レッドリアリティ

アタラクシア

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3日目

老人

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ズンズンと向かってくる義明。拳銃を向けられている。なのに一切怯む様子を見せなかった。

「動くな!!本当に撃つぞ!!」
「――撃ってみろ」

拳を下げる。狙いは顔面。――小次郎の脳裏に自分の顔面が粉々に崩れる姿が映された。


放たれる拳。大砲。落石。重い拳。だというのにボクサーのジャブと思えるほどの速度。当たれば想像通りになる。

銃を構えるのをやめて回避。頬を切る。耳を掠った。いきなり回避行動をとったせいでバランスを崩す。

腰から地面に落ちる。が、そこは現役刑事。すぐに体を動かして立ち上がろうとする。しかし戦う為の心というのは用意していなかった。


また銃を向けようとする小次郎の腹に蹴りを叩き込んだ。

「――ぶっっ!?」

衝撃。車に轢かれたのか。頭に痛みがこびりつく。腹を蹴られたはずなのに全身の細胞から悲鳴が上がった。

襖を壊しながら奥の部屋へ。壊した襖と共に床へと叩きつけられた。

「かぁ……ぎふ……」

痛覚が激しく暴れる。詰まった呼吸が未だに回復しない。酸素を送ろうとする血管が首筋に浮かび上がっていた。

鈍る視界を義明の方へ向ける。ゆっくりと歩いてくる義明と、面白そうなものを見る視線を向けている猟虎。

猟虎は壁に寄りかかって腕を組んでいた。ニヤニヤとした顔を見ると腹が立つ。その怒りが力へと変わった。


また蹴り上げられる。湧いてきた力をフル活用して避ける。頭は冷静だった。逃げられるように縁側の方へと転がる。

蹴りの威力は凄まじい。ほんの1秒前に居た場所が根こそぎ蹴り飛ばしている。襖と畳の塊がボール状となって奥の柱に当たっていた。

――こんな化け物と正面から戦おうとしていたのか。無理だ。捕まえるなんて考えは捨て、ここから逃げることだけを考えていた。

「クソっ……」
「小賢しい男め」

義明がこちらへ来る。意識はそちらへ集中――しない。横。縁側を歩いてくるもう1人の男に向いた――。





しわくちゃの顔。細枝のような腕。小柄な体。古臭い袴。怪物のように厚くて不気味な形をした爪。そして――刀。遠藤神蔵だ。

ヒタヒタと幽霊のように近づいてくる神蔵に小次郎は固まった。目の前に自分を捕まえようとしている男がいるのにも関わらずだ。

まばたき程度の時間だっただろう。義明も神蔵の存在に気がついた。焦ったような声。驚いたような声。――神蔵が動いた。

「待て――」


神蔵の圧にたじろいだのが幸いした。後ずさりをした先は縁側の端。ガラッと庭へ足を滑らせた。

――同時。小次郎に向かって刀が振るわれた。居たら上半身と下半身が切り離されていたであろう軌跡。

運のいいことに小次郎はかすり傷すら付かずに地面へと転げ落ちた。

「ふ、ふぅ……ふぅ………!?」

当たってない。なのに腹部がジンジンと痛む。もし当たっていたら。腹を切り裂いて内蔵が出てくる――。

そんな想像をしているせいだ。頭を振って立ち上がる。義明はまだ捕まえようと思っていた。だから『殺されない』という安心感がほんの少しだけあった。

違う。この老人は違う。確実に殺しにきている。確実に命を絶とうとしてくる。――死んでしまう。


走った。逃げるために走った。正面はダメだ。裏口を探す。それが塀を登って逃げないと。とにかく逃げないと。

小次郎が走り出すのを見て神蔵も走り出す。老人とは思えない速度。すぐに追いつかれてしまう。義明もすぐに走り出した。だが小次郎ではなく、神蔵を追いかけている。

神蔵は刀を逆手に持っていた。殺意が小次郎に向く。ゾワッと毛が逆立つような気分。首の皮膚がピクピクと動いた。



――ジャンプ。楕円の軌跡を描きながら、神蔵の刃は小次郎の首元へとなぞられた。

「ヤバい――!!」

ギリギリしゃがんで避けられた。後頭部の髪が1cmほど切れる。

神蔵は地面に着地。ゴロンと転がって受身をとった。その分時間は稼げる。小次郎はそのまま走り続けた。

まだ義明は追いかけてきている。捕まるのは避けなければ。目を動かして逃げ道を探す。


見つけた。庭にある池。それを囲むように大小様々な岩がある。横には木。枝は高いが、岩を登れば届く。

頭で何度もイメージする。パルクールのように次々と飛び移り、塀を乗り越える。できるか分からない。だがやるしかない。


加速。足がちぎれそうなほどの加速。義明も負けじと加速した。――体勢を立て直した神蔵も追いかけてくる。

「――だぁぁぁ!!」

声を張り上げて気合いを入れた。
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