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3日目
開戦
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「落ち着け桃也。おそらく嘘だ」
今にも飛びかかりそうな桃也に言い放つ。
「それが本当なら人質にするなり、目の前に連れてくるなりしてくるはずだ」
「さすが刑事さん。鋭いですね」
嘘だった。それは安心することである。だけど桃也の怒りは収まっていない。
怒りは一周して冷たくなった。炎のような怒りではなく、氷のように冷たい怒り。冷静に怒っている。
「……どっちでもいいさ。どっちでもな」
握るのではなく、人差し指と中指で挟む。力任せに掴むのじゃない。脱力。長時間この状態なら指の力がなくなりそうだ。
それはまるでネコ科の爪のように。鷹の足のように。骨と血管。手袋越しでもそれが見えた。
「無駄話はここまでだ。――義明。頼んだぞ」
義明が1歩踏み込む。その大きさは壁のように。壁が迫ってくるかのような威圧感がある。
「殺すのは桃也だけだ。刑事は生け捕りだぞ」
「了解」
「――氷華。来い」
抵抗なんてしない。言われるがまま氷華は蓮見の後をついて行く。
「羽衣桃也。この村の住人は全員お前の死を願っている。氷華も、凛ちゃんも。我らが調教すれば、いずれお前を恨むようになる」
「……」
「死ぬなら今のうちだぞ」
後ろを振り向いて。
桃也の方に向いて。
桃也と目を合わせて。
気味の悪い笑みを浮かべて。
――蓮見はそう言った。
「――俺に『生きて欲しい』と願ってるヤツよりも、俺に『死んで欲しい』と願ってるヤツの方が多いさ。この村の住人なんて端数にしかならん」
「ふむ。怖いな」
「それでも俺は生きている。色んな人が死んで欲しいと願っていても。俺は生きている――」
「――殺せるもんなら殺してみろ」
瞳孔は開いたままだ。そのまま笑っている。目は笑っていない。
「その言葉……覚えておいてやるよ」
蓮見も笑みを浮かべる。嫌な笑みだ。生理的嫌悪感を煽る気持ちの悪い笑みを桃也に向けた。
――扉が閉められた。開戦の合図。戦いの始まりだ。
「こうやって会うのは2日ぶりだな。羽衣桃也」
「そういやそうだな」
「恨みがある……というのは知ってるな」
「さぁ?俺物覚え悪いから」
「なら思い出させてやる」
――ゾワッ。相手の殺意を肌で感じとった。
「気おつけろ桃也。あいつ強いぞ」
「見りゃわかるわ」
小次郎は義明と交戦している。その時に十分恐ろしさは味わった。人数有利の今回でも倒せるか分からないくらいだ。
「油断するなよ」
「お前こそ。殺す覚悟はできてるな」
「……できてる」
「やる」とか「やらない」の問題じゃない。やらなくてはならないのだ。殺す覚悟を決めてなくても、殺さないと殺されてしまう。
時間は二時半。人知れない場所にて。命を懸けた戦いが始まった――。
先手を取ったのは桃也。液体のように脱力して一気に距離を詰める。緩めた力を。ゴムのように反発力を。
大きく振りかぶって義明に斬りかかった。速度はムチの如く。空気を切り裂く音を出しながら――。
――音は途中で止まる。斬りかかってきた桃也の手首を抑えた。指から離れた包丁が壁へと飛んでいく。
「っ――!?」
桃也の胸元を掴んで回転。後ろの壁に思い切り叩きつけた。衝撃。部屋全体が揺れるような幻覚。壁から粉がパラパラと落ちてきた。
「がァ――!!」
「桃也!!」
拳銃を抜く。もう脅しは通用しない。容赦なく引き金に指を入れる。
義明は小次郎にも目を向けた。撃とうとしている。しかも脅しじゃない。確実に撃つ気だ。ならそのままにする理由などない。
――小次郎に向けて桃也を投げ飛ばした。ほとんど抵抗もなく桃也は投げ飛ばされる。
「うぉ――!?」
咄嗟の判断だった。桃也を避けようと体を動かす。思惑通りに桃也を避けることはできた。
だが――最も気おつけるべき義明から目を離してしまう。たった一瞬、目を離した隙に距離を詰められた。
拳銃を持つ手首を掴まれる。銃口は義明から逸れた。そこから動かせない。義明に銃口を向けられない。
「――」
拳を振りかぶる。手首を掴まれて動けない。当たるとどうなるかの想像は既にしている。
膝の力を抜く。拳は頭上を通過。髪がフワッと舞う。
拳銃を手放した。何も無い片手で義明の腕を掴む。そしてジャンプ。義明の凄まじい力が仇となった。
両足で挟み込むように。義明の肩、そして小次郎の内腿。この2つで頸動脈を締め上げた。
「っぬぅ――!?」
相手はどんなに力を強くても人間。生物だ。呼吸ができなくなれば意識を失う。当然であり必然だ。
まともに殴りあっても勝てない。なら締め上げて気絶させるのが最前の手だ。
だが――相手はまともな人間ではなかった。締めあげられながらも立ち上がる。
(嘘だろ……これでも70キロはあるんだぞ……)
冷や汗が後頭部から地面に落ちた――。
まるで何も持ってないかのように。小次郎の体を檻に叩きつけた。
「っっあ――!!」
鉄の金具が高い音を出して壊れる。錆びているとはいえ、鋼鉄が歪むほどのパワーで叩きつけられた。
締め付けていた脚が緩む。力が緩む。拳を握り締め、小次郎の顔面に叩きつけ――。
今にも飛びかかりそうな桃也に言い放つ。
「それが本当なら人質にするなり、目の前に連れてくるなりしてくるはずだ」
「さすが刑事さん。鋭いですね」
嘘だった。それは安心することである。だけど桃也の怒りは収まっていない。
怒りは一周して冷たくなった。炎のような怒りではなく、氷のように冷たい怒り。冷静に怒っている。
「……どっちでもいいさ。どっちでもな」
握るのではなく、人差し指と中指で挟む。力任せに掴むのじゃない。脱力。長時間この状態なら指の力がなくなりそうだ。
それはまるでネコ科の爪のように。鷹の足のように。骨と血管。手袋越しでもそれが見えた。
「無駄話はここまでだ。――義明。頼んだぞ」
義明が1歩踏み込む。その大きさは壁のように。壁が迫ってくるかのような威圧感がある。
「殺すのは桃也だけだ。刑事は生け捕りだぞ」
「了解」
「――氷華。来い」
抵抗なんてしない。言われるがまま氷華は蓮見の後をついて行く。
「羽衣桃也。この村の住人は全員お前の死を願っている。氷華も、凛ちゃんも。我らが調教すれば、いずれお前を恨むようになる」
「……」
「死ぬなら今のうちだぞ」
後ろを振り向いて。
桃也の方に向いて。
桃也と目を合わせて。
気味の悪い笑みを浮かべて。
――蓮見はそう言った。
「――俺に『生きて欲しい』と願ってるヤツよりも、俺に『死んで欲しい』と願ってるヤツの方が多いさ。この村の住人なんて端数にしかならん」
「ふむ。怖いな」
「それでも俺は生きている。色んな人が死んで欲しいと願っていても。俺は生きている――」
「――殺せるもんなら殺してみろ」
瞳孔は開いたままだ。そのまま笑っている。目は笑っていない。
「その言葉……覚えておいてやるよ」
蓮見も笑みを浮かべる。嫌な笑みだ。生理的嫌悪感を煽る気持ちの悪い笑みを桃也に向けた。
――扉が閉められた。開戦の合図。戦いの始まりだ。
「こうやって会うのは2日ぶりだな。羽衣桃也」
「そういやそうだな」
「恨みがある……というのは知ってるな」
「さぁ?俺物覚え悪いから」
「なら思い出させてやる」
――ゾワッ。相手の殺意を肌で感じとった。
「気おつけろ桃也。あいつ強いぞ」
「見りゃわかるわ」
小次郎は義明と交戦している。その時に十分恐ろしさは味わった。人数有利の今回でも倒せるか分からないくらいだ。
「油断するなよ」
「お前こそ。殺す覚悟はできてるな」
「……できてる」
「やる」とか「やらない」の問題じゃない。やらなくてはならないのだ。殺す覚悟を決めてなくても、殺さないと殺されてしまう。
時間は二時半。人知れない場所にて。命を懸けた戦いが始まった――。
先手を取ったのは桃也。液体のように脱力して一気に距離を詰める。緩めた力を。ゴムのように反発力を。
大きく振りかぶって義明に斬りかかった。速度はムチの如く。空気を切り裂く音を出しながら――。
――音は途中で止まる。斬りかかってきた桃也の手首を抑えた。指から離れた包丁が壁へと飛んでいく。
「っ――!?」
桃也の胸元を掴んで回転。後ろの壁に思い切り叩きつけた。衝撃。部屋全体が揺れるような幻覚。壁から粉がパラパラと落ちてきた。
「がァ――!!」
「桃也!!」
拳銃を抜く。もう脅しは通用しない。容赦なく引き金に指を入れる。
義明は小次郎にも目を向けた。撃とうとしている。しかも脅しじゃない。確実に撃つ気だ。ならそのままにする理由などない。
――小次郎に向けて桃也を投げ飛ばした。ほとんど抵抗もなく桃也は投げ飛ばされる。
「うぉ――!?」
咄嗟の判断だった。桃也を避けようと体を動かす。思惑通りに桃也を避けることはできた。
だが――最も気おつけるべき義明から目を離してしまう。たった一瞬、目を離した隙に距離を詰められた。
拳銃を持つ手首を掴まれる。銃口は義明から逸れた。そこから動かせない。義明に銃口を向けられない。
「――」
拳を振りかぶる。手首を掴まれて動けない。当たるとどうなるかの想像は既にしている。
膝の力を抜く。拳は頭上を通過。髪がフワッと舞う。
拳銃を手放した。何も無い片手で義明の腕を掴む。そしてジャンプ。義明の凄まじい力が仇となった。
両足で挟み込むように。義明の肩、そして小次郎の内腿。この2つで頸動脈を締め上げた。
「っぬぅ――!?」
相手はどんなに力を強くても人間。生物だ。呼吸ができなくなれば意識を失う。当然であり必然だ。
まともに殴りあっても勝てない。なら締め上げて気絶させるのが最前の手だ。
だが――相手はまともな人間ではなかった。締めあげられながらも立ち上がる。
(嘘だろ……これでも70キロはあるんだぞ……)
冷や汗が後頭部から地面に落ちた――。
まるで何も持ってないかのように。小次郎の体を檻に叩きつけた。
「っっあ――!!」
鉄の金具が高い音を出して壊れる。錆びているとはいえ、鋼鉄が歪むほどのパワーで叩きつけられた。
締め付けていた脚が緩む。力が緩む。拳を握り締め、小次郎の顔面に叩きつけ――。
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