レッドリアリティ

アタラクシア

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3日目

範囲

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奥の手。隠していた武器。氷華に頼んでおいたことの。それは――爆弾だ。

仕組みは至極単純。銃弾の火薬を取り出し、麻袋に入れる。先端には燃えやすい紐を付けている。紐に火をつければ時間経過で爆発させることが可能だ。

火薬はかなり使った。1発当たれば人は即死させられる。さらには範囲攻撃。このように追い詰められた状況には最高の武器だ。


氷華がポケットから取り出したマッチに火をつける。麻布には火を付けてはいけない。ただの自爆になってしまう。

手元が狂ったら死ぬ。慎重にしすぎても周りに殺されてしまう。焦る。焦って手がブルブルと震える。

「――焦るな」


――紐に火がついた。一呼吸するだけで紐が半分以上燃えていく。

「来た――!!」

すぐさま爆弾を投げた。あまり見えないが、爆弾なら適当に投げても当たる。こういう場面では有効打だ。

火花が辺りを照らす。自分の方向に向かってくる爆弾。いきなり投げられた物を暗闇で認識することは難しい。

咄嗟だ。咄嗟の行動だった。人間の本能。投げられた物は受け取ってしまう。殺意を持って殺そうとしている。なのに執行教徒の女は受け取ってしまった。

「あ――」

――遅かった。火が火薬に燃え移る。銃声よりも大きく。この村ではそうそう起こることのない音が起きた。


弾ける体。壊れた体の部品が周りに飛び散る。衝撃波は周辺を覆い尽くした。

血と肉、骨と炎。大きな熱が舞い上がる。爆弾が暗闇を照らした。熱風が空気を熱くした。

「行くぞ」
「うん」

死亡は確認しない。十中八九死んでいる。死んでいなかったら運が悪いと思い込むだけだ。


正面玄関から逃げるのは難しい。2人が選んだのは鴨島家の屋内から逃げるルートだ。

家の中を突っ切って反対側へ移動する。後は侵入する時と同じ原理で塀を乗り越える。そのまま山の中を逃げる。

小次郎と違って、氷華は背丈が小さい。それが不安要素である。だが身体能力はかなり高い。桃也を土台にしてジャンプすれば乗り越えられるはずだ。


桃也は襖をぶち破って中へ侵入。氷華は室内に入らずに縁側を走る。

「ぁ――」

氷華の数メートル先。そこには――亜依が立っていた。手には短刀。ヤクザが使うようなドスみたいな物だ。

白い木材の持ち手を握りしめる。敵意と憎しみ。目を細めて走り向かってくる氷華を睨みつけていた。

「氷華……」
「亜依ちゃん……」

裏切ったことがバレている。それが嘘じゃないというのも、この現状が証明している。

「っっ――信じてたのに!!」


短刀を構えた。ナイフを構えた。――互いに覚悟を決める。

2人は幼馴染だ。この小さい村での数少ない子供。しかも同性ときたら仲良くなるのは時間の問題だった。

姉妹と言えるほどベッタリしていた。家の役割の違いで会えない時もあった。喧嘩もすることがあった。どちらも相手のことが好きだった。

――それが今や敵。どこで間違えたのか。そもそも間違ったのか。間違っているのはどちらなのだろうか。

考えるのは今じゃない。心に後悔が生まれる。正しいことだ。当たり前だ。それが人間であり、普通である。

でもやるしかない。自分の意思を貫くため。祖先の意志を無駄にしないため。2人は同時に刃を向けた――。





――覚悟のタイミング。氷華は蓮見を刺した時に覚悟を決めていた。それに対して、亜依は今。現在。この瞬間だった。

一緒に歳をとってきた。泣きあってきた。怒りあっていた。――2人で笑いあった。

覚悟を決めた。表層ではそう思っていても、深層の部分では戸惑いが出てきてしまう。躊躇が生まれてしまう。


「――がぶっ」

勝敗を分けたのはタイミングの差であった。亜依の短刀は空を切り、氷華のナイフが首に突き刺さっている。

もし同じタイミングで覚悟を決めたのなら勝敗は分からなかっただろう。亜依が氷華を殺していたのかもしれない。


消えゆく意識。燃え尽きる魂の炎。暗くなっていく視界。亜依の瞳から光が消えていく。

ナイフが引き抜かれると共に血が出てきた。細くて白い首が真っ赤に染まる。不謹慎だが、亜依の真っ赤な血は、着ていた着物に驚くほどマッチしていた。

鈍る。沈む。視界にヒビが入ったかのように割れて消えていく。そんな視界が最後に捉えたのは――

「――ごめん」

水色の瞳から涙を流している、ずっと大好きだった氷華が泣く姿であった。
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