レッドリアリティ

アタラクシア

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3日目

開始

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――小屋の扉が開けられた。外から日光は入ってこない。時間帯は夜。入ってくるのは月と星の光であった。

眠っていた小次郎。美結と凛は小屋の中で話をしていた。5歳の子供からしたら狭い小屋。なのに動かずに待っていた。いい子である。


扉を開ける音で小次郎は目を覚ました。鈍る視界を擦って外の方に目を向ける。

「外。来てくれ」
「……わかった」

居たのは桃也。真っ黒なロングコートを着ている。顔以外は全て真っ黒。暗闇に紛れられたら見つけられないだろう。

――作戦開始だ。重い体を起こす。不安そうな美結ににっこりと微笑み、外へと足を出した。



外にいるのは氷華だけ。当たりの暗闇は昨日よりかはマシ。月明かりが綺麗な夜だ。団子でも食べたい気分。

「お前……寝てた?」
「ごめん。疲れてた」
「まぁ誰も来なかったからいいけど……」

守ってくれと約束したのに眠っていた。文句を言ってしまうのも無理はない。

しかしそんなことをネチネチと言うほど桃也は細かい男ではなかった。それよりも『そんな状況では無い』との方が正しいか。

「やることは覚えてるか?」
「乙音を助けるんだろ」
「正解。先導は氷華にやらせる。俺らは後ろをついて行き、注意を逸らしている間に乙音を助ける。俺は力ないからお前が運んでくれ」
「オーケー」

やることは朝に聞いている。3人とも覚悟は出来ていた。この場で話をする必要はない――。





昨日来た場所。鴨島家の横にある茂み。雑木林まで来ていた。顔にかかるハエが鬱陶しい。

「警備は外に集中してる。地下にはあんまり居ない」
「数は?」
「私が見た時は外に5人。地下に2人だった」
「思ったよりも少ないな」

5人ならば全体を見回せるような場所にいるだろう。少なくとも入口前には配備されているはずだ。正面突破は無理。する気もなかったが。

じゃあ後ろの塀からだ。遠藤家と違って木材の壁。壊そうと思えば壊すことができる。しかし警戒されている場所でそんなことをすれば、見つけてくださいと言っているようなものだ。

「どうやって忍び込むんだ?」
「塀を乗り越える」
「大胆だな」

だから壊しはしない。小次郎が肩に乗ればギリギリ上まで届く。そこから縄を垂らせば桃也も登ることができる。

「……お前、俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「穴掘って塀をくぐってた」
「脱獄かよ。考えが大雑把すぎるわ」
「元からこんなんだよ。お前も知ってるだろ?」
「……まぁそうだったな」


作戦前の最終確認。やること、目的地、乙音救出後の行動。何度も何度も確認した。自分たちの生死がかかっている。3人とも必死だ。

現在、桃也は包丁、小次郎は拳銃、氷華はライフルとナイフを装備している。もし戦闘になっても多少は応戦することが可能だ。

だとしても戦闘は極力避けないといけない。バレてしまっては蟻の如くワラワラと村人が湧いてくるだろう。

多勢に無勢。相手が弱くても数で押されては勝てない。だからこそ隠密行動。することをちゃっちゃと終わらせて帰らなくては。

「……ところで氷華。どうやって警備の気を引くんだ?」
「これ」

懐から取り出したのは笹の葉に包まれたおにぎりだ。ノリはない。艶やかな米の色と形をしている。

「差し入れに持ってく」
「美味しそー。一個食べていい?」
「ダメ。ちょうど5人分だから」
「味付けは?」
「塩オンリー。シンプルイズベスト」
「わかってんじゃねぇか」

美味しそうな米の匂い。余った空間の胃袋が『欲しい』と叫んでいる。無意識に唾液が零れそうなほど作り出されていた。

昼間に氷華の差し入れがあったが、両者とも集中力を切らさないために少量で抑えている。なのでお腹が空いていた。

「なんか持ってないか?そのおにぎりのせいで腹が減ってきたんだけど」
「そう言うと思って――」


また懐に手を突っ込む。取り出したのは――干し肉だ。真っ黒に染まった四角の肉。遠目から見たらただの焼けた肉だ。

あんまり大きくない。小柄な氷華の手よりも一回り小さい。お世辞にも腹に溜まる量とは思えないが。

「イノシシの干し肉。泊まりがけで狩猟に行く時に持ってく」
「ほえー」
「美味しそうだな……」

かなり硬い。触れて桃也はびっくりした。干し肉に触れたのは初めて。触れて最初に連想したのはスマホケースだった。

「硬いな」
「だから咀嚼が多くなる。そしたら空腹が紛れる」
「腹減った時にガム噛むのと一緒か」
「……?ちょっとよくわかんないけど」

匂いは⋯⋯特にしない。本当に美味しいのか疑問だ。だけど腹は空きまくっている。とにかく腹に何かを入れたい。

「じゃあ作戦成功を祈って」
「「カンパーイ」」


干し肉をビールの入ったジョッキのようにぶつける。氷華はよくわかっていない様子だ。

「ほら、氷華も」
「え?え?」

ぎこちなく桃也とカンパイをする。次に小次郎とも。

「⋯⋯カンパイ」
「じゃあいただきます」

自分の手を見る。包帯を巻いた痛々しい手だ。目の前にいる男にやられた。未だに痛みが収まらない。

恨む。それが普通だ。だけど恐怖こそあれど、桃也のことを完全に嫌いにはなれない。なぜなのだろうか。

いい所があるからか。人当たりがいいからか。だがそれだけが理由ではないはず。⋯⋯とにかく今は分からない。

とりあえずそれでいい。今はそれでいい。変なことを考えて作戦が失敗したら最悪だ。

気合いを入れる。力をつける。覚悟を決める。3人はそれぞれの思いを胸に宿しながら、干し肉を噛み切った。
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