
「なんだ?」
「氷華が……現れた」
「……そうか。それで?捕まえたのか?」
「椿ちゃんたちが追ってる。それよりも……」
言いにくそうにする村人の男。その煮え切らない態度に蓮見は腹を立てた。
「なんだよ。この時間を邪魔したからには、相当重要なことなんだろうな」
「……神蔵さんが殺された」
「――」
使っていたペンチを落とす。衝撃。しかしそれが分かっていたかのように。蓮見はゆっくりと俯いた。
「……分かった。死体は?」
「まだ猟虎くんの家の中だ」
「せめて……埋葬してあげようか」
振り向かない。さっきまで嬉々として拷問していた男。人の心など持ち合わせていない。そのはずだ。
それなのに人の死を悲しんでいる。美結にはなぜか分からない。蓮見の心の中が何も分からなかった。
無言のまま2人は部屋から出ていった。美結と凛、瀕死の小次郎はそのまま放置。――逃げるならチャンスだ。
「……っっ!!」
チャンスだが拘束されて動けない。さっきの拷問で全身が痛む。痛めつけられたのは指と――のみ。なのに全身が痛い。
動きたくないが、今ここで自分が動かないと。凛だけでも助けたい。そもそも蓮見の言うことは信じられない。自分を殺した後で凛を拷問するかもしれないからだ。
あの男は子供にも容赦はしない。そんな予感がする。だから動く。だけど動けない。出るのは手ではなく痛みで漏れる声のみ。
「ぐっ……ぅぅ……」
『凛だけでも』という文を頭の中で永遠に復唱する。復唱する……それだけで現実は変わらない。変わらないのだ。
一人では動かせない。誰か他人の助けがいる。この場で助けられる人物。それは――。
――小次郎のみである。腫れ上がった顔を揺らしながら、美結の場所まで這いずってきた。
「――小次郎さん!?」
「す……まん。なにも……できなかった」
第一声が謝罪の言葉。小次郎らしいといえば、小次郎らしい。
「大丈夫なんですか!?」
「いやぜんぜん。ちょっと待って……」
並べられた拷問器具。見てるだけで想像力が働かせられる。その中から小次郎はナイフを掴んだ。
壁を背にしてもたれかかる。腫れの影響で右目が見えない。頬も痛みと血の重さで動きにくい。だから一時しのぎ。そのために――小次郎は腫れ上がった目元にナイフを突きつけた。
「いづっっ――!!」
噴水のように飛び出てくる血液が地面に落ちた。溶けるように痛みが傷口にまとわりついてくる。
「ググ……!!」
次に頬。こちらも負けず劣らず血が吹き出た。死ぬほど痛い。やるんじゃなかった、と小次郎は後悔した。
だが功を奏した。目論見通り腫れは引いて、目も普通に見えるようになった。
「ふぅ……多少はハンサムな顔が戻ったかな?」
軽口だ。強がりでもある。本心は泣きたいくらいに痛いはずだ。だが美結はその言葉に頬を緩めた。
「これで動ける……早く逃げましょう」
「……ダメです。凛を連れて2人で逃げてください」
小次郎は何を言っているのか分からなかった。なんでそんなことを言うのか。まさか拷問を受けたいわけじゃあるまいし。
「な、何言ってるんですか……!?」
「……足元を見てみてください」
「足元――」
――言葉の理由が分かった。美結はアキレス腱を切られていたのだ。そういえば拷問器具の中に血の着いたハサミがあった。
まだ足からは新鮮な血液が流れている。想像するだけで耐え難い痛みだろう。美結は今までそれに耐えていたのだ。
「そんな……」
「私がいると足でまといになります。小次郎さんだってボロボロでしょう。……お荷物にはなりたくないんです」
――極限の選択。ここで美結を残してしまうと、きっと蓮見から酷い拷問を受ける。今よりももっと激しい拷問だ。
そんなことになったら桃也に顔向けできない。しかし現実的に考えるなら――。
「――必ず助けに戻ります。今度は応援を連れて」
「はは……期待してますよ」
苦渋の選択であった。それでも選んだ道は美結を置いていくこと。凛を助けることである。
流れ落ちる血を前腕で拭き取った。血を振り払うと同時に、後悔や悔やみも振り払う。気絶している凛を抱き抱え、小次郎は扉の方へと走っていった。
「……よろしく頼みます」
消え入りそうな声。小次郎は後悔があった。――美結も同じである。本心を言うならば、自分も助けてほしかった。無理を言ってでもおぶってほしかった。
それじゃあ全員は助からない。美結の最優先事項は『凛』だ。凛さえ助かればそれでいい。だからこれでいいのだ。
――これでいいのだ。
部屋の扉が勢いよく開けられる。入ってきたのは村人の一人。蓮見と同い年くらいだろうか。
「なんだ?」
「氷華が……現れた」
「……そうか。それで?捕まえたのか?」
「椿ちゃんたちが追ってる。それよりも……」
言いにくそうにする村人の男。その煮え切らない態度に蓮見は腹を立てた。
「なんだよ。この時間を邪魔したからには、相当重要なことなんだろうな」
「……神蔵さんが殺された」
「――」
使っていたペンチを落とす。衝撃。しかしそれが分かっていたかのように。蓮見はゆっくりと俯いた。
「……分かった。死体は?」
「まだ猟虎くんの家の中だ」
「せめて……埋葬してあげようか」
振り向かない。さっきまで嬉々として拷問していた男。人の心など持ち合わせていない。そのはずだ。
それなのに人の死を悲しんでいる。美結にはなぜか分からない。蓮見の心の中が何も分からなかった。
無言のまま2人は部屋から出ていった。美結と凛、瀕死の小次郎はそのまま放置。――逃げるならチャンスだ。
「……っっ!!」
チャンスだが拘束されて動けない。さっきの拷問で全身が痛む。痛めつけられたのは指と――のみ。なのに全身が痛い。
動きたくないが、今ここで自分が動かないと。凛だけでも助けたい。そもそも蓮見の言うことは信じられない。自分を殺した後で凛を拷問するかもしれないからだ。
あの男は子供にも容赦はしない。そんな予感がする。だから動く。だけど動けない。出るのは手ではなく痛みで漏れる声のみ。
「ぐっ……ぅぅ……」
『凛だけでも』という文を頭の中で永遠に復唱する。復唱する……それだけで現実は変わらない。変わらないのだ。
一人では動かせない。誰か他人の助けがいる。この場で助けられる人物。それは――。
――小次郎のみである。腫れ上がった顔を揺らしながら、美結の場所まで這いずってきた。
「――小次郎さん!?」
「す……まん。なにも……できなかった」
第一声が謝罪の言葉。小次郎らしいといえば、小次郎らしい。
「大丈夫なんですか!?」
「いやぜんぜん。ちょっと待って……」
並べられた拷問器具。見てるだけで想像力が働かせられる。その中から小次郎はナイフを掴んだ。
壁を背にしてもたれかかる。腫れの影響で右目が見えない。頬も痛みと血の重さで動きにくい。だから一時しのぎ。そのために――小次郎は腫れ上がった目元にナイフを突きつけた。
「いづっっ――!!」
噴水のように飛び出てくる血液が地面に落ちた。溶けるように痛みが傷口にまとわりついてくる。
「ググ……!!」
次に頬。こちらも負けず劣らず血が吹き出た。死ぬほど痛い。やるんじゃなかった、と小次郎は後悔した。
だが功を奏した。目論見通り腫れは引いて、目も普通に見えるようになった。
「ふぅ……多少はハンサムな顔が戻ったかな?」
軽口だ。強がりでもある。本心は泣きたいくらいに痛いはずだ。だが美結はその言葉に頬を緩めた。
「これで動ける……早く逃げましょう」
「……ダメです。凛を連れて2人で逃げてください」
小次郎は何を言っているのか分からなかった。なんでそんなことを言うのか。まさか拷問を受けたいわけじゃあるまいし。
「な、何言ってるんですか……!?」
「……足元を見てみてください」
「足元――」
――言葉の理由が分かった。美結はアキレス腱を切られていたのだ。そういえば拷問器具の中に血の着いたハサミがあった。
まだ足からは新鮮な血液が流れている。想像するだけで耐え難い痛みだろう。美結は今までそれに耐えていたのだ。
「そんな……」
「私がいると足でまといになります。小次郎さんだってボロボロでしょう。……お荷物にはなりたくないんです」
――極限の選択。ここで美結を残してしまうと、きっと蓮見から酷い拷問を受ける。今よりももっと激しい拷問だ。
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「――必ず助けに戻ります。今度は応援を連れて」
「はは……期待してますよ」
苦渋の選択であった。それでも選んだ道は美結を置いていくこと。凛を助けることである。
流れ落ちる血を前腕で拭き取った。血を振り払うと同時に、後悔や悔やみも振り払う。気絶している凛を抱き抱え、小次郎は扉の方へと走っていった。
「……よろしく頼みます」
消え入りそうな声。小次郎は後悔があった。――美結も同じである。本心を言うならば、自分も助けてほしかった。無理を言ってでもおぶってほしかった。
それじゃあ全員は助からない。美結の最優先事項は『凛』だ。凛さえ助かればそれでいい。だからこれでいいのだ。
――これでいいのだ。
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