レッドリアリティ

アタラクシア

文字の大きさ
上 下
61 / 119
3日目

開戦

しおりを挟む
「落ち着け桃也。おそらく嘘だ」

今にも飛びかかりそうな桃也に言い放つ。

「それが本当なら人質にするなり、目の前に連れてくるなりしてくるはずだ」
「さすが刑事さん。鋭いですね」

嘘だった。それは安心することである。だけど桃也の怒りは収まっていない。

怒りは一周して冷たくなった。炎のような怒りではなく、氷のように冷たい怒り。冷静に怒っている。

「……どっちでもいいさ。どっちでもな」

握るのではなく、人差し指と中指で挟む。力任せに掴むのじゃない。脱力。長時間この状態なら指の力がなくなりそうだ。

それはまるでネコ科の爪のように。鷹の足のように。骨と血管。手袋越しでもそれが見えた。

「無駄話はここまでだ。――義明。頼んだぞ」



義明が1歩踏み込む。その大きさは壁のように。壁が迫ってくるかのような威圧感がある。

「殺すのは桃也だけだ。刑事は生け捕りだぞ」
「了解」
「――氷華。来い」

抵抗なんてしない。言われるがまま氷華は蓮見の後をついて行く。


「羽衣桃也。この村の住人は全員お前の死を願っている。氷華も、凛ちゃんも。我らが調教すれば、いずれお前を恨むようになる」
「……」
「死ぬなら今のうちだぞ」

後ろを振り向いて。
桃也の方に向いて。
桃也と目を合わせて。
気味の悪い笑みを浮かべて。
――蓮見はそう言った。

「――俺に『生きて欲しい』と願ってるヤツよりも、俺に『死んで欲しい』と願ってるヤツの方が多いさ。この村の住人なんて端数にしかならん」
「ふむ。怖いな」
「それでも俺は生きている。色んな人が死んで欲しいと願っていても。俺は生きている――」










「――殺せるもんなら殺してみろ」

瞳孔は開いたままだ。そのまま笑っている。目は笑っていない。

「その言葉……覚えておいてやるよ」

蓮見も笑みを浮かべる。嫌な笑みだ。生理的嫌悪感を煽る気持ちの悪い笑みを桃也に向けた。


――扉が閉められた。開戦の合図。戦いの始まりだ。

「こうやって会うのは2日ぶりだな。羽衣桃也」
「そういやそうだな」
「恨みがある……というのは知ってるな」
「さぁ?俺物覚え悪いから」
「なら思い出させてやる」


――ゾワッ。相手の殺意を肌で感じとった。

「気おつけろ桃也。あいつ強いぞ」
「見りゃわかるわ」

小次郎は義明と交戦している。その時に十分恐ろしさは味わった。人数有利の今回でも倒せるか分からないくらいだ。

「油断するなよ」
「お前こそ。殺す覚悟はできてるな」
「……できてる」

「やる」とか「やらない」の問題じゃない。やらなくてはならないのだ。殺す覚悟を決めてなくても、殺さないと殺されてしまう。

時間は二時半。人知れない場所にて。命を懸けた戦いが始まった――。





先手を取ったのは桃也。液体のように脱力して一気に距離を詰める。緩めた力を。ゴムのように反発力を。

大きく振りかぶって義明に斬りかかった。速度はムチの如く。空気を切り裂く音を出しながら――。


――音は途中で止まる。斬りかかってきた桃也の手首を抑えた。指から離れた包丁が壁へと飛んでいく。

「っ――!?」

桃也の胸元を掴んで回転。後ろの壁に思い切り叩きつけた。衝撃。部屋全体が揺れるような幻覚。壁から粉がパラパラと落ちてきた。

「がァ――!!」
「桃也!!」


拳銃を抜く。もう脅しは通用しない。容赦なく引き金に指を入れる。

義明は小次郎にも目を向けた。撃とうとしている。しかも脅しじゃない。確実に撃つ気だ。ならそのままにする理由などない。

――小次郎に向けて桃也を投げ飛ばした。ほとんど抵抗もなく桃也は投げ飛ばされる。

「うぉ――!?」

咄嗟の判断だった。桃也を避けようと体を動かす。思惑通りに桃也を避けることはできた。

だが――最も気おつけるべき義明から目を離してしまう。たった一瞬、目を離した隙に距離を詰められた。


拳銃を持つ手首を掴まれる。銃口は義明から逸れた。そこから動かせない。義明に銃口を向けられない。

「――」

拳を振りかぶる。手首を掴まれて動けない。当たるとどうなるかの想像は既にしている。


膝の力を抜く。拳は頭上を通過。髪がフワッと舞う。

拳銃を手放した。何も無い片手で義明の腕を掴む。そしてジャンプ。義明の凄まじい力が仇となった。

両足で挟み込むように。義明の肩、そして小次郎の内腿。この2つで頸動脈を締め上げた。

「っぬぅ――!?」

相手はどんなに力を強くても人間。生物だ。呼吸ができなくなれば意識を失う。当然であり必然だ。

まともに殴りあっても勝てない。なら締め上げて気絶させるのが最前の手だ。

だが――相手はまともな人間ではなかった。締めあげられながらも立ち上がる。

(嘘だろ……これでも70キロはあるんだぞ……)

冷や汗が後頭部から地面に落ちた――。


まるで何も持ってないかのように。小次郎の体を檻に叩きつけた。

「っっあ――!!」

鉄の金具が高い音を出して壊れる。錆びているとはいえ、鋼鉄が歪むほどのパワーで叩きつけられた。

締め付けていた脚が緩む。力が緩む。拳を握り締め、小次郎の顔面に叩きつけ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

怪物どもが蠢く島

湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。 クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。 黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか? 次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。

処理中です...